ベトナム旅行記(中・北部)
8日目(6月24日) 少数民族の村観光
8時10分ホテルを出発、昨日の雨がまだ降り続いている。まずゴオ教会を訪れる。この教会は1913年にフランスの宣教師が少数民族のために造った木造の教会で、フランスの建築様式に少数民族の様式を採り入れてある。
ゴオ教会 礼拝堂
少数民族はアニミズムだったので内部はアニミズムとの調和が図られ、礼拝堂の窓には少数民族の最高神太陽の絵が描かれている。紐の束がかけてあるが人間が神とつながる絆だという。。
太陽神の絵 紐の束
敷地内に孤児院が造られている。この地には難産で母親が死ぬと子供を一緒に生める習慣があり、また双子の一人は寺や森に捨てられるのでそういう子を引き取って育てているのである。ここには215人が収容されているが、ほかに2つの孤児院があり合計600人あまりが収容されている。
孤児院内部 孤児
9時5分に教会を出発する。道を牛車がのんびり走っている。9時15分コンコノ橋を渡る。1車線しかないつり橋なので牛車が来ると通り過ぎるまで待たなければならない。
浸水した道 コンコノ橋
9時30分コンカトー村に到着した。この村にはジャライ族が住んでいる。まずロングハウスを見学する。高さが28mあり、入り口には丸太で作った男用の階段と女用の階段が並んでいる。
ロングハウス 男女別の階段
ロングハウスは村の男が総出で造り、釘を使わず紐で縛って組み立ててある。風で倒れないか心配だが、山と山の間の低地にあるので大丈夫だという。ロングハウスは集会所として使われるほか伝統を教える学校としても使われる。夜は交代で12人の若者が泊まって番をする。
屋根裏 柱と梁
村の娘さんに民族衣装を着てもらう。この村では皆民族衣装を持っているが日常には着ていない。
ジャライ族の民族衣装(拡大)
高床式の民家の床下に棺桶が置いてあった。年寄りの長生きを願って置いてあるのだという。
民家 棺桶
10時45分コンカトー村出発、コンガゴブォトウ村を訪れる。この村にはバナールガオ族が暮らしていて伝統的な家が並んでいる。民族衣装の写真を撮りたかったが、この村の人は民族衣装を持っていなかった。彼らはねずみを食べるが鶏肉よりおいしいという。
民家 母子 子供たち
この村は漁業で暮らしていて、村の傍の川には丸木舟がもやっている。家の入り口に貝殻のたくさんついた紐が懸けてあったが、何かと思ったら魚を驚かして追い込む道具だという。。
丸木舟 貝殻のついた紐
1157分レストランに到着。町一番のレストランでハジャンの大衆食堂とは大違いだ。
レストラン 料理 魚肉の春巻包み
14時5分出発30分ほど走ると右手に新しいロングハウスがあった。柱はコンクリートになっている。最近は森の木の伐採が禁止されているのでコンクリートで造っているのだ。ロングハウスの前に黄屋竹でできた柱が立っているが祭りのときに生贄をしばる木である。生贄には鶏、山羊、水牛などが使われる。
ロングハウス(拡大) イケニエを縛る木
20分ほどして出発、ジャライ族の別の村を訪れる。この村のロングハウスは小型で入り口が1つしかない。ロングハウスはその村が豊かかどうかを表している。
ロングハウス 壁 屋根の飾り
次にプライプライ村を訪れる。この村にはジャライアラック族が住んでいるが民家はジャライ族と変わらない。
村への道 村の家
村の中に墓地があった。ジャライアラック族は墓の埋葬の仕方が変わっていて、埋葬後3年間毎日墓の前に食べ物と水を捧げ、その後水牛を生贄にしてして墓を閉める。その後は故人のを彫刻した木の柱を墓の傍に立てておく。。
墓 故人の像
墓に植えられた花にチョウが集まっていた。
蝶
ホテルにもどったあと夕食の時間まで休み、夕食後再びコンカトー村に行き踊りのショーを見る。踊りは松明を燃やして行い、先頭にふんどし姿の男が太鼓や銅鑼を流しながら歩き、その後に女たちの踊りが続く。
ゴングの演奏 踊り
踊りが始まると我々に地酒が振舞われた。ジャライ族の伝統に従い酒の入った壷から竹のパイプで飲むのである。酒は飲みやすいが度が高いので気をつけないといけない。最後に村の女性と日本の歌の交換会になってショーは終わった。
歓迎の酒 歌の交換
ホテルに帰る途中コンコノ橋を渡るとたくさんのカップルが橋の欄干にもたれていた。公園などがないこの地ではコンコノ橋がデートの名所なのだ。