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奈良高校卒業生(バスケ部)の日記

高一の時からの日記って結構すごくない?


2006年2月4日 ただ今深夜二時三分
 年が明けました。
二十日後には卒論発表会があり、それが終われば実質大学生活の終了です。
卒論に関しては教授に指摘された箇所を訂正すれば通過できるもようです。

 さて、下の日記でMIXIデビューと騒いでいますが、最近つないでませんでした。
このHPをやってたりMIXIをやってたりすると、ふとむなしくなる事がある。
掲示板に書き込んだりMIXIに日記をつける事が、まるで何もない宇宙空間で大声で叫んでいるかのように感じてしまう。
何とも怖い・・・。
ネットは広大だわ・・・。とある有名な人が言ったけれども本当だ。
広大すぎて時として不安になる。

 メールなどの感情を伝える方法の少ないメディアをキューレスメディアというらしい。
俺には何とも使いにくいメディアだわ・・・。

 気分を変えて旅行の話。
2月2日に生協にて、旅行の残金を入金してきました!
ちなみにこの日を選んだのは大安だから!!
やっぱこういうの大切ね。
後は保険に入るだけです。
あぁ、早くスキー行きたいわ。
今シーズンは1月の頭に志賀高原で3日、下旬にめいほうを日帰りで滑っただけ。
あと、近日中にまた日帰りで岐阜に行きます。
うち足が使えてないので、しっかり練習しますわ。
あぁ、一級への道は遠いなぁ・・・。


2005年12月17日 MIXIデビュー
 個人的にMIXIはあまりやりたくなかったけれども、やってみた。
変な話少しヤキモチ的な事もあるのだが、確かにあれだけ便利ならみんなもはまるだろう。
俺はこのHPをやってきて自分の情報をアウトプットする側からの視点をもっている。
その視点からすると、MIXIも同じような結果に収束していくんじゃないかなあと思う。
ただ単に俺の人間づきあいの下手さの問題かもしれないが・・・。

 MIXIをぶらついていたら懐かしい人もちらほら。
なんか、昔はパソコンなんてさわれませんといっていたような人達が、今はブログやMIXIでどんどんパソコンを使ってる。
時代の進化はすごいな。
俺が中一の時、インターネットなんてまだ普及してなかった時代にパソコン通信をしていたときなんかオタクというレッテルを貼られていたのに・・・。

 ダイエット順調にいってます。
今日現在、76.6。
ピーク時よりも三ヶ月で9キロぐらい落ちた事になる。

 坂本龍一のコンサートに行ってきた。
有名人のコンサートに始めていった事になる。
後ろの方の席だったので教授はちっちゃかったけど、気さくなおじさんだった。
もっと予習しとけば良かったと思い、今日ツタヤでCDを借りてきたけれども、よけいにそう思うようになった。

 今年もあと少し。
英語の勉強を頑張ろう。


2005年11月6日 鬼と食事
 今日は鬼と食事をした。
この前食事をしたのは北欧にいく前だから、三ヶ月ぶりだ。
友達と食事をするのはいい。特に気を張らなくてもいい友達だからなおさらだ。
楽しすぎてしゃべりまくっていたら喉を壊した・・・。
酒は相変わらず飲めず、赤ワインのグラスと柚子チューハイでアウト。
それだけでもテンションはかなり上がり、ひたすらしゃべって笑った。

 何時の頃からか忘れたが、鬼と食事をした後、気分が良ければ散歩をするという習慣が出来た。
新大宮から東大寺の大仏殿までてくてくてくてく歩く。
しんどそうに思えるが、これが意外と楽しい。
飲み屋でしゃべるのも楽しいけれども、てくてくてくてく歩きながらどうでもいい事や高校の時の事を話ながら、JRの踏切をわたり、友楽の通りを歩き、猿沢池の階段から興福寺に上がり、国立博物館横を通り、大仏殿に行く。
人はほとんどおらず、静まりかえった砂利道・参道を歩く。
そして、大仏殿の門の石段に座り適当な事をしゃべる。
その時間がたまらなく好きだ。
今考えれば罰当たりな事かもしれないが、コンビニで酒をおつまみを買ってそこで飲んだ事もあった。
気を許せる相手だからこういう事が出来るのであって、そういう友達がいる事に対して幸せだと感じる。

 以前、高校の時の友達は一生物だという話を聞いた。
鬼と食事をする度、バスケ部で集まるたびに改めてそういう言葉を実感する。
俺は恵まれている。

 さて、九月頭から始めたダイエット、今、ようやく成果が稔りつつあります。
当初85.5キロだった体重が、今日現在で80.0になりました。
特に運動する事もなく食事を減らしただけでです。
今改めて以前の食生活を見ると、とても信じられたものではありません。
コーラも飲まなく出はなく飲めなくなったし、ポカリすら手を出さなくなりました。
マクドナルドなんて論外で、ポテトを見ても油の固まりにしか見えません。
ソウシ殿のお父さんのアドバイスがあり、最近はお茶ばかりです。
このまま目標である78キロを目指し、その後どこまで下がるか挑戦し続けたいと思います。


2005年8月8日 23th birthday!
 今年も彼女のいないバースデイです・・・。
といっても、おかんはケーキ用意してくれたし、妹は留学先からわざわざ携帯におめでとうメール送ってくれたし、友人からも祝ってもらえたし、寂しくはない。
決して彼女がいない男のいいわけではない。
本当に寂しくない・・・本当に・・・。

 前回の日記でアラスカを目指すといっていたが、北欧に行く事にした。
16日に出国し、25日に帰国。
フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、コペンハーゲンの北欧四カ国をまわってきます。
現在、しおり制作や細かい計画を詰めるなどの最終調整中です。

 昨年、アメリカへ旅行をして世界が広いと実感したが、日本も相当に広いと就活を通して実感した。
特に就職先として関西を離れる事を意識したとき、広さに対する考えは桁違いに大きくなった。
例えば来年から住む愛知。
風習、歴史、食、テレビ番組、言葉遣い、その他多くの物が関西とは異なる。
そして、そのような土地が愛知だけでなく日本には数多くあり、県単位でなく市町村単位まで細分化していくと数え切れない土地がある。
保守的な私にとっては愛知に行く事だけでも冒険だが、全国に目をやると少しの恐怖と共に日本の広さを実感する事になった。
 京都駅から東京駅へ向かう新幹線の窓から、多くの町を見る事が出来る。
そこには、その街で生まれ生活している人達が数多くいて、そのような街が数多日本には存在する。
そう考えたとき、今まで何も考えずに沖縄や北海道に行ったけれども、初めて日本という国の広さとそこに住む人々の多様さに気付いた
就職活動はいろんな面で自分を成長させてくれたと思う。


2005年6月21日 目指せアラスカ!
 就活が終わり研究室生活です。
・・・もう少し日々の生活を見直して健全な研究室生活を送らなければ・・・。
明日は図書館の地下にある書庫に行って論文検索です。
お昼は友達と夏休みのアラスカ旅行計画です。
なかなか宿がないのですよ、アラスカは。
アラスカは夏がシーズンなので、その時にどっと人が入るしホテルも高い。
だから有名なデナリ国立公園での宿泊施設の予約を取るのは個人では至難の業です。
ボチボチ情報集めながら頑張ります。
出来ればオーロラもみたいですわ。


2005年4月27日 第一志望企業内々定
 午後九時二十分頃、携帯が鳴った。
第一志望の企業からの内定の電話。
最終選考受けてから何も手につかなかったので、とにかくうれしかった。
ほんま泣きそうなぐらいに。
テレビ局やパイロット試験などを受けたけど、最終的に就活を始めたときに目指していた企業に行く事になった。
やっぱり就活は熱意ですわ。

 お世話になった方々にこの場を借りてお礼を述べさせていただきます。
有り難うございました。


2005年4月10日 内々定
 某社から内々定いただきました。
就活は続けます。

 二月三月と説明会をかなり回ったけど、最終的にES提出した企業が少ないです。
不安です。
ですが、第一志望の選考でなかなかいい評価を戴いているので、そちらを期待しています。
今までの経験上こういった状況で気を抜いたために悪い方向に転ぶといった事が多々あるので、気を抜かないよう頑張ります。


2005年3月25日 就職活動途中経過
  さて皆さん(浜村淳風に)ごきげんいかがですか?
当方の就活は喜んだり落ち込んだりを繰り返しております。
でも、まぁ腐ったら終わりなんで頑張ります。
二月三月は忙しかったけど、選考が始まる四月はもっと忙しくなりそうです。
あと、最近になって筆記対策を甘く見ていた事が悔やまれるようになってきました。
筆記はしっかり勉強しましょうね。

 30日に東京に行ってきます。
この会社は入れたら本望です。
健康診断で引っかからないように、ダイエット始めました。


2005年3月16日 成績発表
  おかげさまで無事卒業できます。
結局卒業所用単位よりも結構多くとった事になる。
これで来年度は就活と研究活動に専念できる!!


2005年3月8日 就職活動中
  良くもまぁこんだけほったらかしにしていたなぁという感じ。
 いつの間にかカメラを買い、アメリカ旅行も終わり、年が明け、秋学期が終わり、スキーに行って、就活真っ最中。
 ちゃんと行きたい所に決まって欲しいと思いながら日々励んでおります。
 現在、面接で二回、ESで一回落ちました。
 就職部の方はテレビ局は特殊やから気にするなと言ってくれるけれども、やはり気になる・・・。
 それでも就職はしなければならないわけで、気を引き締め直すのであります。
 以上。

  ちなみに昨日ローレライ見たから感想をかいとく。
 なんか2時間に収まるような内容じゃないんではないかという感じ。
 2時間に詰め込みすぎて、シナリオにしても大勢いるキャラにしても弱くなってるんじゃないかしら。
 まぁ、2時間があっという間に過ぎていったので面白いとは思う。
 一番気になったのが、原子爆弾の扱い方。
 ただ建物を吹っ飛ばす破壊力を描写するならアメリカと一緒。
 核の恐ろしさは原爆を落とされた日本だから描かなくちゃいけない側面もあるんじゃないの?とおもった。
 原爆で人が死ぬシーンが全くない、この映画は。
 日本が昔戦争をしてて、多くの人が亡くなった上に今の日本があるという事を改めて考えるには、
 エンターテイメントという力を借りてこのような映画を作る意義もあると思う。  


2004年7月4日 悶々悶々
  一ヶ月後は何をしているのだろう?
 新しい一眼レフ欲しいなぁ・・・。
 等と思い浮かべながら日々つらつらと生きております。
 うちの学科にも優しい先生がいらっしゃり、単位を取らせるように本試験三日前に中間試験をして下さる先生もいます。
 そのための勉強中です。


2004年6月27日  いざ!
  ということでテスト2週間前です。
 親知らず抜歯後あまりにひどい出来事があったので、それまでいい感じに続いていた勉強のペースが一気に崩れました。
 が、そんなこともいってられないので、頭切り替えます。
 が、が、なかなか切り替わらない。
 ヨセミテの件も一段落したしもう切り替えなければならないのに切り替わらない・・・。
 やばい!!!!
 ということで勉強します。


2004年5月20日 親知らず云々
  15日の土曜日に右下の親知らずを抜歯した。
 おそばせながらその報告をいたします。
  予約は8時半。
 かかりつけの歯科は抜歯するときは晩飯を食って風呂に入ってあとは寝れる状態にしてからくるように言うようだ。
 俺もその通りにしていった。
 10分前につき、待合室にて抗生物質と痛み止めを事前に飲むように言われ飲む。
 部屋に通され椅子に座る。
 もちろんのように普段はミラーやピンセットが置かれている台は見ない。
 ずっと上を見続けて、歯科助手が何か堅いものを台に置いていく音をひたすら聞く。
 先生が入ってきて、まず麻酔を打たれた。
 かなり怖かったのだが、これが意外にいたくなかった。
 麻酔が効いてくるまでの間先生は他の患者の治療をし、俺はだんだん感覚がなくなっていくのを感じていた。
  五分ほどたって先生が戻ってきて俺の横に座った。
 始まるなと思った俺は、もっていたハンカチで自ら目を隠す。
 先生が何かを口に入れて歯茎をコキコキこすった。
 何も感じない。
 痛いともかゆいとも気持ちいいとも何も感じない。
 次にピンセットのようなものでこすっていたところをつついている感じが分かった。
 そこは奥歯ではなく、普段は歯茎に埋まっている親知らずと感じた。
 つまり歯茎は雌によって切開され、日を見ることのなかった親知らずがついに顔を出したことに気づいた。
 すると今度はハンカチの隙間からでも明らかに大きいと分かるものが口に入ってきた。
 そんでもって俺の頭がいろんな方向に揺さぶられ、椅子にねている状態の頭が5センチも下がったかと思うぐらい、体重をかけて何かをつっこんでいじっていた。
 で、「キュッ」という音と共にその作業はなくなり、先生がガーゼを詰め始めたのが分かった。
 「しっかり噛んでね。」といわれしっかりと噛んだ。
 どうやら終わったようだ。
 抜けた瞬間も分からぬほどに痛みはなかった。


2004年5月4日 大峰山戸開け
  戸開け。
 大峰山頂上にある大峰山寺を開ける儀式。
 各地の講と呼ばれる修験者達の集まりが大峰山寺に集まり、GWと相まって梺の集落はにぎわう。
 大峰山は女人結界がありこれが最近話題を呼んでいる。
 つまり女性は登れませんよという結界である。
 以前から市民団体がこれが女性差別であるといい撤廃を求めている。
 最近はユネスコの世界遺産登録も相まってその運動が活発化している。
 署名活動もしている。
 社民党党首もこの団体の運動に同意している。
 おそらく他の政治家や学者先生方も同意しているだろう。
  ここで何も考えずに女性差別はいけないという理由で簡単に署名をするような方々に言いたい。
 女が入ってはいけないという言葉だけで署名するような方々、政治家に言いたい。
 女性だけの修道院を考えていただきたい。
 男子校、女子校を考えていただきたい。
 国立にも女子校があるではないか。
 この人達は大峰山の女人結界撤廃を指示するのなら、前者の撤廃を指示することに違和感を感じないのだろうか?
 ちなみに大峰山の周りは私有林です(たしか・・・)。
 女性差別という前に大峰山という山の存在意義を考えていただきたい。
 大峰山は修行の山である。
 俗世を離れ、煩悩から離れ自分を見直す山である。
 そうすれば女人結界の意味が分かるだろう。
 女性差別という言葉で片づける前に、本当に差別なのかも考えていただきたい。
  先日新聞で面白い記事が載っていた。
 ジェンダーフリーが見直されているらしい。
 男女の差異をなくそうという現状において、男女差を認めようという動きが認められるようになってきたらしい。
 それが普通だ。
 人に個性があるように男女にもそれぞれ個性がある。
 それを無理矢理なくそうなどと言うことは滑稽なことであり、運動会で手をつないでかけっこしましょうなどと言う奇異な行動に出てしまうのだ。
  ちなみにユネスコの世界遺産に登録されている、聖アトス山という所も男しか入れないらしい。
 この山はキリスト教の山らしい。
 登録するときはこの女人禁制は何とも言われなかったらしいが、ジェンダーフリーが進む欧米の一議員がこの女人禁制について撤廃を求めているらしい。
 が、この国の政府は撤廃する意志はないことをきちんと表明している。

  今一度、大峰山の件を機会に差別という言葉について考えてみたい。
 男女、人種、宗教、部落、障害等々、差別とされるものは考えなすには多すぎるほど多数あるが・・・。
 ちなみに部落と言う言葉から差別を連想するのは関西だけらしい。
 関西以外では被差別部落というものがないようだ。
 関東では在日が差別対象らしい。
 ・・・と言うことを人から聞いた。
 もちろんこのての差別はなくすべきであると思う。
 が、被差別部落が差別されても仕方ないようなことをしている人もいると言うことも事実であったようだ、昔はね。
  


2004年4月30日 一段落
  今日の実験レポート提出で、一区切りついた。
 明日の授業はそれほどしんどくないので、実質GW始まったも同然。
 晩飯はWONIとヒロシの三人で飲みに行く。
 そのあと東大寺でも行こうかしら?
 夜の興福寺、東大寺は以外といい感じだ。
 ただ、明日は土曜なのでもしかしたら期待してるほど人が少なくないかもしれない。


2004年4月27日 親知らず続報
  本日歯医者さんに行って参りました。
 もちろん親知らずについてであります。
 先週死ぬほど痛かったときは抜く気満々だったのだが、痛くなくなって改めて歯医者独特のにおいをかぐと躊躇する。
 果たしてどうしたものかと看護婦さんとしばし談笑し、出来上がったレントゲンを見つめる。
 思ってたよりも状態はよかった。
 最悪のケースはインターネットで調べて、水平埋没型という完全に親知らずが横向きで歯茎の下に埋まっているというもの。
 俺の場合は素人の俺が見ても斜めに生えてきているだけ。
 もしかして前の歯の詰め物を取れば抜かなくてもいいんじゃないかと思うが、先生は甘くない。
 どうやらまだ親知らずの根が完成してないらしく、抜くなら今ぐらいがちょうどいいそうだ。
 今の状態だと歯茎の切開はするが、親知らずをドリルで二分割するような大層なことにはならないらしい。
 すぽっと抜けるから楽だといわれた。
 ちなみに成長すると根が発達してきて、ちょうどピースサインのようになり簡単には抜けないらしい。
 抜糸は来月十五日。
 翌日は何も予定が入ってない日がいいよとある意味怖いことを言われたので土曜日にした。
 TOEICとLSIのテストからも離れているので安心した。
 それまでに腫らさないように、最低起床後三食後就寝前の歯磨きは絶やすなといわれた。


2004年4月24日 入院
  ソウシ殿の一日も早い退院を心からお祈り申し上げます。

  さて、授業が始まって約三週間が過ぎようとしている。
 恐れていた科目は想像していたとおり難しく、微分方程式を復習し、図書館で今まで見たこともないようなシュレディンガー方程式なるものを読み解く事態に発展している。
 この恐ろしき必修科目、何とかクリアできることを祈る・・・。
 っていうか、全ての必修科目が恐ろしく思えてきた今日この頃です。


2004年4月17日 親知らず・・・・・・・・
  最近、右下奥の歯茎が腫れてきた。
 先月中旬頃に同じ事があり、行きつけの歯科に行くと親知らずによる腫れだと診断された。
 何度か通って治ったと思ったら再発・・・。
 今回も前回同様たいしたことがないだろうと思っていた。
 が、深夜に二回目がさめた。
 痛くて・・・。
 今回はやばいようだ。
  翌日、つまり今日の昼前に電話で歯科に連絡すると、処方箋を渡すから今日学校の帰りにでもよってくれと言われる。
 朝はまだそれほど痛くなかった。
 が、帰りの電車の中ではあり得ないぐらい痛くなった。
 明らかに前回の腫れとは種類が違う。
  親知らずがあることを知ったのは中三の頃。
 他の歯を治すためにレントゲンを撮ったときに発見した。
 先生からはいずれ抜くことになるし、そのときはしんどいよと言われた。
 親からは経験上むちゃくちゃ痛いと言われた。
 今までは何ともなかった。
 痛くもないしかゆくもなかった。
 が、たまに緊張したりストレスがたまると痛む事があった。
 高校二年のバスケ部の合宿で三朝に行ったとき、プランナール三朝の一室で痛くなったのを覚えている。
  不安になったのでインターネットで親知らずについて検索してみた。
 でるでる・・・色々な感想が。
 おかげさまで今ではちょっとした親知らず博士気分だ。
 俺の親知らずは完全に歯茎の下に隠れているのでちょっと大変なようだ。
 麻酔をかけてメスで歯茎を切る。
 歯茎をめくって中の骨を砕く。
 出てきた歯をドリルで二つに割ってそれぞれ取り出す。
 取り出すと言っても片方はぐいぐいとスプーンのようなものをつっこんで抜くようだ・・・。
 これを書いてるだけでも気持ち悪くなってきた。
 麻酔をかけると知っていても気分が悪い。
 ぶっちゃけ鼻を折ったときに麻酔があまり役に立たないということを経験しているのでね。
 先生の腕を信じます。。。 


2004年4月12日 桜も散りましたね
  今日は一限から五限まで授業が詰まる曜日だ。
 うち四つが必須教科。
 しんどかった・・・。
 だが、三回生になってより専門的な事を授業でするようになってきたので面白い。

  昼休み、先日撮影モデルになってくれた子に出来上がった写真を渡しに行った。
 っていうか、その子とは撮影当日が初対面。
 あまりに綺麗だったから、「写真とらせてもらってもいいですか?」と声をかけて撮影した。
 桜の木の下で、春の柔らかな日差しの中、静かに本を読む少女。
 もっと俺に撮影の力量があれば、もっともっといい写真になっていたのに・・・。
 ということで、名前も学年も学部も知らない。
 が、また同じ場所にいるのではないかと思い昼休みに行ってみた。
 同じ場所には見知らぬおっさんがいた・・・。
 が、そのすぐそばでまた本を読んでいるあの子がいた。
 出現パターンに変化はないらしい。
 昨日のオレンジデイズで勝手に撮影することはマナー違反だと理解したので、写真を受け取ってもらえるか心配したが、笑顔で「ご丁寧に有り難うございます」といってくれた。
 安心して、ほんの一言二言言葉を交わしてその場を去った。
 あんまりなれなれしいとなんか下心があると思われて嫌だったから。
 ちなみに学友からは馬鹿にされた。

  そういえば先日の朝日新聞の夕刊に、奈高で英語の先生だった池上先生が出ておられます。
 もちろん角田選手関係です。
 池上先生と言えば一年の時グラマー担当だった。
 初めてのテストであり得ない点を取って、ジローか誰かと歩いている休み時間、すれ違いざまに声をかけられて、「初めてだから緊張したのかな。まだまだとれるはずだからがんばれよ。」といったような事を仰って下さったのを覚えている。
 基本的に自主創造を基本理念に掲げる奈高において、ああいう風にわざわざすれ違うときに声をかけてまでアドバイスしてくれる池上先生はどれほどありがたい存在だったのだろうか。
 どれだけ生徒のことを考えてくれていたのだろうか。
 期待に応えられなかった自分が情けない。
 韓国への修学旅行で渋いサングラスをかけていた先生を思い出す。
 先生のご子息と試合をしたことを思い出す・・・。


2004年4月10日 作品
  作品と言うほどたいしたものではないが、写真ができあがった。
 うーん・・・。
 黒白の作品の方がいい感じだ。
 30年前のカメラで撮った方。
 光と陰が白と黒でダイレクトに表現され、ある意味春の柔らかい日差しの雰囲気を醸し出している。
 ただ、カメラが古くシャッター速度がそれほど速くないことや露出計が少し微妙なおかげで、露出オーバー気味な写真が多かった。
 それでもいい写真が3枚ほどはあった。
  カラーの方はいまいち。
 微妙です。
 今後腕を上げる必要有りと感じました。


