ベトナム旅行記
9日目 サパからライチャウへ
ホテルの窓から朝日が当たったファンシパン山系の山並みが見えたので、もっと良い位置から写真を撮ろうと見ようと5階のテラスまで登る。ファンシパン山はベトナムで最も高い山で3154mの高さがある。
ファンシパン山系
市場のほうへ歩いていく。この市場では土曜市が開かれるが、平日でもたくさんの店が出ていて賑わっている。
サパの市場 食堂
一廓に黒モン族の人たちが集まってタケノコを売っていた。中には小学生くらいの少女も籠を背負ってきて売っている。ベトナムのタケノコは日本のタケノコより一回り小さく筋状に切って食べる。
黒モン族の女性
2階にはお土産品売り場があり、赤ザオ族や黒モン族の女性が布などを並べていた。黒モン族の女性から刺繍の入った40cm角の布を20,000ドン(160円)で買ったら、赤モン族の少女が追いかけてきて15,000ドンでよいから買ってくれというので写真を撮らせてもらってから買った。
赤ザオ族の女性
ホテルに引き返すと、近くの広場に黒モン族の少女が大勢いてヨーロッパ人が歩いてくると話し掛けている。別に何かを売りつけるわけでもないので会話の勉強をするともりなのかも知れない。
黒モン族の少女
ホテルのレストランでフォーを食べてからコーヒーを飲み7時50分にサパを出発、坂道を登っていく。10分足らず走ると国道4D線に出走る。このあたりには米国の企業との合弁のバラ園がある。左手にファンシパン山系の山々を見ながらどんどん坂を登っていく。
ファンシパン山系の山々
30分ほどすると前方に滝が見えてきた。バック滝という名で、銀の滝という意味である。滝の近くにはたくさん露店が出ていて桃やスモモを売っている。ベトナムの桃やスモモは品種改良されてないので日本のものと比べると小さくて硬い。
バック滝
8時30分国道4D線の最高地点に来る。高度計は1975mを示している。このあたりからの眺めは素晴らしいが、若干ガスがかかっているのが惜しい。マンさんの話では8月に雨が降った後に来るとすっきり見えるという。
国道4D線 ファンシパン山系の峰々(拡大)
9時15分チューベ川に出てたあとは川に沿って走る。このあたりには藁葺き屋根の家がたくさん見える。15分ほどでライチャウ省に入り、バッルー村で下車して市場を見物する。バッルー村は米と果物の産地で6月上旬と12月中旬に田植えをする。果物は龍眼、マンゴー、グァバが良くとれる。市場にザオランテン族の人たちがいた。ザオランテン族の女性は籠のような形の銀の冠をかぶりその上に頭巾を載せている。
ザオランテン族の母子 ザオランテン族の冠
市場を発ってカーブだらけの10%の坂道を登っていくとザオランテン族の親子連れが坂道を登っていた。子供はまだ小学低学年くらいの年だが重そうな荷物を背負っている。しばらく走ると赤モン族の女性が歩いていた。カメラを向けると嫌がったが、ドライバーのインさんがモン語で話し掛けると急に態度が変わり撮らせてもらえた。
ザオランテン族の親子 赤モン族の女性
赤モン族の人たちが棚田で田植えをしていた。この棚田も水が流れていてなかなか素晴らしい。
赤モン族の田植え(拡大)
このあと赤モン族の村を訪問する。日陰で女の人が2人刺繍をしていた。花モン族の女性は刺繍が苦手で既製品の民族衣装を着ていることが多いが、赤モン族の女性はすべて自分で民族衣装を作ってしまう。この家でも小さな子供が刺繍のついたスカートをはき、洗濯した民族衣装がたくさん干してあった。刺繍をすることは仕事ではなくて息抜きなのだろう。
赤モン族の村 民族衣装
赤モン族のスカート
村を出てしばらく走るととんがった石灰岩の山の間の道に入る。やがて小川が見えてきた。河岸には馬が放牧され山の麓にはトウモロコシ畑、手前には苗代と素晴らしい景色である。
道端の景色(拡大)
ここを過ぎるとタンドウンの町に出る。この町には茶畑がたくさんある。ベトナム人は夏には生のお茶を飲む。お茶の葉を入れたポットにお湯をかけて1時間ほどおいてから飲むのだが,香りがよく脳病にも効くという。小さな蕾のお茶もあるがあまりとれないので親類とか親しい友達にしか出さない。
11時過ぎフォーレーリーの町についた。時間が早いがこの町で昼食をとる。ご飯は陸稲の米だった。茶碗に4杯分くらいあり半分で止めておこうかなと思ったが、おいしいので全部食べてしまった。
食後近くにある市場へ行く。この市場にはザオカウ(DAOCAU)族や赤モン族の人たちの姿が見られた。ザオカウ族の民族衣装は赤ザオ族とよく似ているが黒い帽子をかぶっているのが異なる。
ザオカウ族 赤モン族
1時間後に出発20分ほど橋ってザオカウ族の村に行ったが、はじめ訪れた家には犬がいて吼えるのですぐ引き返し、100mほど離れた別の家に行って民族衣装を取らせてもらった。
ザオカウ族の家
ザオカウ族の娘
この後ムンソーの町で10分ほど休んだ後、右手にダー川の茶色い流れを見ながら狭い谷間を走る。このあたりにはバナナの畑がたくさん見える。やがて広い谷に出て、ここに白ターイ族の村があった。
1軒の家を見せてもらう。高床式の家で広い部屋の片側が寝室になっていて残りの部分が台所や居間になっている。壁は竹や隙間だらけの板で風通しがよい。中国のタイ族は寝室を壁で仕切ってよその人には絶対中を見せないが、白ターイ族の家の寝室は開放的で中が丸見えだ。
白ターイ族の家
寝室 台所
白ターイ族の親子
次にマン族の村を訪れる。吊り橋を渡り坂を登ると数軒の藁葺き屋根の家があった。どの家もかなり粗末である。村の人に民族衣装を着てもらえないかと頼んだがだれも持っていない。貧しい気の毒な人たちであった。
マン族の村 民家
再び白ターイ族の村に出たので家の中を見せてもらう。白ターイ族の家には表と裏に2つの階段があり男は表の階段から登り裏の階段から降りる。女性は裏の階段だけを使う。
白ターイ族の家 糸を紡ぐ女性
近くの川で白ターイ族の女性が水浴びをしていた。ターイ族の女性は今でも川で裸になって身体を洗う習慣がある。
水浴びした白ターイ族の女性
この後一路ライチャウに向かい17時15分ラナン・ホテルに到着した。客室がたくさんあったが、SARSの影響で閑散としていた。