12日目 コソソからアルバミンチへ
今日はガトーの月曜市とチェンチャの月曜市、竹の家を観光してからアルバミンチまで引き返す。
8時30分コンソを出発、相変わらず埃が舞いあがる泥道をガトーの市場に向かって走る。荷台に大勢の人を乗せたトラックが次々通る。荷台の人は強い日差しと土埃を浴び、それにがたがたする振動でさぞ大変なことだろう。
バス代わりのトラック
牛が畑を耕していた。絶えず鞭を振るわれていてかわいそうだ。
耕す牛
ガトーの市場に近づくとたくさんの牛の群れがいた。これから市場に連れて行くのだ。
牛の群
5分少々走るとガトーの市場に到着した。この市場にはコンソ族とギドレ族が来ていて大変な賑いである。
ガトーの市場(拡大)
牛を連れた人、トラックの荷台に載った人など大勢の人がやってくる。
市場に向かう牛(拡大) トラックで市場にきた人たち
木の葉や壷を担いでくる人もいる。何時間もかけてここまで歩いてきたのだろう。
木の葉を担ぐ人 壷を担ぐ人
T核の川では女たちが洗濯をしていた。洗濯屋さんにとっては市場のある日もない日も関係ないのだ。
洗濯屋
このあとアルバミンチへ向かう。途中でたくさんの車が停まっていたので車を下りて見に行くと重機が畑に落ちて動けなくなっていた。ロープをかけてシャベルカーとトラックで引っぱっていたがびくともしない。軟弱な地面では力の強い重機でもこういう事態になる。
畑に落ちた重機
正午少し前、3日目に泊まったアルバミンチのホテルに到着、ホテルのレストランで昼食をとる。メニューは前回同様にチャーモ湖の魚のフライだった。
魚のフライ
食後チェンチャの市場に向かう。坂道をどんどん登っていくと小さな子供が道の真ん中で腰を振ってダンスをしている。小遣いを稼ごうとパフォーマンスをしているのだ。
1時間ほどでテェンチャの市場に到着した。高度は2400mあり1000m登ったことになる。この市場も大変な人出でドルーゼ族の人たちが集まっている。、
チェンチャの市場(拡大)
この市場は写真をとっても金を要求されないということであったが、中には1ブル出せといってくる人もいる。金を渡すとこれを見ていた周りの人が一斉に集まり手を出してくる。金を渡すことが良くない習慣を教えているような気がして気になってくる。
市場の人々
若い女性は陽気だ。ドルーゼ族の人は丸顔で他の民族と違う顔をしている。
ドルーゼ族の娘
市場の観光後、近くの村に行き竹の家を見学する。訪れた家は10年前に建てた家で屋根から壁まですべて竹で造られている。高さは12mあり30年から40年もつという。竹は密に組んであるので雨漏りはしないという。
竹の家(拡大) 内部
畑で作った自家製のコーヒーをいただく。エチオピアはコーヒーの原産地でカホア州で多く作られている。コーヒーはカホアがなまったものだという。コーヒーは3回たて1回目は両親、2回目は若い人、3回目は子供が飲む。
自家製コーヒーを入れる主婦
家の後ろにはエンセテというバナナに似た葉をもつ背の高い草が植えられている。エンセテの根からは芋がとれ、葉の茎(葉鞘)からはコチョという食べ物がとれる。また葉鞘の繊維は布に利用できる。エンセテは12年から15年たつと花を咲かせ実をつけるが普通6年たつと切って芋を掘り出すのでテディさんも花を見たことがないという。芋はゆがいてから食べる。エンセテはかなり有用な草だがエチオピアの高地だけにしか見られない。
エンセテ
コチョの作り方を見せていただく。エンセテの葉鞘を棒しごいて澱粉をとり、このでんぷんを丸板状に練って地面に6ヶ月間埋めて発酵させたものがコチョである。コチョは小さく木って両面を焼いてパンケーキを作る。また6ヶ月埋めたコチョをボールに入れ水を入れて繊維とアクを撮ることを5回繰り返したのち天日に干すと白い粉になる。この粉はブラと呼ばれブラに水を加えると粥になる。また、ブラをお湯で溶いて塩とバターを加えて飲み物にする。
葉鞘をしごく 地面に埋める容器 容器の中
竹の家には観光客がよく訪れるので周りには観光客目当ての土産物屋が出ていて色鮮やかな腰布や帽子を売っている。
腰布
16時50分チェンチャ村を出発する。この付近にも段々畑が多く見られる。
段々畑(拡大)
ホテルに戻ったあと車に20分ほど乗ってセカラ地区のスマ・レストランに行きドライバーやハイアノートさんとのお別れ会をする。
乾杯
ナイルパーチというスズキの仲間の唐揚げが出た。ハイアノートさんに食べ方のお手本を見せてもらう。白身の魚で臭みがなくとてもおいしかった。レモンをかけて食べたが醤油があったらさらにおいしかったろう。