ダージリン旅行記
12日目 ダージリン滞在
朝食前に外に出るとホテルの前の丘の周りを大勢の人がウォーキングやジョッギングをしていた。後について歩いていくと昨日見物したバザールのあるチョウラスター広場に出た。途中展望台が3つあったが、ガスがかかっていて良く見えなかった。所々祠がありウォーキングの途中で拝んでいる人がいた。皆右回りに歩いているので、朝のお勤めをしている人が多いのだろう。
ウォーキングをする人たち チョウラスター広場
急ぎ足で歩いて汗をかいてしまったのでホテルに戻って上着とカメラを置き、再びウォーキングを続ける。連日大食いしてしまい腹の周りにだいぶ脂肪が貯まってしまったので少しは脂肪を落とそうと思ったのである。競歩の練習のつもりで1周1.5kmほどのコースを30分で3周したが、坂が多いうえ空気が薄いので結構こたえた。長距離選手だろうか、若い男がかなりのスピードで走っていたが、車が入って来ないこのコースは高地トレーニングに最適だ。
ストライキが決行されたので、食後全員で歩いてマハーカーラー寺院を見に行く。ホテルの前の丘の坂道を登り境内に入るとたくさんの旗が紐でぶら下げられていた。旗の色は5色ありチベット仏教の経文が書かれていた。ここはヒンズー教の寺と同時にチベット仏教の寺になっているのだ。
寺院境内 シバ神のお堂
近くにはラクシュミを祭ったお堂があり、結婚を願う若い女性がお参りをしていた。
ラクシュミのお堂 ラクシュミ像
サラスバッティのお堂があったが、ここにはチベット仏教の僧が座って鐘を鳴らしていた。このサラスバッティの像は仏教では別の名の仏として祀っているのだ。
サラスバッティのお堂と仏教の僧
少し下がったところにはチベット仏教のお堂があった。ヒンズー教の国だけに参拝者はヒンズー教のお堂よりずっと少なかった。
チベット仏教寺院
境内の林には猿が棲んでいた。ヒンズー教の神ハヌマンは猿であるから猿が大事にされているのだろう。
猿
見学を終えて坂を下るとまたチョウラスター広場に出た。この広場の隅にはバーヌ・バクタ・アチャヤの像があった。バーヌ・バクタ・アチャヤはラーマ・ヤナをネパール語に翻訳した人で1843年にダージリンに生まれている。またホテルに戻る途中には1843年に建てられたキリスト教の教会もあった。
バーヌ・バクタ・アチャヤの像 キリスト教の教会
ホテルに戻り昼食をとった後は自由行動になった。昨日バスから見た大きなチベット仏教の寺院を見にいこうと1人で歩いていく。途中にロープウエイの駅があった。ストライキで動いていないのでロープウエイのケーブルに添った道を下っていったが15分ほどすると畑の中の畦道になってしまいケーブルも見えなくなってしまったので引き返す。さらに先に進んでいったがいつまでたっても目指す寺が見えてこない。帰るまでに日が暮れてしまうといけないと思い2時間ほど歩いたところで引き返す。先ほどまでガスで隠れていたダージリンの市街がぱっと現れたので急いで写真を撮る。撮り終わって5分もしないうちにまたガスがかかってよく見えなくなってしまった。
ダージリン市街(拡大)
ホテルから降りてきた場所を通り過ぎて反対方向に歩いていくと下町に出て、さらに進むとダージリン駅に着いた。何のことはない、目指す方向と反対に歩いてしまったのだ。方向音痴はこれだから困る。
下町 ダージリン駅前
これ以上歩く時間がないのでバザールの通りに出てホテルに引き返した。朝方競歩の練習をした上に道を間違えたので4万1千歩も歩いてしまい、くたくたに疲れてしまった。
バザールの通り
夕食前にネパールの民族舞踊を見る。ブータンの踊りよりも動きが大きく楽団の演奏も賑やかだ。