貴州省旅行記
5日目 貴陽から凱里へ
今日はミャオ族の村青曼村を訪ねながら貴陽から凱里まで移動した。
朝食前にホテルの周りを散歩する。ホテルの前の通りを10分あまり歩くと昨日見た噴水のあるロータリーに出た。
貴陽のメインストリート
登校の小学生
8時5分ホテルを出発、高速道路を走り30分ほどで花渓区に入る。花渓区は貴陽の文京地区で貴州大学をはじめ8つの大学がある。街路樹には桐が植えられていて紫色の花を咲かせている。
8時57分青岩鎮に到着した。ここは明の時代の古い街並みが残っている。バスを降りて石造りの民家の間を歩いていくと通りのの中ほどにハイポと呼ばれる門があった。
青岩鎮 ハイポ
通りを抜けると畑の中に城壁が見えた。明の時代に造られた城壁で、文革でほとんど壊されてしまったが再建された。
城壁
城門をくぐると石畳の道の両側に古い家並みが続く。正面の壁の上部が尖った石造りの建物があったが教会だという。
古い家並み 教会
通りの両側には店が並んでいて変わった食品など並んでいる。血豆腐は豚の血を混ぜた豆腐で普通の豆腐と同じように食べるという。
もち米 ゆば
唐辛子 血豆腐
細い路地の奥に迎祥寺という寺があった。文革で破壊されて再建されたので建物に重みがない。本堂には阿弥陀仏と観音像が祀られていたが、四天王像はなかった。
山門 本堂
境内
境内の売店では太い線香や蝋燭とともに穴の開いた白い紙が売られていた。あの世の紙幣だという。
露店 あの世の紙幣
寺を出てさらに進むと広い通りに出た。ここにも古い店が並んでいて時代劇の雰囲気だ。
古い家並みの通り
10時15分青岩鎮を出発、凱里に向かう。途中盤江の町による。ここには犬肉店がたくさん並んでいて店先には犬の肉が飾られている。肉用の犬は養殖されているとのことだ。
犬肉店 犬肉
貴新高速道路に入り12時20分貴定県に到着する。ここはアグネス・チャンの出身地である。飛び込みで環城飯店という町の食堂に入り昼食をとることにした。
環城飯店
食事の支度ができるまで町の中を散歩する。大通りは舗装されていて道端の家は建て替えられているが、裏に周ると昔の建物が残っている。アグネス・チャンはこのような風景の中で子供の時代を過ごごしたのだろう。
貴定県の裏通り
13時40分貴定県を出発、再び貴新高速道路を1時間15分ほど走った後一般道に入る。15時25分、舟渓を通過する。ここは2年前の2月に蘆笙祭を見るために訪れた村が、大勢の人で賑わっていた河原も今は人影がない。
道路の沿ってテンケン鉄道の線路が走っている。延々と続く線路を見ると工事をした人たちの苦労がしのばれる。
テンケン鉄道の線路
美しい棚田があったのでバスを停めて写真をとる。
棚田
15時50分青曼村に到着した。この村は世帯数300、人口1000人で短裾ミャオ族が住んでいる。
青曼村
まず龍さんの家を見せていただく。杉の木で作った3階建ての建物で、家の入り口には魔除けが飾ってある。内部は広いが、チリ1つないほど掃除されている。昔は周りの山は杉で覆われていたが文革のときに切り払われてしまったので新しく家を建てるときはレンガ造りにするという。
魔除け 台所
奥さんに民族衣装を着てもらう。そばにいる子供は6歳と1歳だという。民族衣装は布を買ってきて刺繍だけ自分でするという。髪の毛は一生切らないので腰の下まであるという。
民族衣装
続いて村の中を見物する。道端で苗床つくりをしていた。木の板の隙間を塞いで籾を丁寧に並べ、ビニールで覆って棚に入れて発芽させる。
苗床作り 苗床
16時55分村を出発、5分ほど走るとまた見事な棚田があったのでバスを停めて写真を撮る。棚田は美しいが作る人にとっては大変である。
棚田
さらに走ると今度は田植えをしている人たちがいたのでまたバスを停めて写真をとる。小学生くらいの女の子も手伝っていた。近くで鍛冶屋さんが赤く熱した鉄を叩いていた。村に鍛冶屋さんはなくてなならないので若い人が弟子入りしている。
田植え 鍛冶屋
18時今日の目的地凱里に到着した。凱里はたくさんの田んぼという意味のミャオ語で、この地の農民は豊かである。ホテルにチェックインする前に快活林とい料理店に行ってミャオ族料理を食べる。蘆笙の演奏で迎えられて中に入ると民族衣装を着たとミャオ族の娘さんが待っていた。
快活林
今日のメインの料理は酸湯魚と呼ばれる鍋料理だった。トマトで作ったすっぱいスープに鯰が入っていて後から豆腐や蒟蒻、野菜などを入れて食べる。
料理 酸湯魚
ミャオ族の人は背が低く男でも平均身長が150cmくらいであるが、サービス係りの女性は160cm以上あり、他の女性も背の高い人が多い。聞いてみると子供のときから市内に住んでいるという。背が低いのは山の中の村で十分に栄養を摂れてないためのようだ。
中国語を話せる方がいて娘さんと話していると、日本人の祖先はミャオ族だと言っていたという。以前から日本人のルーツは雲南地方にあると言われているが、ミャオ族はもともと黄河流域に住んでいて漢族に追われて雲貴高原に逃げてきた。その際一部が日本に渡ってきたのかも知れない。
ミャオ族の娘さん
19時40分凱里の凱里賓館に到着した。2星ホテルでエレベータはない。
凱里賓館
カラオケの音がうるさいので町の中に出かける。10分ほど歩くと町の中心のロータリーに出た。ここには水牛の角、ミャオ族の冠、それに蘆笙をデザインしたモニュメントが建っている。
ロータリーの側に天湖池という近代的な大型マッサージ店があった。タイ式マッサージが58元(850円)とこれまでの店と比べると割高だが、技術が上手でたっぷり1時間半してくれたので十分満足した。日本だったら軽く1万円は取られるだろう。泊まったホテルで中医按摩が50元と書いてあったが、行った人の話ではサービス料を30元とられたというから私のほうが安上がりであった。