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「Infoseek モバイル」

2004年2月8日(日)
初めて

ホームページのあらましが完成した。あとは公開が上手く行くかだ。
今年は寒いですな。上の絵で少しは暖まりましょう。

2004年2月11日(水)
怪しい

徹夜してホームページを公開した筈なのに、どうも公開されてないみたいだ。楽天の広告が載る筈なのに載ってないし(これは一向に構わないが)、カウンターの設定が出来ない(全て指示通りにしたのだけれど)。どういう条件を付けて、どこで検索をかけても出てこないことも、その思いを強くするばかりだ。旧Lycosだから載せないのか、裏事情があるのか?進歩した情報技術は、一定のカテゴリーの人々を情報源へのアクセスから排除するばかりでなく、情報技術そのものを用いて彼らを社会的に排除するための道具として用いるとされている(John Lea)が、私もそうしたカテゴリーに分類されているのかも知れない。そうすると、少なくとも、まず以てLycos、そしてInfoseekがそうした排除機能を分担しているということになる。皆さんはいかがですか?

2004年2月13日(金)
その後

広告は表示されたが、検索が効かない。なんでも、検索サイトに自分で登録するのだそうだ。
検索サイトとは、キーワードに基づいてインターネット上を探し回るところかと思っていたが、そうではなく、自分のサイトに登録した各種のホームページに関するデータベースの中だけで「検索」するようだ。それで、あれこれの検索サイトがはびこっているのだろう。しかし、それならば、書物を公刊した者は国会図書館に一冊寄贈しなければならないとされているのと同様に、統一的な検索サイトを設け、ホームページを公開した者は皆そこに登録すれば足り、検索したい者もそこで検索すれば今現在登録されているサイトを全て調べることが出来るようにした方がよほど合理的ではないか、と思われるのである。(さもなければ、インターネット上の「検索」とは、古本探しと同じレベルであることになろう。)インターネットとの関連に於ける「公」的なものの存在理由はそういうところにある筈であって、検閲まがいの所為に特化することではあるまい。各種の検索サイトなるものを多数乱立させている理由は、ホームページ開設者(政治・社会運動の担い手も多いであろう。)の表現の自由が実効力を持つ(受け手との接触を持つ)ための前提条件を資金力に左右させたり、検索サイトに「検閲」を代行させたりするところにあるのではないだろうか。<情報化社会>などとして喧伝されてきたこと(何よりも自由であるということであっただろう。確かにポルノやその他の犯罪謀議のためには自由を提供しているようであるが…。)は現実に於いてはそれこそ「仮想」のものであったのだろうか。

2004年2月15日(日)
疲れた。

ホームページ作成時に、平行してパソコン異常が頻発。ホームページ作成に関しては、こちらでやれることはやったが、パソコン異常に関しては、セキュリティ関連ソフトも役立たずといったところか。毎度のことだが、無駄が多すぎる。INFOWEBとかFujitsu Infowebがよく出て来るのも驚くべきことではないだろうか。
都道府県寸評と株式天気予報を載せる。

2004年2月17日(火)
パソコン異常のその後

起動時や、WORDなどを起動する時に、接続画面が頻発していたのを、ようやく直すことが出来た。パソコン自体が、VeriSignにアクセスしたがっていたのだった。それにしても、一太郎などは何の異常も起こさなかったのは、何故だったのだろうか。パソコンのハード面よりも、そもそもWindowsというのが不安定なのではないか、と思うこともあった。でもMacは触ったこともないし、一から覚えるのも大変だなと思う。

2004年3月14日(日)
ホームページの編集

一ヶ月ほど、日記に加筆しませんでしたが、そもそもこのホームページが果たして公開されていて、論理的には誰からもアクセス可能になっているのか、疑問だったことも背景としてありました。最近は、誰も見てないなら、好き放題気楽に書いていこうと思い直して、頑張りだしています。》
しかし、ホームページビルダーというソフトは重くってエラーが頻発しやすい。すぐにシステムリソースがなくなってしまう。Meのままなのが悪いのかも知れないが、どうしてこうも重たいのだろう。それでベテランの人はエディターというのを使うのだろうか。最初は、HTMLの書き方などを覚えている暇はない!と思っていたのだが、少し挑戦してみる価値がありそうになってきた。

