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別荘に近づくにつれ、私はなにか、得体の知れないプレッシャーを感じ始めていた。
なんだろう…ひどく重くて、強烈な…明確な。
気のせいじゃないと断言できるほど、物理的に感じることもできそうなレベル。
まとわりついてくるような、拒むような。
今まで感じたこともないようなプレッシャーが、どんどん強くなる。
…いや…私はこの感じ、どこかで知ってる…。
どこだったろう、確かに、こんなプレッシャーを感じたのだ。
ただ、今感じてるこれは…そのときのものより、ずっと重くて・・・よどんでるような感じ。
それらを振り切るようにしてドアまでたどり着くと、ノッカーに手をかけ、こんこんとノック。
しばらくして、伝声機から声が聞こえてくる。
あ、伝声機っていうのはマジックアイテムの一つ。
遠くの声を伝えるっていう便利なもので、一般的にも普及してる、家庭用マジックアイテムの定番。
『…誰?』
響いてきたのは、冷たい声だった。
全てを拒絶するような、取り付く島もない声。
「あ、あのっ、お嬢様のお世話をするよう申しつけられたものです。」
私は、背中に冷たい汗をかくのを感じながら、できるだけ平気な声を装った。
…ばれなかっただろうか、それだけが心配。
『…ああ、聞いてるわ。入ってきて。』
遠隔操作なんだろう、鍵ががちゃっと勝手に開く。
その瞬間…背筋に悪寒が走ってびくっとしてしまう。
逃げたい。
逃げなければいけない。
私の中の本能が、そう叫んでる。
…だけど。
逃げないで。
何かが、そう呼んでいる。
二つの矛盾する衝動。
眩暈すら感じるほどのそれらを抱えたまま、私は扉に手をかけて…開けた。
瞬間。
吹き付けるほどのプレッシャー…明確に、風として感じられた、それ…。
…悲しみ?
…いや、怒り?
…寂しさ?
わかるのは…それらマイナスの感情が…吹き付けるほどにたまっている、ということ…。
あ、いけない、わかっちゃったら泣きそうになってきた。
この感情が、逃げ出したメイド達のものなのか、お嬢様のものなのかはわかんない。
だけど、これだけ感情がたまるなんて…普通じゃないよぉ!
なにかある、ここにはなにかある!
幽霊屋敷でもなきゃ、こんなの、考えられないし…。
でも、逃げられない。逃げたら…今度こそ私は売り飛ばされる。
進むも地獄、逃げるも地獄…
あ、いけない、考えたら泣きそうになってきた。
…そして。
私がそんなこと考えてる間に、その人はやってきた。
歩くたびに緩やかに踊るストレートの艶やかな黒髪は腰まであって。
少し釣り目気味の目元が整った顔をさらに凛と引き締めたものにしてる。
ほっそりとしたたおやかな体を包む赤いシンプルなドレス。
一言で言えば。
歩く芸術品。
…歩いてくる人は、そんな人だった。
階段を下りてくる仕草一つとっても、私みたいな成金育ちと別の動作ですって感じ。
滑らかな動き、軽やかに踊るスカートの裾、時折覗くスカートに隠れた白い足・・・。
恥ずかしながら、私はすっかり見惚れていて…。
「…あなた、挨拶もできないの?」
飽きれたような声でそう言われて、はっと我に返った。
「も、申し訳ございませんっ」
慌てて、頭を下げる。…ああ…のっけから謝ることになるなんてぇ…。
姿勢を正して、スカートをつまみながらご挨拶。
「初めまして、レイラお嬢様。お父様からの言いつけで参りました、エリザベス・フォードと申します。至らぬところは多いと思いますが、よろしくお願いします。」
このあたりの作法は、女学校でみっちり叩き込まれたので、いくら私でも所作は完璧、一部の隙もないっ。
…でもお嬢様にしたら、なんの感慨もなかったらしくて。
それどころか。
「そうだね、ぼ〜っと突っ立ってたし。ちゃんと仕事できるの?」
き、きついお言葉…うう、そりゃ、私が悪いんですけどぉ…
お嬢様がそんなに綺麗なのが悪いんです、なんて言ったら…速攻首だよねぇ…冗談、通じなさそうだし…事実なんだけどさぁ…。
なんて内面の悩みを表に出さないようにしながら(またぼ〜っとしてるって怒りそうだしね。)言葉を返す。
「申し訳ございません、何分緊張しておりまして…。お仕事は、誠心誠意勤めさせていただきます。」
そして、にっこりスマイル。
だけど、やっぱりお嬢様は相変わらずクールな鉄面皮。
「そう。…ついて来なさい。あなたの部屋を教えるから。」
そういうと、踵を返して歩き出す。
淡白な人だなぁ…。
あ、そういえば、お嬢様自身は挨拶してないぞ。
確かに、必要ないんだけどさぁ、お名前とか知ってるし、立場は向こうが上だし。
そんなことを考えながら連れられて歩いていく。
お嬢様は一言もしゃべらず、前を歩いていく。
私も、話し掛けられなかった。なんていうか、背中が会話を拒絶してるんだもん。
すっごく居心地の悪い思いをしながらしばらく歩いて部屋に着く。
シンプルで、綺麗な部屋なんだけど…なんだか、荒んだ印象があるのは、なぜ…?
「ここにあるのは全て勝手に使っていいわ。制服はそこのクローゼット。貴重品はそこの金庫に。」
金庫の番号とかをてきぱきと。
それに返事を返しながらふと思う。
…なんていうか、無駄のない人だなぁ…って印象。
つっけんどんな態度も、余計な愛想を振り撒かない主義なだけなのかも知れない。
こうやって、親切に案内とかしてくれたし…。
私の中で、お嬢様への印象が少しずつ良くなっていく。
そんなことは露知らず(なんだろう、多分)一通り説明をしてくれて。
「大体わかったわね?じゃあ仕事を始めて。別にチェックはしないから最低限でいいし。」
…こだわらない人だなぁ…いや、予想通りなんだけどね…。
「掃除、洗濯、料理。必要な道具はあるものを勝手に。それから、私の部屋には無断で入らないこと。ノックは二回。もちろん、私の部屋の道具も勝手に使わないように。」
なるほど、お嬢様のプライバシーを厳守してれば問題ないってことなのかな。
「あ、お嬢様のお部屋はどこなんですか?」
「私の部屋は2階の階段を登って左手のほう。ドアに名前が書いてあるから。」
こんな感じで、質問には的確に答えてくれるし、面倒くさがる様子もない。
「それから…お嬢様という呼び方は好みじゃない。」
これには、目をぱちくりさせてしまった。
う〜ん、そういうものなのかな。偉そう、とか・・・そう思っちゃうのかも。
「かしこまりました、それでは…レイラ様とお呼びします。」
お嬢様…レイラ様は小さくうなずく。
他に何か質問は、と聞かれたので、ありませんと答えると。
「では、説明は以上。早速仕事に。」
とだけ言って、部屋に戻っていかれたみたい。
私は頭を下げて見送って。
顔を上げると、よぉし、と腕まくり。
まずは着替えて、掃除しなきゃね。
なにしろ、前任者がいなくなってから一月近く。その間誰も掃除してなかったらしく、結構ほこりとかひどいんだよね。
レイラ様は気にしないみたいだけど…やっぱり、ぴっかぴかにしたいじゃない?
…綺麗にしたら、レイラ様も笑ってくれるかなぁ、とか。
クールなご主人様の顔を思い浮かべながら着替えて、掃除して。
…私は、すっかり忘れていた。
何人ものメイドが逃げ出してること、その原因が、レイラ様だってことを…。