夜型生活について
(1)学校や仕事で、早起きしなければならないのに、夜型に傾斜しやすい場合
@学校や職場に問題が隠れている場合が多いので、そこでの問題を解決できないかを探るべきです。
Aそもそも、単なる怠け心で夜型に傾斜している人は絶対にあり得ません。主として内科的な疾患を抱えている場合(例えば、肝臓機能が低下している時には、疲れやすいとか力が出ないなどのために、種々の面で社会生活にも支障を来す場合があるでしょう。)などを除けば、学校や職場とそりが合わないとか、与えられた課題が当人には困難すぎる(オリエンテーションを欠いているために困難になっている場合も含みます。)とか、学校や職場が粗暴であって(INFOSEEKのプロフィールの日記で見かけたのですが、大学でも、暫くぶりに見かけた女友達にいきなりハイキックを食らわせる男子学生が溢れているところもあるそうです。パーティーに呼び集めた女性を強姦しまくっていた大学もありましたよね。)、協調しようがないとか、何らかの客観的問題を当人は抱えているはずであって、周囲の人がしゃにむに当人の問題だと決め付けるから、その故にこそ当人の問題(心理上・精神上の)にまで発展しやすいのです。
B学校や職場の問題を解決できそうにない場合には、学校や職場を代えることを真剣に考えるべきです。後戻りの出来ない貴重な人生、自己責任では解決しようのない問題を抱えたまま、慣性力に支配された人生を送るべきではないでしょう。親の都合で解決できない場合には、親もその責任を負うことになるべきです。
C学校や職場を代えることも出来なければ、通常の社会生活そのものを回避しようとして夜型に傾斜しやすくなり、そのことが、問題解決を更に困難にしていきます。尤も、登校拒否とか休学届けを出して自学自習に励むならば、それも立派な選択肢となります。一回り大きくなれば、当初の問題に対する見通しも効くようになり、その人なりの解決策を実践していくことになるでしょう。
Dしかし、問題解決の糸口が見つけられないままに時を過ぎれば、いわば臨界点を越えるに至り、夜型生活が自己目的化していきます。他に目的もなしに夜型生活にふけるという状況です。
(2)特に目的もなく夜型生活を送っている場合
@いわば地図のない旅、目的地のない旅に出ているように、その時・その場の感興に生き甲斐を見出して夜型生活を満喫しているならば、それ自体立派な人生と言えるでしょう。ただ、周囲の人(特に家族)と衝突する場合が多くなるものです。その衝突自体を自ら解決していければよいのですが、未成年者の場合には特に、自ら解決しようがない場合が多いでしょう。周囲は、怠けているとか、乱れた生活を送っているとか決め付けて、非難してくるばかりであり、そのことが更に本人の抱える問題を大きくしていきます。もし夜型生活がいけないものであるとした場合、上述の通り、その背景を成し、主たる原因となっているのが親の対応にこそあるはずであるのに、その責任さえ、親は子供に転嫁しようとして、尚更に子供を攻撃しているのです。
A次第に、本人さえもが夜型生活をよくないものと考え始めるかも知れません。そこで、夜型生活がよいか悪いかを考えてみます。
A−1
まず、人間としてではなく、動物乃至は生物として自らを考えるべきでしょう。原始時代のような狩猟・採集生活に於いては、昼間に活動するほかはなかったわけであり、そういう意味で人間は昼型に生まれついていると言えるでしょう。現代社会が夜型を可能にしているのであり、それが新しい種乃至は類を生みだしつつあるかも知れませんが、現代人に夜型生活を可能にしている種々のインフラ(電気照明など)を設営する作業自体(電気配線工事や建築工事など)は昼間でなければ事実上不可能なままにとどまっていますので、新しい種乃至は類は未だ形成途上にあると言えるでしょう。
A−2
原始時代にあっても、洞窟内の火を絶やさないように夜通し番をしている人がいたであろうように、およそ夜型はいけないと言うことは出来ないのであって、そこに積極的な側面が見出されるならば、非難されるいわれはないと言うべきでしょう。少なくとも、夜通し起きている人のいる家は泥棒も敬遠するであろうと言うことが出来ます。真冬の寒い朝に起きても、誰かが起きていれば、多少のぬくもりを感じるものです。非難を受けながらも夜型生活を続行している方は、その積極的側面を見出し、新たに構成し、自己弁護に努めるべきであるかも知れません。未成年者の場合には、勉学に打ち込むということがすぐに思い浮かぶと思います。昼間は周囲の社会生活が撹乱要因として働きやすいので、落ち着いて集中できない場合が多いものです。だから、科目を次々と代えて気分転換を図りながら頑張るということになるでしょうが、夜ならば、一科目集中型で、深く、早足で習得していけるのではないでしょうか。特に、苦手科目を過去にさかのぼって学習し直すのには適しています。現代社会にあっては、親もインスタントの成果を求めるものであるために、学習のように、遠い将来を射程に据えて取り組むことが結局は一番の早道である分野は、インスタントの成果になじまないものであるために、説得力に欠ける嫌いがあるのですが、しっかりした計画表を作成しておいて、それに即して進行中であることを示せば、ある程度の説得は可能ではないでしょうか。仕事の面では、管理職などの上の方はともかく、現場と言うべき下の方に関しては、夜勤の方が時給も高いでしょうから、却って夜型人間の面目躍如になるはずです。ただ、深夜に通勤すること自体が大きな危険を伴っているので、その点に十分な注意が必要です。私の高校時代のクラスメイト―かなりがっちりした体型の男―いわく、深夜に一人歩きをしているのは水商売の女だから強姦してもいいんだというわけで、気分転換に深夜に外出して強姦しまくっているとのこと(尚、彼は今、この地では名の知れた病院の院長をしているようです。又、私の憶測では、被害に遭った女性たちは、彼の当時の住居地に照らして、医療関係者が多かったのではないか、と思っています。)、こういうのが今では溢れているのではないか、と危惧されるのです。そうしたリスクをクリアできるならば、そして、水商売とか風俗産業を避けるならば、夜のお仕事も大いにやるべきかも知れません。