2004年3月23日(火)
ホームページの編集終了

2:30ca 文字を大きくしたり、全般に加筆したり、新たに子供の領分を掲載したりした。3:40 ネット上で確認すると、又しても、ホームページビルダーの画材が消えている。
●きれいな写真満載のホームページとか音楽鑑賞の楽しめるホームページとかを作っている方は、どうやっているのかなあ、と不思議に思う。
◆寒いこともあってか、体調が再び悪化し始めている?暖かいところに移転したい。四国とか九州とか。◆
10:30 新たに時事評論を載せた。出来れば、これに掲示板を付けたいが。
■今日は寝ようと思ったが、ニュースを見て思い立ち、時事評論を作ってしまった。この手のものならば、いくらでも作れるぞ。■

2004年3月28日(日)
ホームページの編集

文芸雑記帳を載せた。INFOSEEKの広告で表記が隠れるのをさけるために設けた最上部の空きを調整した。しかし、どんな内容の、どんな大きさの広告が載っているのかが、本人には確認出来ない、というのは、重大な問題ではないのか?
ホームページを始めると、次から次へと編集すべきことが増えてきて、本来の課題に腰を据えて取り組むことから遠のいてきているのが悔やまれる今日この頃である。
それにしても、楽天の日記でさえ、見事なホームページが多いのには驚かされる。

2004年4月6日(火)
電話代

  電話代を見てウゲーッ!普段いないところ―ネットも殆ど使わない―に長居していたのに、電話代を気にせずにいろいろやっていたために、電話代がかさんでしまった。あらためてADSLが不可欠となったが、NTTによると、電話局から7km以上離れているためにADSLは使えないと言う。ISDNのみとなる。ISDNの話は去年も聞いたが、その時にしておけば、と反省。
  都会と異なり、田舎は何かにつけて金がかかる。この点、一般に誤解があるのではないだろうか。自給自足に近い基盤を持っているか、土木建設に代表される「公金横領」に加功しているかしている者のみが、安く上げることが出来るのであって、一般的に言えば、種々のインフラも貧弱な田舎での生活は異常に高く付くのである。
  又、田舎には自然が多いとされるが、その「自然」自体が人工的なものであることを等閑視してはいないだろうか。人跡未踏の地であって初めて「自然」と言えるのであって、農林水産業のはびこるところは、本来的な自然ではないと思う。そもそも、農林水産業を原理的に支配しているのは人工ということであり、人為・作為が支配しているのである。その人工が割拠を求め、他との交流を必要最低限度にとどめおこうとするのが「自然」と呼ばれるものであり、農林水産業の立場の独善なのである。いずれの立場からしても、物流の動脈などになるのは避けたいだろうし、自己に都合のよい限りでの「交流」を是認しているに過ぎない。農協はあっても、広く一般のために情報流通の便宜を図ろうとはしない。せいぜい天気予報と(自前の)商品価格に纏わる情報を求めるための便宜を図っているだけなのである。
  大都市のように住民が多様であって、その多様さに呼応した情報流通の便宜を図ることが発展に繋がるのだ、という自覚は無用であるかの如きなのである。その身勝手さ(これを美化して「純朴」と称する場合が多い。)が、「田舎」の排他性と呼ばれるものの根底を成している。高度成長期に田舎に進出してきた企業の身勝手さを嘆く声が田舎で聞かれたことがあっただろうが、自分たちの身勝手さを等閑視している点で、片手落ちとなっており、そこに説得力不足を生む原因があったはずである。農林水産業を軸としての交流のみに種々の便宜が図られるということは、大企業の独占・寡占と根は同じはずである。田舎の独占・寡占のみは、地方の独自性と美化されて、放擲され来たっているのである。「大企業の横暴」が田舎の隅々まで余すところなく浸透しなければ、こうした身勝手さ・田舎風独占や寡占は問題視されずに蔓延し続けるであろう。だから、それがもたらす「地域格差」を嘆くのは当たらないのであり、地域格差を極限まで推し進めることが急務なのである。手前味噌の独善に浸りきっていようとも、格差が極限まで亢進していけば、全てが統一的な視点の下に問題化し、統一的な基準に基づく改革が日程に上って来るであろう。小出しの「改革」は、真の解決を先送りするだけであろう。
  まして、この辺りは、世に言う「何でもあり」のところだ。(そうと分かっていれば、引っ越しては来なかったのだが。)文字通り「何でもあり」ならば、光ファイバーがあってもよいのだが。しかし、まあ、通話料が定額ということで渋々納得する他はないだろう。

