ベトナム旅行記
11日目 ナソン訪問後ディエンビエンフー観光
今日はディエンビエンドン県のナソン町を訪問した後、ディエンビエンフーの戦跡を観光した。
ホテルのレストランで朝食をとったら、フランスパン1個とコーヒー1杯しか出てこない。これではとても昼まで持ちそうにないのでホテル前の食堂に行きフォーを食べた。鶏肉がたっぷり入っていて結構おいしく1杯5000ドン(40円)だから食べないほうが損という気になる。
8時5分出発、しばらく昨日来た道を引き返す。黒ターイ族の女性が大きな鼠をぶら下げて歩いている。この鼠は大変おいしいのだそうだ。まだ生きていて足をばたばたさせていた。
大鼠をぶら下げた黒ターイ族の女性 大鼠
黒ターイ族の女性がオートバイに乗って走っている。ベトナムでは市内ではヘルメットをかぶらなくてよいが、郊外に出るとかぶらなければならない。しかしヘルメットをかぶると周囲の音が聞きにくくなり事故が増えるのが問題になっているという。
ヘルメットを持つ黒ターイ族女性
30分ほど走ると市場があったので見物する。ライチョウ省の人口は66万5千人でターイ族が50%というが、ここにいるのは黒ターイ族のばかり人だ。黒ターイ族の女性は大きなお団子の髪の毛の上に三角帽子をかぶるので帽子の位置がずれている。
市場
しばらく走ると周りは田んぼだらけになり、大勢の人が牛を使って耕したり田植えをしたりしているのが見える。また道を水牛に引かせた牛車がのんびりと通っていく。道端の池には布袋草のような草が薄紫色のきれいな花を咲かせていて、なんとものどかな風景だ。
耕す人たち
牛車 水草の花
1時間ほど走った後左折し、20分ほど走るとKHMU族の村の村があったので見物する。高床式の藁葺き屋根の家が並んでいて子供が水牛に乗って遊んでいた。水牛は大きくて怖そうに見えるが非常におとなしい。
KHMU族の村 民家
KHMU族の女性 村の子供
KHMU族の村の近くにラオ族の村があった。250年前にラオスから移動してきた人たちの子孫で、今でも正月にラオスに行く人がいるという。
ラオ族の家 ラオ族の女性
ラオ族の家と民族衣装
この後山の中に入りどんどん高度を上げていく。道端でモン族の女性がスモモを売っていた。この道はときどきオートバイが通るだけで4輪車は我々のマイクロバス以外1台も通らない。こんな場所で売れるのか他人事ながら気にかかる。
モン族の女性
しばらく走るとキャオロン村という白モン族の村があった。道はこのあたりで海抜が一番高く手元の高度計は1250mを指していた。近くにいた女性に写真を撮らせてもらおうと思ったが後ろを向いてしまったので諦めた。
キャオロン村 民家
さらに25分ほど走るとKHMU族の村があった。簡素な家が並んでいるが、ここに建っているのは農作業用の小屋で低いところに家があるという。
作業小屋 子供たち
KHMU族の親子
道端の山に焼畑があり、陸稲が植えられていた。急な斜面に作られるのでモン族しか作れないという。さらに進むと左手の谷に村が見えてきた。さきほどのKHOMU族の村である。
焼畑 KHMU族の村
11時40分ナソンに到着した。山の中の非常に不便な場所なのに立派な建物が建っている。この町からラオスまで10kmしか離れてないので兵士や警察官が大勢いて、食堂に入ったらここにも2人の警察官がいて酒を飲んでいた。なにか言われると怖いので急いで食事を済まし食べ終わるとすぐ町を出発した。途中立ちよった食堂の主人に聞くとこの町にはここ2週間外国人は1人も来てないとのことであった。辺境好きの白人が来ないくらいだからここにきた日本人は私が初めてであろう。
ナソンのメインストリート
来た道を引き返しているとおばあさんが薪をたくさん入れた籠を背負って歩いてきた。70歳を過ぎていると思われるのに坂道をさっさと歩いているのには驚いた。モン族だというが何モン族かは知らないという。赤モン族とか白モン族とかいう名は後で学者がつけた名前でこのあたりは学者が入ってこなかったのだろう。
モン族のおばあさん
ディエンビエンフーに戻ったあとディエンビエンフー博物館を見学する。内部には戦争当時の写真や武器などが展示されており、庭にはベトナム軍の野砲とフランス軍の墜落した輸送機や破壊された戦車、大砲などが並べられている。戦争博物館の前には通りを隔てて戦没者慰霊碑が建てられている。
ディエンビエンフー博物館 戦没者慰霊碑
次にフランス軍が降伏したA1塹壕のある丘に行く。低い丘だが、周りに高地がないので360度の展望がえられディエンビエンフー盆地全体を眺めることができる。しかし気温は39度を超え、日差しが強いのでゆっくり景色を眺めているゆとりはない。
A1塹壕
頂上から50mくらい離れたところにすり鉢型の穴があいている。ベトナム軍はここまでトンネルを掘り、爆弾を爆発させてフランス軍を降伏させた。頂上の塹壕のそばにはフランス軍のM1戦車が首をうなだれているように砲身を下げて置かれている。
爆発の後 M1戦車
最後にド・カストリの司令部跡を見学する。この司令部跡はオリジナルでなくコンクリートで再現したものであるが、それでも当時の様子を実感できる。
ド・カストリの司令部跡 内部の会議室
これで今日の観光を終えホテルに引きあげる。まだ時間は早いが外に出かける元気はなく水シャワーを浴びて身体を冷やした後はベッドに横になって休んだ。