2004年4月9日 撮影
  今日、大学構内で撮影した。
 実験が来週からと言うことで、今日は二限が終わると以後フリータイム。
 ちなみに再履修がなければ休日だったりする・・・。
 今日は、ある人がモデルになってくれるはずだったので楽しみに登校した。
 俺が所有しているカメラはミノルタ α−7000とオリンパス OM−1。
 前者は父所有の20年前のAF機で、後者は祖父所有の30年前のMF機。
 かなり年季が入っている。
  俺が一眼レフに惹かれる理由の一つにレンズの美しさがある。
 数十年前のレンズを今のぞき込んでも、その美しさは変わらない。
 フィルターが汚れていてもそれをはずすとその下には美しく透き通ったレンズがある。
 先日親戚のおじさん所有のライカのレンズをのぞき込んだときは、本当にレンズに引き込まれそうになった。
 決して誇張しているわけではなく、それほど美しい。
 これほどまでに美しいものを本当に人間が作れるのかと、いったいどのようにして何十年も前にこんな芸術品を作ったのかと感心してしまう。
  もう一つはシャッター音。
 デジカメはCCDの情報を記録するだけなのでシャッター音というものは雰囲気を出すための後付でしかない。
 ちなみに一眼レフデジカメはのぞく。
 一眼レフにおけるシャッター音と感触は、シャッターを押したその瞬間にカメラ内部でプリズムが移動し、目的とする被写体の放つ光がフィルムに当たり、その時間をフィルムにとどめるという行為に付随するものである(たぶん・・・)。
 この音と感触はやみつきになる。
 しかもこれがメーカーによって違い、またAF機とMF機によっても全然違う。
 最近色々とカメラ屋で購入したいと思う機種をのぞいているが、ミノルタのα7が機械的な音と感触に対し、キャノンのEOS7sはそれを少し弱めたもの、ニコンのF80はMF機のような感じだ。
  使用フィルムは、α7000にフジ New PRO400,OM−1にフジ ネオパン400PRESTO。
 前者はカラー、後者は黒白。
 授業が教授回の都合で早く終わり、友人を待つ。
 携帯をチェックするとモデルが急用でこれないとのメールが入っている。
 この時点で男二人が構内をカメラ二台を首からぶら下げて歩く運命が決定した。
  大体一時間半ほどかけて構内を歩いた。
 グランド、駐車場、法文校舎、馬小屋。。。
 この大学に二年と少しいることになるが、始めていく場所が多かった。
 法文学舎の男女比の割合があまりに工学部と違うことにもカルチャーショックを受けた。
 しかも全体的に生き生きしているような気がする。。。
 壁に貼ってるサークル勧誘のチラシの量も工学部とは比較にならないほどに多かった。
 こういう雰囲気の方が好きだな、俺は。
 構内の桜は満開で、特にグランドの観覧席からすぐ脇の桜を俯瞰でみることが出来るのが最高だった。
  図書館で少し調べものをし、通りにある写真屋に写真を出した。
 明日授業が始まる前によってできあがった品をもらう。
 楽しみだ。 


2004年4月7日 肩こり
  昨日から授業が始まりました。
 学校の櫻がきれいに花を咲かせています。
 散らない内に銀塩にて撮影してみようと思う今日この頃。
 新入生も入ってきて構内も活気づいております。
 後一ヶ月もすれば少しは落ち着くでしょう。
 今日は、久しぶりに教科書一杯のリュックをしょったため肩こりです。
  最近英語の能力がアップするかなと思ってリアルプレイヤーにてワシントンのラジオ局の放送をライブで流しています。
 が、結局BGM的なものになってしまっています。
 意識して聞かないと駄目ですね。
 駄目だと分かっていても英語から離れないためにとりあえず流しておきます。


2004年4月5日 さよなら春休み  スキー報告その一
  こんにちは。
 今までにないぐらいに更新をさぼっておりました。
 明日から三回生としての授業が始まるわけで、その中にとんでもない必修が含まれていたりするから今からメランコリーな気分です。
  
  今日で春休みが終わります。
 2ヶ月間の春休み中は、身から出た錆ではある訳なのですが思っていた以上にテストの出来が悪く、成績を非常に気にしておりました。
 結局わかってみれば、悪い割にもちゃんととれていた訳なんですが、二月一杯は留年するかもしれないという危機感でノイローゼ気味でした。
 スキーに行ってもふっきれず、滑っている間は忘れられていいんですが、リフトに乗っている間は成績のことについて考えてしまい、どんどん暗くなっておりました。
 しかも、ほとんどが一人でのスキーだったのでなおさらです。
 特にナイターは最悪です。
 周りが暗い上に自分も暗くなるのですから。。。
 楽しみにスキーに行っているのに尻から血がしたたり落ちたときはマジでへこみました。
  そんで、心配する以外に2ヶ月間の春休みは何をしていたのかというと、まず二月は毎週スキーに行っておりました。
 ほんまに毎週ですわ。
 まず二月の第一週は、五日間志賀高原。
 第二週は現地二泊でまた志賀高原。
 第三週は現地三泊で白山一里野、最後の第四週は一泊で野麦峠。
 ちなみに昨年末には新潟に一泊、この三月には滑り納めに鷲が岳に行って参りました。
 今シーズンの滑走日数は全部で16日でした。
 色々な関係で一人で滑ったり旅行自体を一人で行くことが多かったのですが、やはり仲間と一緒に滑るのがいいですね。
 一人だとだんだん滑るのが面白くなくなってきます。
 滑るのが作業的になっちゃうのかな。
 来年は友達ともっと行けるようにしたいものです。
 滑走日数の目標は21日!
 ちなみに三月はほとんど引きこもりで何もしておりません。
 では、スキーの詳細を・・・。
 
  まず昨年末に新潟のシャルマン火打スキー場にて初マイスキーのお披露目です。
 スキーを履くのは奈高に合格した春休み以来ですが、夏に少しだけ鴻池競技場の周りでインラインスケートで練習していたので、それほど違和感というものはなく、昨年のボードの滑り始めに比べたらこけることもなく、それなりの滑りは出来ていました。
 二日間の内の初日は午前午後とスクールに入り、スキーの基礎を練習しました。
 そこで初めてカービングスキーでのカービングの滑り方を知り感動します。
 ただ、今振り返ると、当時はスピードを怖がって、ブレーキばかりかけている滑りだったように思います。
 脇も開いていないし背中も猫背。
 全くなっていなかったでしょう。
 でも、スクールの先生は結構ほめてくれました。
 二日間滑って、一月のテスト期間を挟みます。
 そこでいろいろな地獄を見ます・・・・・。
  最後のテストが終わった日、そのままミナミのスポタカに向かいゴーグルを探しました。
 スキーのマテリアルにおいて、結構ゴーグルは重要だと言うことで力を入れて選びました。
 一番重要なのは顔にフィットする事です。
 スポタカにはたくさん有名メーカーの製品があり、それらを全て試着しました。
 SWANS,SPY,DICE,オークリー、カレラ、その他諸々。
 で、ボーダーブランドなんですが、個人的にダイスが一番顔にフィットするように感じました。
 これは国産ブランドの強みかもしれません。
 ダイスの中でも球面レンズという事で、トランプという種類を選び、レンズの色はオレンジを考えていたのですが、一目惚れでパープルを選びました。
 パープルは新色の部類に入り、現場でどんな感じなのか心配だったのですが、実際使ってみると肉眼で見るよりも雪が雪らしく見え、しかもオレンジならオレンジに景色が染まりますが、パープルだと景色がクリアに見えるので、クリアなサングラスを好む私にはぴったりでした。
  ゴーグルも買いそろえ、ついに出発です。
 バス乗り場は京都駅。
 無茶混みです。
 今回はサンシャインツアーの三列シートバスを選びました。
 三列シートのバスはサンシャインツアーとJTBからでているバスがあります。
 帰りにJTBのバスを見て気づきましたが、同じ三列でもJTBの方が少し値段が高く、なぜだかわからなかったのですが、結局それはサンシャインツアーの方は片側が二列、片側が一列の三列に対して、JTBはそれぞれが独立した三列シートでした。
 ちなみにサンシャインツアーの三列シートはあまりいいものではなかったです。
 全体的に狭く感じ、空調もよくありませんでした。
 そのせいか喉と鼻がおかしくなりました。
 来年から一人で行くときはJTBにしたいと思います。
  この週の目的はオーストリアスキー教室という合宿制のスキースクールに参加することです。
 とりあえずスキーを始めるなら基礎からしっかり固めようということで、合宿制のスクールを選んでみました。
 三泊四日のコースですが、前日に入って練習しておきたかったので五日間の日程です。
 で、この五日間いろいろとしました。
 まず、基本的に部屋は相部屋。
 どんな人か心配していたのですが、とてもいい人で安心しました。
 常連さんのようで、色々な事を教えてくれました。
 また、結構参加する人の年齢は高いです。
 改めてスキーは生涯スポーツなんだということを認識しました。
 スクール初日は先生の前で一本自由に滑ってみてクラス分けです。
 平日だから参加者は少ないだろうと考えていたのですが、10人ほどいました。
 で、僕は一番下のクラス。
 先生一人に対し生徒は僕を含め三人。
 はっきりいって超ラッキーでした。
 スクールの四日間、志賀高原という広く変化に富んだゲレンデを利用して様々なことを教えてもらいました。
 分からないことがあれば滑り終わった直後に先生に今の滑りのどこが悪かったか質問をし、次の滑りでそこを修正する。
 そんなことを延々と繰り返しました。
 自分でいうのも何ですが、このスクールですごくうまくなりました。
 一日の中で一度、滑りをビデオに撮ります。
 そしてそれを夜のミーティングで班別に見て、悪いところをチェックします。
 このビデオミーティングが意外と馬鹿に出来ず、自分が出来ていると思っていた事がビデオでみると全く出来てないということを簡単に知ることが出来ます。
  
  翌週の志賀高原は大学の友人三人と行きました。
 三人とも初心者です。
 スキーを楽しんでくれるか心配しておりましたが、先日来年も行きたいといってくれたので安心しました。
 まぁ、二月の最高のコンディションで、しかも全ての日程において晴天に恵まれ、なおかつパウダーも体験したらやみつきになることは間違いないのですが。
 で、この三日間の間に是非あの有名な横手山山頂のパン屋に行ってみようと考えていました。
 当初の予定としては、初日が祝日に当たるので混みそうだから二日目に行こうとしていたのですが、初日の天気があまりにもよかったので、レンタルをするとすぐにバスに乗って横手山に向かいました。
 大体一ノ瀬から横手山まではバスで小一時間かかります。
 リフトを二本乗り継いで横手山ヒュッテに到着です。
 お昼を過ぎると選べるほどパンは残ってないと聞いていたので、たくさんパンがあるのをみて安心しました。
 バスが着いてからまだ何も食べていなかったのでお腹一杯食べました。
 聞いていたとおり本当においしかったです。
 特にキノコ雲セット・ロシアンティー付きは最高でした。
 志賀に行くことがあれば是非行くことをおすすめします。
 食後は暫く裏のゲレンデで滑り、ジャイアント方面を通って一ノ瀬に帰ってきました。
 少々初心者にはジャイアントはきついかなと思っていたのですが、案の定えらいことになりました。
 ごめんなさい・・・・・。
 その日のナイターは僕だけ行き、九時に部屋に帰ると全員寝てました。
 マジで引きました。
 翌日は私だけ別行動で一人でいろんなところを滑ってました。
  三日目は午前中友人と寺子屋のパウダーをむさぼり、午後は一人で奥志賀の方に行きました。
 奥志賀はやはり雰囲気が違います。
 スキーオンリーゲレンデということや、高め価格設定のホテルばかりのせいか、やはり落ち着いた雰囲気です。
 他のゲレンデとは違った雰囲気の中、スキーを楽しみました。
 また、憧れのグランフェニックスのラウンジにてハーブティーも飲みました。
 グランフェニックスはすごかったです。
 いつか泊まってみたいものです。
 ちなみにこの旅行の帰り、バスのマフラーが爆発して、一時間ほどサービスエリアで修理をするというアクシデントが起こりました。

  そんなこんなでとりあえず、春休みスキーレポートその一を終わります。
 次の更新はGW前ぐらいまでに・・・できたらいいなぁ。
 
  


 2004年1月7日 新年
  下のノートパソコン購入器にはまだまだ続きがあるのだが、とりあえず新年のご挨拶を先にさせていただく。
 新しい年になって七日目。
 あすから学校が始まり、そしてテスト。
 いやだなぁと思いつつもそれが学生の本分なのだから仕方ない。
 がんばろう。
 スキーのことや昨年八月以降のことなどいろいろあるが、それはテストが終わって落ち着いてから書きます。
 ぼちぼちですが、リニューアルもしています。
 HPのアドレスも変更するかもしれません。


 2003年8月11日 21 years old!!
  三日前に誕生日をむかえ、21歳になりました。
 二十歳になったときはそれなりに感慨深いものがありましたが21というのはなんとも思いません。
 三十路に向かってレッツゴーですな。
 それにしても30の俺はどんなんだろう?
 いまよりもさらにおっさん臭くなるのだろうか?
 下の日記からいろいろな事があった。
 そのひとつに、ノートパソコンを購入した。
 今のそのノートでこの日記をうっている。
 モデルは東芝のダイナブックC8/213LDDWである。
 踊る大走査線のスリーアミーゴスがCMをやってる白いパソコンである。
 そのシリーズの中の最上位モデル。
 ノートを購入すると決まってから時間が二日程しかなかった。
 本屋でノート選び特集の雑誌を購入して、購入前夜にPCに詳しい人たちの意見を頂戴した。
 誕生日翌日の9日に、梅田のヨドバシカメラに行った。
 一人では不安なので大学の友人に付き合ってもらう。
 11時に梅田の阪急側一階入り口に集合。
 大体11時10分前に到着したので、店内をいろいろと物色して歩いた。
 ノートコーナーは意識して近づかないようにした。
 お楽しみは後からという俺の哲学にのっとった行動だ。


 2003年7月30日 Summer vacation has come!!
  待ちに待った夏休みだ!
 25日の解析数学が終わり、待ちに待った夏休みに入った。
 約二ヶ月の休みである。
 バイトしたら相当たまるのだろうが、めんどくさいからやらない。
 とりあえず今の所決定している予定は、8月23日から29日までの沖縄旅行。
 っていうか、ここ最近にあった個人的に重要な話題って大捜査線しか書いてないね。
 布施のスキーショップとか沖縄旅行とか結構あったのに。
  
  それではまず沖縄旅行について。
 下にも書いている大阪から那覇までのバースデー割引チケットがとれた。
 本当は石垣までのチケットが欲しかったのだけれども、大阪から石垣への直通便は一日に二本程度しかない。
 その本数の少なさと人気も相まって、バースデー割引予約解禁と同時にその路線のチケットは売り切れたようだ。
 那覇を経由して石垣に渡る手もあるが、それだと那覇で降りる形になるので片道二万円になる。
 往復で二万か四万か・・・えらい違いだ。
 大概無視されるが旅行するときには周りに誘いをかけるようにしている。
 今回の旅行も声をかけはしたが、安く行けると言っても全部で7万ぐらいかかるから誰も参加しないだろうと思っていた。
 ところが、大学の友人に大まかな予定と予算を書いて渡したところ、夜になって参加すると連絡してきた。
 半信半疑だったが、翌日本人に確認してみたら親もいくらか援助してくれるから大丈夫との事。
 ということで一人旅の予定が二人旅になった。
 昨年、波照間島の民宿で一緒になって写真まで郵送して頂いた方から、那覇から50キロ程離れた所にある慶良間諸島の海は最高だという言葉を思い出した。
 色々調べてみると、慶良間諸島は那覇から50キロ程度しか離れていないが透明度は抜群でダイビングのメッカだそうだ。
 相談の結果、慶良間諸島の中の阿嘉島に行く事にした。
 次にどうせ二人で行くならもう一度大坂から船で行きたいと思い、相手に3千円高くなる事と時間がかかるが、飛行機よりも船の方が絶対にいいという事を熱弁し、往路はフェリーとなった。
 帰りはもちろん飛行機。
 そんなこんなで現在計画を進めており、明日難波で友人と会う。
  
  次にスキーショップについて。
 今春、ボードボードと騒いではいたが、今はボードに全く興味はなくスキーがしたい。
 個人的に今のウィンタースポーツ界では、ボードはミーハーでスキーは玄人というイメージがある。
 これは単に、今年の三月に行った志賀高原では、スキーをやってる人がうまい人ばかりだった事に起因する。
 あと自分が小さい頃から家族でスキーに行ったり、身内にスキーがうまい人が多いのも影響している。
 ということで、どの店でマテリアルを購入するか、特にブーツに重点を置いてショップ情報を検索してみた。
 ブーツはスキーにしてもボードにしても、最も気を遣わなくてはならないマテリアル。
 ブーツの善し悪しによって、スキーやボードが快適かそうでないか決まってしまう。
 色々調べていて、布施によいお店があることを知った。
 スキー・ボード専門ショップで、ヤマトスポーツさん。
 スキーやボードの販売は、量販店と専門店に二分される。
 一般的によく言われるのが、量販店は安いし種類も豊富だが知識がない。
 専門店は知識が豊富だが、値段が高い。
 七月の初旬、学校帰りに訪ねてみた。 
 布施駅で下車して、南に商店街に沿って歩く。
 するとオガサカの看板が見えてきた。
 ちゃんとヤマトスポーツと書かれている。
 専門ショップだけあって入りにくい感じだ。
 でも、ここで購入するとほとんど決めていたので勇気を出して店に入った。
 店に入って数歩足を進め店内を見回していると、カウンターから店員さんが出てきて、「ブーツですか?」と聞いてきた。
 自分が見つけたHPの影響か、やはりブーツを買いに来る人が多いのだろう。
 そのHPで見た限り、沖縄等からも買いに来る人もいるらしい。
 自分が初心者でブーツを探しているというと、足のサイズを聞かれ、27.5か28.0だと伝えると測定器を出してきて測ってくれた。
 しかも測るだけでなく、直接さわって足の形まで調べてくれたのだ。
 そして、奥から出してきたのがサロモンのエリプス7.0というモデル。
 そのブーツを履かしてくれ、それから1時間半以上も俺の質問に付き合ってくれた。
 店に行くまで初心者なりに、経験者や雑誌からスキーの知識を少ないながらも蓄えてた。
 サロモンのエリプスシリーズも知っていて、これは今年から出るモデルだ。
 サロモンのHPからカタログを取り寄せて、エリプスを買うなら10.0かなぁと思っていたのだが、実際に勧められたのはエリプスモデルの一番下のモデルの7.0。
 経験者からブーツは5万円以上かけないと快適でないし、熱形成もした方がいいと聞いていたので少し不安だった。
 そんな疑問を1時間半の間にぶつけたのだが、非常に丁寧に答えてくれた。
 まず俺のような初心者で学生ならば、二年もすれば絶対に新しいのが欲しくなるから今はこれでいいとのことだった。
 これは大学の先輩にも後日同じ事を言われた。
 「高いものには、必要でないものまでつけられている。パソコンでもいらないソフトとかついてるでしょ。」ともいわれた。
 インソールなんていらない、上級者モデルは中が狭い。
 店員さん曰く、この製品が今の俺にはぴったりだということだった。
 これ以上高くても無駄だし、これ以上安いと駄目駄目。
 その他にも、オガサカの板は世界最高品質だが売れてないとか、バッジテストを受けるなら2級からだとか、ラングは昔アメリカでつくられていたが環境問題で今はイタリアでつくってるだとか、レグザムはブーツ会社の中で未だ成長を続けている会社だとか、最近の変な傾向として上級者用の板に初心者が乗っても綺麗に曲がってしまうために逆に初心者用の板の方が扱いづらいという人が多いとか、色々と話をしてくれた。
 ちなみに、最近はブーツ会社も昔と違い自社で決めた数しかブーツを生産しないそうだ。
 スキーブームの頃はシーズン中でも注文があれば入荷してシーズンが終わっても店が開けるくらい在庫があったそうだが、今は不況のせいかメーカーも最初に決めた分しか生産しないようで、11月にもなるといいものはないらしい。
 それに加えて28.0という足の大きさもあり、選んでもらったブーツは店頭の一足しかないといわれた。
 今度は父親を連れてお金を持って買いに来ると伝えて、その日は帰宅した。
  同月25日、テストが終わった日の帰り、まだブーツが残っているかを確認しにヤマトスポーツを訪ねた。
 その時はお兄さんがおらず弟さんがいらっしゃった。
 前にブーツを選んでもらったものですというと、ちょっとお待ち下さいのようなことを言われ、前のブーツをまた履かせてくれた。
 そんで、お兄さんがやってきて、もし板もそろえるとなるといくらぐらいになりますかという話を切り出した。
 板はおじからもらったものがあった。
 98-99のロシニョール、180のカービング。
 昔のカービングでない板では180では短いが、今のカービングでは180は長すぎる。
 そんなことを聞いていたので、もうついでに板も買ってしまおうという気分になっていた。
 勧められたのはブーツと同じくサロモン。
 バースの7か8ぐらいがいいと言われた。
 合計の値段がいくらぐらいになるかを聞いて、そのあと気になっていた事を質問した。
 ズバリ合宿制のスキースクールに入るなら何処がいいか?
 一番のお奨めは新潟の浦佐スキー場にあるスキースクールらしい。
 ここは日本で一番有名なスクールで、この浦佐スキー場はこのスキースクールのために作られたと行ってもいいほどのレイアウトで、ゼッケンをつけてない方が逆に変な目で見られるようなスキー場らしい。
 新潟は遠すぎるんで長野でいいのはどこかと聞くと、八方、栂池、岩岳らしい。
 まぁ、行く回数とかも考えると無難なところで八方なのかなとは思う。 
 ちなみにスキースクールはそのスクールによって教える方法が異なるために、行くなら同じ所に通った方がいいと言われた。
 今度の水曜当たりに親父とお金を持ってきますといい帰宅。
  そんで火曜日。
 都合により一日早くなった。
 父が仕事を早めに切り上げてくれて、車でヤマトスポーツに向かう。
 そんで買い物が始まった。
 ちなみにこのお店、うちの親父が最後にスキーを買ったのもここだったそうだ。
 妙な縁を感じる。
 どうやら親父の職場の人がこのお店の常連らしく、弟さんと親父がえらい盛り上がっていた。
 親父が弟さんと盛り上がっている最中、俺はお兄さんと板をどれにするかで悩んでいた。
 結局バース8にした。
 あとストックと例のブーツ。
 かなりまけてもらって結構な値段で購入できた。
 ちなみに、この日の朝にヤフオクで注文したインラインスケートも到着していたので、この日だけで福沢先生が大量に財布から出てゆかれた。
 まだ第二次出荷が始まってないらしく、今度フランスから入ってくるのが九月頭らしい。
 だから受け渡しは九月の初旬になるといわれた。
 楽しみだ。
 早く部屋に飾りたい・・・。


