建造物損壊罪乃至器物損壊罪について
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 養殖池の水門の板や鉄製格子戸を外す行為を以て池の鯉を流出させた所為が、器物傷害(刑法第二百六十一条)にあたるとされた判例(大判明治44年2月27日刑録17−197)の事案の子細はつまびらかではないが、被告人の為した行為は水門の板や鉄製格子戸を外すというにとどまるものの、自然必然的に鯉が流出したということなのであろう。そうだとすると、未遂罪を処罰する規定がないことを併せ考えるならば、自然必然的に(動物に対する)器物傷害や(それ以外の物に対する)器物損壊の結果が生じると言える場合には、その原因行為を為した段階で既遂に達することを認めることも出来るのではないだろうか。つまり、法益侵害という結果と行為が必然的関係にあると言えるほどに密接に結びついている場合には、結果犯[行為の終了と結果発生との間に時間的隔たりのあるもの;従って、既遂に達するのにも時間がかかる。]のように見えようとも行為犯[そうした隔たりのないもの;尚、結果犯と行為犯の概念については、平野龍一「刑法総論T」、昭和48年、118頁による。]と解し得る場合があるのではないか、ということである。自然因果的に、或いは(名誉毀損罪などの場合のように)社会因果的に結果発生が決定付けられた段階で既遂を認めないならば、行為と確定的な最終の結果発生が時間的に離れている事案の場合(つまり、因果的に決定付けられていようとも、結果は徐々にしか発生してこない場合)であって、しかも未遂罪処罰規定がある犯罪の場合には、観念的には、因果的に結果発生を決定付ける行為を為した段階で未遂罪として処罰され、時間を隔てて後に最終的結果が発生した段階で新たに既遂罪として処罰されるということになり、二重処罰の禁止(憲法第三十九条後文)に違反することにもなるであろう。因果関係を決定付ける行為は一回きりにとどまっているからである。結果発生に向けた必然性を帯有していない通常の場合は、未遂罪が露顕した段階で立件されたり被害者側が結果発生を防止する所為を為すので、既遂とはならないに過ぎないのである。だが、建造物損壊罪の場合であって、天井裏・床下・壁の中・屋根などのように通常の所有者・居住者からは見えない所に手抜きなり破壊工作的な仕掛けを為した場合には、余程用心深い被害者でなければ、子細に状態を調べたりはしない(又、調べようとしても著しい困難を伴うであろう。)のであるから、まさに建造物損壊の終局的結果が発生しなければ、ことは露顕しないのである。だからこそ類型的に既遂を処罰すれば足りるのだ、と言い切るのは犯罪者を勇気付けるだけであろう。アパートなどのように居住者も変転し、屋内に入る者の委細は所有者にとって不明な所では、修繕義務などの賃貸人としての義務を履行するためでなければ賃借人の居室に立ち入ることは本来出来ない以上、一体誰の所為が因果関係を決定付けたかを探索することは不可能となってしまうからである。既遂のみを処罰すれば足りるとするのは、犯罪類型としての建造物損壊罪としては、建築・修繕工事に関わった時や居住していた時などに手抜きや破壊工作的な仕掛けをするというものは想定されておらず、別異の関係から所有者を攻撃しようとして、一気呵成に建物を破壊するような所為が定型性を持つということを前提しているのであろう。そうだとすれば、これがもし単独犯であるならば激情犯を典型とするのであるから、こうした類型には何らかの積極的抗弁が成立する場合が多いのではないだろうか。しかし、ひき逃げを常習とする暴力団員などもスピード違反で見つかろうとはしないこと(つまり、露顕しやすい形式犯を殊更に回避する者ほど露顕し難い侵害犯を累積しているのではないかということである。)などを手掛かりにして一般論として述べるならば、そもそも犯罪そのものが露顕し難いがために陰湿な組織的犯罪に頻用される所為は、深く静かに傷害(ここでは一般的に人に対するそれも含めている。)