Bもし、夜型を回避して、昼型生活に戻ろうとするならば、その意欲を現実のものにするために明確な目的意識を少なくとも一つは持つべきでしょう。炊事・掃除・洗濯などの家事手伝いに専念する(女性ならば、これだけで立派なことですね。更に進んで、ヘルパーの資格を取ろうという意欲なども生まれてくるかも知れません。)とか、新たに学校に入り直すとか、新たな職場を見つけるとか、いろいろ考えられると思います。今現在抱えている課題のうちからたった一つだけを選んで(ほかは捨てることも大事です。)、確実にこなしていくこと、これが現在の生活が全くのカオスに陥っている人にとって大切な解決法だと思います。気が変わりやすい人だったら、腰を据えて勤められる職場が見つかるまで転職しまくるとかの逆の発想(「職場を転々、何が悪い!」と開き直るのです。)もいいかも知れません。尚、「何時までもあると思うな、親と金」と言いますから、貯金だけはしっかりしなければならないでしょう。(夜型生活を死ぬまで継続できる人は稀でしょう。)実際、貯金を始めて種銭が貯まるようになると、それが励みになって、毎日昼型で頑張れるようになる場合も多いと思われます。バイトの給料−生活費=○万円を毎月積み立てていき、百万円になったら、それを頭金に積立貯金を更に続けます。利率が低いなどと言っている人は、一生種なしカボチャのようになってしまうでしょう。マイナスにならないだけ御の字だと思うべきです。(今のご時世、くれぐれも潰れそうなところには預けないように!)貯金を継続すれば、毎日の努力の成果が数字で表れますので、一層の励みになるのです。(上記の学習計画表の大切さは、日々の努力の成果を目に見えるものに客観化するというところにあるでしょう。)だから、日常生活の何気ないことを数字化することが出来るならば、いろいろな分野での計画化が推進され、あなたの生活は毎日が充実したものになるのではないでしょうか。(この何気ないことの数字化ということは、いろいろ考えてみたのですが、なかなかいい知恵が生まれません。どなたかに教えていただきたいほどです、)何時に寝て何時に起きたかくらいは記録しなければいけません。だらだら寝てばかりの人は、どれだけ長く寝続けられるかを記録して、ギネスブックに報告してはいかがでしょう。(尤も、そういう人は内臓疾患を持っている場合が多いので、まずは医者に行くべきかも知れませんね。)マイナスで考えるのではなく、何事もプラス思考で考えましょう。グータラ生活ならばグータラ生活の世界記録を目指しましょう。食っちゃ寝でだれきっている人は、体重増加率世界記録に挑戦してみてはいかがでしょう。(これはジョークですので、実践しないように。尚、それでも体重が増えない人は、本当に病気ですので、一刻も早く医者の元に走って下さい。)
C今すぐ昼型に復帰するために簡単な方法は、今夜は寝ないで起き続けることです。明日の夕方までは起きたまま何かをし続けることです。(体調の悪い人がこれをやると、却って健康を害しますので、ご注意を。)そもそも、人間の体内時計は一日25時間で出来ているとされています。「普通」に生活している人は、根性で無理をしているので、近い将来ツケが溜まり、永遠に寝続ける時がいち早く訪れるかも知れません。それは冗談としても、普通の人は休日の朝寝(或いは、早寝)で調整しているのですね。本来的には一日1時間ずつ夜型にずれていくのですから、一ヶ月以内には元に戻る時が来るわけです。でも、こういう生活を続けていく場合に、何の課題を持ち合わせていない場合は、無性に寂しくなり、耐えられなくなるものです。そもそも、「電気もガスもない」ところでは、こういう生活は続行不可能なのは明らかでしょう。こういう生活は、誰か(それは、貯金をしてきたかつての自分である場合もあります。)の支えがあって初めて可能になっているのですね。杓子定規の生活に戻れとは言いません。ただ、ある程度の枠内に収まるようにしておかないと、あなた自身が近い将来、大きなツケを払わされることになり兼ねないことを頭に置いておくべきでしょう。問題は、そういう生活でもって《何を目指しているか》でしょう。そういう意味で、目的意識を探究することも平行して行っていくべきでしょう。人生論、生き方といった類の表題の本もよろしいのですが、今現在あなたが抱えている問題をまずは書き出すべきでしょう。何事も客観化、対象化することが大切です。そのためには書き出すことです。悩み・苦しみ・希望などを、しかも、出来るだけ具体的に書き出さなければなりません。「幸せになりたい」「愛の世界」と言うだけでははっきりしないでしょう。「飯がまずい」ならば、料理方法を研究すべきですし、「親がうるさい」ならば自活の道を探るべきです。そのためにこそ、夜型の生活を取り合えずは活かすべきです。そうした作業が進むのと平行して、昼型生活に於いて自ら為すべきこと、昼型生活での・あるべき自分像が明確化してくるはずです。その像がはっきりしなければこそ、歩み出す道筋が見えていないのです。
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