 2003年7月19 He's back!
  ということで、本日「踊る大捜査線 the movie2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」をみてきた。
 一限目のスポーツ研究のテストを適当にこなし、いざ梅田。
 友達を引っ張っていって、マクドで昼食、ヨドバシでデジカメをいくつかみた。
 キャノンのパワーショットS50が欲しい。
 今もってるのはS30で320万画素、S50は500万画素。
 しかもボディはかわらないので、昨年買って活躍しなかった防水ケースも活用できる。
 電池も一緒だし、メディアもCF。
 今日は、夏期旅行に向けて新たにCFを購入。
 サンディスクの256Mで8400円ほどだった。
 やはりデジカメが普及するにつれてメディアも安くなっていくのだろうか。
 もし今のデジカメを買った当時、そして昨年の夏にそれぞれ126Mを購入したが、256Mが今と同じ価格だったら迷わず256Mの方を購入していただろうから、やはり値段は大夫下がったということだろう。
 これでうちのデジカメ用のメディアはデジカメに着いてきたものをのぞいて、512Mになった。
 夏に向けての一つの準備が終わった。
  友人と別れて二時頃に一階のエレベーター前に着く。
 すると係員がハンドマイクで大捜査線は次の回とその次の回は売り切れていて、一番早いのは8時25分からのであると説明していた。
 予約しておいて良かった・・・とおもった。
 エレベータで八階に上がる。
 一週間前にここでT3をみたが、同じぐらい混んでいた。
 今日は、踊ると同時にポケモンも公開初日らしく、夏休みに入ったちびっ子達であふれかえっていた。
 現在の状況を示している電光板を見ると、踊るは先ほど下でも言っていたように俺が観る回とその次の回まで満席。
 T3やポケモンも過去の上映会は満席となっていた。
 先週T3がシアター1でやっていたので、今回踊るはシアター2でやるのかなと思っていたら、なんとシアター1だった。
 予約していた席を確保するためにお金を払いに行くと、なんとこの方法では前売り券は使えないと言うではないか!!
 もっと早くに説明しろ!!!!!
 と、いうことで学生料金を払いチケットを受け取る。
 ま、あと二回ぐらい夏休み中にいけるだろ。
 ちなみにペアチケットを買っていた。
 一人で二回行くためと、前売り券に着いてくるポスターをもらうために。
 ちなみにポスターは四種類あり、チケットの二枚は近くの金券ショップで売った。
 トイレに行って、ポップコーンキャラメル味とペプシを買って会場入り。
 そんでもって始まった・・・。

  感想。
 最高!!
 これぞ私がのぞんでいた映画。
 最近映画を観に行って良く思うのが、後味がよろしくない。
 それは期待していたよりも面白くなかったりとかオチがイマイチだったりとかすることより来る。
 例えばアカデミー賞を受賞したグラディエーター。
 これは冒頭のゲルマン征討シーンが凄く迫力があったので、ラストもラッセルクロウを信頼している軍団と共にローマに攻め込んでくるのだと思っていたら、あのマンツーマンのシーン。
 あれはあれでいいのだが、なんだかイマイチだった。
 千と千尋は、ラストの豚から自分の家族を見つけるというのが迫力に欠けてイマイチ。
 それまでの高揚感がラストにない。
 最近の映画についてのべると、マトリックスリローデッドは駄作。
 CGだけの映画だ。
 CGやワイヤーアクションなんていうのは一度同じような物を見れば慣れてしまう。
 例えば中学の時に初めてPSで出たFF7のムービーを見たときは鳥肌が立ったが、今最新のゲームムービーをみても普通に思うようになったのと一緒。
 観に行く前は、高速道路を実際に造ったとか金かかりまくりとかで期待していたが、シナリオがカスだとここまで面白くないのかと実感した。
 次に一週間前に見たT3。
 これは期待していたよりも面白くない部類に入る。
 T2で止めておけば良かったんだよ。
 T2でのサイバーダイン社のシーンとラストの溶鉱炉のシーンを越えれたら合格かなと思っていたが、残念ながら不合格。
 サイバーダイン社でのシーンが墓場のシーンに当たるのだろうが、消化不良気味。
 全体的に薄味の映画だった。
 あと、賛否両論のオチもオチ的にはいいがいまいち。
  で、大捜査線に戻るが、これはしっかりとファンの求めているものを具現化してくれている。
 ちなみに前作でポスターにSATの姿があったので歳末スペシャルのようなかっこいいSATを期待していたが、映画ではなかった。
 が、今回はこれでもかというほどSATが活躍する。
 しかも、お台場が進化したことによって舞台が広く感じる。
 それに小ネタも多い。
 たとえば、青島の吸うたばこがアメリカンスピリットからアメスピのメンソールにかわった。
 青島の室井さんに言うあの言葉。
 「室井さん、***入れてくれてどうもありがとうございました。」
 その場所になにげにおかれているソファーは例の手榴弾付きソファー。
 車とられたのはあの人。
 ラストにあの人を連行していくのは過去にも同じ事をした人たち。
 しかも同じ台詞をその時に言う。
 湾岸署の正面にはマンションが建っている。
 はっきり言って数え切れない。
 もう二回行くときにしっかりとチェックし直そう。
 この映画は始まり方もおもろいし、オチもいい。
  その前にテストを終わらせよう。
 25日が終われば自由になる。
 インラインスケート買って、信州旅行して沖縄旅行して、テニスの練習WONIにみてもらって、スキーのブーツ買って、スキー板チューニングに出して・・・。
 あと、勉強と。
 非常にやることが多い。
 おまけに出費も・・・・・(泣)。
 


 2003年7月5日 Where is my bike?
  今日、英語のテストがあった。
 今年から語学関係はテスト期間中でなく、平常授業中にテストを行うようになった。
 月曜の一限にあり、最後に外書購読というのが金曜一限にある。
 それが終わると、15日の解析力学Uから地獄のテスト期間が始まる。
 去年は合間合間に教習所と免許センターに受験しに行くという荒技を使ったが、今回はそんなことはない。
 が、19日に大捜査線を観に行く。
 落とすとかなり痛い科目ばかりなので緊張する。
 まぁ、このテスト期間を乗り越えれば夏期休暇。
 そう思えば乗り切れるかな。


 2003年6月26日 更に自転車見つからず
  一昨日前期試験の日程が発表になった。
 15日から25日までで、結構ゆとりはある。
 が、電磁気と応用数学が同じ日なのはしんどい。
 今のところの予定では、15日の試験が終わったら昼からターミネーター3観に行って、最終日の試験が終わったら踊る大捜査線2を観に行く。
 こんなところかな。
 今週の火曜で実験が終わった。
 来週の火曜は昼からなしになる。
 と言うことで、応用数学も休講だし金曜の解析数学は最近さぼってるので、一週間全てが二限までと言う時間割になってしまった(笑)。
 テスト勉強でもするか。
  テニスサークル、先週の土曜に久しぶりに行った。
 何とかストロークとやらが入るようになってきた。
 確率的にはまだまだだが・・・。
 お盆に合宿もあるらしいが微妙だ。
 WONIとどっかで練習する方が楽しいかもしれない。
 とりあえず七月五日の第二回MO会が楽しみだ。
  最近スキーブーツの情報を集めている。
 ラング、レグザム、サロモン、その他諸々。
 とりあえずレグザムとサロモンのカタログは取り寄せた。
 あとは店に行って今の板との相性と自分のレベルにあう物をチョイスしてもらおうと思う。
 ちなみにアシックスにメールで問い合わせたら、俺がもらった板は98-99年モデルだった。
 初心者に扱いやすいモデルらしいから、スキーを始めるにはちょうどいいだろう。
 ブーツは10月になるとスカしか残ってないらしいので、八月中には買いたいと思っている。
 さて、どんなブーツになる事やら。
  ついでに沖縄に行きたくなってきた。
 俺の誕生日は8月8日で、飛行機会社の都合上俺は8月25日から9月9日までの間しかこの割引が使えない。
 今日からこの期間の人たちの予約が始まったが、もう飛行機のチケットは残ってないね・・・。
 母に頑張って取ってもらわないと沖縄に行けなくなってしまう。
 世の中にはこんな時期でも沖縄に行く暇人がいるんだな。
 一応行き先は石垣にしているが、石垣だけで過ごすのか、それとも離島に渡るのかが微妙なところ。
 さて、どうしたものか・・・。


 2003年6月15日 自転車相変わらず見つからず
  現在、01時55分。
 と言うことでこれから書くことは昨日、14日のことである。
 今日は久しぶりにWONIと食事をする予定だった。
 昼から本格的に降り出した雨のせいでサークルもお流れ・・・だっただろう。
 ぶっちゃけ最近行っていない。
 三週間前と二週間前はそれぞれ応用数学と電子計測の中間テストのため。
 一週間前はマトリックスリローデッドを観に行ったため。
 まぁ、そんなことはどうでもよくて、WONIの部活も雨でお流れになたらしく、一緒に飯を食いに行った。
 場所は一条正面の耕平という店。
 二時間前に予約したらカウンターしか空いてないといわれた。
 土曜の夜はもっと前から予約しないと駄目だな。
 で、雰囲気に流されて日本酒を頼んだがやはり飲めない。
 三口ほど飲んでWONIにバトンタッチ。
 うちの母が女の飲み物だというカクテルを注文する。
 注文した品は、サーモンのカルパッチョ、牛肉のカルパッチョ、あおり烏賊の刺身、モチじゃがチーズ、烏賊と明太子のパスタ、五平餅のあんかけ、ゆずシャーベット。
 おいしかった。
 魚関係は本当においしかった。
 嫌いな明太子もおいしかった。
 ゆずシャーベット以外は一人前ずつ注文して、1人4000円ほどだった。
 雰囲気もいいし料理もいいし、合格点かな。
 ただ、今度はカウンターじゃない席食べたい。
 クーポンをもっていったので10%オフと巾着をプレゼントされ、5000円を超えたので入浴剤もくれた。
  その後ぶらぶらしたい気分だったので、歩きで東大寺に行こうと俺が言った。
 郵便局前の通りを通ってJR奈良駅方面へ。
 駅前のスタバでしばし休憩。
 キャラメルマキアートにブラウンシュガーをたっぷり。
 隣りにカップルがいたが、全く気にせず大声での会話。
 その後友楽方面へ歩いていき、セガで太鼓ゲームを1人でやる。
 ほとんど人がいないため恥ずかしくなかった。
 コンビニで酒を買い、猿沢池のそばを通って階段を上り興福寺へ。
 ライトアップされた五重塔は迫力があった。
 で、てくてく歩いて信号待ちをしていると、後ろでごそごそと音がする。
 振り返ると大量の鹿。
 夜みると怖い。
 しかも二十頭ほど道路を渡ろうとしている。
 鹿は信号の意味などわからない。
 赤信号で普通に車が走っている。
 その時鹿が渡りだした。
 車は止まるだろうと思っていたら、目の前で一匹の鹿が正面衝突・・・・・。
 一瞬「あっ!」と声を出してしまった。
 しかも数メートル先で停止したあと何事もなかったかのように再発進。
 鹿もそのまま歩いていった。
 ヤバイのではないかと思い横断歩道を渡って鹿の群れをみてみると、明らかに一匹だけ群れからおくれている。
 鹿も右後ろ足が明らかにおかしい。
 折れている・・・。
 なんとも言えない気分だった。
 交番に行ったが誰もいない。
 とりあえず東大寺詰め所の人に連絡し、鹿愛護団体に連絡してもらった。
  この日は時間と天気のせいか、ほとんど人がいない。
 東大寺正面の門に南大門をのぞみ座る。
 そして二人で色々と語った。
 世界文化遺産の門の下でたった二人だけの空間。
 考えようによってはとてつもなく貴重な時間だ。
 雨に濡れた石畳をみながら先ほどの酒を飲む。
 WONIと俺だから叫んだり騒いだりはしない。
 とても面白い時間だった。
 信者の皆様ごめんなさい・・・。
 電車に乗るのが面倒くさかったので、電話をして奈良まで迎えに来てもらってWONIを送る。
 それでおしまい。
  今度は七月上旬にやる予定。
 楽しみだ。
 月に一二回、こういう日があるのはいいね。


 2003年5月31日 散々・・・
  木曜日、応用数学のテスト。
 自分なりにだが結構勉強した。
 教科書を何度も読み直し、分布関数からの平均・分散の導出は完璧にした。
 いざ本番。
 全く関係のない積分でつまり撃沈。
  金曜日、何事もなく授業は終了。
 駅まで戻ってきて気が向いたので某塾によった。
 駐車場に入れ後輪の馬蹄錠もかけた。
 30分後戻ってきたらなくなっていた。
 警察に盗難届を出す。
 高校生活の思い出が詰まったチャリだ。
 犯人を見つけたら西大寺の踏切に手足縛ってねかせてやる・・・。
  本日、土曜日。
 昨日雨の中をチャリを探し回ったために体調がすぐれずおきられない。
 普段は真面目に出席している基礎体育を休む。
 しかし、本日前期に三回しかしないレポートを書かされたと聞く。
 ブルーになる。
 二限目の教室に行く途中の掲示板で応用数学の結果を見る。
 不合格・・・。
 電子工学科02年次生は120名ほどいる。
 02年次の合格者、8名。
 仮合格者、十数名。
 普段仲のよい友人が皆合格しているため更にブルーになる。
 あまりにブルーなためにセブンスターを買う。
 一本をしっかり肺に入れながら吸ったら気持ち悪くなって体が痙攣した・・・。
 ちょうど真夏の運動場で、準備運動も何もせず100Mを本気で走ったあとのような気分。
 頭はガンガンするし、膝が震えてきた。
 たばこはやはり有害らしい・・・。
 懲りずにキャスターマイルドを買う。
 セブンスターはT-14mg N-1.2mg、キャスターマイルドはT-5mg N-0.4mg。
 タール・ニコチン共に三分の一ほど。
 セブンスターをすったあとにキャスターマイルドを吸うとほんとに吸っているのかわからない。
 が、頭は痛くなった。
 たばこはやめましょう。
 そんなこんなで今日のサークルの新歓コンパには出席せず、しかもあさってには電子計測の中間テスト。
 しんどいわぁ・・・。


 2003年5月19日 歯医者さん
  今日久しぶりに歯医者さんに行った。
 理由は虫歯がないかチェックしてもらうため。
 自分が想像していた場所の下が虫歯になっていたようだ。
 治療してもらう。
 
  祖父からパイプをもらった。
 吸ってみたい。
 学校の近く・・・、と言っても電車で20分ほど行くのだが、そこにパイプ用のたばこを扱ってるお店があるらしい。
 そちらのご主人のHPにある掲示板に初心者なのだがアドバイスをもらえるかと尋ねたところ、快く承諾していただいので、木曜あたりに行ってみようと思う。
 ちなみにパイプは吸うのが難しいらしい。
 紙巻きとは違い、口内喫煙だそうだ。
 紙巻きはピースアコースティックを吸ってみたが、なんとも頭が痛くなるだけで、まだ味がわかるような領域にまでは行かない。
 たばこは健康に悪いという。
 確かに悪いのだろうが、それは吸いすぎた場合だろう。
 祖父曰く、たばこで死ぬかどうかは運次第だそうだ。
 ヘビースモーカーでも長生きしてる人は結構いる。
 例えば森繁久弥氏。

  奈良県のバスケットボールインハイ予選が始まった。
 昨日は高円にて、奈高の第1試合がおこなわれた。
 対戦相手は平城高校。
 65-59でなんとかかったようだ。
 奈良県は一条と育英以外は毎年レベルがかわるなぁ・・・。
 今年は奈良工業が結構強いらしい。
 その奈良工業が今度の対戦相手だそうだ。
 なんとか勝って決勝リーグまでのこって欲しい。


 2003年4月29日 テニス
  土曜日にテニスサークルの新歓に出席し、久しぶりに酒を飲んだ。
 場所はバスケ部のOB会でも使われる例の場所。
 久しぶりの酒なので大丈夫かと思ったが、チューハイのイッキをするぐらいは大丈夫だった。
 ただ、相変わらずビールは飲めない。
 日本酒も焼酎も駄目だろう。
 なかなか楽しかったのでまた参加したいと思った。
  で、本日テニスセットを購入。
 アキラ氏と待ち合わせをしてアドバイスしてもらった。
 店員さんのおすすめと言うことで、最終的にプリンスのモアアプローチとアシックスのオムニ・クレー用のシューズを購入。
 まぁ、それなりの値段にはなった。
 今は混雑しているとのことで、ラケットを取りに行くのは五月六日の夕方以降。
 ということで、今週の土曜はまた誰かに貸して頂く事となろう。


 2003年4月24日 映画
  クレしんの新作を梅田にて観てきた。
 やはり梅田のTOHOプレックスはいい。
 シートも広いし前後の間隔もしっかりと取ってある。
 そしてスクリーンもでかいし音響もいい。
 ターミネーター3と踊る大捜査線2とマトリックス・リローデッドは絶対ここで観よう。
 木曜の昼からなんてそんなに混まないだろう。
  今回の作品は前作・前々作とはがらりと雰囲気が変わった。
 バカ丸出し。
 こんだけリラックスして馬鹿笑いできる映画も久しぶりだ。
 演出も面白いと思うところが多々ある。
 地獄の黙示録、たまちゃん、セグウェイ、ブラックホークダウン、等などがある。
 ここら辺は大人向けであって、決して子供向けのギャグではない。


 2003年4月20日 雨
  昨日今日と雨だ。
 そして急に熱くなった。
 今、普通に半袖一枚で部屋にいる。
 桜も散ってしまった。
 石切駅をすぎたあたりの大阪平野側に見える櫻の大木が好きなのだが、その桜も散ってしまった。
 今は綺麗な新緑が見られるので、それはそれでいいのかもしれない。
 
  先日、トレーニング講習を受けて大学の体育館にあるジムの設備を使えるようになった。
 一年の時から使いたかったのだが、受けなければならない講習が授業とかぶってばかりだったので使えなかった。
 マシンを使ってのトレーニングは初めてだが、とてもいい。
 腕立て等では限界があるが、マシンを使えば負荷の調節もできるし、何より自分の鍛えたい筋肉だけをねらい打ちできる。
 ちゃんと一日おきにやっている。
 まだ、二回しか行っていないが何となく腕が太くなったような気がする。
 自分はスクワットが嫌いだからあまり足を鍛えなかったが、マシンを使えばそれほどしんどくはないので、今は足を重点的にやっている。

  ボードの情報を集めている。
 散髪に行った時にいつも切ってもらっている兄さんに質問したり、ネットの掲示板で質問したり、雑誌を読んだり、メーカーのHPを見たりその方法は様々。
 当初はサロモンとDEELUXEとFLUXでいいだろうと思っていたが、今はもう少し選択肢がひろがった。
 掲示板で教えてもらったが、俺のような体格ではウエスト幅にも気をつけた方がいいらしい。
 板は長さとフレックスだけで考えていたので、それを教えてもらったことには本当に感謝している。
 現在俺の体格は、180cm、82Kg、28cmのはず。
 それでのっている板は155のウエスト幅248ぐらい。
 それでは駄目らしい。
 ウエスト幅は25から26で選んだ方がいいらしく、長さも160-165のあたりで選んだ方がいいそうな。
 板のメーカーは、サロモンかバートンかHEADかロシニョール。
 国産のOGASAKAやSCOOTERにも興味があったが、ウエスト幅が小さいものばかりだった。
 ブーツはフルサーモということでDEELUXEを考えていたが、サーモにも色々問題があるらしく、特にDEELUXEにこだわるなと皆からいわれた。
 northwaveのブーツも候補に入れてみようと思う。
 となると、現在考えているプロショップには扱ってなさそうな商品もあるので夏にスポタカあたりに行ってみないといけないかもしれない・・・。
 俺はトリック系なしで普通に滑りたいだけだからアルペンでもいいのではないかと言われたが、それはもっとうまくなってから考える。
 問題は、上のメーカーでそろえた場合の予算。
 普通に10万超える・・・。
 これは来シーズンカナダ行きの目標を北海道に改めなければならないかもしれない。
 


 2003年4月13日 奈良県議会議員選挙
  今日は初めての選挙。
 成人したという事を改めて感じた。
 選挙会場は、自分の通っていた小学校。
 中学校は結構バスケをしにいったりしていたが、小学校の敷地にはいるのは本当に卒業して以来だ。
 投票を終えた後、ぶらぶらと敷地内を見て回った。
 今日はとても天気がよく、そして暖かい。
 まさに小春日和か。
 二枚着だけで自転車をこげるぐらいに暖かい。
 こんな日は海でも見にドライブしたいと思うが、実際は自室で電子工学実験の準備書を書いている。
 阪大の友人から聞いたが、かの大学は実験のレポートを10枚ほど書くそうだが、うちは裏表一枚。
 大丈夫か・・・?
 もちろんこれは一年次の物理学実験のことで、二年次の電子工学実験はかわると思われる。
 実際、準備書を書くために図書館に行って色々と調べた。
 これで提出して差し戻されたらやる気は一気に失せるだろう。

  昨日、友人のサークルにおじゃました。
 一年の時に考えたことに一応の決着をつけたので、今年はサークルに入ることにした。
 新しい人間関係を作るのは難しい。
 昨日WONIが一緒でなければそうそうに立ち去っていただろう。。。


 2003年3月31日 こちらの先生もお疲れ様でした。
  今日も中学の練習に行く。
 前回怪我をしたムロも来ているはず。
 朝の練習だったので案の定寝坊する。
 つくと、二個下の後輩がいっぱい来ていた。
 そんなこんなで5対5などをして過ごし、現役の練習終了後ムロと久々に1対1をした。
 やっぱ7号球でムロとの1対1は面白い。
  今回の練習で驚きの事実を知る。
 昨日は奈高の先生が転任されてショックを受けたというのに、今回は中学の先生が転任されるという。
 まさに寝耳に水だったので相当ショックを受けた。
 ちなみに、女バスの先生も同時に転任されるらしく、この中学から本当にバスケを教えれる先生はいなくなるらしい。
 先生は本当に悩んでおられた。
 日曜は休みなのでできるだけ力になっていきたい。

  写真のページに沖縄と伊勢志摩を追加した。


 2003年3月30日 先生、お疲れ様でした。
  前回奈高に練習に行ったときに、ソウシが先生が転任するらしいことを言っていた。
 学校で先生にあってもそれらしいことを言ってなかったのでデマかと思っていたら、昨日後輩からのメールがあり、本当に転任されることを知った。
 ということで、挨拶をしに行こうと思い、起床して時計を見ると明らかに練習が終わりに近づいている時間だったので、速攻でムロに電話をし車で学校に向かった。
 もちろんお土産も完璧。
 車内でムロと話していたことだが、ベンツの最高級クラスの5500CCのエンジンってどんなんだろう?という話題ではなく、先生が転任されるとなると果たして今後奈高に行くことはあるのかと言うことだ。
 もう青丹祭と年末のバスケ部OB会しか行けなくなるなぁと思う。
 なんとも寂しい。
  体育館には一つ上と二つ上の先輩と同期の仲間、一つ下と二つ下の後輩が来ていた。
 練習はもうラストのシューティングとなっていた。
 先生もおられ、教官室でしばらく話をしていた。
 今度は家から5分の職場だそうだ。
 うらやましい。
 四月八日の離任式には授業のためにいけない。
 残念だ。

  先日から学校に行き始め、来月の五日からは授業が始まる。
 うちの大学は1月末にテストが終わり休みが始まる。
 2ヶ月間の休みが終わりを告げ新学期となる。
 昨日、学校にて履修届を提出した。
 火曜は一限から五限まで全て詰まっているが、他の日は全て四限五限がない。
 結構楽な時間割かもしれない。
 朝はしんどいが、帰りのラッシュには火曜以外ははずれてくれる。
 しかし、その分他の人が取ってる科目を三つほど取らなかった。
 単位だけ考えれば三年で十分とれる。
 三年の時間割はきつくなりそうだ・・・。

