成績不振児対策について
成績不振児対策一般
(1)「うちの子はやれば出来るのだがやらない」というのは、どこから手をつけたらよいかが分からない場合や手元の課題自体が理解出来ない場合が殆どである。
知識の系統樹を踏まえたさかのぼりを行う必要がある。ただ、推論形式の類似する過去の課題のみが身に付いていないために現在の課題が理解困難である場合もあるので、この点の見極めが先行すべきだろう。
(2)全体として弱い場合は、まず以て国語の構文論的理解などに欠陥はないか(幼児的な一語文の世界に安住しているかも知れないのである。成人であっても、究めて高度な課題を与えられた時には、一語文の世界を徘徊するところから出発するはずである。)を疑うべきである。
(3)記憶力が劣弱であるとか総じて問題文をよく読んでいない場合には、意味論的理解・(国語学上の)配列論の基礎固めが先行すべきである。記憶とは連関付けの能力(語呂合わせなどが素朴な典型―全てにこの手は用いられないので、連関付ける媒介をどう構成するかがポイントになるわけである。)の発揮にほかならないからである。この脈絡から、「丸暗記」とか「一夜漬け」は真の暗記ではないと言えるであろう。実際、すぐに忘れてしまうことでその点は実証されよう。
(4)計算面で弱い場合には、抽象化能力の発達不足(初歩的な例として、りんご3個とみかん3個の場面から「3」という数字を措定出来るか?)、更には抽象化を媒介する語彙面での不十分さ(りんご・みかん・バナナから果物という言葉が出て来るか?)などが想定される。文字式が出て来る段階になると、この抽象化能力の重要性は遥かに亢進する。あとは反復練習の質と量に規定される問題と言えよう。
(5)理科も含めて、文章題が苦手の子は、国語上の理解力と算数・数学・理科上の抽象化能力の相関関係の中での問題と言える。中学程度の理科や数学の文章題を立式するのに要求されるのは小学校高学年の算数であり、「文章題が苦手だ」という子供の殆どは、小学校高学年の算数を修得していないのである。
(6)社会の資料・地図の問題についていえば、小学校時代は問題文の中にあるそれらを理解出来るかどうかの問題にとどまる(=普段の授業を自分なりに再構成してみる訓練をどれだけ行っていたかという問題が根底にあるが、実相としては、目の前に提示された地図や図表を読み取る力という次元の問題にとどまる場合が多いように見受けられる。)が、中学校以上に於いては、記憶力や応用力の問題も絡んでくる。
(7)応用力は習得した普遍の具体的適用であるのに対して、記憶力は連関付けの訓練の問題である。だから、前者は訓練次第で克服しやすいが、後者は(上記の通り)より深刻な問題を抱えている場合もあるので、子細に亘る・子供の問題を発見しようとして行われる対応が極めて重要であることになろう。勿論、応用力の前提たる普遍をそもそも習得していなければ、子供が抱えている問題の深刻さは同じである。通常は、普遍を習得していない子供を評して「応用問題が苦手」とするし、そう評される子供の方が数は多いであろう。しかし、そう評される子供の真の・より深い問題背景を成すものとしても、意味連関付けを経た記憶の重要性を強調しておきたい。記憶が広く深く連関付けられていれば、応用はそのほんの先に位置しているに過ぎないであろう。(勿論、高度な学問研究によって真理を発見するような「応用」は別論かも知れないが、ノーベル賞を受賞するほどの高度な研究をした人でも、広範にして深化した膨大な記憶が背景を成していたからこそ、それと相関して発達する問題発見的姿勢の強化と相俟って、成果を生みだし得たのではないだろうか。