2004年5月11日(火)
お久しぶりです。

パソコン内部の日記にはリアルタイムで記録し続けているのですが、ネット上の日記としては、当初はINFOSEEKのプロフィール、その後は徐々に楽天日記に比重を置くようになってしまい、自らのホームページ上の日記はお留守をしておりました。特に楽天日記は、訪問してくれる方が多いので励みになり、結果として最も頻繁に書き込むようになったのでした。
当初、自分のホームページを開設するまでは、自分のホームページに必要な情報を全て載せて、自分のホームページが勉強机であり、仕事場でもあるようにしようということを意図していたのでした。でも、ネット上で何かをしていると、すぐにファイアウォールの警告が頻発するので、そうはいかないことを悟ったのでした。ネット上にウィルスだのハッカーだのがはびこっている限り、そこでの自由はないと思います。
この日記をご覧になった方から感想メールでも頂ければ励みになるのですが、そうした次第で、今までは中身のない話しか載せていなかったので、それも無理のままにとどまっていました。これからは、自分のホームページを全面的に充実していこうと思います。

2004年5月16日(日)
ジョン・ネイスビッツ「メガトレンド」を読む。

古い本だが、気になっていたので読んだ。気になったところを私見を交えながら概説する。
情報化社会が進展すれば、科学者にとっては、実験そのものよりも、自分がやろうとする実験が既に行われたものであるかどうかを調べることにより多くの時間を取られるようになるとあるのが気になった。そこで、情報を選択して提供することがビジネスになるというわけである。
そもそも情報化社会であろうがなかろうが、情報そのものは専門雑誌を始めとして百科事典など幾種類もの書籍に溢れていたはずである。情報化社会という場合には、そのあらゆる部門にまたがって散在している情報群を整序し、目録カードを作成して、万人の利用に供する機会を設けようとする意向を含意しているであろう。かなり専門的な情報は、研究機関などを訪れて、書籍類を借り出して閲読しなければ得られなかった(そもそも閲覧資格に厳しい制限があったし、今もあるであろう。)が、情報化社会という場合には、
閲覧資格の制限を撤廃して、万人の効率的な利用に供すべきであるという規範的な要請をも含意していると思われるのである。
ネット社会が進展すれば、在宅勤務も標準化され、そこでは身体障害者が差別なく就職できるようになるだろうとも述べられている。
情報産業の進展にみられるように、情報は確かに経済的に実在するとされている。
新たなシステムを構築する技術者の需要が激増するばかりではなく、出来上がった高度な技術システムを維持するために必要な熟練技術者の需要は逼迫するであろうとされている。(ブルーカラーではない分野の)人材派遣業は急成長を遂げるであろうともされているのである。
宇宙船地球号では、誰もが乗組員である。地球的に考え、地方的に行動すべきであるとされる。その際、判断の根拠としてこれまで用いられてきたデータは古い産業に適合したものであるので、
今何が進行中であり、明日がどうなるかを理解するためには、新しい概念、新しいデータが必要であるとされている。会計処理から人事考査に到るまで、これまで評価されなかった要素を新たにデータ化する必要があるであろう。そして、誰の・どんな仕事が組織体全体の業績向上にどのように寄与しているのかは、常に新たに再評価されていかなければならないであろう。
これから成長する近未来医的な花形産業のいずれに於いても情報こそが商品となるであろうとするのは、納得できることである。財貨の生産にしても、それを媒介する情報のありよう、情報の組織化具合が成功の鍵になっているであろうからである。
変動期にあって、長期的視野に立って行動していく場合には、状況を踏まえつつも基本に立ち返って対処する必要がある。単なる敗戦処理としてではなく、
積極的・能動的・創造的に「原点へ転戦」して行く姿勢が求められているであろう。そして、明確に形象化されたビジョンによって組織全体を引っ張っていくことが出来なければならない。その際には、長期予測能力の如何が重要となる。
専門性を欠いた組織活動が衰退しつつある。機能的な分散化が進行するであろうが、情報産業はそこに活路を見出しうるのである。全ての分野の書物を出版している出版社にみられるように、情報産業はそもそも機能的には横断的に構成できるのである。
