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子供の情景

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情緒不安定・落ち着きがない・切れやすい子供

今年2月末に開設して以来、3月から8月末に到る間で、検索でピロリッタのホームページへいらした方が検索用語としたもののうち、常に目立っているのがこれらの語でした。
当初見込んでいた障害児関連の検索からお出でになる方もコンスタントにいらっしゃるのですが、目立つのは、やはり上記の言葉です。
そこで、こうした子供たちを見る場合の注意点を少し述べようと思います。

切れやすいとか落ち着きがないということは現象面であって、子供の心の中を表すとしたら、情緒不安定と言えるでしょう。

(イ)人の心の中には、様々の感情が渦巻いており、そのどれが勢いを増すか、そのどれが他の感情を制して人の行動を支配するに到るかについては、単純には論じられないのですが、少なくとも幾つかの観点を提示することは出来るでしょう。

●本人の置かれた環境
これが最強力に本人の情緒面を決定付けるでしょう。自分の意思ではどうにもならないものとして押し寄せてくる環境からの種々の圧力は、本人の感情の流れを一定方向に決定付け、激情としてほとばしらせるはずです。この関連でも、
環境制御力とでも言うべき能力を幼少時期からしっかりと養成していきたいものですね。そのためには、子供からの働きかけに対して、常に前向きに対処し(何でも言う通りにして上げるという意味ではありません。断るべき時は、子供に理由を挙げて断るべきなのです。そして、その断る理由に一貫性を保つことも大切でしょう。)、出来る限り達成感を味わう機会を多く設けて上げるべきでしょう。

●本人の学習歴
親や学友・教師の態度などから学習することによって、環境との関係で感情がどう動くかが少しでもパターン化されている場合には、時を経る毎に、そのパターンは固定化されていくでしょう。環境が大きく変わらない限りは、この点を改善することは出来ないと思われます。この意味でも、孟母三遷は実に重要だと言えるでしょう。
感情の変化が環境との関係でパターン化されない新鮮さを保つように配慮することが大切だと思います。

●自己理解
自分の感情の中身・動き方をそもそもつかめていないとか、自分の置かれた環境や学習歴に対する理解が浅いとかいうように、総じて
自己理解が曖昧であるために、要求を掲げるにせよ、不満を述べるにせよ、思い通りにいかず、そのもどかしさが、ますます感情の動きを混迷させ、結果として情緒不安定になっている場合も多いと思われます。第三者から見た場合、この類型が殆どと言っていいのではないでしょうか。(むしろ、第三者がこの類型に当てはめてしまうために、真の解決から遠のいている場合も多いと思われます。)

確かに子供の場合、こうした自己理解を深化させること自体が困難であるようにも思われます。第三者から見れば、この限りでの言語障害に陥っていると言ってもいいでしょう。ですから、
自己理解を深めるように動機付ける環境構成が不可欠だと思います。いわば、鏡に囲まれた世界に身を置く機会も必要だということですね。

(ロ)このように他からの影響で本人の感情が左右される場合が多いのですが、かかる影響に支配されるのを阻止するものもあるでしょう。

●知能
自己を感情的に動かそうとする
環境をどう捉えるかに関する認知能力が高まるに連れて、いわば自己を客観視することが出来るようになり、玉突きの玉ではなく、自律する個人へ高まっていくことが出来る場合もあると思います。

●逃避
環境からの感情刺激を回避すべく、
他の領分―勉強とかスポーツとか趣味とかいろいろあると思います。―へ自己の関心を集中することが挙げられるでしょう。「心頭滅却すれば、火も又涼し」で言うところの「火」を以て、当人の感情を支配・左右しようとする環境からの働きかけの種々相と見れば、同じ趣旨を述べたものと言うことが出来ると思います。この例で分かるように、逃避とは、決して消極的・受動的な所為ではないのです。むしろ、劣悪な環境に埋没するのを潔しとしない積極的・能動的な所為と言うことが出来ると思います。

●共感できる絆の構築
同じような境遇にあって、感情の流れに共通点の見える人達と仲間を築いていくことも考えられます。

ただ、この場合に注意すべきなのは、類似の環境から強要される感情の激流が一層強化されてしまう場合もあるということです。団結心と言えば聞こえは良いのですが、悪い方向へのそれであっては、強烈な共謀の連鎖にしかならないでしょう。自分の感情の動きも、他人から見れば、いろいろと問題点が浮かび出てくるはずですし、又、自分と同じような問題点を抱えている他人の感情の動きを見ていると、自分の感情の動きに潜んでいた問題点が明確に意識されてくる場合もあるでしょう。共に
「他山の石」を実践する場合に限って、こうした絆の構築は意味を持つのです。

(ハ)以上は、子供の立場から、自己改善していく方途について述べました。
では、情緒不安定の子供に対して、親などの保護者は、どう対処していくべきでしょうか。

(イ)の観点からは、一刻も早く孟母三遷を実践されることでしょう。少なくとも、悪友などに対する「ファイアウォール」を構築すべきです。その上で、
親自身の情緒の安定振りを深く反省する必要があると思います。

自己理解の曖昧さという点が一番重要なのですが、これに対する対応としては、言語障害児に対するものとほぼ同じ対応が望ましいのではないか、と思われます。

有意味の音声を発することができない場合には、それ以前の問題として、表現すべき事柄を有意味に捉えられていないということを想定すべきです。捉える手段である概念を見出せないのか、事柄そのものが見えていないのかという問題も更に潜在しているでしょう。情緒不安定の子供の場合も、問題の実相はこんなところにある場合が多いと思われます。
共に学ぶという姿勢を基本にして、子供の抱えている諸問題を解明していくべきでしょう。

(ロ)の観点からは、何よりも
子供の知能面の強化が優先されるべきです。情緒不安定という問題状況に照らせば、学校での学習課題に関係なく、(高学年以上の場合ですが)心理学・社会心理学の学習をするのが最適と思われます。勿論、親自身も、問題が如何なる背景を以て構成されているかを洞察する力を身につけようとすることが要求されるでしょう。そして、何よりも、子供を見下した態度で接するのではなく、共に学ぶという姿勢を堅持すべきです。

逃避の面では、まずその機会を子供に対して十分用意して上げるべきです。その際には、親の見栄や名誉欲ではなく、あくまで子供の視点で考えることに留意すべきです。そもそも、子供に可能性を展開する機会を設けることは、親としての務めです。幼少時期から本人が興味を持って取り組んだことは何かをよく思い返して、的確に対応して上げたいものです。

共感できる絆の構築という点では、悪友に染まらないように配慮すること・その悪友さえ教化できるゆとりを持つことなどが大切でしょう。上に「ファイアウォール」と述べたのは、単にその友達を排除するだけではない対応を念頭に置いた表現だったのです。

そもそも、情緒不安定ということは、心理流が激しいということでもあり、いわば心の豊かな子供と言うこともできるはずです。繊細であるとか、感受性が豊かであると言うこともできるでしょう。そうした子供こそ、その隠れた才能を十二分に展開していって欲しいものです。そのための対策としては不十分でしょうが、少なくとも、上記の点に配慮を払うことは、さしあたっての対策としては十分だと思っております。