  下にも書いたが、春休みはそれなりに旅行をした。
 テストが終わって数日後、二泊で新潟の方にボード。
 二月の中旬に友人と車を運転して伊勢志摩に一泊旅行。
 三月初旬にムロと志賀高原に現地二泊でボード。
 三月中旬に新潟にボード。
 どれもこれもとても面白かった。
 現在データがある分でフォトページに写真掲載を予定。
  


 2003年3月20日 一週間後に成績発表
  朝起きたら戦争が始まっていた。
 昨日行ったスキー場の雪質などをかいてる掲示板に、従業員が書いたと思われる「フセインは本当に悪なのか?」という言葉が気になった。
 ちなみにもしアメリカが北朝鮮に対して同じようなことをしたら、国連はどのような対応を示すのだろう。
 アメリカがイラクを攻撃するのは、宗教上の理由、石油利権、大量破壊兵器など色々といわれているが、北に対しては石油も宗教上の対立もない(はず)。
 
 
  前回の日記は成人式の時に書いたもので、もう二ヶ月も経ってしまった。
 時の経つのは早いもので、それから学校のテスト、新潟にボード、伊勢志摩ドライブ泊まりがけ旅行、ムロと志賀高原にボード、新潟にボードと、大きな旅行だけでそんだけ行ったことになる。
 ゲームはZOEとアヌビスをクリアして現在FFX-2をプレイ中。
 ソウシは現在Xからはじめてるようだ。
 もし俺がバイトをしていたら一体この間にいくらぐらい稼げただろう?
 周りでバイトを一生懸命している人は多いが、サークルもバイトもしてない俺と同じような人間も数人いる。
 バイトをしている人間は社会的に何らかの生産活動をして貢献しているわけで尊敬できるわけだが、バイトもしてないような俺のような人間は、家で親からタダ飯食いと罵られるわけである。
 大学の電気回路の先生は、「大学の間はバイトなんかしなくてよろしい。今の間にそんなちょっとしか稼げないようなことに時間を費やしてどうするんですか?そんな事してる間に勉強して、特許で一発当てて大金持ちになりなさい。まぁ、私の周りにも特許を取ってる人間はいますけど、儲かったという話は聞きませんがね。」と、オチ付きの話をよく授業中にしてくださった。
 全くその通りだと思うが、勉強もしていない俺は・・・。
 教科書を見て全くわからないなか、予備校の漢文の先生と、奈高の政経の先生に「お前は文系向きだ。」と言われたことを思い出す。
 


 2003年1月13日 成人式
  30分かけて書いた今日のこの日記がフリーズした為全ておじゃんとなる。
 よって書き直し・・・。
 
  本日ハ成人式ナリ。
 奈良市の成人式は鴻池の体育館である。
 鴻池の体育館といえば、奈良県下のバスケ部員にはなじみ深く、奈高の球技大会の会場でもある所だ。
 受付は10時30分からで、式典が始まるのは11時から。
 最初チャリを奈高に停めていく予定だったのだが、ムロのお父さんの御厚意により送ってもらえることになった。
 それでも集合場所は奈高の西門にした。
  飲み過ぎではなく夕食の食い過ぎの為夜中に吐いた体を起こし、洗面所で顔を洗う。
 親父に教えてもらったネクタイの締め方を思い出し、ネクタイを締め、おろし立てのスーツに袖を通す。
 ムロが来るまでの間にある人と写真を撮りどぎまぎする。
 ムロが来てまたツーショットを撮る。
 そんでもって出発し一路奈高の西門へと向かった。
  10時ちょうどに到着し、先に着いていたWONIと合流。
 向こうも歩きだった。
 チャリ通人であることと、バスケ部坂ダッシュによってこの西門から続く坂には愛着がある。
 三脚をたてて三人で写真を撮る。
 体育館をのぞいてみたが練習していたのはバド部と女バレだけでバスケ部関係者は1人もいなかった。
 美術室前では昔と変わらず陸上部がストレッチをしており、スーツ姿の三人の男を変な物を見るような目で見ていた。
 テニスコート横のフェンスから外にでてドリランのコースを逆送する形で体育館に向かう。
 運動場で陸部の練習を見てらっしゃったT先生に挨拶をした。
  受付十分ほど前に到着したが、体育館前は人であふれかえっていた。
 むちゃくちゃ人が多い。
 特に目に付くのが晴れ着。
 とにかく晴れ着が多かった。
 男もスーツばかり。
 壮観だった。
 しかも晴れ着を着てる子はみんな綺麗に見える。
 綺麗に見えるだけじゃなくて本当に綺麗だ。
 美しい。
 WONIは晴れ着マジックという言葉を作り出し、ムロは派手なピンクの晴れ着を着ている女性の法則を発見していた。
 今日一日でどれだけ晴れ着のレンタル屋、着物屋は儲かっているのだろう?
 全国で新成人が152万人?
 その半分が女性として、仮にその半分が晴れ着を購入、及びレンタルしたとしても38万着。
 一体その晴れ着につける為の毛皮の為に殺された動物たちは何体いることか(泣)。
 そして当然のように朝早くから美容室に行ったりするわけだから今日一日の成人式の経済効果はすさまじい物になったのだろう。
 体育館前で時間をつぶしていると中学の時の友人と出会い少し話をしていた。
  そうこうしているうちに開場時間となり体育館内に入る。
 座席の配置は想像していたものと違った。
 学校の行事のようにステージに向かって椅子を並べるのではなく、西側に向かって椅子を並べていた。
 いやがる二人を説得し、正面の一番前に陣取った。
 トイレに行った帰りに後ろから眺めるとこれがまた壮観。
 晴れ着の団体が一区画を陣取っているから毛皮もどきの白いフリフリがいっぱいいっぱい。
  40分過ぎからジャズのような感じのみにコンサートが開かれた。
 「亜麻色の髪の女」「島唄」「ルパン3世」と続いた。
 式典が始まり、大川市長の祝辞、市議代表の祝辞、成人代表のメッセージと続いた。
 で、第二部が始まった。
 少年少女合唱団。
 ギフト。
 女性ボーカル。
 ゴスペル。
 そして最後に出演者全員がでてきて成人一同も起立。
 「oh,happy day」を歌った。
 そんで式典は終了した。
 個人的な感想であるが、うるさい人間がいる。
 良識を疑った物として、前のステージで人が一生懸命歌っている真ん前を携帯片手に堂々と横切っていく。
 あれはどういったものか?
 もちろんステージ前なのだから席に座っている人間からは丸見え。
 ある意味凄い度胸だとも思う。
 あと終始ざわついていたな。
 いろんな考えがあるのだろうが、成人式に招待されて、招待されたものに出席しているのだから式典の間は静かにしているのは最低限の常識だと思うのだが・・・。
  その後陸上競技場前にて記念撮影がある為に移動した。
 その途中に色々な人と出会い写真を撮った。
 なつかしい・・・。
 記念写真撮影は送られてきた成人式案内はがきを見せることによって後日郵送してくれるらしい。
 一緒にいた伏見と奈高の友人達と撮影してもらった。
 その後、ジョンソンや☆とあった。
 そこで1時間ほどずっと立って話をしていたが、その間にも色々な人と再会した。
 とてもいい時間を過ごせた。
 と同時に、もう二度とこんな大規模な集まりがないかと思うと寂しいような気もした。
  競技場前を出発し、俺、ムロ、WONI、アキラ、ゴッティン、☆、ジョンソンの七人で奈良まで飯を食いに行った。
 ただ、同じようなことを考えるような新成人は多いのか、何処もいっぱい。
 カプリは階段に人が並んでいたほどだ。
 無難にラーメン屋に入り4と3に別れて遅い昼食をとった。
 そしてゴッティンは店を出て別方向に帰り、ジョンソンも奈良駅でお別れ。
 WONIも新大宮で降り、残る四人も西大寺にて別れる。
 あやめ池までムロのお父さんに迎えに来ていただき家まで送ってもらった。
 ありがとうございました。
 
  奈良テレビ放送のニュースでうつるかなぁと思っていたがうつったのはムロだけだった。
 あと30センチずれていれば俺がうつったのに・・・・・・・・・・・。
 とりあえず朝刊を買いまくってみるか。

  ところで、果たして僕らは大人といえる存在なのだろうか?
 確かに二十歳になり、成人と呼ばれる部類の人間になった。
 だが、自活することの出来ない人間を成人と呼べるのか?
 学費は親に出してもらい、バイトは一生懸命するがそれは自分の遊ぶ金の為?
 もちろん全ての人に当てはまらないことではある。
 ただ、今の自分や周りの人間を見て、まだまだガキの延長線上にいるなと思ってしまうのである。


2003年1月12日 明日は成人式
  あっという間に平成15年。
 あけましておめでとうございますとここに書くには少し時間が経ちすぎた。
 現在成人式前日及び大学の試験六日前。
 理系科目が洒落にならないほどやばすぎる。
 微積、線形代数、力学、解析力学。
 いったいおれにどうしろと?
 勉強しろ!
 まさにその通り・・・。
  明日が成人式だと考えるとなんとも感慨深い。
 二十歳には昨年の誕生日になったものの、こうした公式の場に出席することによって自分が成人であることを改めて認識させられる。
 と同時に、これまでの二十年という歳月を考えてみたりしなかったりする。
 明日は奈高の西門に集合して、ムロとWONIとで高校生時代を少し思い出しながら鴻池の体育館に向かおうと思う。
 ところで鴻池の体育館に奈良市の成人全てが入りきるのだろうか?
 それなりの人数になりそうなものだが・・・。
 普段あまりあわない友人に会えるかもしれないし楽しみだ。
 しっかりとデジカメを用意していこう。

  年末にボードをしに行った。
 最後にボードをしたのはいつだろうか?
 高校の時は部活オンリーだったので行く暇はない。
 浪人時代ももちろんない。
 確か奈高に合格した春休みに行ったような気がする。
 ということで、実に約五年ぶりだ。
 自分の中ではボードなんて簡単に滑れていた記憶があり、BBSでも玄人であるように振る舞っていた。
 が・・・。
 実際行ってみると最悪だった。
 まずリフトを停めた。
 隣りに座っていた小五のいとこはスムーズにリフトを降りていくのに俺はおもっきりこけた。
 洒落にならないぐらい恥ずかしい。
 リフトに乗ったのが朝一だったのでもちろんゲレンデにはまだ誰も滑ったあとがなく、綺麗に整地されている。
 そこに三メートルごとに穴をあけていった。
 やっと麓に降りてきた頃にはいとこが二週目から降りてくる頃だった・・・。
 玄人の伯父は俺とはレベルが違いすぎるので、俺はいとこと一緒に滑っていた。
 結局二時頃になって体力の限界が訪れやめた。
 一体何回こけたことか・・・。
  今回ボードも面白かったのだが、もう一つ面白かったのが車の運転。
 幼稚園の頃から家族でしょっちゅうスキーに行っていた。
 で、その交通手段は親父の運転する車。
 深夜に出発してオレンジ色の高速を走る車の後部席で妹と二人で寝ていたのを覚えている。
 そんな車を運転する親父の姿に憧れていたが、それが今回実現した。
 一条横の道を北上し、京奈和にはいり京都に向かい、京滋バイパス、名神、北陸自動車道と走っていく。
 なんとも気持ちよかった。


2002年11月28日 トリック劇場版
  トリックにはまったのは以下に書いているとおり。
 結局パート2のDVDボックスを購入し、昨日エピソード4と5をみてトリックのTVシリーズは攻略した。
 パート2の感想としてはイマイチ何か足りないといったところ。
 具体的にいうと、下ネタ、照喜名、瀬田、岡田真澄といったところだろうか。
 下ネタがなくなったのは痛い。
 貧乳の歌だけでも残して欲しかった。
 照喜名もでることはでるがそれは一つの話だけ。
 山田里見も今回はかなり出演回数が少なく、それにともなってか瀬田君は登場回数ゼロだった。
 ま、一番痛いのはやっぱり下ネタがなくなったことかな。
 パート2で一番面白かったのはエピソード2。
 で、笑い的に特によかったのはエピソード3と4。
 4のオチは最高だった・・・。
  じゃあ、パート1はどうだったのかというと、これはあくが強くてよかった。
 まず下ネタ。
 全編下ネタが配置されている。
 しかもそれが面白いわけですな。
 好きな話はパントマイムの話とラストエピソードかな。
 撮影は宮古島で行われていたらしいが、港と海岸をみた時波照間島かと思った。
 
  本日は梅田のナビオにて鑑賞。
 ナビオといえば11月23日に新装開店したらしい。
 今までも、千と千尋やクレヨンしんちゃん戦国大合戦、リターナーなどでよくいっていたところだ。
 スクリーンもでかく音響もいい。
 それが今回新装したと言うことでいってみたかったのだ。
 シート、スピーカ、スクリーン、映写機、全てがランクアップしたという情報。
 詳しくは以下のアドレスを見て下さい。
 http://www.toho.co.jp/navio_tohoplex/
 昨夜に映画の花道という東宝が行ってるサービスにて予約。
 このサービスは無料で登録出来、しかも好きな日にちの好きな時間の好きな映画の席を、一般料金で予約出来るというもの。
 しかもその席はプレミアシートの後ろで他の席よりもみやすいお席となっている。
 詳しくは以下のHPで。
 http://eiganohanamichi.com/
 11月28日、梅田東宝プレックス、トリック劇場版、18:05開演。

  今日の授業は数学微積U四限目のみ。
 12過ぎまで寝て学校に行き、16:10に授業終了。
 コンビニで本日発売のモーニングにてジパング、ブラックジャック、ケンタを読みいざ梅田へ。
 腹が減っていたがとりあえずチケットを交換することにした。
 直通エレベーターに乗り八階に向かう。
 なんか雰囲気が暗くなってる。
 でも悪い感じじゃない。
 館内の雰囲気はこの前いった橿原の映画館に似ている。
 シネコンは皆何処もこんな風なのだろうか?
 とりあえず受付に向かいプリントアウトした映画の花道のメールを見せる。
 で、学生証を見せお金を払う。
 I列の19番だった。
 最近の映画館はどんどん指定席制になっている。
 友楽ももう指定席制になったらしい。
 指定席は並ばなくてもいいという利点があるが、俺みたいにいい席じゃないと嫌だという人間にとっては不利だ。
 コンピューターが勝手に席を決めるから不安で仕方ない。
 今回はど真ん中の席から二つ三つはずれた席だった。
  受付の正面に小さいながらも売店があり、そこで上映中のパンフや小物が買える仕組み。
 パンフとストラップを購入した。
 この映画館は改装前は全部で五つの劇場があった。
 八階に三つ。
 七階の食堂街に二つ。
 八階は何処もでかい。
 七階はミニシアターみたいな感じ。
 友楽みたいなかんじといえばいいだろうか?
 そんなにでかくなくスクリーンも小さい。
 それが改装後は二つ増えている。
 九階に新たに二つ増えていたのだが、以前は九階なんて物はなかった。
 場内に入って気づいたのだが、以前は指定席だった二回席を壁で囲み新たな劇場を作ったらしい。
  開演までまだ時間があったので、とりあえずしたに降りて店に入った。
 サブウェイといっただろうか?
 サンドイッチの店だった。
 注文したら目の前で作り上げるというシステムで、嫌いな野菜は抜いてくれるし、はさむパンも数種類から選ぶことが出来、ソースなども選ぶことが出来た。
 スターバックスに始めていった時もそうだったが、初めての田舎物だと思われるのがいやだったので努めて玄人のように振る舞った。
 が、メニューを選ぶのに声がうわずっていた。
 料理の味はおいしかった。
 また行きたい。
 が、若い女性がたばこを吸いながら大声で笑うのはいただけない。

  食事を終え劇場に戻る。
 来週テストのある電気回路のノートを眺めていたら時間が来て入場する。
 場内はさすがに綺麗だった。
 スクリーンも大きいし、シートもいい。
 映画の花道を利用して取った席もプレミアシートの一列後ろでみやすい。
 中央からはずれてはいる物のそれほど気になるものでもない。
 スピーカーの数が凄かった。
 左右の壁に各六つのスピーカー。
 しかも後ろにもある。
 すごいなぁ。
 
  で、まず本編が始まる前の予告編。
 マイノリティリポート、ゴジラ対メカゴジラ、レッドドラゴン、火山高、007、犬夜叉、13階段、黄泉がえり。
  マイノリティリポートは以前から行きたいと思っていた。
 再来週から水曜の物理実験がなくなるのでその時間帯に映画の花道を使って予約を入れよう。
 平日だし大丈夫だろう。
  ゴジラ対メカゴジラは面白そう、レッドドラゴンもおもしろそう。
 13階段は日本の死刑室の中が描かれるのかが気になる。
 それだけでなく反町と山崎の演技もみたい。
 犬夜叉は月曜のTV版とキャラの画が少し違う。
 黄泉がえりはなんかゴジラっぽい。
 火山高は韓国の映画。
 韓国の映画ということで興味のない人もいるだろうが、これは爆笑した。
 予告編で爆笑する映画もないだろう。
 一言で言うと、「バカ」だ。
 しかもかっこよすぎる「バカ」だ。
 韓国映画もセンス良くなってきたなぁと思った。
 http://www.kazanko.com/
  007については、「おいおい」。
 冒頭恒例の潜入場所がどこからどう見ても北朝鮮。
 アメリカ人の感性をみることが出来る。
 すばらしい。

  で、肝心のトリック劇場版の感想。
 劇場版はTVシリーズパート1の冒頭と同じく語りからはいる。
 そんで管理人とジャーミー君の絡みがあり、あの音楽が流れる卵が割れるシーン。
 で、早速爆笑の上田とその同級生達の食事のシーン。
 最高だ!
 しかも日本水洗化計画!!!
 あなおそろしや。。。
 それからも笑いのシーンは続く。
 とりあえずみておくんなまし。
 全部見終わってからの感想は、まぁ、パート2と同じく何か足りないかな。
 でもおもしろい。
 今回は奈緒子と上田の恋愛関係にも少し進展がある。
 矢部の涙の主張のシーンもよかった。
 ただ、終盤からの流れが少々無理矢理というかあっけない。
 もうちょっと山場が欲しかったな。
 以上が感想。
 DVD発売は二三ヶ月後でしょうか?
 予約して購入してるでしょう。
 
  では今日はこの辺で。
 どんと来ーい!


2002年11月17日 トリック
  金曜の夜中にトリックの再放送をしている。
 はまってしまった。
 ちょうど映画も公開している。
 再放送をみる前は映画の予告CMをみてもなんとも思わなかったが今は興味津々。
 もちろん映画を観る前に全てのドラマをみなければならないわけであるが、同じ事を考えてる人間は他にもいるらしく、ツタヤでは何処も貸し出し中だった。
 学校帰りにカードを作り、家に帰ってくるまで遠出しカードを作る。
 そんなこんなでその日はトリックの1と5をゲット出来た。
 翌日の学校の帰りに夜と4があった。
 他はまだ貸し出し中でそのまま店内で30分ぶらぶらし、カウンターにもっていって借りる。
 その時に店員に聞くとなんと2と3が帰ってきていた。
 早速借りる。
 ようやくパート1が全てそろった。
  家族ぐるみではまってしまった。
 すんごい面白い。
 ということでパート2もみたいのであるが、また見つからない。
 めんどくさいからDVDBOXセットを購入することにしたがこれがまた見つからない。
 インターネットで購入することにし、色々と調べてみると最高で4千円引き。
 だか、値引きしている店は何処も入荷待ち状態だった。
 ということで、定価にはなるが某所で買うことにする。
 とりあえず明日のJEUGIAの返答次第だ。
 まぁ一週間待てばいいのだが・・・。


2002年10月27日 木枯らし
  下の日記には続きもあり、さらに翌日分も書く予定だが中断・・・。
 簡単にまとめると。16日は肩慣らしに面不動に上って鍾乳洞に入って吊り橋渡って展望台に行って森の泉の水をくんで風呂はいって終わり。
 翌日は懸念通り大雨の為、初心者二人では上れないこともないが万が一があってはならないので中止。
 とりあえず大峰山の登山口まで行き、帰りにごろごろ水をくもうとするが、業者のせいでとてもではないがくめないことが判明した為、隣のエコミュージアムを見学する。
 名水は森の泉の物を汲み、そのあとスキー場を見に行く。
 スキー場への道はとても荒れていた。
 っていうか、大雨の為に道路には小さな川が出来てるし、普通に大きな蛙が道を横切っており車で踏みかけた。
 スキー場は荒れ果てており、草がぼうぼう。
 僕ら以外に人が来た形跡はなかった。
 もしここに1人で来いといわれたらとてもではないがこれないと思った。
 それほど怖い場所だった。
 その後旅館にて昼食を食べる場所を貸してもらい、帰りはみたらい渓谷に行った。
 親父には運転中にカーナビでTVをみるなといわれていたが、個人的にどうしてもこの日の日朝首脳会談での拉致被害者の行方が気になっていたのでずっとつけっぱなしにしていた。
 被害者の生死の発表があったのは平を家に送ったあとだったかな。
 ちょうど最初に共同通信の誤報が流れその後にほとんどの方が死亡というニュースだった。


  そんなこんなで洞川旅行が終了し、学校が始まった。
 と思ったらもう電気回路の中間考査も終わり一ヶ月も経ってしまっている。
 ま、色々あったようななかったような・・・。
 最近思うのは俺は引きこもりだなぁということ。
 休みの日も友人と遊ぶことはまぁないし、大概の場合は断ってることが多い。
 別に対した用があるわけでもないのだがね・・・。
 今はお気に入りのヘッドフォンを使ってFF10を攻略中。
 おもんないと決めつけて雷平原あたりで中断していたが、なんだかんだ言って朝の五時までプレイしていた。


 2002年9月16日 洞川へ出発
  午前中に叔父が来て、山登りに必要な水をはじくジャケットとパンツをくれる。
 おそい朝食兼昼食をとり時間が来るのを待つ。
 その間グラディエーターの戦闘シーンを観、気分を高揚させる。
 何度も思うことだがグラディエーターの戦闘シーンはすばらしい。
 特にローマのコロシアムで力を合わせて戦うシーン。
  十一時半頃、荷物を車に載せ平宅に向け発進する。
 車は当初の予定と異なり親父の車。
 普段乗っている母の車と異なり、排気量は200CCアップの2000CC。
 スポーツタイヤを履いていてスタビリティは大夫いい。
 加速も全く違い100Km/hなどすぐに達する。
 あと型は古いがカーナビもある。
 家族で長距離の移動を行う時はこの車を主に使う。
 ただ、ここで問題なのがこの車は母の物と違いいまだ1人で運転したことがない。
 少しの不安を抱えながら車は発進した。
  30分ほどで到着すると思われたが予想に反し10ほど遅れての到着となった。
 相変わらず堤防の道は狭く対向車にビビリながらの走行となる。
 正面にまわりチャイムを鳴らしトイレを借りて平の荷物をつみ、19とスピッツのアルバムを入れ出発。
 堤防を引き返し、いつも使う道をひたすら走る。
 ソウシは初心者マークの着いてる車には乗りたくないといっていたが、平は意外にも普通にのっている。
 親は止めなかったのだろうか?
  途中狭い道での対向が数カ所あったが、隣りに乗っていた平のおかげで難なく通過する。
 ちなみに右側は5センチぐらいしか空いておらずかなり怖かった。
 また、道を譲った時に相手が挨拶をしてくれるのが相変わらず気持ちいい。
 だから出来るだけ道は譲るようにする。
 機嫌の悪い時は無視してつっこむが・・・。
 そうこうしているうちに無事到着。
 叔父に挨拶し、荷物と平をおろす。
 車を近くの駐車場に停める。
 戻ってくると平が二階から呼んでいる。
 もう一度叔父に挨拶し部屋に行く。
 叔父はいい部屋を用意してくれていた。
 連休最終日とあり宿泊者は俺たちともう一組だけだった。
 