各人の自律がますます重要視され、それに基づいて、新たなネットワークが構築されて行くであろう。組織体は、各自の自律に寄与するように情報を開示しなければならなくなり、決定過程は分散化された積み上げ方式になり、管理者に必要なのは決定することではなく、各人の自己主張・自己発展の場を設けることになるかも知れない。
ピラミッド型のヒエラルキーから横型のネットワークに遷移していくとされる。
情報は、それを分かち合うことから新しい考えを生みだす。ひいては、新しい精神構造・生き方・世界認識を生みだす。そして、それが、新しい解決・新しい社会を生みだすのである。そもそも情報の前には誰もが平等なのであるから、情報化社会に於いては、誰もが中心になるのであり、情報の共有を足場に問題を解決し、処理していくのであるとされる。組織体が失敗した場合は、決定権者の失敗であったというよりも、情報の共有が不足していたと言うべき場合が多いであろう。(幹部が組織体全体に対しては秘匿したままに違法行為を為していたとか、逆に中堅以下の成員が違法行為を為して、組織全体を危機に陥れるとか。)
又、高学歴者が溢れている時代にあっては、横のネットワーク構造であってこそ、誰もがそこそこに管理者でいられ、達成感・満足感を味わえるのである、とされる。
ネットワーク構造に於ける管理者は、他の並存する管理者と情報を共有しあえるように、自己の業務を掌握し、対象化(レポート作成とか)し得なければならないとされる。又、業務管理を出来るだけコンピューターネットによって自動的に行えるようにすることが望ましいとされる。
そもそも、現在何がどこまで進行しており、いついつまでにどこまで進むかは、結果が出るまでは分からないというのでは、成員個々人に油断・怠慢を生みだすと共に、組織体としても計画の立てようがないであろう。地図のない冒険の意義は個人レベルでのみ想定できることであると思われる。個人事業主ならば、気まぐれ経営が瓢箪から駒を生むこともあろう。しかし、本来、
仕事というものは客観的に対象化され、計測可能になっていなければならないのである。(さもなければ遊びである。)組織体全体の業績がどういう結末を迎えるかは、決算期までは不明であるという企業は、既にして死に体なのである。(ただ、環境が余りにも甘いために、何となくやって来られたに過ぎない。)組織体全体が何をどこまで達成しており、決算期までにどこまで達成するかがリアルタイムで対象化できるということと、成員個々人が何をどこまで達成しており、決算期までにどこまで達成できるかがリアルタイムで対象化できるということは、相即しているであろう。仕事とは、組織体全体にとっても、成員個々人にとってもそうでなければならないのである。この点で、殆ど全ての組織体は「仕事」をしているとは言えないのではないだろうか。真に活力のある企業とは、この迷妄を振り切った地平に於いてのみ現れうるのである。
情報化社会は地域の制約を取り払ってくれる。このことが又分散化を促進するのである。
※これまで、日本社会はアメリカ社会の歴史をなぞるかたちで発展してきたように見える。そうであれば、この書に描かれた姿は、我々にも大いに参考になるであろう。
尚、ヒエラルキー型か横のネットワーク型かという点については、解決すべき問題群の困難度が、トップ単独の決定では克服できないほどに亢進してきたことが関係しているようにも思われる。組織環境が、従来の手法が通用しないほどに、混迷の度を増してきている、ということである。そこには、国際化と分散化の両側面と個人の自律尊重の傾向が影を落としているであろう。いずれの影にも前向きに取り組むべきものであると思われる。

2004年5月20日(木)
やりたいこととやらねばならないこと

(1) やりたいこととしなければならないことが完全に乖離している場合には、それぞれの根拠を辿っていくことによって、その乖離が解消される場合があるであろう。やりたいことはやらなければならなかったことであり、又、やらなければならないことがやりたいことでもあったという風にして、両者が融和するに到る場合は大いに想定できるであろう。成功者と呼ばれる人は、大概に於いて、両者が融和していればこそ成功したと言えるのである。

