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子供から見た親の離婚について


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 普通は、婚姻前は互いに猫をかぶり、婚姻後に本性をむき出しにして、或いは亭主関白体制へ、或いはかかあ天下体制へなどと移行していくものでしょう。いずれにしても、度を越さなければ、何とか持続可能です。しかし、家庭内暴力と言うべき事態が恒常化してくると、婚姻を継続すること自体が、自らの全人格の否定に繋がるような場合も多いものです。そうなれば、離婚もやむを得ないものとなります。

 そうはならないためにも、婚姻前に、お互いが本性をむき出しにしてみる機会を設けておくべきだと思います。今ではもう誰も問題視しなくなった「婚前交渉」なども、そうした機会を設けるものとしてならば、昔の人でも承認できたかも知れませんね。そこまで行かなくても、別部屋を予約しての小旅行とか、互いの家に泊まりに来るとかの方法が考えられるでしょう。

 そうした前段階を設けることなく、いわば目をつぶって結婚するという愚は、犯してはならない誤りだと思われます。「愛し合っているから」と言うならば、もっと良く相手を見るべきです。ろくに見てもいない相手を「愛している」などとよく言えたものだと思います。

 しかし、子供が生まれていると、そう簡単にはいかないでしょう。子供も独立した人格として尊重しなければなりません。そのことは、交通事故などで子供を失った時に、賠償金を請求するためだけに存在する規範ではないのです。現に本人が生きている時にこそ、この規範を大いに尊重しなければならないのです。

 離婚を考える元になった原因はどこにあるのでしょうか。

 夫か、妻か、子供かですね。舅・姑というのも多いでしょうが、それは、老人福祉の問題として協力しなければならない範囲にとどめるべきでしょう。夫婦間や子供の問題に付いてまで介入される筋合いはないと言うべきです。但し、亀の甲より年の功という次第で、子供の教育について優れた意見を述べてくれるのが舅・姑である場合は多いものです。舅・姑は未来の自分なのだと思って、謙虚に耳を傾けるべきでしょう。そもそも、現代は、ポストモダンの時だとも言われ、中世的色彩が復活しつつあります。昔の人の意見の方が先進的である場合も多いと思われます。軽く聞き流すことのないようにしたいものですね。

 子供に原因がある場合は、主として、子供が障害を負っている場合でしょう。その場合こそ、夫婦で協力し合って、子供の元気な成長を見守っていくべきだと思います。障害児というものは、人間存在の大元みたいなところを開示している場合が多いものです。共に支えようとしていく過程で、自らもいろいろ学べる機会が多いでしょう。決して障害児を邪魔者扱いしてはならないのです。共に生き抜いていこうとする努力の過程に於いてこそ、通常の現代人が味わうことの出来ない、ほのぼのとした生きる喜びみたいなものを体験できるのです。

 夫か妻のいずれかに原因がある場合には、そのことについて徹底討議をして、互いに協力し合って、その原因を改善していくべきでしょう。決して、その原因を担っている一方の者にのみ責任をかぶせるべきではありません。それが夫婦であり、そのことを誓ってこそ婚姻したのではないですか?

 この、配偶者の一方に原因があるとする場合には、子供の意見を聞くことが解決の鍵になるものです。夫婦とは違って、子供の方こそが、夫婦間の不和の実相を観察している場合が多いのです。子供にすれば、親の前では言いにくい場合も多いでしょうから、そこでこそ、舅・姑や公的な機関の協力を仰ぐべきではないでしょうか。特に、この場合であって、子供が何らかの障害を負っている場合には、子供の反応が原因を突き止めてくれるものなのです。どちらになついているかは、大きな決め手となるはずです。

 直ちに別れるべきだ、と断言できるのは、一方の親が家庭内暴力に走っている場合でしょう。離婚とはいかなくても、当分の間は別居すべきです。実は、家庭内暴力に走っている人というのは、当人自身が、広義の社会的暴力(典型的には、勤務先でのパワーハラスメントといういじめですね。)に晒され続けてきたが故にそうなっている、という場合が多いのです。ですから、お互いが冷静になって、それぞれに自省をしてみることが、何より大切なのです。まあ、仕切り直しみたいなものですね。それから、当人の被っている心の傷を出来るだけ修復するように試みるべきでしょう。勿論、家庭内暴力に遭ってきた家族の心の傷についても同様です。この点で、家庭内暴力というと、その暴力をふるう者だけが非難されがちですが、何故そうなったのかを慎重に吟味し、当人の心の傷を修復する努力を共にする過程で、その原因も次第に氷解していき、新たな門出を迎えることが出来るようになるものなのです。

 総じて、それぞれに(ある程度の)納得尽くで結婚したからには、そう簡単には離婚しない姿勢を保ちたいものです。それが、離婚を思いとどまった方にとっても、自己の人生を一層実り豊かなものにしてくれると思うのです。

 勿論、渋々婚姻を継続することがもたらす弊害にも注目すべきです。ですから、この修復の試みには、それこそ舅・姑を始めとする親族の協力が極めて重要な働きをしてくれるものなのです。そこで、そうした親族関係からの支えが得られない場合に限って、離婚する他はないことになるのですが、それでも、とりあえずは別居して、暫くは様子を見るという姿勢も維持したいものだと思います。

 離婚に走りたがる方は、婚姻する際にも、周囲の反対を押し切って、いわば目をつぶって婚姻に走った方である場合が多いのではないでしょうか。婚姻も離婚もめくらめっぽう突っ走るというのでは、これからの人生も多難である他はなくなるでしょう。離婚を選択肢の一つにいれた段階から、ご自分の人生史を丹念に振り返ってみることをお勧めします。