・損壊が進行し、ことが露顕した時には手遅れ(原状回復不能ということと誰の所為に起因するかを探索し得ないということの二重の意味でそうなのである。)であるという結果を必然的に伴うものなのである。建造物のように複雑な内部構造を持つ物の損壊の場合には、所有者自ら建て替えのために家を破壊しようとしてクレーン車を用いて金属球を家屋にぶつけるなどの所為を為す場合は別にして、組織的背景を持つ建築関係者の為した破壊工作的な仕掛けや手抜きの効果は時間的・空間的に徐々に進行していくものなのである。(彼らは談合を常習とするのであるから、共謀の足場には事欠かないのである。注文人や居住者から見えない所でかかる所為を常習とすることは、彼らをして各種の組織暴力事犯に於いて重鎮の地位を保障しているのである。)そして、その効果は、例えば壁紙が剥がれてくるとか、床板が歪むとか、壁や柱が傾くとかの、種々の兆候となって露顕して来るのである。その段階に於いて、建造物損壊の仕掛けや手抜きがなかったかどうかを十分に調べることを建築工事請負人等に義務付けていない法制下にあっては、請負人は、建前上は注文人のみならず国家からも格段の信頼を受けているのであるから、その見返りとして、全てに亘って無過失損害賠償の責めに任ずるべきであろう。
本来的には、独立の第三者に検査させる体制を採るべきであろう。そもそも、建築工事という、完成した建物に居住する者の生命・健康・財産・安全にとって(騒音・振動・土盛りの程度などの工事の態様によっては近隣住民のそれらにとっても)重大な任務に関与する者全てについて、かかる重大性に照らして十二分の許可制乃至免許制や[独立の第三者が注文者や近隣住民を代表して保護する立場に立って介入する]監督・監視制度が採られていないことに問題があるのである。実際、建築基準法上の諸規定さえ、《criminal web》に於いては、贈収賄構造に駆動されて実効性を喪失しているのであり、宅地開発の際の建築協定などは無効化しているのである。
それは兎も角、元の建築工事請負人や、建物所有者から修繕を依頼された者が破壊工作的な仕掛けや手抜きを行い、建造物損壊を因果的に決定付けた場合には、その段階で建造物損壊の既遂に達すると公権的に解するならば、元の請負人や修繕を請け負った者達は、建造物損壊罪の(最初に手抜きや仕掛けを行った者の後に修繕等を請け負った者が、そのことを知りながら放置しているか、或いは更に、手抜きや仕掛けの上乗せを施したかした場合には、承継的共同)正犯として処罰されることを恐れて、その余の点では兎も角、仕事に関してはこうした所為を為さなくなることは必定であろう。彼らが恐れるのは自らの暴力に優る公権力の強力のみであるからだ。(だから、《criminal web》の増殖を図る側は、贈収賄構造の拡大を意図するほか、町政を土建屋の回り持ちにしているのである。)建造物損壊の兆候が現れた段階(つまり、工事の時より如何に時間的に隔たっていようとも、通常の耐用年数に達していない限り)に於いて、当初の請負人やその後の修繕に参与した者達に無過失損害賠償の責めを負わせるとか、更には独立の検査官を実効的に介入させるとかの、建物との関係に於いて国民の生命・健康・財産・安全に必要最小限度の配慮を払う法制度を採らない国家は、その主権性が国民の生命・健康・財産・安全を保全することに基礎付けられていることに思いを致して、《建造物損壊を因果的に決定付ける所為は建造物損壊罪の既遂である》とする解釈を公権的に採るべきなのである。尚、近隣住民の立場から為す場合、仮処分に委ねれば良いとするのは、債権者に多額の負担を課すものであって、(本案で負けた場合も含めて)尚更に被害者側を誅求するものとなろう。
 例えば、注文者に無断で床下や天井裏に風通しの障壁となるような板を貼り付ける所為は、床下や天井裏を補強するかの如くに装いつつも、実は通風を悪化させ、湿気を充満させ、以て家屋の損傷を加速・激化させようとするものである。注文者たる所有者や居住者からはかかる破壊工作的所為が施されたことは容易には看取できないのであるから、所有者や居住者が修繕措置を採ることもあり得ないのであり、建造物損壊に至る因果性は決定付けられたと言って良いであろう。従って、上述の論旨に照らして、ここに建造物損壊罪の既遂を認めるべきであると思うのである。仮に、未遂にとどまるものであると解するにしても、こうした事情に加えて、以下の所為が付加された場合には、既遂と解すべきことは明かであろうと思われるのである。