(2) もし、やりたいことの根拠がやらなければならないことの根拠とどうしても融和できないとか、或いは、やらなければならないことの根拠を辿っていってもやりたいことと融和できないとかいった場合はどうか。


(2)−1 融和できなくとも、目的ー手段の関係に立つことはあり得るであろう。割り切って考えるわけである。仕事はバリバリこなすが、仕事で稼いだ金を元手に、頃合いを見て長期休暇を取り、バカンスを満喫する。それを反復継続していくわけである。

(2)−2 しかし、そうした何らかの関係にも立ち得ない場合はどうか。
(イ) やりたいことをしていると、やらなければならないことがますます出来なくなるとかいう事態は、受験生などによく見られることである。しかし、この場合は、見たいテレビ・ゲーム・デートを先送りすればいいのではないだろうか。そして、無事合格して一歩高い見地に立つと、かつてやりたかったことが馬鹿らしく見えてくる場合が多いものである。つまり、やりたいことは、その人の立っている地平に応じて変わり得るであろう。さもなくとも、今度はやりたいことを長期休暇などに思う存分取り組むことが出来るようになっているであろう。
(ロ) 尤も、やらなければならないことを自己に無理強いして時を過ごしているうちに、そのやらなければならないことを仮に成し遂げることが出来たとしても、かつてやりたかったことへの情熱は消え失せ、しかも他にやりたいことを見出せなくなっている自分を見出したとしたらどうだろうか。やらなければならないことの方が視野狭窄から生まれた錯覚であったのであり、もっと広く高い見地に立っていたならば、やりたいこととも何らかの連動性を持つような・新たな「やらなければならないこと」を発見していたかも知れないわけである。
(ハ) やはり自己を、その本来の姿さえ消え失せるほどに押さえすぎてしまうと、最初のやらなければならないことの奴隷・道具に成り下がることによって、その自ら課した拘束(=やらなければならないこと)が最早やらなければならないとは言えないようになっている場合も多いと思われるのである。又、やりたいことばかりに走れば、やらなければならないことに取り組むには手遅れになる場合は極めて多いものである。何事にも旬というものはあるものなのである。やりたいことでも、やらなければならないことでも、直ぐにやってみるという姿勢は必要であろう。ただ、その際には、どちらの極に走りすぎてもいけないわけである。

(3) しかし、やりたいこととやらなければならないことが融和しているとか、何らかの連動性に立っている場合には、それらにとことん取り組むことは―健康を害するとかの弊害がなければ―良さそうに見える。ただ、この場合であっても、上述の場合と同様に、やりたいこと=やらなければならないことに没頭しすぎると、ふと我に返った時に、本来自分が求めていたものとは違った地平に立ってしまっている自分に気付く場合もあると思われるのである。がむしゃらに前進するたびごとに、その都度の地平に於いてよく周囲を見渡し、再検討する余裕を忘れてはいけないのである。ニュートンは研究に没頭する余り、卵の代わりに時計を湯立てていたという話がある。これは集中力の大切さを訴えるための逸話であるが、しかし、時計をゆでる程度を遙かに越えた失敗をしてしまったならば、たとえニュートンであっても、再起は不可能であったかも知れないであろう。そういうことのないように、進路の再検討を常に怠ってはならないということである。

(4) 最後に、やらなければならないことにどうしても取り組めないという、よくある場合について少し述べよう。その際には、何故やらなければならないのか、そのやり方には選択・変更の余地はないのかをよく考えるべきであろう。そして、自律を根幹に置いて考えるべきである。かけがいのない自分の一度きりの人生なのだから、自虐に走ることそれ自体が犯罪と考え、自律を最優先すべきである。ただ、自律のつもりでも、実相としては―親のしつけや学校教育に起因する―他律に陥っている場合も多いので、自律の根拠をどこまでも探究していくことが不可欠であろう。各人が真に自律を探究している体制の下であって初めて、強制・誘導ではない・真の協働が生まれうるのである。そして、何故やらなければならないのかという根拠は必ずやこの自律に融合するものであるべきだろう。それこそが自律の意味でもある。その上でこそ、やり方の選択・変更の可能性が生まれるのである。しかも、そこでは真の協働への道も用意されているはずである。

