H11.12.22 東京高裁 H11(ネ)3483 小説著作権


平成一一年(ネ)第三四八三号複製物廃棄等請求控訴事件(原審・甲府地方裁判所平成八年(ワ)第七六号事件)(平成一一年一一月一七日口頭弁論終結)
判       決
控訴人(原審被告)    深 澤 鞠 子
控訴人(原審被告)    深 澤 啓太郎
控訴人(原審被告)    深 澤 六 郎
控訴人(原審被告)    辻 茂
右四名訴訟代理人弁護士  久保田   伸
被控訴人(原審原告)   三 神 ふさ子
右訴訟代理人弁護士    小宮山   博
主       文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事 実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決中、控訴人ら敗訴の部分を取り消す。

2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二 当事者の主張
当事者の主張の要点は、以下に付加するほかは、原判決事実欄の「第二 当事者の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。なお、控訴人らは、当審において、本件小説についての著作権が被控訴人に帰属することを明らかに争わない。
一 控訴人ら
 控訴人らが昌訓の死後発見した対象物件の原稿(乙一三号証、以下「本件原稿」という。)は、印刷物のコピーであったが、その冒頭著者名には「深沢昌訓」との記載があり、その記載には何ら加工の後は見受けられないから、原稿の体裁上、作者が昌訓と認識するのは当然である。また、その内容も、昌訓自身の私小説というべきものであり、控訴人鞠子が昌訓の生前、同人から書き残すと言われていた内容とも一致するものであった。しかも、本件原稿の発見後、原審被告敏野が、控訴人鞠子に対し、平成二年夏、昌訓から渡されてその内容を読み、担任教師である浅川保に他の戦争体験の資料とともに渡した作品に間違いないと答えたことから、控訴人鞠子を含む控訴人らは、本件原稿が昌訓の作品であると信じたものである。
 他方、本件雑誌は、公立学校共済組合本部が発行している雑誌であり、いわば教職員の間における同人誌的な雑誌であり、教員全員が購入しているものではなく、文芸に関心の深い教員が投稿したり、購読したりしていたものにすぎず、しかも、本件小説が掲載された昭和五一年二月号は、本
件遺稿追悼集が発行された平成七年八月の約二〇年も前の書籍であるから、控訴人らが、本件小説が本件雑誌に掲載されていたことを知るのは到底無理であった。
 そして、控訴人啓太郎は、本件原稿を本件遺稿追悼集に掲載するに当たり、昌訓の投稿していた雑誌や、同人誌、新聞のスクラップブックなどを探してみたが、本件原稿の掲載雑誌は見つからず、本件雑誌も存在していなかった。

 以上のような事実から、控訴人らは、本件原稿が昌訓の作品であると信じて、本件遺稿追悼集への掲載を決めたのであり、本件原稿が昌訓の作品でないと疑うことは到底無理であった。したがって、控訴人らが対象物件を本件遺稿追悼集に掲載した行為について、過失は存在せず、不法行為は成立しない。
 なお、被控訴人は、昌訓の実弟である正名から送付された原稿(乙一号証、以下「送付原稿」という。)をもって、控訴人らが本件小説が掲載された本件雑誌の存在を容易に知り得たものであると主張するが、正名は、昭和四三年に日立製作所に就職して茨城県日立市に転居し、平成一〇年まで同市に住んでおり、技術者という仕事の性格上、多忙を極めており、山梨県南巨摩郡中富町の実家には、年一回程度しか帰省できなかったから、控訴人らが、平成七年当時、正名に本件原稿について尋ねることは、到底無理な状況にあった。

二 被控訴人
 本件原稿(乙一三号証)には、控訴人啓太郎による細かい校正、編集がなされており、同控訴人が本件遺稿追悼集への掲載用の原稿として作成したものであるから、昌訓の死後、同原稿を控訴人鞠子が発見したということは、真実ではなく、それに基づく主張も虚構のものといえる。
 控訴人らは、本件雑誌の存在を知ったのが正名からの送付原稿の記載によるものであるとするが、同原稿は、控訴人啓太郎が正名に、本件遺稿追悼集に掲載された対象物件に関する原稿のようなものはないかという趣旨の照会を行い、これに対して送られてきたものであり、このように本件雑誌の存在については、調査により容易に知り得たものである。
 したがって、控訴人らは、対象物件を本件遺稿追悼集に掲載した行為につき、故意・過失を有するものである。

     理      由
一 当裁判所も、被控訴人の本訴請求のうち、控訴人らに対する本件遺稿追悼集の頒布の差止め、本件遺稿追悼集の対象物件掲載部分の廃棄、慰謝料五〇万円及びこれに対する遅延損害金の請求(以下、これらの請求を「被控訴人勝訴請求」という。)は理由があるものと判断する。
 その理由は、当審における主張について、次に項を改めて説示するほか、原判決理由欄の記載と同じであるから、これを引用する。
二 当審における主張について
 控訴人らは、本件原稿における著者名の記載等の体裁、昌訓自身の私小説ともいうべきその内容、昌訓による生前の言動、控訴人鞠子が原審被告敏野から告げられた平成二年夏当時の体験等から、本件原稿が昌訓の作品であると信じたものであり、他方、本件雑誌は、教職員間における同人誌的なものであって、本件遺稿追悼集の発行の約二〇年も前に刊行された書籍であるから、本件小説が本件雑誌に掲載されていたことを知るのは到底無理であり、しかも、昌訓の遺品中に本件雑誌が存在していなかった以上、控訴人らが対象物件を本件遺稿追悼集に掲載した行為について故意・過失は存在せず、不法行為は成立しないと主張する。

 確かに、本件原稿の体裁及びその内容からすれば、本件原稿が昌訓の作品であると信じることにも一応の根拠があり、また、本件雑誌の性格や刊行年月日を考慮すれば、それについての調査が極めて容易であるとはいい難い面があることは否定できないところである。
 しかしながら、控訴人啓太郎の依頼により正名から送られた送付原稿(乙一号証)の冒頭には、「昭和五〇年夏草稿 同五一年春“文芸広場”掲載のもの」との書き込みがあり、このことから本件雑誌の存在自体は容易に知り得たものと認められるところ、前示のとおり(原判決一六頁二〜七行)、対象物件についての自筆の原稿が見つけられず、本件遺稿追悼集に収録された昌訓の作品の中で、昌訓自筆の草稿が見つからず、かつ、出典が明らかにならなかったものが、対象物件だけである以上、教職員の関係者はもとより、実弟の正名等を含む近親者に対してその出典等の調査を行うべきことは、本件遺稿追悼集を刊行しようとする控訴人らにおいて、当然、かつ、容易な事柄であると認められ、正名が隔地に居住していることや勤務上多忙であろうことを理由に、それを怠ることは許されるものではないといわなければならない。

 したがって、控訴人らが、この点についての調査を怠ったまま、対象物件を本件遺稿追悼集に掲載した行為については、過失が存するものと認められ、不法行為が成立しないとする控訴人らの主張を採用することはできない。
三 以上によれば、被控訴人勝訴請求には理由があり、これを認容した原判決は正当であって、控訴人らの本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法六一条、六五条一項本文、六七条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。


   東京高等裁判所第一三民事部

     裁判長裁判官 田 中 康 久

        裁判官 石 原 直 樹

        裁判官 清 水 節
            


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