 2002年9月7日 青丹祭
  本日は奈良高校の青丹祭一般公開日である。
 去年は行かなかったが今年は先生方にも会いたかったし、バスケ部の後輩と先生に先日の育英戦と一条戦のビデオ及びCD-Rを渡したいが為に参加した。
 もちろん奈高に行きたいという気持ちもある。
 目が覚めたのが十一時頃。
 母は妹の文化祭に出かけ、なんにも食べずに昨日修理から帰ってきた自転車に乗って一路奈高へ。
 平城京は大極殿建設の為に工事が進められ、プレハブの建物が多く建てられている。
 この建物が完成すれば俺が三年間走り続けたこの道も通れなくなるのかもしれない。
 一条も文化祭のようで多くの人が出入りしていた。
  十一時四十分頃に奈高に到着。
 西門で来場者は記名してからお入り下さいと書かれていたが、自転車を降りるのがめんどくさかったので強行突破をする。
 ちなみにその時に記名していたのがヒデ先輩だった。
 綺麗な彼女を連れていた。
 駐輪場は満員。
 適当に割り込んで停める。
 鞄に入れていた三年間履き古した奈高スリッパに履き替え、いざ参戦。
 が、金券五百円分購入し、後輩達にあうもどうも乗り切らない。
 ということで、コンピューター室にいらした某顧問の先生とずっと話をする。
 その後正面からでるとソウシとキラーに遭遇。
 こっから青丹祭が楽しくなる。
 年下の女の子と写真を撮ったり、いろんなものを食べたり、初めてフィーリングカップルとやらにでたりした。
 フィーリングカップルは死ぬほど緊張した。
 来年もう一度でたい。
  その後職員室にて先生方と話をする。
 大変貴重な時間だった。
 自分の今後のあり方についても真剣に話をしてくれた。
 こういう先生がいてくれるというのは自分にとってとてもありがたいことだと思う。


 2002年9月5日 あなおそろしや、高速道路。
  午前二時頃まで起きていた割には寝起きはよかった。
 1時間半といわれる睡眠のサイクルに当てはまった睡眠時間だったのだろうか?
 といっても起きたのは十時前。
 ある意味普通なのかもしれない。
  親父も休みだし車でどこかに行こうということになり俺の運転で琵琶湖の長浜に行くことになる。
 妹はもちろん高校。
 普通に出発しガソリンを入れ忘れ物を取りに帰宅。
 その後京奈を通り京滋を通り名神に入り米原で北陸に乗り入れ無事長浜に到着。
 駅に車を置き数時間町を歩く。
 ガラス館では美しいガラスを鑑賞し、オルゴール館では自分のオルゴールにたいする価値観をぶちこわしてくれるようなすばらしい音のオルゴールの音を聴いた。
 その後長浜城に行き最上階の展望室から琵琶湖を一望する。
 そんで帰ってきた。
  長浜までの往復距離は260Km。
 その間を大体120から140KM/hで走った。
 マックスは直線の追い越し車線で出した160Kmだったとおもう。
 途中覆面を数台追い越してしまい冷や汗を流す。
 っていうか、140で走ってて後ろからパッシングされる。
 いろんな意味で怖い。
 しかも名神はトラックが多く、しかも急に進路変更してくるので神経を常に張っていなければならない。
 ということで、今日はそれほど体を動かしていないがとてもしんどい。
 寝ます。


 2002年9月4日 車でGO!
  えーっと、非常に下の方が中途半端になっております。
 沖縄旅行について下に書いてる分で20分の1しかありません。
 書きたいことが多すぎてかけない状態です。
 ということでもうしばらくお待ち下さい。

  本日は午前十時半頃起床。
 6時半にセットした目覚ましは目覚ましの役目を果たさず逆に朝からうるさい音をきかされる親の説教を食らう。
 今日は午後二時頃に奈高三年時の担任の先生に会いに行く。
 そのためのアポも昨日取ってある。
 先生が転任されてから行こう行こうとは思いつつも学校の時間割の関係上なかなか顔を出すことはなかった。
 しかし、今のような高校が始まっていて大学がまだ始まっていないという機会を利用すればお会いする事が出来る。
 この先生はかなーりお世話になり、尊敬する先生の1人なので今日という日を楽しみにしていたりする。
 某高校は家からそう離れてもなく自転車で十分行ける距離なのだが車という武器を手に入れた俺としては車で行きたかった。
  朝飯と昼飯をかねた食事をとり適当に時間をつぶす。
 時間が来たのでズボンをはきガレージに向かう。
 今日はあまり初心者マークをはりたくない気分だったのではらずに車に乗る。
 車内に置きっぱなしにしていたサングラスを装着しシートベルトを締める。
 そしてキーを回しエンジンをかける。
 最近車内でかけているCDは「かまいたちの夜2〜監獄島のわらべ唄〜」のサントラ。
 特に4曲目と5曲目、9曲目を好んでかけている。
 この三曲はゲーム中では恐怖のシーンや緊迫感のあるシーンに用いられており、テクノ調で車のスピードも速くなるというある意味初心者には危険な曲である。
 今回は1人で運転するのでこれを大音量でかけて運転する。
  高校の正門前で待ち合わせしていた友人と合流し適当に校内の道路にとめる。
 何処に行けばいいのか判らないので先生に電話をし指示されたとおりに車の置き場所も変える。
 案内されるがままに正面から狭いところにつっこんだので帰りは大丈夫かと心配になる。
 俺1人が行くことになっていた為スリッパは一対しかなく、俺の持参した奈高スリッパが役に立った。
 校舎内に入り懐かしい高校独特の匂いに感激する。
 その後先生と二時間に渡り近況報告や車はMTとATのどっちで免許を取るか等など話したりジュースをおごってもらったりした。
 非常に非常に非常に楽しかった。
 また押し掛けたい、迷惑でなければ・・・。
  某高校をでそのまま帰ろうかとも思ったがもう少し車を運転していたい気分だったのでそのまま奈高に向かった。
 線路沿いに西大寺に出、ファミリー前を通り平城京を横断。
 その後はいつも通っていた通学路づたいに向かう。
 途中で二個下のキャプテンが歩いて帰ってるのを見た為にのせてかえってやろうと思って気づかせようとするが気づかず。
 携帯に電話しても出なかった。
 しゃあないのでそのまま奈高に向かう。
 青丹祭の準備期間のはずなのに妙に下校する生徒の数が多い。
 変だなぁと思いつつもガソリンスタンドの角を曲がり奈高のあの坂ダッシュの坂を車で上る。
 なんとも不思議な気分だった。
 練習中のアーチェリー部の顧問の先生からまるで不審者を見るような目で見られる。
 ま、そう見られても仕方ない姿だったので仕方ないか・・・。
 M尾先生がいつも車を置いてる場所に車がない。
 もしかしたらと思いつつも俺の車をその場所に停める。
 奈高スリッパに履き替え教官室に向かう途中に某陸上部の先生にM尾先生は早退したぞといわれる。
 車のないことも納得する。
 駄目元で職員室に向かうと目的のO橋先生がいらっしゃる。
 が、どうも様子おかしい。
 しかもそれが先生だけでなく職員室全体がおかしい。
 「おぉ、M谷。お前俺じゃなくM尾先生に会いにきたんやろぉ。残念やなぁ、M尾先生はもう早退したぞ。」
 と、いつも通りの口調で少し嫌みを混ぜながら話しかけてくれる。
 「今お前を見る職員室の先生方の視線が判るか?お前最悪のタイミングできたんや。」
 と、さらに嫌なことをいわれ、しかもそれで職員室の先生方の視線が本当に俺の方に向けられいたたまれなくる。
 どうやら奈高の耐久年数を超えたポンプか何かが壊れたらしく、奈高全ての水道が止まったらしかった。
 よって生徒も先生方も全て早退という形になったようだった。
 早退といっても学校に着いたのが5時前なので早退といえないかもしれない。
 生徒にすれば普通の下校だろう。
 この先生とも普通に近況報告をし、最近ちょっと興味を持っていた中国の「文化大革命」について講義を仰いだ。
 一年の頃に戻ったようでなかなかいい体験をしたと思う。
 土曜の青丹祭にまた来ますと挨拶をし、帰る。
 坂を下る時に少しとまどいながらも挨拶をしてくれるアーチェリー部の礼儀正しさに心をいやされる。
 おそらく車に乗っていた為に教職員と間違っているものと思われる。
  そんで普通に帰ろうと思うが道がメチャ混みでガソリンスタンドを右に曲がれず左に曲がる。
 久しぶりにドリランのコースでも見たいなと思い、途中左折をしドリランコースで右に曲がるか左に曲がるかで運命を決める某T字路に出る道をひたすら走る。
 ドリームランドの汽車横の直線で少しスピードを出し、あとは押熊経由で帰宅。
 その後は家で夕食を食べ夜遊びをしに車で出かけ親に怒られかまいたちの書籍をネットで買うかどうかで1時間近くPC前で悩みこの日記も書き終える。


 2002年8月24日 大量日記
  気が付けば夏休みも後一ヶ月。
 大学の夏休みは7月28日から9月19日まで。
 その間の俺はというと・・・ぶっちゃけ暇だ。
 部活にもサークルにも参加してない俺は日々何もすることがない。
 相手がいない為にデートにも行けない。
 することといえば車の練習ぐらいだろうか。
 勉強という二文字が頭をよぎるがすぐさまどこかへと消えていく。
 特に何かをしようとする意欲もおこらず、このHPもほったらかしだった。
 ということで、今回はこの八月の総括といきたいと思う。
 また、TOPを改めるに加え新たにPHOTOコーナーを作った。
 これは俺の愛機(所有者は父)であるキャノンのS30で撮った、綺麗だと個人的に思う写真を載せていこうというコーナーである。
 ぼちぼちのせていきたいと思う。

  7月31日 沖縄旅行出発
   夕方ムロがHikaruと共に親父さんの車で俺の家に来る。
  もちろん沖縄旅行に行く為である。
  和室においてある二人の荷物はどう見ても俺の方が倍も大きかった。
  余計なものを大量に詰め込んでいるのは明らかだった。
  しばらくして近くのコンビニまでムロと船内での食事を買いに行く。
  船内での食費を浮かす為だ。
  俺が買ったのはポカリとミネラルウォーターとカップ麺数個、サンドイッチとカップみそ汁とその他諸々だったと思う。
  意外に高値となり、それなりに荷物も増え重くなった。
   定時になり荷物を車に詰め込み出発準備。
  何度も何度も母とムロに忘れ物がないかチェックしてもらう。
  家の電話から亮に今から家を出ると連絡。
  そして我が家と母に別れを告げて出発。
  アキラの家は地図上でしか知らない。
  一応親父が会社から詳しい地図をコピーしてきた。
  それと親父の知識を頼りにアキラの家に向かう。
  しばし迷いようやくアキラ宅に到着。
  アキラを乗せ一路第二阪奈にのりカモメ埠頭を目指す。
  夜の高速は不思議な気分だった。
  特に南港につき貨物船が停泊している横の橋から見下ろすまぶしいぐらいのライトに照らされるコンテナ群は何とも言えない美しさを持っていた。
  高速をおりる。
  ここら辺の道は広い。
  また建物もでかい。
  ちょっとした憧れを抱いてしまうような工場群だ。
   そんなこんなでフェリーターミナルに到着。
  車を駐車場に止め本当にここで正しいのか荷物を載せたまま人間がおり建物内に入っていく。
  ちょうど入り口にスズキの名車、KATANAがとめてあった。
  あの大きさからしてリッタークラスの方だと思われる。
  入り口にたむろしていたおじさん達の話していた言葉はどう考えても日本語ではなかった。
  これから乗る船は石垣を越えて台湾まで行くらしいからきっとそちらに渡る人たちだろう。
  
  


 2002年7月31日  出発(予定)
  目が覚めると家族は全員でかけたあとだった。
 昨日引っ張り出してきた持ち物の確認をし、もう一度ネットで情報を探す。
 母が帰り俺の運転で24号線沿いのミツハシとアルペンで最終的なものを買う。
 就寝時のハーフパンツとフィンのガード。
 現在に至る・・・。


 2002年7月30日  買い出し
  朝ムロから電話があり留守番の為に今日行く予定だった買い出しに付き合えないという。
 よって大阪まで1人で買い出しにいった。
 ちなみに一つの商品を買うのに腐るほど時間をつぶしてまよった。
 それは全ての商品に対して言える。
  日本橋で降りてソフマップに向かいデジカメ用のコンパクトフラッシュ128Mを買う。
 NGK横のたこ焼き屋で昼食をとる(14時)。
 スポタカでラッシュガード、シュノーケル・マスクセット、フィン、トランクス、スポーツサンダルを買う。
 ビックカメラで白色LEDを買う。
 前回のデジカメ用の防水ケースもあわせたらなんだかんだ言って準備だけで任天堂ゲームキューブとマイクロソフトのXboxが買えるお金を使ってしまった・・・。
 ちなみに前回と今回であまりにも安かったドリームキャストのソフトも買った・・・。

  家に帰り予定表を見直しているととんでも無いことに気づく。
 南港のフェリー乗り場がどうも思っていた場所と違うらしい。
 バスケ部の九州遠征で使ったフェリーターミナル駅正面ではなくさらにそこから四キロ離れたところにあるカモメ埠頭というところからでるらしい。
 現在の予定表通りに進めたらどうも間に合いそうもない。
 便数のない連絡バスを使ったら乗船手続きまで四時間も空くことになり予定集合時刻も大幅に前倒しとなる。
 早速ムロに連絡して対策を練る。
 二時間程相談し、タクシーを使うという結論に達するも親父の一言で一瞬にして解決。
 親父がカモメ埠頭まで送っていってくれることとなった。
 その後深夜三時まで波照間やシュノーケリングについてのHPを探しひたすら印刷する。


 2002年7月29日  対沖縄戦最終会議
  昼にムロが来て夕方にアキラが参加。
 最終的な細々としたことを決める。
 しおりも最終稿になり、全員分二枚ずつ印刷。
 大きな変更点は帰りが船ではなく飛行機になったこと。
 それだと帰りに六十時間かけなくても四時間ですむ。
 ただし値段は船の培・・・。
 ところが・・・


 2002年7月28日  山道
  本日家族全員を乗せて初心者マークをはって吉野の祖父宅まで行く。
 片道二時間、距離にして約八十キロだ。
 その間を免許を取って一週間にも満たない人間が運転するというのだから乗ってる方は生きた心地がしなかっただろう。
 実際何度もそういう場面があったし・・・。
  山道は想像以上に面白かった。
 車も少ないし道も広い、見通しもいい方なので思いきりスピードを出せる。
 ただ、遅い車を追い越そうとしても初心者マークに追い抜かれるのが嫌なせいかむきになって追い越させてくれない場面が多々あった。
 ぶっちゃけむかついた。
 一応こっちは3ナンバーだが、四人と荷物を載せている為にそれほど急加速急スピードはでなかった。
  現地では祖父といろんな話をした。
 帰りも俺が運転。
 親父からカーブはもっとスピードを落とさないと他の人間が振られて酔うから気をつけろといわれる。


 2002年7月27日  Summer vacation has come!!!
  本日13時30分からの英語のテストの終了をもって前期が終了。
 夏休みが開始となる!!!
 英語のテスト自体は想像していたよりも楽だった。
 前日も行った日本橋に自然と足が向く。
  前日はデジカメの防水ケースを買いに行った。
 それと先日購入した「かまいたちの夜2 特別限定版」をプレイするために前作「かまいたちの夜 PS版 the best」を購入。
 399円という破格の値段に魅了されDCの「リアルサウンド 風のリグレット」も購入。
 それでも三千円以内に収まった。
  今日はぶらぶらとあるものを探して歩く。
 途中いつもの店でたこ焼きを買いジュンク堂で本を買う。
 目的のものは見あたらずネットで購入することにする。


 2002年7月22日 新ノ口へレッツゴー!
  昨日奈良自に行ってもらってきた四輪と普通自動二輪の卒業証明書を持って新ノ口に出かけた。
 西大寺から普通にのる。
 電車の中で学科教本を見ながら過ごし、新ノ口に着く。
 免許センターの周りには学科試験用の塾らしきところが数カ所見受けられた。
 あまり客は入っていないように思われる。
 右往左往しながら免許センターに着き、時間が来るまでぼけーっと待つ。
 12時45分ほどになると係りの人が誘導を始める。
 最初誘導に従い中央の窓口に並んだのだが、ここは証書を買うところで学校ではってくれている人はいらないという。
 奈良自では卒検の時に証書代を徴収してはってくれているのでここで並ぶ必要はない。
 よって建物端の受付に並ぶ。
 意外と中央に並んでいる人が多く、奈良自以外の教習所では証書をはってくれないのだろうか?
  55分頃になると窓口が開き始める。
 一番から三番までの窓口なら何処でもいいらしく、俺は三番の窓口に並ぶ。
 書類一式を渡すと二輪と同時教習だねといわれ、特別な手続きとなることを教えられる。
 学科の時に聞かれるから手を挙げて受験番号をいい、合格番号発表の少し前に放送で呼び出すから事務所に来て二輪の卒業書類を出して欲しいといわれる。
 もし学科に落ちたら二輪の書類はそのまま持って帰ってくれていいと言われる。
 隣の四番で受験番号をもらう。
 受験番号は009。
 学科試験の時間が近づいてくると館内放送で案内が始まる。
 ぞろぞろと受験者達が二階の大教室へを向かっていく。
 教室の入り口でマークシートを受け取り、自分の書類がおかれている机に座る。
 自分の席は通路側壁の前から九番目。
 順番はMT.AT.二輪という順番になっているらしい。
 全員が教室に入ったのを見計らって教官二人が説明を始める。
 マークシートの説明をするから絶対に何も書かないようにといった数秒後に誰かが挙手をしていった。
 「マークシートの名前をボールペンで書いてしまったんですがどうしたらいいですか?」
 教官よりもお歳を召された男性だった。
 にもかかわらず教官はびしびしと男性に向かいキツい言葉を発し二枚目のシートを手渡す。
 これも誰も不合格者を出したくない一心からでた説教だろう。
 教官の詳しすぎるマークの指示に従い名前や出身教習所をマークしていく。
 学科試験の問題はプラスチックのケースに入っていた。
 試験開始。
 判らないところは飛ばすという作戦で進めていくと意外とわかりにくい問題が多いことに気がついた。
 免許センターの学科試験は簡単だと聞いていたので焦り始める。
 微妙な問題が多い。
 二段階右折時に指示機は必要か?その他色々。
 時間目いっぱい使って落胆しつつ一階のロビーに戻る。
  どきどきする時間をしばらく過ごすと館内放送で俺の名前が呼ばれる。
 びくびくしながら受付横から事務所内に入る。
 館内放送で呼び出されたものだというとこちらに座ってくださいという。
 すると係りの人が、「二輪の書類出してください」という。
 これはもしや!?と思っていると案の定、「おめでとうございます。合格です。」といわれる。
 ある意味センター試験並みに緊張していただけに合格といわれた時はうれしかった。
 二輪の書類を提出し説明を受ける。
 この後中央の証書売り場に行き同時教習のものだと伝えてくれといわれる。
 ありがとうございましたと言い事務所を去る。
 まだ合格発表は行われておらず、緊張した面もちで合格発表を待つ人々の前と笑い出したくなる気持ちをかみしめて、実際は噛み殺していたとはいえかなりの笑みをたたえて彼らの前を通り過ぎていたと思われるが、証書売り場に行く。
 まだ誰も並んでいない。
 係りの女性に同時教習の人かと聞かれはいと答える。
 書類一式を渡しお金を払う。
 交通安全協会代三年分も納める。
 緑色の手帳をくれた。
 そして印紙の貼られた紙をもらい、建物東端の免許センター受付前で待っているように言われる。
 合格発表が始まるという館内放送が流れもう結果を知っているとれも電光掲示板にでる自分の番号を確認したいが為に黒山の一部となる。
 なんか結構穴が空いていた。
 隣の人は5回目にしてやっと受かったらしい。
 交通社会の恐ろしさを垣間見たような気がした。
 元のロビーに行きまた待つ。
 早く順番が来るかなと思っていたがなかなか順番はこなかった。
 やっと名前を呼ばれ列に並び先ほどの書類を渡し写真撮影の列に並ぶ。
 写真撮影の部屋の中に撮影機は二台ありなかなかハイテクっぽかった。
 ただ撮り手が作業的だった。
 首襟に引っかけていたサングラスを取り忘れるがそのまま撮影する。
 そのまま建物三階の講習会場に向かい講習を受ける。
 先ほど改正された道交法の厳罰化についてだった。
 二十分ほどすると黒板横の扉が開き女性職員が二人入ってきた。
 1人の女性が名前を読み上げ、もう1人の女性のいる教卓前に列が出来ていく。
 仮免許証と交換で免許証が交付される。
 親曰く免許の俺は悪人面だった。
 


 2002年7月20日 自動二輪(普)科卒業
  午前九時一五分一階第六教室にて卒検コース発表。
 応用コースだった。
 今日来ていたのは一二人。
 意外に女性が多く、男女比は一対一だった。
 そのうち大型二輪の卒検を受験される方が1人いて、その人は女性だった。
 自分が考えているよりも女性ライダーは多いのかもしれない。
 九時四十分になると教官が二名来て説明が始まる。
 チームは二つに分けられた。
 大体使用するバイクによって分けられるようだ。
 XJRとFZとCB750。
 以外に緑(XJR)が多く黒(FZ)は人気がなかった。
 説明が終わりぞろぞろと人がコースに降りていく。
 コースでは普通に一限の教習が行われていた。
 第一印象は走りにくそう。
 明らかに現在教習を受けているのは技能一限目に思えた。
 教官の荒々しい声が響いている。
  検定が始まる。
 早速大型二輪の女性がクランクでパイロンをこかして卒検一発中止になる。
 何人かが終わり俺の番になる。
 緊張したが何とか完走する。
 クランクと一本橋が一番失敗するだろうなと考えていたのだが、実際受けてみて一番緊張したのはスラロームだった。
 普段の実力の半分も生かすことが出来なかった。
  全員が終わり成績発表の部屋に移る。
 このとき女性が三人ほどいないことに気づく。
 補習一限の後に再受験なんだろうなぁ。
 教官から自分の悪いところは確認をしていることはしているがタイミングがおそいと言われる。
 ただ、運転はスムーズだと言われた。
 その後証書代を払い教習所をあとにする。
 これで四輪も二輪も卒業したし奈良自にもう用はない・・・と言うわけにもいかず卒業証明書をもらいにこなければならないし、大型二輪の教習も受けにこなければならない。
 今度は自腹で両手分の福沢さんが飛んでいくことになる・・・。
 実際試験場に単身のりこんで一発試験という方法もあるのだが・・・・・なぁ。
 帰りに西大寺の某塾により某先生と話をする。 