(5)壁にぶつかった時こそ、こうしたことを真剣に考察していけば、より一層の高みに立った新たな自分を発見でき、それがより大きな可能性を開いてくれるものであると思われるのである。だから、壁にぶつかった時は、自己に新たな転機が胚胎し始めたものなのだと捉え返して、自己を取り巻く諸情勢も含めて、より広く・深く自己省察を行い、自己革新の道へと進んでいくべきであろう。

2004年6月7日(月)
最近のピロリッタの状況について

最近は、楽天日記にはまりこみまして、そちらの方に力を入れております。
日記左手に、「引きこもりについて」、「ネット社会について」などを載せ、日々の日記に於いても、「人と人との交流について」、「毒親」などの種々の論点について記しております。是非、こちらもご覧下さい。

2004年6月26日(土)
人生雨模様?

人生雨模様だと嘆く人は多い。試練の壁に突き当たっていると言えば聞こえも良さそうだ。だが、雨模様と言い、試練の壁と言い、何とかそれを克服したり、払拭しようとする人は多くても、それらが如何にして構成されているかを直視する人は少ないようだ。

他人の領分に手前勝手に容喙したりしたがためにそうなっているならば、そうなるのも当然かも知れない。だが、大概は、自分の領分に他人が容喙してきて、雨模様になったり、試練の壁に突き当たっているのではないだろうか。

他人が、如何なる背景かを以て駆動付けているところの如何なる媒介かを経て、自分の領分が翻弄されているのかを子細に分析すべきだと思う。又、自分としては自由に行動しているつもりでも、それが他人を一方的に利する結果に終わってはいないかを吟味すべきであろう。その他人が力を持っているように思えても、その力の源泉を、その他人と比較して劣弱なはずの自分自らが「自由意思」で供給してしまっている場合も多いものである。「服従が支配を作る」(スピノザ)というのは、常に妥当しているのであり、この命題を自分の現実に当てはめて考えるべきなのである。権力者、金持ちが持っているとされるところの物事は、本来自分に属していたものではないかと考え直すべきなのである。各人がそう疑問視し続けて辿り着くところに、真の連帯・団結の手掛かりがあるであろう。

問題を個人の問題という風に歪んだ形で見るべきではない。個人の中には社会全体・コスモスが圧縮されて投影されているのである。自分の抱える問題の中に社会問題の実像をつかみ取るように試みるべきであろう。それが、真の解決に向けた・確実な第一歩なのである。

2004年6月27日(日)
今日は、誕生日

今日は、私の誕生日です。年を経るごとに、誕生日を迎えることは苦痛となっています。又も年をとるのか、という思いが先に立つからです。
でも、加齢というよりも広く老化ということなら、誰もが何時でも被っていることではないでしょうか。まあ、誕生日にそのことを強く意識して、戒めとしようとする趣旨も込められているかも知れません。我々は常に死に向かって邁進中なのだ、ということを意識すればこそ、だから頑張らなければという思いが強まるのかも知れませんね。
老化ということであっても、今日はいつになく若返った気がするとか、今日は寄る年波を強く感じたとか、日によって様々ではないでしょうか。種々の工夫・努力を講じることで以て、日々の意識をうまく持っていきたいものです。
軽い運動と読書などの頭の体操をやらなければと思っていても、なかなかやれないままに日々を無益に過ごしているという悔悟の念がひとしおである場合が多いと思います。誕生パーティーなどに恵まれている人のことは口にする必要もありませんが、そうではない我々こそが、誕生日を一つの契機にして、新たな一歩を踏み出せるようになりたいものです。

2004年9月7日(火)
お久しぶりです。

ホームページの更新もせずに1ヶ月も経ってしまいました。
今年は異常な猛暑のため、と言うよりも、それを口実として、怠けた夏を過ごしてしまいました。
それでも、日々新たな訪問者も増えているように見え、本当に心苦しく思っております。

ただ、楽天日記には十分に力を注いでいました。
gooの簡易ホームページであるPICOPANDAでは、組織犯罪の話から時事的な問題まで、比較的コンスタントに加筆出来ました。
gooのブログであるPICOPANDA1のブログは、散発的でしたが、そこそこに論を進めることが出来たのではないでしょうか。
livedoorのブログであるPICOPANDAの心象風景では、政治の話や社会問題への言及を避けて、専ら日々の天候などを素材にした穏やかな話を展開してきております。
Niftyのココログは、殆ど更新出来ませんでした。