(1)床下にかかる仕掛けを行った後で、畳の下の床板を殊更に堅固に釘打ちするとか、或いは釘棒を歪めた形で打ち込むとかして、万一所有者が疑念を抱いて自ら床下を点検しようとしても、釘抜きなどでは歯が立たないために、そうするためには床板などを毀損しなければならない状況にしてしまっている場合には、その段階で建造物損壊罪の既遂になると解すべきであろう。
(2)殊更に、通常に居住している場合にも容易に発見できるような建造物の損傷(敷居や外壁に傷を付けるとか)をこれ見よがしに付随させて、家屋としての物質的形態を変更・滅尽させたり、その効用を滅損している(少なくとも居住者や所有者の感情上乃至は心理上の効用はそうなっているであろう。)場合には、たとえそれが微小の損傷であろうとも、こうした損傷の場合は、建物構造上大掛かりな修繕を施さなければ修復できないのであるから、建造物損壊罪の既遂となると解すべきであろう。
(1)(2)何れも、単独で建造物損壊罪の既遂となるのは明かと思われるのであるが、上記の通風等を悪化させて湿気を充満させ、よって家屋を損傷しようとする所為は、通常は、(1)(2)などの所為と相携えて遂行されるものなのである。換言すると、この三類型の何れかが露顕した場合には、残りの二類型も遂行されていると推定する合理性があるということである。そして、全体として捉えた場合には、湿気を充満させることによって、緩慢ではあるが確実に建造物を全体として損壊(と言うよりも崩壊)に至らしめる(つまり、シロアリをばらまくのと同じ効果を狙っているのである。又、自分が敵意を抱く相手方の家屋にシロアリを散布するのは、しばしば見聞されるところでもある。)所為こそが中核的な位置を占めるのであるから、これに(1)(2)の所為が付加されている場合には、確定的に建造物損壊罪の既遂として処罰すべきなのである。この脈絡に於いて見れば、建造物損壊罪は危険犯と解されるのが相当であることが了解され得よう。この中核的所為を以て、被害家屋の全体としての損壊に向けた因果の進行は確定的なものとして自動進行し始めているのである。とりわけ、被害家屋の所在地が、田を埋立造成した所にあるとか、海・河川のほとりにあるとかの諸事情によって、湿気がとりわけ多い所であることが見易い道理である場合には、それにも拘わらず上記の中核的所為に及んだことは、その自然科学的必然性を以て被害家屋の構造全体を弱体化させ始め、通常の耐用年数よりも遥かに早い時期に・しかも兆候が露顕した段階での修繕は事実上不可能ならしめる形態に於いて被害家屋を倒壊させるに至るものなのであるから、そうした工作的所為を為した段階で、未遂にとどまらずに既遂を認めるべきなのである。そうした意味で、かかる中核的所為については、これを抽象的危険犯として捉えるべきである、と思われるのである。危険犯であるかどうか、具体的危険犯か抽象的危険犯か、という問題は、規定の解釈によって定まるものであると言うにとどまらず、結果の内容如何(一発花火式に発生するのか、時間的・場所的に徐々に拡散的に発生して来るのか)、そしてそれに向けてどのように因果的に関連づけられているのかという、個別類型的な所為の全体像を十全に踏まえなければならないと思われるのである。つまり、構成要件ごとにこれは侵害犯、これは危険犯と決まる場合も多かろうが、仮に構成要件ごとの分類上侵害犯とされていようとも、行為の態様を結果発生に向けた原動力という点から見るならば、結果発生に向けた必然的関連性に於いて為される犯行については危険犯の概念によって捉え直されるべきなのではないか、ということである。そして、法が危険発生を要件としていない建造物損壊罪については抽象的危険犯と解すべきことになるのである。(尤も、それにしては刑が軽すぎるという難点はあるが。)