 2002年7月18日 四輪普通科卒業
  今日は12時集合で奈良自の四輪普通科卒検。
 緊張していた。
 二階の第一教室に集まり40分ほどの説明がある。
 午後一時に本館のロビーに集合し、各班車に分乗し押熊の奈良自専用卒検待合い所に向かう。
 そこまでは教官が運転してくれる。
 待合所は小さいところで、小屋が一軒建っている。
 車には生徒二人と教官が乗り残りの人は小屋で待つ。
 自分の班は全部で三名で、俺の順番は二番。
 よって男性1人をおいて卒検コーススタート地点に向かう。
 一番目の女性の運転にいろんないちゃもんを言いながら乗っている。
 そして俺の番が来た。
 緊張していたが何とか路上教習はうまくこなすことが出来た。
 あとは教習所に戻って方向転換の練習だ。
 待合所に戻り俺と男性が交代しそこで待つ。
 教習所に戻ると時間は二時半過ぎ。
 三時頃にカルチャールーム下に行き一番で方向転換が行われることになる。
 難なく方向転換をクリアする。
  全員の試験が終わり成績発表となる。
 俺の点数は90点。
 もう1人90がいたが、実質今日の卒検ではトップだった。
 あとで聞いてみたらどうも坂道発進で少し下がってしまったのがいけないらしい。
 そこだけが問題だったようだ。
 教官から話をしてもらい若葉マークを記念品としてもらう。
 募金や同窓会の申し込みをして卒業式(?)が終わった。

  今日は親父が休みだったので急いで帰り、レッドバロンにバイクを見に行った。
 予定していたのはカワサキのzx-9r。
 その時は900CCなんてたいしたことないだろうと思っていた。
 店に到着して色々と見始める。
 数分して自分の中のリッターバイクの価値観が音を立てて崩れ去る。
 でかい・・・でかすぎる。
 バイク雑誌やカタログで想像してた以上にでかい。
 zz-r1200に至ってはフロントカウルを見た瞬間に自分には扱いきれないと気づく。
 それはzx-9rの実物を見てもそう思った。
 タンクがでかい。
 想像以上にでかい。
 教習所のxjr-400を想像してた自分の愚かしさに気づく。
 こんな200Kgオーバーのバイクで180Km出して高速走ったら死ぬだろうなと思う。
 当然親にも本気で怒られる。
 自分の中でバイクに対する考え方が変わり始めた。


 2002年7月7日  男ばかりの七夕
  早いものでもう大学の試験前だ。
 ついこないだ入学したばかりだと思っていたのに時間は早いものである。
 先日行った京大オケでも思ったことだが、大学でも何か集団に入りたかった。
 なんか俺は集団の中にいる方が安心感がある。
 市大オケ部の友人が打ち上げの時には旅館を借り切ってすると言ってたのには正直うらやましさを感じた。
 家が近く自分がもっと要領のいい人間であればアメフト部に入っていただろうに。

  教習は今月中には終わる見込み。
 テスト期間の中休み五日間に二輪四輪の卒検を受けて新ノ口まで行く。
 そのまま大二をとりにまた教習所に戻る。
 学校のテスト対策よりも車関係の方がしっかり勉強している今日この頃。

  今日は化学のレポートのために朝の四時頃まで起きていたが睡魔に負けて次に目を覚ましたら正午だった。
 27時間テレビのさんまと中居とつるべの絡みが面白かった。
 レポートは相変わらず進まず。
 レポート以外にも普通に勉強しなければならないものが多すぎて涙が出てくる。
 十二時半過ぎにをにが車で来てそのまま学園前まで友人Nを迎えに行く。
 そんで俺の部屋で夏旅行会議。
 途中ムロも参加して大綱が決まる。
 あとはムロがこれの予約をしてくれればあとには戻れない・・・。
 内容はカヌーやダイビングなど盛りだくさんだ。
 予算も安く安く考えていったのでそれほど高くはない・・・わけでもない。
 
  そんなこんなで2002年の七夕はすぎてゆく。
 クーラーがなしでは過ごせないこの暑さ。
 織り姫と彦星のあつあつぶりだろうか?


 2002年6月29日  自分のあり方
  現在日韓共催でW杯が行われている。
 俺は興味がないが、ムロはかなり興味があるみたいだ。
 そんな中で日本と韓国の関係のあり方も色々あると思う。
 日本側での報道はもちろん韓国に対して批判的なことなど言いはしない。
 だが、「ヒットラーの子孫は帰れ」という人間や、競技場に「ここはあなた達の墓場です」と横断幕をはるような人もいるらしい。
 まぁ、いろんな人間がいると言うことでしょうな。
 ところで、KoreaをCoreaと書くのはいかがなものか。

  韓国だけでなく今度はアメリカも入ってくるが、小林よしのりの新・ゴーマニズム宣言11巻を買った。
 この本は極端に人を選ぶ本だと思う。
 漫画なのだが活字が多い。
 しかも右。
 でも、この右というのがまた問題で、今まで俺たちが学校で習わなかったようなないようがでてくるから面白い。
 マスコミの言うことを鵜呑みにしてた自分が恥ずかしくなる。
 改めて自分の意見は自分で調べて持つべきだなと思った。

  教習は順調に進んでいる。
 四輪はセット教習が終わり、あとは自主経路設定と高速道路ともう一階自主経路やってみきわめ。
 二輪は明日の朝から二限連続で二段階の2と3をする。
 予定としてはテスト期間中に新ノ口まで行く。
 ただ、休みがいっぱいあるうちに大型自動二輪の免許も欲しいなぁと思い始めている。
 そうすればバイクで乗れないものはなくなる。


 2002年6月9日  久しぶりの亜脱臼と二輪教習
  午前二時半過ぎ、自分の体が痙攣するのを感じ目が覚める。
 次の瞬間、左肩に違和感を感じる。
 あの何ともいえない気持ち悪さ。
 腕を自分の方に持ってこようとしても何かが引っかかって戻ってこないあの独特の感じ。
 おまけにだんだんと左腕全体が痺れてくる。
 そう、俺の持病、亜脱臼。
 寝てる最中になったのは二回目だろうか。
  最初はラグビーの試合中だった。
 その後、中学の球技大会でのバレーボール、高校での部活中等色々とこの持病は発病する。
 亜脱臼を克服する為に上半身を鍛えていたのだが就寝中は意味がないようだ。
 バスケをしている時は抜け掛けた瞬間に左肩の全筋肉を固めて亜脱臼を防ぐ事が出来る。
 しかし、気合いが抜けまくって筋肉もユルユルの状態での就寝中はちょっとしたことで抜けてしまう。
  毎度の事ながら自分で元に戻そうと試みる。
 ところが今回はなかなか元に戻らない。
 寝っ転がって自分の左腕を右手でつかみ伸ばしてねじってみるが元に戻る気配はない。
 逆に間接を削って余計に痛みが走る。
 そんな最中、ある仮説を立ててみた。
 「ひょっとして、上半身が起おこしてないと駄目なのでは?」
 今まで自分で治してきた経緯を振り返ると、全て体を起こした状態でのことだった。
 寝たままで治った記憶はない。
 早速体を起こそうと試みるが起こす事が出来ない。
 腹筋を使い、あるいは右手を使って起きようとしてみるが、上体が起きあがると当然左腕もあがる。
 左腕全体の重さが亜脱臼している肩にかかり、間接部を削り激痛が走る。
 さぁ、これは困った。
 血管を締め付けているのかだんだんを腕が冷たくなってきた。
 感覚もさっきよりなくなってきている。
 右手で左腕を痛みの少ない間接部に持っていき、右手で左腕を支え徐々に徐々に体を起こしていく。
 何とか上体は起きあがった。
  痛みをこらえ右手で左手を持つ。
 左手を引っ張り左腕全体を徐々にのばしていく。
 そしてゆっくりと右に回していく。
 メキ・・・メキ・・メキッ!
 今回は今までにないような音を立てて元に戻った。
 今までは入った瞬間にある種の快感を得たが今回はない。
 もしかしてこれは俺の筋肉がちょうどいい具合に硬くなってるのか!?と自分が喜ぶ方向に考えを持っていく。
  さて、この状態でまた眠るのは危険極まりない。
 一階に行きサロミチールとテーピング、冷蔵庫から湿布を取り出す。
 サロミチールを幹部にしっかりと塗り浸透させる。
 つぎに湿布を三枚貼る。
 そんでテーピングでしっかりと固定。
 いい感じだ・・・。
 今までのテーピング人生の中で一番いい出来ではないかと思われる。
 実際今日一日左肩をしっかりとホールドし、不快感を感じさせることはなかった。
 後はいかにこのテーピングを目立たなくするか。
 もし親に見つかったら本日朝八時五十分から予約を入れている二輪教習をキャンセルさせられるかもしれない。
 そんなことを考えつつベッドに戻る。
 しかしサロミチールの臭いと刺激のおかげで眠ることが出来ない。
 そらは明るみはじめ、新聞配達のバイクの音が聞こえる。
  それでも眠ることは出来たが、すぐに目が覚める。
 見つからないように着替え朝食もそこそこに教習所に向かう。
 先日叔父からもらったメットとグローブも忘れない。
 二輪は現在一段階の三回目。
 クラッチ操作は四輪と一緒。
 しかし細々としたところが判らない。
 カーブでどんな速度でどの程度バンク出来るのか?
 朝一の時間帯のせいか教習生は四人。
 男二人女性二人。
 二輪部屋で専用トレーナーを着、教習車YAMAHA XJR400を出す。
 重量はバンパー(?)がついてるので大体200Kgだと思われる。
 それをコースまで押していきエンジンをかける。
 音がいい・・・・・。
 匂いもいい・・・・・。
 マジバイク欲しい。
 ホンダのCD400 Super Four V-tech spec2。
  二輪の教官は四輪の教官よりも怖い。
 かなり怖い。
 「誰が足つけと言った!!!」
 「遅れてるぞ!しっかりついてこい!!!」
 真剣涙出かかりました。
  教習終了後伏中に行き後輩の練習試合を少し観戦。
 その後祖父母宅に行く。
 芝刈り機をばらしたりしながらすごす。
 以外にも祖父は昔バイク乗りで、ハーレーダビッドソン、目黒、トライアンフなどを乗り回していたらしい。
 目黒とか最近の人が聞いてもわかんないだろうな。
 っていうか俺も判らん。
 そんな祖父から二輪の操舵法について色々と聞く。
 かなりためになった。


 2002年6月2日  二個下後輩インターハイ予選奈良県大会決勝リーグ最終戦一条戦&カラオケ
  本日は後輩のインターハイ予選決勝リーグ最終日。
 今のところ二戦二勝。
 近畿大会は出場決定。
 会場は中央体育館、時間は11時40分。
 私の役目はカメラマン。
 頼まれもしないのにカメラマン。
 デジタルビデオカメラ(80分ICチップ入りDVテープ)、デジタルカメラ(128M、バッテリー二本)、一本足をトートに入れチャリで会場に向かう。
  平城京のいつも通る道沿いにフェンスが作られ、中では工事が始まっている。
 どうやら本当に大極殿を復元するようだ。
 小学校や中学校の時のマラソン大会の時に集合した場所もコンクリートの下となるのだろう。
 技術を後代に残すのは大切だがあの広場を壊すのはいかがなものかと思う。
  裏門へと続くガソリンスタンドを曲がらずに直進し正門に向かう道を左折する。
 正門直前で右折しドリランのコースを逆走。
 あの狭い道がアスファルトで舗装されていたのは少しショックだった。
  剣道場で何か大会をやってるらしい。
 体育館に自転車を止めると玄関前でストレッチをしてる後輩達に会う。
 早速激写。
 中に入ると平と一個下のキャプ、デグリンがいた。
 デジビデにカセットをセットし一本足にセット。
 デジカメを首から提げ、左手に一本足を持ち移動を始める。
 応援席で中学のバスケの大先生に出会い近況報告。
 この先生は自分達の時も来てくださった。
 一つ前の女子の試合が終わり後輩達がコートに入る。
 この時間になると色々な人が応援に駆けつけてきた。
 現役男女、父兄、先輩、後輩、同期。
 二浪もいた・・・。
 ☆にデジカメを任せ俺はデジビデに専念。


  試合は負けた。
 一条の王国は一体つまで続くのか?
 しかし後輩達はよくやった。
 成績的にも奈良県第二位というここ最近では一番いい成績を修めた。
 近畿大会にも出場できるようだし、また練習にいけるのでうれしい。
 俺は行っても邪魔をしてるだけだが・・・。
 この前のように開始四分で左遷される事態は避けたい。
 
  後輩達と少し話をした後、帰り始める。
 メンバーは俺とムロとバハラと☆とヤンダとソウシ。
 途中でバハラがぬける。
 ビブレの前でゴッティンとジロー、ジョンソンに遭遇。
 ジョンソンは帰り、ゴッティンとジローがパーティに加わる。
 ミツハシでアディダスのクライマクールを買おうとしたがサイズがなくて断念。
 今度の土曜でも大阪で探してこよう。
  カラオケに行こうということになりボックスに行くが何処も一時間待ち。
 時間がかかりすぎるということで☆とヤンダとムロがパーティーから離脱。
 もう一度しっかりときくと40分待ちらしい。
 それならということでソウシと俺とジローとゴッティンの四人で予約。
 その間友楽下のモスで時間をつぶす。
 俺はコーラLとハンバーガー一個、ゴッティンとソウシはコーラでジローは水。
 楽しいひとときを過ごすことが出来た。
  時間が来たのでジャンカラにむかう。
 歌う順番は、ソウシ・俺・ゴッティン・ジロー。
 みんな色々な曲を歌っていた。
 ジローはバンチキの天体観測とハルジオンを選曲し、俺も歌いたかったので二人でうたう。
 ゴッティンは「みかん」という曲を熱唱し壊れ掛けていた。
 俺の選曲は、「ファンタジスタ」「ルパン三世のテーマ」「宇宙戦艦ヤマト」「時には昔の話を(紅の豚)」「詠人(おじゃる丸)」「gravity」「激!帝国歌劇団(???)」「炎の宝物(カリオストロの城)」。
 ちょっと偏った選曲になっているが何もつっこまないように!
 ファンタジスタは開始三十秒で歌うのを不可能と悟る。
 北島三郎の詠人も想像以上に難しく、サブちゃんの凄さを知ることとなる。
 紅の豚と炎の宝物、激!帝国歌劇団は女性ヴォーカルなのだが男声でも結構いけることが判明。
 歌っていて気持ちよかったのはルパン三世のテーマと宇宙戦艦ヤマト。
 ソウシとジローがひいている中、ゴッティンと俺が上機嫌で激!帝国歌劇団を熱唱してるのは面白かった。
 総評としてアニソンは歌いやすい。
 ヤマトにしてもルパンにしても男声で声をのばすところがあるので俺の声質によくあい、歌っていても腹式呼吸を多用し気持ちいい。
 またこのメンバーでカラオケに行きたい。
 
  そんなこんなで今日が終わる。
 ソウシは親にバレなかったのだろうか・・・?
 


 2002年5月26日  育英戦
  今日は高田商業高校で二つ下の後輩の試合がある。
 午前中は第一段階の学科だったので行けず午後から行く。
 学科中にジローから着信あり。
 その後ジローから経過を聞く。

  午後三時試合開始予定。
 対戦相手はあの育英高校。
 一条高校と並ぶ奈良県高校バスケットボール界の雄。
 奈良県の高校でバスケをするもので育英の名前を知らなければもぐりと言っても過言ではないだろう。
 俺の代も決勝リーグで敗退。
 今年も例年と変わることなく強いと聞いている。
 今年の奈高も強いが果たして何処まで通用するものか・・・。
 そう多くの人間が思っていただろう。

  祖父宅でくつろぎ、時間になったので自転車で会場に向かう。
 途中ジローからもう始まると連絡があった。
 何とか会場に着くと選手達はシューティング中。
 ジローと平部員が得点板の近くの椅子に座っていて、俺もそこに座ろうと思い逆サイドの試合が終わっているコートから椅子を失敬してくる。
 だが、椅子を持ってくると同時に彼らは移動を開始。
 俺もベンチ側に移動する。
 そこにはヤンとヤンダがユニフォームを着てメガホンを持っていた。
 見間違いではない、確かにユニフォームを着ている。
 先生の後ろのステージには俺の一個上の先輩、俺らの代のマネさん、その他父母の方々がいた。
 先輩に挨拶し同期の連中がいた場所に戻る。
 カメラスタンバイ。
 CANON powershotS30
 メモリ容量128MB
 バッテリー満タン
 これで何も怖い物はない
 はずだった・・・。 

  恒例の「飛べ!飛べ!飛べぇー」が流れ、ジャンプボール。
 撮影のベストポジションを求め先生の席の後ろに移動。
 いい感じだった。
 点差は開きすぎることなく拮抗していた。
 今の高校バスケはクォーター制。
 そして30秒ではなく24秒。
 他に何か変更があるのかは知らない。
 応援もいつになくアツい。
  第一クォーター終了時点で19-23。
 点差4点。
 まだ行ける。
 ところが第二クォーターで雲行きが怪しくなってきた。
 イージーミスが目立つようになり、育英の得点がどんどん入り出す。
 それでも皆諦めない。
 第二クォーター終了時で32-51。
 19点差。
 気合いをそがれるには十分な点差。
 ここだけの話先生もキツいなぁとぼやいていた。
 ハーフタイムに同期の場所に戻るとメンバーが増えていた。
 一個上の先輩も増えた。
   後半戦開始。
 まだ不利な状況が続く・・・。
 だがついに奈高に波が来た!!!
 キャプテンのシュートが入り、センター二人のシュートも入る。
 他のメンバーのプレイも徐々にいい方向に働き始めた。
 全員にイケる!!という思いが満ち始めた。
 点差を一桁に戻し第三クォーター終了。

  第四クォーター終了のブザーと同時に俺たちは歓声を上げた。
 コート内の戦士達は抱き合い、ベンチと応援団は隣の人間と喜びを分かちあう。
 センターサークルでの礼が終わると共に待ちきれない俺たちは選手達に駆け寄った。
 先輩後輩の関係などその場にはなかった。
 ただ単に選手達を素直にたたえたかった。
 そしてベンチや応援団もたたえたかった。
 
  あんな試合はそうそう見れるもんじゃないだろう。
 高校のバスケには他では体験できることのない感動がある。
 中学でもない大学でもない、ましてや社会人でもない。
 多くの人間がこの試合を観た後にもう一度高校でバスケをしたいとつぶやいていたことからもそれが判る。
 俺もできることならば青春時代の高校に戻りたい。
 そんな気がした2時間だった。

  
  追記
   帰り道の土手の下に大和高田の斎場がある。
  そしてその側を通って帰る。
  まさかそんなことはないだろうと思っていたのだが、それは起こってしまった・・・。
  道に向かって二つの大きな口が建物から開いている。
  周りが黒くなっていることからそれが煙突だということがわかる。
  場所が斎場でそこで煙を出すような物を焼くといったら・・・。
  二つの口の正面を通った瞬間、えもいわれぬにおいが鼻を突いた。
  髪の毛を燃やした以上にくさいにおい。
  出来ればあまりかぎたくなく、何が焼かれているか想像したくないにおい。
  夕食は豪勢だったがあまり食欲はなかった・・・。


 2002年5月22日  電気回路と実車
  朝の5時半まで電気回路と化学実験のレポートをし就寝。
 この時点で一限目の線形代数をさぼることを決意。
 2週連続なので自分でしっかり勉強して来週からはちゃんとでよう。
 2時間半ほど睡眠をとり登校。
 大教室で電気回路の試験が始まる。
 試験時間は七十分。
 開始二十分後に隣の人間が手を挙げ、「先生、できたらどうしたらいいですか?」
 殴ってやろうかと思ったが気をしずめる。
 先生も、「今回のテストは易しすぎたせいか早く終わった人がいっぱいいますね。異例ですがもう出来た人は前に提出して帰ってくれて結構です。」
 そしたら大量の生徒がどんどん出てくるわ・・・。
 結局俺は最後の最後までいました。
 三十分前に完成はしていたんだけど、なんだか出ていくのが時間的にもったいないような気がしたからだ。
 汚い箇所をいくつか書き直し、時間が来たので提出。
 ドイツ語、化学実験をこなし帰宅。
  電車の中で時間的に間に合うなら教習所に行って車に乗ろうと思いつく。
 今日は確か映画「突入せよ!あさま山荘事件」のサントラの発売日のはず。
 予約してるから届いてるに違いないと奈良ファのジョージアに行く。
 ところが初回入荷できなかったという。
 発売前の予約商品は連絡しませんから取りに来てください。
 それは判る。
 だが、賞品が届いてないなら届いてないと客に電話ぐらいするもんだろう!!
 気分が悪かった。
 今度行く時にクレームをつけよう。

  教習所にあらかじめ電話をし、八時からの車に予約を入れる。
 早くついたのでロビーでビデオを観、そして配車権に書かれている番号の車に向かう。
 自分にとって車は小さい時からかけがえのないものだった。
 キーを回してエンジンを掛けることはあったが、それ以上のことはなかった。
 今日はその先に進んだ。
  思っていたよりも難しい。
 ハンドルの回し方で何度も注意され、何度も謝っていた。
 カーブのハンドルの切り方のタイミングもいまいちわかりにくい。
 それにスタートの時に間違ってサードにギアを入れていたのでエンストをした。
 だが、車は面白い。 


 2002年5月21日 徹夜
  読んで時のごとく


 2002年5月20日 カートレーナー
  今日は技能一日目。
 実写ではなくカートレーナーというものを使って車の基礎を学んだ。
 ビデオはおそらく二十年以上前に制作されたものと思われる。
 それほどに年季が入っていた。


 2002年5月19日  学科とバスケ
  今日は朝から三限連続で教習所の学科を受けた。
 途中で息絶え絶え、死にそうになった。
 水曜に電気回路1の中間試験が控えてるためにその後の奈高バスケ部参加をやめようかとも思ったが、ソウシのメールにより再び行くことを決意。
 西大寺南口に新しくできたマクドで昼食をとり、奈高に向かう。
 ところが開始時刻間近だというのに体育館の入り口にバスケ部員が1人もいない。
 普通なら入り口にじゃまになるほどたまってバッシュのひもを結んでいるはずなのに・・・。
 今日は定時か通信の人もいるようだ。
 もしやと思ってピロティの部室に向かうと案の定部室にいた。
 しかも現役に混ざってソウシも。
 ソウシと共に上に行きステージで着替える。
 そんなこんなでヤンダやカウ、一個下のキャプテンも来る。
 5対5が始まる。
 死んだ。
 普段から下手くそだが今日は特に下手だった。
 パスキャッチミスなどという有り得ないミスを連発。
 ただ、ロングのシュートを一本決める。
 疲れ果てて椅子に座っていると隣のコートでプレイしている部員の中に平によく似た人物がいた。
 面白いなと思い近くのカウに「あいつ、平に似てるよな」と声を掛けると。
 「何いってんねん。あれ平や。」
 どうやら本物だったようだ。
 本人曰くスタメンのチームでやると迷惑を掛けるから自分はBチームでプレイするらしい。
 俺もあまり変わらないが・・・。
  新大宮まで皆で帰り、その後WONI宅に押し入る。
 彼の勉強のじゃまをして家に帰る。


