ブータン旅行記
7日目 ウラのツェチュ祭観光
今日はウラ村まで行ってツェチュ祭を見学した。早めに朝食をとり7時25分にホテルを出発し、曲がりくねった山道を登っていく。道端の斜面に白い花を咲かせた背の低い木がたくさん見られる。一見ツツジのように見えるが葉の形からシャクナゲだとわかる。青紫色の花を咲かせたアズマギクもたくさん咲いている。
白いシャクナゲ アズマギク
9時ごろ3500mの峠を越し、20分ほどしてトイレ休憩をとる。この場所からはウラ村の全景を眺められる。村の奥の方に大きなお堂があるが、ウラ村の村有の寺で、今日のツェチュ祭はこの寺の境内で行われる。
ウラ村(拡大)
近くに新築工事中の家があった。ブータンの家よりも日本の家を思わせる造りである。GNPで見るとブータンは非常に貧しい国になるが、家は日本よりはるかに立派だ。
和風の豪邸
道端に紫色の変わった花形のスミレが咲いていた。そばの木には綿毛で覆われた円筒形の花を咲かせていた。
スミレ 木の花
10分ほど走って村の中に入ると大勢の村人が歩いていた。これはチャンコルという行事で1週間かけて行われるツェチュ祭の最終日に小さな仏像を肩に担いで3軒の村の有力者の家を持ち歩くのである。
村人
彼らの後に続いて1軒の家に入る。仏像を担ぐ人の後ろには小学生くらいの男の子がついていて一生懸命ほら貝を馴らしている。
村の有力者の家 仏像を担ぐ人
担いできた仏像は仏壇に安置する。この仏像は1年間この家に置れ、1年経つと担いで別の家にもっていくのだ。
仏像を仏壇に安置する 安置された仏像
この後、僧侶の読経に合わせて仮面をかぶったアツァラという道化師が手に持った男根をかたどった棒を水につける仕草を3回繰り返す。
アツァラの踊り
この後村の女が出てきてアツァラと一緒に長寿や繁栄を祈る歌を歌う。
長寿や繁栄を祈る歌を歌う女とアツァラ
別の部屋では男たちが酒を飲んだりビンロウを噛んだり、輪になって踊ったりしている。私たちにもビンロウを勧められたが口の中が赤くなってしまうので辞退した。
踊る男たち ビンロウとキンマの葉
この家の階段は丸太を削って作ってある。家の脇には大量の薪が積んである。木が豊かでないとこういうことはできない。ブータンでは女性は15歳になると結婚し、3人から5人の子供を生むという。今は緑豊かなブータンもいずれパロのように禿山だらけになってしまうのでないかと気にかかる。
この後、ウラ・ラカンへ行きツェチュ祭を見物する。村人たちの多くはクジェ・ラカンへ行ってしまったので毎年大賑わいする境内は閑散としている。我々は本堂の前にある建物に作られた特別席に座って踊りを眺める。
ウラ・ラカン(拡大) 見物の村人
太鼓やラッパの演奏とともにツェチュは始まった。初めに2人のアツァラが出てきて会場内を歩きまわる。
楽器の演奏 アツァラ
その後お堂から動物の仮面をかぶった僧が出てきて輪になってシンバルや鉦の音に合わせて踊りをする。この踊りはチャムと呼ばれ悪霊を退治するために行われる。
チャム(拡大)
チャム
チャム
3つのチャムが踊られた後は休憩時間になり村の女が出てきて輪になって歌いながら踊る。
村の女の踊り
この間、男が見物人にバターご飯やバター茶を勧める。我々もご馳走になったが、バターご飯は箸を使わずに食べるので手が油だらけになってしまった。
バターご飯を勧める男 バターご飯とバター茶
休憩時間に本堂の中を見に行く。本堂の中央には巨大なパドマ・サンババの像が安置されており、左には弥勒菩薩、右にはグリーンターラーの像があった。壁には歓喜仏の護法尊が多数描かれていた。2階に上がるとパドマサンババの顔を拝めるようになっており、床にはツェチュ祭に使う仮面がたくさん置いてあった。
本堂入口
12時50分後半の踊りが終ったのでアツァラと一緒に記念写真を撮ってから寺を引きあげ、高台のレストランで昼食をとる。店にキラが置いてあった。刺繍がしてあってなかなか美しい。昔の病気が出て欲しくてたまらなくなり値段を聞くと6500ヌートリアムだという。値切ってみたが6000ヌートリアム(16,300円)までしか下がらない。他の店で買えば安く手に入るかもしれないが欲しいとき買わないと後で後悔することになると思い買ってしまった。
レストラン キラ
ジャカールに戻った後、メインストリートにあるスイスファームを見学する。スイスファームは1974年にスイス人が造ったチーズ工場でスイス人が引き揚げた後はブータン人が仕事を引き継いでいる。.到着したときには仕事が終わってしまっていたが、チーズを作る機械などが並んでいた。
近くに直売所があり、蜂蜜が売られていた。値段を聞くとノイチゴの花からとった蜂蜜の500グラム入りの瓶が85ヌートラムと非常に安い。たくさん買いたかったが重くなるので2瓶で我慢した。。
スイスファームの工場内
このあとワンデュチョリン宮殿を見学する。この宮殿は1856年に初代国王の父のジグメ・ナムゲルによって建てられた宮殿で、この宮殿に住んでいたウゲンワンチュー一族は滅ぼされてしまい今は廃墟になっている。
ワンデュチョリン宮殿(拡大)
宮殿の裏口を出ると小さなお堂が5つ並んでいた。中を見るとマニ車が入っていて水車で回転していた。我々が水車を見ていると護衛に付き添われてタイの王室の方がやってきた。ガイドは皇太子と奥さんだと言っていたが年から言って国王の弟のようだ。なかなか気さくな方で、我々にデジカメで撮ったマニ水車の画像を見せて水車が回転している所をうまく撮れたと嬉しそうな顔をされていた。
マニ水車
このあと買い物をしようとメインストリートに出たが、ほとんどの店は閉まっていて通りは閑散としている。店の人たちは皆クジェ・ラカンへ行ってしまったのだ。ブムタンは宗教の中心地と言われているだけに人々の信仰心は厚い。