 ところで、上記の各種工作的所為を為した者が建物所有者と請負などの契約という信頼関係にある場合には、建造物損壊罪とは別に、背任罪にも該当することになるであろう。この場合には観念的競合になるであろう。更に、こうした信頼関係にある者が、自らのかかる破壊工作的所為を以て、被害者たる建物所有者をして尚更に修繕工事を依頼しなければならない状況に追い詰めた場合には、背任罪に加えて、その交渉形態に応じて恐喝罪乃至は詐欺罪も成立するであろう。この場合には、背任罪と後二者との関係は牽連犯(もしも組織的背景を欠く別業者に注文した場合には併合罪)になるであろう。
 建築工事請負人は、注文者たる「他人のためにその事務を処理する者」と言えるかという問題につき、「建築請負業者の家屋の建築などは自己の事務に当たる(ので背任罪にはならない)」という見解がある(大谷實「新版 刑法講義各論」平成12年、322頁、注)ので検討する。自己の支配領分内に於いて自らの創意・工夫によって製作したり、自らの眼力によって他から仕入れたりした商品を販売する売買の場合ならば、売買契約を結んだ後に、買い主側の意向に反しないように商品を保管して置くなどの事務は、代金収受という自己の利益を得るための自分自身の事務と言うことが出来よう。従って、建築工事の関係では、建築工事請負人が売り主も兼ねるような建て売り住宅販売ならば、同様に解することが出来よう。意図的に隠した瑕疵が露顕したならば詐欺罪になるに過ぎない。しかし、注文者の敷地・建物という彼の支配領分内で、彼の意向を反映した形で新築なり修繕なりの工事を行う場合には、請負人はいわば注文者の手足となって工事を行うに過ぎないであろう。確かに、請負人は建築専門家として、注文者の意向などに修正を求めるために意見を具申する場合もあろうが、それは注文者の手足の一部として当然の義務なのである。(客観的に危険性を伴う注文であることを知りながら、専門家として意見を具申せずに秘匿していた場合には詐欺罪になるであろう。)何れにしても、工事の一切に関する情報を、その正当性を示す補足情報と併せて注文者に提示して了解を得ていないならば、注文者としては、請負人が(状況から暗黙に述べたと推定すべきことも含めて)述べた限りの情報から合理的に推論できる範囲の工事が為されるであろうと信じることには十分な理由があることになろう。建築工事などのように、注文者の支配領分に属してはいても彼からは直接には、或いは、たやすくは見えない領分での作業が構造上重要であり、又、その結果如何が建物に居住する注文者の生命・健康・財産・安全に直接的影響を及ぼす作業である以上、建築・修繕される建物は、注文者の生命・健康・財産・安全を中核的に保護する財産として、過分の保護に値すると言わなければならないのである。従って、とりわけ契約締結過程に手続的正義が十分に保障されていなかった(合意形成過程が業者によって一方的に押し切られたとか書面作成・交付が一方的であるとか)とか、工事過程の子細に関する情報が対審性を担保する形で注文者に開示されていなかった(とりわけ、注文者が不在の時や注文者の意向を無視して器物損壊や建造物損壊に亘る結果を惹起した場合に無過失責任を負うことが明記されていないとか)とかする場合には、上記の注文者の信頼内容は、請負人から見たときには、彼の果たすべき事務に通貫してこれを羈束すべき任務であったと言わなければならないのである。とりわけ、修繕工事の場合には、まさに注文者の中核的財産の保全が請負人の協力(=注文者の信頼に即した工事を行うこと)如何に係っているのであるから、請負人の工事は、まさに他人たる注文者の事務を処理することになると言えるのである。特に、昨今の修繕工事に関しては、クレジット会社を利用して(というよりも、クレジット会社こそが元締めとして各種の事業会社に犯罪まがいの「営業」を展開させているのであろう。)、契約内容の子細を明示することなくクレジット契約を強要して、請負代金を事前に収受してしまう形態が多いことに鑑みれば、如何に抽象的・断片的であろうともそれ以前に開示された限りの情報に基づいて注文者が合理的に推論できる限りの事務を請負人が負担したと解する必要があるのである。