 2002年5月18日  入校式
  学校から帰ってきて一服してから教習所に向かう。
 今日が初日。
 とりあえず待合室で待つ。
 受付を開始したので荷物を持って列に並び、カードを見せ原簿をもらう。
 教室に移動し、六時から三限連続の入校説明会が始まる。
 一限目は先日もらった教科書などの不備確認。
 そんでこれからどのように教習を行っていくのかの説明。
 二限目は学科の授業。
 三限目は適性検査。
 なかなか面白かったしむきにもなった。
 ただ、設問の中で「死にたいと思うことがある」、などがあったのは以外だった。
 そんなことでおしまい。


 2002年5月15日  教習所
  ムロについてもらって教習所に入校手続きを取りに行く。


 2002年5月11日  突入せよ!あさま山荘事件 the choice of hercules
  今日は映画「突入せよ!あさま山荘事件」の公開初日。
 以前から友人と一緒にいこうといっていたために授業が終了後に観に行くことにしていた。
 友人は学校がないので先に行ってこんでいたら並んでもらうように頼んでいた。
 劇場は道頓堀東映。
 新しい映画館、梅田ブルクはデジタル上映を行っているようだが定員数が道頓堀東映に比べて少ないので今回は却下。
  授業が終わり、学校から駅に向かう間に先に行ってる友人に一時間前だがもう並んでいるか?と聞くと、
 「全く人っ子1人見受けられません。なめんなよ、こら!」
 と怒られる。
 彼らとちょうど一時間前ぐらいに合流し、俺はたこ焼きを買いに行く。
 あさま山荘の劇場は1人も並んでいなかったが、こちらはだいぶ並んでいた。
 たこ焼きを彼らに運び劇場内に入る。
 確かに誰も並んでない。
 それになんだかひなびている。
 とりあえず入場口の前に陣取る。
 パンフとDVDを買い、おいてあった宣伝用チラシを大量にとる。
 前日に電車の中でサラリーマンの読んでいる産経をのぞき込んだらあさま山荘事件当時の記事の復刻みたいなのを一面まるごと掲載していた。
 西大寺駅の新聞販売機で購入。
  エンドクレジットに入ったのを見計らい場内に入り一番いい席を取る。
 この作品のエンドクレジットでは面白い試みが為されていた。
 おまけにポスターには名前が載っていないが超有名な俳優が犯人役として出ていることを知った。
 館内は以外と綺麗だった。
  映画の感想。
 まず小説を読んだ方がいい。
 じゃないと判らないところがあるだろうし、読んでおいた方が細かいところでニヤっとすることが出来る。
 冒頭の爆弾処理の写真などなど。
 それに社会的背景を知ることが出来る。
 台詞も聞き取りにくい所があるし、社会的背景を知っていないと理解不能なところがある。
 ただ、アクションシーンは意外なほどにすごかった。
 緊張感がある。
 それに俳優人が豪華。
 役所広司がかっこいい。
 特に役所広司のラストの台詞。
 むちゃくちゃかっこいいですわ。
 佐々さんたちが隠れキャラとして出演してるのも面白かった。
 音楽もいいし映像的にもいいのでおすすめします。

  映画を観た後は俺の希望で味之家でお好み焼きと焼きそばを食べる。
 おいしかった。
 その後スターバックスで雑談をし、ゲーセンに行きイニDで勝負。
 そして帰路につく。


 2002年5月10日  クレヨンしんちゃん あっぱれ戦国大合戦
  昨日の朝にワイドショーでクレしんの映画が大人の間で泣ける映画として話題だと言っていた為に観に行くことにする。
 公開は今日まで。
 調べてみると梅田のヘップ上の映画館が一番大きいようだし音響設備もいいようだ。
 四限目のドイツ語が終わり次第走らないと間に合わないことが判っていたのでドイツ語が早く終わることを祈る。
 しかし事はそううまく運ばず当初の予定の電車を逃す。
 上映は16時55分から。
 50分頃に梅田駅に着きダッシュ。
 ヘップのビルに入りエレベータに乗るがどうもおかしい。
 6階でおりエスカレーターで一階に戻り案内の人に聞くと映画館は隣のビルらしい。
 雨のために入り口のタイルで転びかけ女子高生その他大勢に笑われる。
 今度はちゃんと映画館に着き、学生証と学校の情報処理センターのパソコンでクレしんのHPまで行き学校のプリンタで印刷した割引券を見せ1300円で入場。
 もちろんパンフも買う。
 予想以上にがらがらで余裕で真ん中の席に座れた。
 ただ隣のガキがうるさい。
 ガキの質が悪ければ親のおばはんの質も悪かった。
 いかにも下町の育ちの悪いガキとおばはんだった。
 そのガキが映画を観たことがあるのか、いちいち重要なシーンの直前にネタバレ発言をしてくれ、本気で殴ってやろうかと思った。
 今回も映画の内容はよかった。
 ただ、今回は泣くまでには至らなかった。
 前作の「大人帝国の逆襲」は本当に泣いた。
 ひろしの回想シーンではぼろぼろだった。
 泣くには至らなかったが感動した。
 時代考証もしっかりとしており、また男の生き様をまざまざと見せつけられた。
 クレしんの映画はただの下ネタギャグ子供向けにあらず、大人向けの家族愛だと私は思う。
 また、是非大人にみてもらいたい映画だ。
 冗談でなく本気。
 九作目の大人帝国はこれでもかと言うほど家族愛だったし、今作もひろしの「しんのすけのいない世界になんて未練はない!」や、みさえの身を挺しての刀を受け止めるシーンなど所どころに見受けられる。
 特に俺は父との家族愛ものに弱い。
 ディープインパクトしかり。
 今作はまた純粋な愛についても語られていて、またそれが悲劇となって衝撃のラストを迎えるのもなかなか面白かった。
 しんのすけが涙を見せるシーンなんてこれまであったのだろうか・・・。
 普段のアニメでは見ることの出来ないしんのすけの一面を映画では見ることが出来る。
 「身分がなかったら好きだって言うの?」
 「お前一番えらいのに逃げるのか?お前がわがまま言うからこんな事になったんだぞ!それなのに逃げるのか!?」
 今作もまた傑作だった。

  帰ろうとすると向かいの劇場でブラックホークダウンを上映していた。
 ついでだからパンフだけでも手に入れておくかと思いパンフを買う。
 帰ろうと思い階段を下りていると、「ブラックホークダウン、本日まで」との文字が目に入る。
 一秒の葛藤の後に観ることを決め、平日学生千円のために千円で入場。
 夕食を食してなかったので、売店でハンバーガーを注文。
 この映画もがらがらで特等席、指定席の一列後ろのど真ん中で観る。
  感想、クレしんの方が面白かった。
 この映画は2時間半近くあり、ほとんどが戦闘シーン。
 映画を二本続けて観るということに体がついていかなかったのかもしれない。
 面白いとは思わなかった。
 ひたすら戦闘シーンが続き、それがまたリアル。
 RPG(ロケットランチャー)が装甲車の扉を貫き助手席の兵士の腹を貫通。
 爆発をもろに受けた兵士は手首が吹き飛び、その兵士をカメラが下がっていって全身を撮すと下半身がなく腸がはみ出ている。
 またある兵士は指が皮一枚でつながっている状態。
 一番生々しかったのは脚部に重傷を負った兵士を手術するシーン。
 大腿脈が骨盤内部に入り込みそれを取り出す手術。
 モルヒネ投与を本人が懇願するが脈拍低下のために却下。
 恐ろしい痛みをともないながら同僚の兵士が素手で脚部に手を突っ込み骨盤のあたりをまさぐり回す。
 その映像がまたリアル。
 非常に気持ち悪かった。
 とくにこの映画で得ることはなかったが、戦闘の恐ろしさを知ることは出来た。
 それほどに生々しかった。
 ちなみにブラックホークダウンが終わったのが21時45分頃。
 帰ったのはとても遅かった。
 以上


 2002年5月9日  母校
  授業の終了と共にダッシュで駅に向かう。
 インハイ前だから練習に参加して胸を貸してやろうというソウシに誘われた奈高バスケ部の練習に一分でも早く参加するためだ。
 果たして部活の中でもベンチ要員だった俺が役に立つのかと考えつつ、自分の衰えた体力とリュックの重さに耐えながら新大宮から奈高まで走る。
 奈高の坂でアーチェリー部が筋トレをしてるのを見て懐かしくなる。
 四年前から何も変わってない・・・。
 あぁ、落ち着く。
 大学辞めてもう一度一年から奈高でやり直そうか?
  体育館に着くやいなやいつも通りボスからいじめられる。
 後輩もまだ顔を覚えてくれているので安心する。
 舞台裏で着替え練習に参加。
 俺以外のOBは全員浪人。
 しかも四人中二人は二浪。
 ただし四人ともハイレベルな浪人。
 試合が始まる。
 一個下キャプテンのパスで点を決めることが出来た。
 かねてからイメトレを積んでいた「台形内素早くターンしてシュート大作戦」が成功し、また一点をとる。
 ソウシはなぜかダンクを決めていた。
 何処にそんな体力と時間があるのやら・・・。
 後輩たちにメッセージを残す。
 「万事を尽くして天命を待て」
 後で調べてみると
 「人事を尽くして天命を待て」
 だった。
 ソウシ共々ボスの車で新大宮駅まで送っていただく。
 そして筋肉痛に泣く。


 2002年5月8日 ボーリング
  まだ入るとは決めてないサークルのボーリング大会に参加。
 全然面白くなかった。
 改めて浮いていることを感じる。
 以上


 2002年5月6日  再会
  十年ぶりに旧友と再会。
 幼稚園の話などで盛り上がる。
 最高レベルのプライベートのため公開はここまで。
 以上


 2002年5月5日  こどもの日と徹夜の二浪
   色々やって時計を見ると午前四時前。
 そりゃみんゴルを2ラウンドしてればそれぐらいたつよな。
 ソウシと☆と一ラウンドずつまわって最終的に負ける。
 その後ウイイレ大会が始まるがサッカーのことは判らない俺は蚊帳の外。
 一番最初にダウンして寝所に向かう。
  目を覚ますと隣に平と☆がいた。
 部屋の方からはソウシとカウの叫び声が聞こえる。
 眠いのでもう一度寝る。
  しばらくすると誰かが俺を呼んでいる。
 目を開けるとソウシとカウが俺の顔をのぞき込んでいてカウが言う。
 「メタルギアソリッド2やれ。」
 眠い体を起こしMGS2をはじめる。
 時計は10か11時を指していた。
 6時間ほど寝たことになる。
 どうやらカウとソウシはひたすらウイニングイレブンをしていたようだ。
 すごい体力だと感心する。
 平の母上が用意してくださった朝食を食べ、またゲームが始まる。
  そして、彼女が現れた。
 廊下を何か硬いものが通る音がする。
 ガチョン、ガチョン、ガチョン・・・。
 最初平の母上が掃除をし始めたのかと思った。
 だが違った。
 その音は部屋の扉の前で止まり、そして声がした。
 「こいつら紹介してや。」
 そう、その方は平部員の姉上だった。
 奈高出身のギタマン部員らしい。
 色々と度肝を抜かれる方だった。
 しかも、平部員とそっくりだった。
 特に目のあたり。
 そして、平部員がいかにバスケ部員の陰口をたたいているのかをよく知ることが出来た。
  その後母上に送っていただいて結崎まで行く。
 カウは平と家に残り、俺は橿原方面、ソウシと☆は奈良方面に帰っていった。
 この日はちゃんと図学の宿題をこなした。
 楕円描くのめんどくせぇ・・・。

  そして夜、事件は起こった。


 2002年5月4日  出陣
  親戚一家が遊びに来た。
 小学五年生のいとことひたすらゲームで遊ぶ。
 親戚が帰る時に来るまで駅まで送ってもらい、平部員宅に向かう。
  
  結崎の駅で☆と合流し、しばらくすると平部員と父上が迎えに来てくださった。
 十数分後、ソウシが結崎に到着。
 平宅に向かう。
 平宅にはすでにカウが来ていた。
 事前のやりとりで彼がPS2本体とAVケーブル、コントローラーとメモカ、そしてソフト数本を用意してくれるはずだった。
 俺が用意するのはコントローラーと電源ケーブル、メモカとアーマードコア3とICO。
 が、カウがAVケーブルを忘れたために平と一緒に原付で取りに帰っていった。
 その間に俺と☆で筋トレをする。
 腕2種類30回、腹筋50回、背筋50回、例によって下半身はなし。
 一時室内は筋肉の自慢会場になった。
 おみやげ(?)と共に彼らが帰ってきてゲーム大会が始まる。
 おみやげをみてる間に俺は風呂を頂戴した。
 でてきてみんゴルをする。


 2002年5月3日  茶髪公開
  祖父の家に泊まりに行く。
 図学、微積、電気回路、ドイツ語、力学の勉強道具を持っていくが、ひたすらPS2ばかりする。
 先日購入したアーマードコア3。
 むずすぎて投げ出す。


 2002年5月2日  茶髪デビュー
  GWの中休み。
 中休み中は授業がない大学もあるらしい。
 ただうちは別だった・・・。

  授業中ふと髪を染めてみようと思い立つ。
 従来俺は染髪反対派だった。
 日本男児が髪の毛を染めるなど女々しいことをするべからず!!
 そう周りに言い、自分にも言い聞かせていた。
 だが、俺も後三ヶ月で十代が終わる。
 二十代に入って髪を染めてる奴はほんとのバカだ。
 ここは一つ十代のうちに茶髪とやらをやってみるか。
 ちゅうことで家に帰って散髪屋に行く。
 行く前に教習所に電話をして入校時に撮る写真は免許に貼る写真かどうかを電話で確認する。
 免許に貼る写真が茶髪じゃ嫌だから。
 散髪屋に行くと一時間待ちと言われた。
 ひたすらクレヨンしんちゃんを読む。
 自分の番が来て椅子に座る。
 茶髪にしてくれと頼みどの色にするか決める。
 とりあえず無難なところで・・・ということで無難なところにする。
 染髪は初めての体験で新鮮だった。
 最初に外の方をしてしばらくしてから根本をする。
 ちくちくして痛かった。
 頭に巻くラップが情けない・・・。
 そして見事な茶髪になる(暗いところでは判らない)。


 2002年4月28日  中学校とバーベキュー
  大学生になった。
 はじけることが出来ない。
 サークルとかもあんまやりたいとは思わない。
 行ってる時間があれば家に早く帰りたいと引きこもり的な考えになってしまう。
 それではいけないと思うので、水曜にもう一つの方のバスケサークルを見に行こうと思う。
 なんだかんだ言ってバスケからは離れることが出来ないようだ・・・。
  
  今日は中学の練習に参加した。
 人数が増えたなと思っていたら、新入生だった。
 第一印象、ちっちゃい。
 俺もバスケ始めた時はこんなのだったのかと感慨深くなる。
 そんなちっちゃい子たちに色々教え、その後二三年の練習に参加する。
 あまり役には立たなかったが・・・。
 明日試合らしいのでがんばってもらいたい。
 
  家に帰ると親が近所の人とバーベキューをしていたので参加。
 そのまま夜の九時頃まで色々な話をする。   


 2002年4月27日  梅田忘れ物センター
  昨日阪急電車の中に忘れ物をしてしまった。
 それは体操服セット。
 普通の忘れ物とは違い、高校時代の青春バスケジャージが入ってるから洒落にならない。
 普段なら荷物は全部網棚にのせるのだが、その時は体操服だけ網棚にのせてリュックは足にのせて座っていた。
 読書に没頭していたので、駅に着いたら鞄を持ってすぐに降りてしまった。
 忘れ物に気づいたのは家に帰ってきてしばらくたった後だった。
 最初ゲーセンに忘れたのかと思い電話するがないと言われる。
 色々考えた結果電車の中と言うことになった。
 阪急梅田駅に電話すると某駅にそれらしいものがあると言われ、明日の13時頃に梅田の忘れ物センターに来いといわれる。
 
  今日は三限目の英語だけ。
 ゆっくり行ったら授業開始三分前だった。
 梅田方面に行くのは初めてだったので窓の外をきょろきょろしながら行く。
 隣の女の子二人がちょっとどきどきするような会話をしていた。
 
  最後尾に乗っていたのでちょうどいい具合に茶屋町口の階段のあたりに止まった。
 切符を精算してから忘れ物センターに行き、感動の対面を果たす。
 なんか新しいゲームが欲しいと思っていたので、その後てくてくとソフマップを探しながら歩く。
 梅田は広い・・・。
 ATMで金をおろす。
 みずほのATMはがら空きだった。
 アーマードコア3を買うかどうか30分以上まよった結果、PS2のコントローラーのボタン全部を使う操作系を覚えるのがしんどいという理由で、偶然通りかかったところにおいてあったICOを買う。
 
  夜八時頃にムロ君が来て、夜中の一時頃までずっと雑談して過ごした。
 そんなこんなで四月二十七日がおわる。


 2002年4月25日  東大とあさま山荘と笠置温泉
  先日購入した佐々淳行氏の「東大落城」をもう少しで読み終える。
 この本の著者である佐々氏は「危機管理」という言葉のワードメーカーであり、東大安田講堂事件やあさま山荘事件、よど号ハイジャック事件などの指揮を執った方だ。
 現役の頃、フジテレビの深夜番組、「日本の夜更け」というので初めて知った。
 非常に親しみやすい方で、また氏の危機管理や部下に対する熱い思いなどの考え方に尊敬の念を覚えた。
 ちなみに「日本の夜更け」という番組も各界の著名な方をゲストとして呼ぶという番組で、色々な方面の話を聞けて面白い。
 アンパンマンの作者のやなせたかし氏も呼ばれたことがある。
 あと、ソニーの元社長とかヤクザの親分とかである。
 番組に後藤田正晴元副総理が出た回は非常に面白かった。
 後藤田氏は佐々氏も尊敬する人らしい。
  東大落城という本は東大安田講堂事件を扱った本で、陣頭指揮を執っていた佐々氏が当時の詳細を書かれている。
 当時の学生運動のあり方、マスコミや大学側の警察への反応、機動隊員の負傷率の高さなどである。
 私の年代の人は、東大安田講堂事件と聞いてもあまり知らないというか全く知らないのではないだろうか。
 ときどきテレビで懐かしの昭和特集みたいな中でちらっと東大の時計塔に向かって放水してる映像が出ることがある。
 あれである。
 私はその数秒しか知らない。
 しかし、この本を読んでその裏に何があったかを知ることが出来た。
 当時の学生運動は自分が考えていたよりもすごかったらしい。
 東大攻略に際して学生は火炎瓶はもちろん、12Kgのコンクリートの固まりや塩酸硫酸を屋上から機動隊に投げつけていたようだ。
 取り扱いが超危険なニトログリセリンを用いた爆弾も用意していたらしい。
 機動隊は負傷者続出。
 大学教授は機動隊が負傷しながらも奮闘している横で記念撮影などをする始末で、屋上で追いつめられた学生はさんざん攻撃していた機動隊に対して「暴力反対!」とさけぶ。
 読んでいて感動するシーンもたくさんある。
 部下思いの上司、機動隊の結束の強さ。
 よんでない人には読んでみることをおすすめする。
 今を生きる私たちにとって、今を作っている過去のことを知ることは重要だと思うし、また、男の生き様として参考となると思うからだ。
 これを読み終わったら次は同氏の「あさま山荘事件」を読む。

  あさま山荘といえば、今日学校の帰りに難波まで「突入せよ!あさま山荘事件」の前売り券を買いに行った。
 五月十一日公開の役所広司氏が佐々氏の役で出る映画だ。
 原作は佐々氏の著書。
 前売り券を買いに行った理由は、前売り券についてくるストラップが欲しかったから。
 最初、千日前国際シネマで購入した。
 同時に、まだみてないが「ロードオブザリング」のパンフとピンバッジを買った。
 そしてよく考えてみると、この映画館の設備をよく知らない。
 学校の情報処理室の端末で公開劇場を調べたら、ここともう一カ所道頓堀東映があった。
 設備を調べるために向かいのビッグカメラの四階に行きインターネットを利用した。
 どっからどうみても難波駅構内で寝ている男の人がチャットをしているのが印象的だった。
 結果、前者の映画館は収容人数550人ほどで音響はちゃちい。
 後者は収容人数660人で、音響設備もいい感じ。
 ちなみに奈良の友楽の収容人数は200を越えることはない。
 早速払い戻して道頓堀までてくてく歩いていく。
 すると映画館の前で列が出来ており何かと思ってのぞいてみると、「突入せよ!あさま山荘事件」の試写会を待っている人たちだった。
 うらやましいなと思い前売り券を買う時に係りの人に聞くと試写会に応募して当選した方のみだそうだ。
 看板を見てみると「文藝春秋」とある。
 道理でならんでいる人たちが40代以上のはずだ。
 帰りに駿台にソウシがいたら一緒に帰ろうと思い電話するがつながらず諦める。
 難波駅の地下のコーヒーショップで冷たいのを買い電車の中で「東大落城」を読みながら1人帰った。

  家に帰ったら帰ったで、夜の七時なのに笠置温泉に行くことになった。
 F3の遠足やS9の卒業記念遠足で行った地だ。
 電車では時間がかかったが、車ではすぐだった。
 オヤジといろんな話をしながらいろんな風呂に入り、俺はサウナに入った。
 まだまだガキなせいか10待つのがしんどかった。
 その後の水浴びが気持ちよかった。
 オヤジ曰く俺のケツはもうおっさんらしい。
 真剣に走ることを考えよう。
 帰りにファミレスで遅めの食事を帰り現在に至る。
 明日も早いので寝る。
 では。


 2002年4月13日  ステッドラー
  公立は週五日制と騒がれているが俺の大学では関係ない。
 今日、土曜日は午後からの三限目の英語の授業一つだけ。
 ぽかぽかとした陽気の中電車に乗って学校に向かう。
 図書館前には相変わらずサークルの勧誘の人間がたまっている。
 テニスサークルは全てと言っていいほど大きな看板を作って勧誘活動を行っているのに、今自分が入ろうとしているサークルの看板がないことに少し不安を覚える。
 そういえば昨日はトルシエ監督が講演会に来てたらしい。
 授業だったので工学部には関係ない。
 図書館で最近はまっている火の鳥を返却し、生協に行き申し込んでいた製図用品を受け取る。
 その後授業を受け、また生協の教科書売り場に戻り今度は辞書を買う。
 三省堂の独和辞典とロングマン英英辞典を買う。
 重い。
  家に戻ると荷物を部屋に置き相方の家に向かう。
 そこで色々な話をし家に帰る。
 明日は相方と相方の弟と三人で、「ドラえもん のび太とロボット王国」を観に行く。
 本編よりも同時上映の「ボクが生まれた日」に期待していたりする。
 先日大山のぶよさんが癌のためにドラえもんの声を引退すると報道されたが、もしドラえもんの声が変わるなら潔くドラえもんは終わらせるべきだと思う。
 藤子先生もなくなった今、これ以上ドラえもんが変わるのは耐えられない。
 ただ、放送はしてもらいたい。
 子供達にはなくてはならないアニメだから。
  家に帰って1人飯を食べ、買ってきた製図用品を使って正五角形を描いてみる。
 いいコンパスを使っているせいか何ともいえない充実感に満たされた。
 以上。