楽天日記は、相互の交流が極めて盛んであるので、これにはまると相当に時間を取られてしまうのです。ピロリッタのホームページの更新が出来なかった主要な理由はここにあります。
ここ数日は、gooの簡易ホームページ上でも相互訪問が比較的盛んであることに気付いたので、こちらも応対に力を入れるようになっております。

今月からは、いろいろとやることが増えそうなので、ホームページの更新はますます難しい情勢ですが、せっかく訪問された方を落胆させることがないように、更新にも力を注いでいこうと思います。

2004年9月12日(日)
ホームページ更新

久しぶりにホームページを更新しました。やり方を忘れていた面もあり、かなり手間取りました。
時事評論が一本のファイルになっていると、追記しづらい面があったので、ピロリッタの研究報告のように、細かいファイルを追加していく形態に変更しました。

2004年9月16日(木)
ホームページ更新

トップに「離婚について」を載せ、ピロリッタの研究報告に「中和化(neutralization)技術について」を追加し、更に、ピロリッタの事件簿を作成して、そこに「ネット上の荒らしについて」を載せました。

ネット上から検索してお出でになる方には、お子さんに落ち着きがないことでお悩みの方が多いように見受けられます。具体的なご相談を頂ければ、的確にお答えして参りますので、お気軽にご相談下さい。
メールでなくても、ピロリッタの掲示板もご利用下さい。
私の方でも、来月中には、今のページに追記するか、新たにページを追加するつもりです。

昨日から、昼間は涼しく、夜は寒い天候になってますね。特に今年は猛暑でしたから、機敏に対応しないと、風邪を引いたりして、体調を崩しやすいものです。お気をつけ下さい。

2004年9月17日(金)
混迷する楽天日記

荒らしが頻発しており、いずれもが畜群特有の組織的背景を利した攻撃となっているために、自律的たろうとする諸個人が日記を閉鎖せざるを得ない窮境に追い込まれたり、荒らしを展開する犯罪組織に屈従せざるを得ない状況に追い込まれたりしています。実際には、おとりとして暗躍していたに過ぎない場合も多いとは思いますが。

ネット社会はバーチャルなものだとしても、各人の自由な言論活動がその生命線であることに照らせば、リアルの社会よりも一層強度に、言論の自由と多元性が尊重されなければならないと思います。

近未来的には、ネット社会が民主主義を一層効率的なものにするはずだと思います。それを思えば、ネット上での勢力支配の展開などは、早急に排撃できる原理が構築されるべきではないでしょうか。それがなければ、ネット社会と言ってみても、リアルの社会での勢力支配を平行移動しただけのものに成り下がってしまうでしょう。

楽天側の適切な対応が強く望まれていると思います。

2004年9月22日(水)
楽天広場について

荒らし・成りすましが連発しているので、削除しました。
NiftyのフォーラムやYahooの掲示板などと比べて、真摯な議論にはならず、一方的な荒らしが横溢しているからです。
ただ、そこで得た・荒らし屋からの書き込み内容は、ネット犯罪の諸相を知る手掛かりを与えてくれました。
私のこのホームページ上に貼ったリンクが元で、楽天日記を始めた方がいらしたとしたら、申し訳なく思います。
ただ、管理者側が、荒らしなどに対して、相対済まし令で対応しているとのことなので、私としては、これ以上の対応は難しいところです。
楽天広場では、危険な自動巡回ソフト(ホームページ開設者側にアクセス記録を残さずにアクセスしてきて、その記載内容を窃取するものとされていますが、更にトロイの木馬と連動して、成りすましなども可能なものではないかと思われます。)が頻用されていますので、非常に危険だと思います。登録者の個人情報が漏出している疑いも濃いと思います。というのは、障害者などは楽天広場では排除されやすいらしく、しばしば削除されています。その方が、頑張って別名で登録し直しても、「お前は△△(以前に登録していた時の名称)だろう」という攻撃が直ぐに始まるという点に窺えると思います。(尤も、的外れの攻撃も頻発しているようですが。)
これまで楽天日記をお勧めしておりましたが、以上の次第でこれを撤回させて頂きたく思います。