注文者の諸事情を踏まえ、彼がそれを期待したが故に契約に入ったのであろうと合理的に推論できる限りのことを以て請負人の債務であると解すべきなのである。請負人は自らの債権を事前に満足させていながら、注文者の債権はその満足はおろか内容さえも《pending》の状態に放置されているのでは、契約の双務性に照らして著しく正義に反すると言わなければならないからである。又、建物その他土地の工作物については仕事に瑕疵があった場合でも注文者に解除権がないとされている(民法第六百三十五条但書)ように、建築工事に関しては請負人を過度に保護しているのであるから、それに見合って、請負人の果たすべき責任も強化すべきなのである。そうした要請を実効的に担保するのが、現行法制上は、背任罪しかないなのである。注文による建築工事は、請負人が、注文者たる他人のために、注文者の事務をその合理的な信頼に羈束された任務として果たすべき事務であるから、その任務に反した工事を行い始めた段階で、背任罪の既遂になると解すべきなのである。任務に反した工事を始めた段階で既に、建物は、その任務違反の工事によってなにがしかの損傷を被っているのであり、別の業者にその修繕も含めて新たに注文し直さなければならなくなっているという財産上の損害は発生しているのである。というのは、注文者の合理的な期待に背反する工事を始めるならば、建物の構造・機能・外観を損ねるに至り、その交換価値をも減じるに至るのは明かであるからである。更に言えば、かかる背任罪を犯す実行犯たる請負業者であるならば、そもそもの契約締結以前の段階から、契約締結を強要するための下工作を施していた筈なのである。住居不法侵入罪の累積的敢行の上に展開された破壊工作活動の成果を、さも自然発生的な損傷であるかの如くに強弁して、被害者に修繕工事締結を強要するのは、各種工事関係者(とりわけ外回りや外壁関係のそれ)が常習とするところではないだろうか。(実際、ペンキ屋組長が他人の門扉等を自ら損傷した後、その修繕方の請負を脅迫乃至は偽計を以て締結させる例は、見聞されるところなのである。)そして、契約締結段階に於いては、手続的正義の悉くを踏みにじる態様に於いて契約締結を直接・間接に強要しているであろうと推定できるのである。こうした下工作や強要の段階に於いて、実行の着手を認めるべきであろう。
 ところで、修繕工事を請け負う業者は、常習的に手抜きを専らとする新築工事業者と共生の関係にあるわけであるから、相互に共謀して儲け口の拡大再生産に励んでいる筈である。そして、かかる共謀は、共鳴的に、且つ、その組織的背景を膨張させるように、各種の組織犯罪へと連動して行くものなのである。だから、もしも被害者が何らかの組織的背景を持った攻撃に晒されているなどの場合には、そうして形成される犯罪連関を通して、一層巧みに工作された公然・非公然の攻撃を受けやすくなるわけである。その端緒となるのは、彼の動向を探ろうとする盗聴・盗撮器の密かなる設置であろう。その場合には、住居として保持されるべきプライバシーが守られていないという意味で、住居本来の効用に従った利用が出来ない状態に置かれるわけなので、建造物損壊罪にも該当することになると解すべきであろう。そして、契約以前の下工作段階から、偽計を以て接近してきたわけであるから、住居不法侵入罪を手始めにして累積的に上記の背任罪や偽計業務妨害罪が展開されていると認定できる筈なのである。盗聴・盗撮そのものについて言えば、被害者の口蓋が空気を振動させて構成する音声や彼の一挙手一投足が光を反射させて構成する光景は、これを録音・録画して管理・移動することが可能であるので、彼に固有する財物として、窃盗罪によって保護されるべき法益であると思われるのである。そうだとすれば、盗聴器・盗撮器を設置した段階で窃盗罪は既遂に達していることにもなるであろう。

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