2004年9月22日(水)
ホームページ更新

ピロリッタの事件簿に、国際テロ組織との関係で、ネット犯罪について述べてみました。
不毛な話ではありますが、我が身に降りかかった火の粉ですので、一応の私見を述べたまでです。
そのうち、ここにも荒らしが来そうですね。ウィルスメールやDoS攻撃などは頻繁に起こっておりますが、今後とも予断を許さない展開となることでしょう。なにせ、荒らし屋は、ネット技術に特化していますから。兎も角、成りすましも自由自在というところが凄いですね。ポルノサイトは危ないということはよく言われていましたが、これからは、普通のサイトも危ないという次第です。皆さんも、お気をつけ下さい。

2004年9月23日(木)
楽天がプロ野球に参加し、仙台市を本拠地とすることについて

関連するlivedoorのブログでも大いに問題になっているようです。
livedoorの社長のブログもあるのですが、本人が直接には言明していないのが少し残念なのです。

時事評論にも書きましたが、楽天にはそもそも問題があるが、livedoorについてはその社長が彼に纏わる些細なことを針小棒大に捉えた上での非難に遭っているようです。

楽天については、人権規定の私人間適用の問題を裏から現しているわけで、この問題に対しては、明確な回答が出るのですが、livedoorの社長については、単なるやっかみなのか、もっと大きな背景があるのかは、今のところ不明ですね。

仙台市などがどう対応するかがまさに見物です。成金の提示する金の威力に負けるか、公権力の一翼としての矜持を示せるか、正念場になっていると思います。

楽天はナベツネなどを通して、巨人の一翼に位置しているとのこと。金力だけでなく、この関係も威力を発揮しそうですね。もう答えは見えているようです。ただ、それで良いのか、となれば、そうは言えないでしょう。

かつてのアメリカのプロ野球では、賭博・八百長は当たり前でした。あのカポネなども大いに関与していたとされています。これからは、日本のプロ野球も、こうなっていくのでしょうか?

それにしても、仙台市はいろいろ問題のあるところです。この問題もますます増幅していくと思われます。

2004年9月24日(金)
又しても、ホームページ更新

又しても、ホームページを更新しました。楽天日記がないと、他のことがはかどりますね。(^_^)v
時事評論の「酸素バーが繁盛?」で、流行とか商品開発とはどうすべきなのかを少し考えてみました。是非、ご覧下さい。

2004年9月26日(日)
ホームページ更新でした。

教育関連とネット関連を追加しました。
===============
ここのところ、はっきりしない天気が続いていますね。←これについて、picopandaの心象風景に書きましたので、こちらもご覧下さい。
楽天とlivedoorのプロ野球参加はどうなるのでしょう。←これについて、あちこちに書きましたので、ご覧下さい。
===============
どうも、誰かが、このホームページを改ざんしているのではないか、という疑いが生じてきました。
やはり、安全なサイトに作るべきだったのですね!

2004年9月29日(水)
Yahoo占いから

今日の占いは次のようでした。
=============
●あなたに悪意を抱く人物が、少しずつ忍び寄ってきています。
=============
荒らし屋本舗が接近戦を挑んでいるということですかね?そういえば、ホームページも勝手に改ざんされているみたいだし。アクセス記録を残すことなく相手側ホームページに侵入できると豪語している以上、成りすまし本舗でもあるわけです。
=============
●ちょっとした誤解から始まったことですから、思い当たる相手とは、ちゃんと話し合いを持って問題を解決しましょう。
=============
話し合いなど成立しうる相手ではないのですが。
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●また、今日のあなたの行動が、先々まで責任を負うことになりそうです。特に、親に嘘をついたり隠し事をすると、すぐにバレてしまい、大問題になってしまうでしょう。あなたの立場が悪くなることもあるので、気を付けてください。
=============
責任は、荒らし屋本舗=成りすまし本舗にあるでしょうね。群れることしかできない屑共です。
ただ、勢力支配が横溢している以上、立場が悪くなるのは確かのようです。

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ピロリッタの日々の思いをつづるものです.。これまではホームページ作成関連にとどまっておりましたが、徐々に充実させていこうと思います。

日々随想