 PS.昨日クレしんの大人帝国が放送されていた。
   やはり泣いてしまった。
   DVDででて欲しい。
   気持ち悪いオタク向けのアニメは普通にDVD化されるのになぜクレしんがされないのか?
   謎である。


 2002年4月10日  二個下キャプテン訪問
  今日の夜九時頃、後輩の二個下のキャプテン、現キャプテンがジャージを返しにきた。
 それからずっと俺の部屋で写真を見たり話をしたりする。
 現在も横にいたりする。
 伏見出身の奈高の人間が今のところ知る限り、俺とムロと先輩とこのキャプテンだけ。
 このキャプテンが大学には行ったら伏見連合でどこか海外に旅行したい。
 アメリカでNBAを見るもよし、ニュージーランドでオールブラックスを見るもよし、なかなか楽しみ。
 あと、某スキー倶楽部にも参加できる。
 明日は大学のテニスサークルに参加する。
 奈高バスケのジャージ上下を来てテニスしてきます。
 じゃ。

  出来た友達が一個下でちょっと残念。


 2002年4月4日  明日から授業開始。
  四月一日に入学式があった。
 国立はもう少し後にあるらしいが私は私立なのではやかった。
 他の私立も一日にあったらしい。
 スーツをびしっと決めていった。
 大学の体育館はでかかった。
 体育館などで部活をしていた人間にとっては体育館にはいるだけでその体育館の空気の重さを感じると思う。
 本当にでかく圧倒された。
 何しろ天井が高い。
 バスケのコートも四面ぐらいとれるのでは(もっと?)と思われるほど広かった。
 大学の体育館って何処もこれぐらいなのだろうか?
  式は滞りなく進み三十分もたたずに終わった。
 場内にテレビカメラやカメラマンの人たちがいてテレビにはそれらの人がとっている映像が映っている。
 別の体育館にいる父母の方にも送られているらしい。
 終了が各学部に分かれるのだが、これがまた面白かった。
 テレビには座っている後方からの映像が映っており退場するたびに人が動くのがわかる。
 他の学部はちょびちょび動いていたが、工学部の時はごっそり動いていた。
 工学部は1000人ほどだそうだ。
  工学部は隣の今まで父母がいた体育館に移り色々な話を聞く。
 予期していなかったのが講演会。
 一時間二十分ぶっ続けで話していた。
 面白かったからよかったけどね。
 ただ度が過ぎるほど態度の悪い人間もいた。
 人が前に立って真剣に講演しているのに入学式の式次第を折って作った紙飛行機を前に向けて飛ばしていた。
 そいつらは途中退出していった。
 体育館からの帰り道に現役でこの大学に通ってる友達が俺を発見したのだが声をかけづらかったらしい。
 まぁ、髪の毛をつんつんにしてスーツ着てて片方で鞄もって片方はポケットにつっこんで、難しい顔をしていたら誰も来ないだろう。
 勧誘の人間がいっぱいいたが今日はそれほどされなかった。
 サクラも美しく咲いていて風が吹けば見事なサクラ吹雪をみることが出来た。

  二日目は書類配布、三日目は懇親会、そして今日四日目が履修届提出だった。
 うちのクラス、電子工学科は全部で100人ほど。
 そのうち女子は6人ほどしかいない。
 しかも二年の必須科目の電子回路の単位を落としたら自動的に留年決定、四年で卒業できないという恐ろしい所だ。
 大学で出来た友達はまだいないが、意外にも以前からの知り合いが数人見つかった。
 今日声をかけられた工学部空手部の人は中学の友人だったし、アメフト部には奈高で一年の時同じクラスだった人間がいる。
 色々と堅さがとれていく。
 二日目にアメフト部に勧誘されて入ってみたいなと思い始めていたのだが、家に帰って時間割を組んでみると不可能なことがわかった。
 サークルでがんばります。
  履修届は事前に詳しい説明がなかったので昨晩色々と悩んでしまった。
 教室で提出直前に隣の人と自分の奴を比べて間違いがあることを発見。
 おかげで世界史を選択できなくなっていた。
 教養は法学と日本史、外国語は英語とドイツ語のコミュニケーションクラスです。
 ネイティブの人と話していくクラスです。
 
  明日から授業が始まる。
 朝が弱い俺にとって、二限目というのがうれしい。
 授業が終わればサークルに参加。
 予定では21時までするみたい。
 たのしみだ。


 2002年3月27日  雪舟展
  京都国立博物館で開かれている雪舟展を見に行く。
 雪舟の画が一堂に集まるのは五十年ぶりで、この展覧会のキャッチフレーズも
 「これを見逃したら次は五十年後。それまであなたは、待てますか?」
 待てませんでした。
 五十年に一度しかないという文句と日本史選択者の血が騒ぎ見に行きたくて仕方がなくなった。
 毎日新聞の一面などで博物館入口の外に長蛇の列が出来ている写真がよく載っているがそんなことは気にしなかった。
 連れて行ってもらう相手は祖母。
 西大寺で祖母の乗っている京都行き特急に俺が乗り込むという形に相成った。
 受験や通塾等でしょっちゅう満員電車に乗っていたため、特急に乗った時少しリッチな気分になった。
 丹波橋で京阪に乗り換え七条で降りる。
 
  電車を降りたあたりから妙に年寄りの姿が目立ち始め、地上にあがると信号待ちをしているのは全員年寄りという状態。
 てくてくと歩いていくのだが走る年寄りもいた。
 このときは雨が降っていたが外で三十分待ちだった。
 途中からテントの中に入れた。
 しばらく待ってやっと入場。
 
  初っぱなに「秋冬山水図」が展示されていた。
 どのフロアも人であふれていて、体を割り込ませていかないと一番前に出ることは困難だった。
 水墨画の巨匠、雪舟の画はすごかった。
 雪舟だけでなく、その師やライバル、弟子たちの画もすごかった。
 屏風に描かれた鳥や松には本当に圧倒される。
 人物の画においては、背景の岩の輪郭は濃い黒で力強く描かれ、人物の服は薄い墨を素早いタッチで描く。
 服が素早いかと思えば、顔はとても丁寧に描かれている。
 本当にすごかった。
 山水長巻は館内にまた列が出来ていた。
 おみやげはB1ポスターと図録。
 なかなか有意義な一日だった。

  家に帰ってきて驚くことがあった。
 先述の通りオヤジが新しいプリンターを買った。
 エプソンのPM770Cからキャノンの新しい奴になった。
 


 2002年3月18日  魔のバスケ部同期同窓会
  今日は奈高バスケ部の練習に俺らの代が参加する。
 担任の先生と話がしたかったのでムロに頼み少し早めに家をでる。
 体育館ではバレー部男子とバド部が練習をしており、いつも通りステージに荷物を置き化学室に向かう。
 今日は合格発表らしい。
 少しアンニュイな気分になる。
 四年という歳月は早かった。
  校舎内に通じる扉という扉がすべて閉まっているので携帯で先生に電話をし実験室に向かうよう言われる。
 先生に現状を話し少し談笑する。
 その後購買に行って卒業証明書用の収入印紙を1000円分買う。
 体育館に帰ると北朝鮮工作員が来ており、他の現役の部員も何人かいた。
 練習が始まるとマネージャーに無理を言って自分たちの代のスコアブックをとってきてもらう。
 そしてコピーする。
 最後の2冊が購買のあいている時間に間に合わなかったので無理を言ってもって借りて帰ることにする。
  2時頃に5対5が終わるとムロと卒業証明書をもらいに行く。
 ちょうど合格発表の時間帯なので初々しい新入生とそれを歓迎する現役生がいた。
 新入生の進路を逆送し先生に怒られる。
 事務室に行き2通頼みしばらく待つ。
 職員室に行くと会いたい先生の1人である某政経の先生を発見。
 しばらく話す。
 校舎内を堂々と歩けるのはこの機会以外ないかもしれないと思い持っていたデジカメで色々な場所をとる。
 二年の時の教室、三年の時の教室、廊下、音楽室前、音楽室前の廊下から見える体育館。
 懐かしかった。
  途中担任の先生と会い立ち話をしているとこれまた会いたい先生の1人である某現国の先生に会う。
 現役の時はメールアドレスを教えてくれなかったが今では教えれるから職員室に行って教えてもらう。
 以前俺が教えたメールアドレスに何度かメールを送ったけれど届かなかったらしい。
 よく見ると最初のrxrがyxyになっていた。
 どう考えても俺の小文字が汚いから起こる事態だった。
 その場でモバイルからメールを送ってもらう。
 音楽の先生とも会い、一通りの会いたい先生にはすべて会うことができた。
 満足した。
 当然のように体育館に男子の姿はなく、女バスの練習が始まっていた。
 下手をしたら訴えられるかもしれないと思いつつステージ上出来替え、顧問の先生に新しいメアドを教えてもらい皆のもとに行く。
  一条の予約時刻の六時まで、おのおの好きなことをして過ごし、あるものはボーリング、俺とムロを含む方はビリヤードをした。
 意外に疲れた。
 一条前でキャプテンが合流し宴会が始まる。
 ・・・・・
 ・・・・・
 ・・・・・
 実にえげつなかった。
 調子に乗った俺は最後にはダウンしていた。
 九割方が最低一度は吐きに行ったのではないだろうか。
 部屋の中で吐かなかっただけましといえよう。
  宴会が終了し自転車で家に帰る。
 ついたのは九時頃。
 そのままベッドに直行し意識が消える。


 2002年3月17日 つれづれなるままに・・・
  後期試験が終わり私は受験生ではなくなった。



  3月13日
   国公立試験後期日程。
  午前中の物理の試験だけだ。
  朝、駅の出口で噂に聞く合格電報の勧誘がいた。
  「・・大学後期試験を受ける人はこちらに来てくださーい。」
  まるで大学関係者のようであった。
   物理の試験が始まる。
  思っていたよりも易しかった。
  府大もこの大学も数学や英語に比べて物理がやけに易しい。
   試験官が終了と告げた。
  同時に俺から受験生という肩書きが消えた。
  しかし心の中は晴れなかった。
  いまいち受験勉強を終えた気がしなかった。
   会場を出て地下鉄に乗った俺は京都駅で降りた。
  同じ大学を違う会場で受けたカウとの待ち合わせのためだ。
  彼は今日うちに遊びに来る。
  北出口で待った。
  彼の会場の方が遠いのでちょっと時間があると思った俺は一足先に地上に出てどこのあたりかを調べた。
  ちょうど駅ビルの北広場の先端のあたりだった。
  もう一度地下に戻るとカウから電話がはいった。
  彼は南口から出たようで、南口で合流した。
  その後、京都によった目的である京都ソフマップに向かう。
  デパートにあった。
  途中の階の本屋でエンジェルハートの新刊を買った。
  ソフマップでPS2のバーチャファイター4を購入。
  目的を達成した俺たちは近鉄に向かい快速急行で西大寺まで帰った。
   駅の自転車置き場においている自転車をとってから、二人乗りで自宅にまっすぐに戻らずに入学案内をもらうために中学の近くの自動車教習所に向かった。
  水曜日にもかかわらずちょうど昼のせいかフロアは混雑していた。
  案内の所に行き案内をくれというと座らされ色々と話を聞かされたあげくアンケートも書かされた。
  非常に無機質な感じだった。
  少し時間がかかったためカウに謝り自宅に向かう。
   その後二人で朝食をとりだらだらとゲーム(バーチャ4、GT3、AC4、MGS2)をした。
  途中からムロも加わった。
  バスケ部三人が集まったことになる。
  カウを車で学園前まで送り、ムロとも別れた。
  そんなこんなで浪人最後の日が終わった。

  3月14日
   前日と約束していたとおり彼は9時半に来た。
  しかし俺は下でパジャマ姿のまま朝食をとっていた。
  ムロにあがってもらい準備をする。
  昨日片づけ初めてむちゃくちゃに散らかっている部屋にあがってもらい、本日の作戦を立てた。
  協議の結果今回はオーシャンズ11を観ることになった。
   自転車で西大寺に向かい昨日と同じ自転車置き場に自転車を置く。
  電車で鶴橋に向かいそこでJRに乗り換えて梅田を目指す。
  ついたのは11時半前。
  先に映画館がどこにあるのかを確認することになり映画館に向かう。
  そしてチケットも買った。
  ちょうど始まったぐらいだが13時55分の回の奴を観ると決めていたので元来た道を戻る。
   梅田の地下を色々と散策(迷子?)し、ヨドバシカメラの入り口に至った。
  地下がパソコンフロアだが想像以上に広かった。
  ゲーム売り場を見に行ったがいまいちだった。
  それほど広くもなくXboxの試遊台もなかった。
  印象に残ったのはワイルドアームズアドヴァンスドサードのOPがかっこよかったことだけ。
   一つ下のフロアに行きテレビをみる。
  プラズマテレビも見たが思っていたよりも綺麗だとは思わなかった。
  ぶらぶらしているとホームシアターのコーナーを見つけた。
  そこでXboxの5.1chを体験できる設備があり早速遊ぶ。
  ソフトはプロジェクトゴッサム。
  フェラーリを操りたかったがまだ出せなかったので、ベンツで東京を走った。
  ムロもプレイした後、映画の所に向かった。
  幸運なことにDVDタイトルはグラディエーターだった。
  テレビは100万以上のプラズマテレビ。
  アンプ、DVDプレーヤ、スピーカーなどテレビ以外の設備だけでも100万はいくだろうという環境の中グラディエーターを再生させる。
  一番好きなシーンのゲルマン人征討のシーンを見る。
  そのシーンまで5.1chの凄さがわからなかったが、弓矢や投石機が使われるシーンになると前後左右のスピーカーから音が出るわ出るわ・・・。
  普通のおうちでは絶対に出せないようなボリュームでもあった。
  聞いていたとおり5.1chは本当にすごかった。
   同ビルの食堂フロアに迷いながらも向かった。
  ちょうどお昼どきだったのでとても混んでいた。
  石焼きビビンバを食べた。
   地下を通り映画館に向かう。
  約50分前に到着し館内に入場する。
  20分前に列ができはじめた。
  会場と同時にいい席を目指す。
  いい席を取れた。
  なかなかテンポもノリもオチもよかったが、なんか一つ足りないような気がする映画だった。
  映画館を出ると空がどんよりと曇り始めていた。
   電車に乗り、西大寺ではなく新大宮に向かう。
  バスケ部の飲み会のための一条を予約するためだ。
  無事予約をすませ駅に向かっていると先輩から電話がかかってきて一個上と一個下とのOB会をするから俺たちの代に連絡をして欲しいといわれた。
  その後中学に行ったが目的の先生は重要な会議のために会えなかった。
  伝言を残してかえる。
  部屋の片づけはまだ終わらない。   

  3月15日
   今日は奈良教育大での奈高バスケ部の練習に参加する。
  ムロが迎えに来て駅に向かい、西大寺に自転車を翁らに向かう。
  バス停で待っているとちょうど他のメンバーと合流し、バスに乗って高畑で降りる。
  コンビニで自分用と差し入れようのアクエリアスを買い体育館に向かう。
  やった試合すべてにOBが出場した。
  しんどかったがおもしろかった。
  試合が終わった頃にはすでに太股あたりが筋肉痛になっていた。

  3月16日
   夜中の三時頃までMGS2をプレイしていたために起きたのが11時頃だった。
  普通に昼を過ごし四時前になって家を出る。
  中学の友人と食事をするためだ。
  一路奈良に向かいぶらぶらするが全然飲食店が見つからない。
  そしてまた西大寺に戻る。
  結局いつもの店に入る。
  友人はチューハイを頼み、俺は店員のお姉さんにラムをベースにして何か作ってとお任せする。
  出てきたのはピンクサロンというなのカクテルだった。
  飲みやすくおいしかった。
  おかわりの時も店員の意見を仰ぎチャイナブルーというカクテルを飲んだ。
  いつも通りのエビチャーハンなどを頼み、デザートは焼きバナナのアイス添え。
  バナナ春巻きの方がおいしいと思う。
  会計の時に目にとまった真空管アンプのことでしばらく店員さんと話をした。
  とても感じのいい人だった。
  その後現役の時に通っていた塾に受験の報告をし、キャノンに向かいビリヤードを1時間ほどする。
  なかなか楽しい一日だった。
  朝の四時までMGS2をする。

  3月17日
   あまり寝てない体を起こし一路高田に向かう。
  その日は母の車を洗車したり庭の木の枝を切ったりして過ごす。
  大学の入学書類の記入もする。
  相変わらず鉛筆指定の所をボールペンで書くというミスも犯す。
   帰ってくると親父が新しいプリンターを買って帰ってきた。
  俺はエプソンがいいし年末でいいじゃないかと言ったが親父はキャノンを買ってきた。
  以上       


 2001年3月10日 国立前期発表
  後期が残っている。
 三日後には一浪生活が終わる。
 
   一浪生活を振り返ってみる。
 努力というものをしたのだろうか。
 逃げ回ってばかりいた。
 そのため心の支えというものがない。
 先日私立にやっと受かり心ゆるんでいる時にジローの阪大合格を聞いた。
 再びぐらつき始めた心。
 もう一度浪人して上位校を目指すか?
 だけど、後三日なのに何もできず引きこもっている俺が浪という重圧に耐えれることができるのだろうか。
 そんなことを考えると机の前に座ることもできない。
 今は後期のことだけを考えるはずなのに・・・。

  窓からはいる太陽の光に誘われて何ももたず外にでた。
 自転車に乗っていた。
 団地を一周しムロの団地に向かう。
 ムロの所にいってもあわせる顔もないということに気づき、そのまま通り過ぎあやめいけ方面に向かう。
 蛙股池を横目に中学校を目指し曲がり角を曲がった。
 自動車教習所の前を通る。
 四年前、ムロと奈高の発表を見に行った帰りに通った道だ。
 それ以来通っていない。
 あのときは意気揚々としていた。
 今とはまるで違う。
 そこであった中学バスケ部の後輩におめでとうございますといわれていた。
 そのまま中学の体育館に向かったが誰もおらず門が閉まっていた。
 中学時代の友人の家に向かうが誰もおらず西大寺の方面へ向かい帰路につく。
 もう春なのだろうか、背中がぽかぽかと暖かい。
 
  バイクが欲しい。


 2002年1月1-2日
  新年あけましておめでとうございます。
 今年こそは大学生になりたいです。
 っていうか、絶対になります!!
 で、この肥満体とおさらばします。

  去年の大晦日は、相変わらずムロと一緒でした。
 紅白が終わった頃にムロがきて年を越すまで俺の部屋で雑談。
 その後恒例の菅原神社へ初詣。
 毎年必ずいる一真もいた。
 あと、お向かいさんもきてた。
 もう神頼み状態なので500円の賽銭を出して死ぬ気で祈った。
 隣の売店で絵馬とお守りをかわいい巫女さんから買う。
 帰りに門を出たあたりでお向かいさんとムロの両親と一番下の弟にあった。
 岡に会う。
  その後、初めて西大寺に初詣に行った。
 時間が結構遅かったから賽銭入れるところはすぐだった。
 200円ムロから気をもらって合計500円をまた払う。
 200円返して本堂に入りお守りと絵馬を買う。
 鐘を突こうと思って待っていたら泥酔状態のお兄さんが女の人にちょっかいを出していた。
 しばらくすると警察がきて連行されていった。
 タイーホが俺じゃなくてよかった。
  家に帰ると親父が出迎えてくれ、吟醸をついでくれた。
 普段ならムロは帰るのだが、今年は朝までずっといた。
 俺もそっちの方がうれしい。
 ケーブルでやってた初期ルパンやら、ガキの使いの松本罰ゲームなどをみて過ごしていたら朝になった。
 そしてムロが帰る。

  両親がおきてきて朝飯を食べるとすぐに高田に向かう。
 今年の元旦は高田に親戚一同が集まる予定。
 車にいろんな荷物と犬を乗せ出発。
 向こうに着き食事の準備などをして、風呂に入る。
 しばらくすると親戚が到着し、祖父も帰ってきた。
 デジカメやデジビデをフル稼働させる中和気藹々と食事が始まり、しばし楽しい時間を過ごす。
 いとこがキューブを持ってきたのでやってみたが小学生に惨敗。
 そんなこんなで願書を書き始めたが、保護者氏名の欄に自分の名前を書いたり、シャーペンか鉛筆書きの所にボールペンで書いたりと有り得ないミスを連発する。
 よって関大と立命の願書をまた取りに行く。
 同志社はちゃんと修正したから大丈夫・・・だとおもう。
 明日本屋に行ってあったら一応もう一部買おうと思う。
 昼はおせちだったが夜はかに。
 腹一杯になった頃にいとこたちが帰り、我が家も帰路につく。
 行きしなは眠くなかったが、帰りは数分すると熟睡していた。
 
  来年の正月はどうなるだろう。
 やはり洞川ですごすのだろうか。
 どっちにせよ大学生でありたい。
 センターまであと数日。
 だいぶ残っているレビューを仕上げよう。

  ちなみに俺宛に届いてる年賀状は3通だった。
 そのうちの一枚はいつもいってる散髪屋さんからだった。


 2001年12月31日  午前1時07分
  今日で2001年が終わる。
 はやかった。
 俺にとっての今年の重大ニュースシリーズ!!

 ・大学全滅
 ・奈高卒業
 ・河合塾入塾
 ・爪を噛む癖がなおる
 ・太った
 ・浪人してもあまり変わらず

 以上
 では、また今夜。


 2001年12月28日
  あと数日で今年が終わる。
 年が明けたら精神的にまいりそうだ。
 何とか耐え抜きたい。


 2001年12月13日
  今年も今月で終わりですね。
 早いもんです。
 また正月の初詣はムロ君と行きます。
 俺の中の予定ですが・・・。

  連日放送してるアフガニスタン情勢。
 何気なくみている映像だけど、現地では実際に人が死んでいる。
 たまに放送で死体が映し出されることがある。
 それはタリバン兵のものであったり、十代前半の少女のものだったりする。
 日本にいると、まず死体に出会うことはない。
 それが一層テレビの向こう側の出来事だということを認識させる。
  ある日、カメラが大空を撮した。
 空に雲はなく快晴。
 それは僕が日本でいつもみている空と一緒だった。
 そのとき、何ともいえない気持ちがこみ上げてきた。
 アフガニスタンだろうが日本だろうが、同じ地球。
 なぜか、外国に行きたくなった。
 タイやインドや中東に・・・。


 2001年12月6日
  なんかなぁ。
 今週で河合の平常授業が終わる。
 何やってたんだろう。
 今出願予定表を書きながらそう思う。
 しかも今になって女を好きになってどうするんだ。
 中村Tのいうとおりのバブルカップル丸出しじゃないか。
 情けねぇなぁ。
 精神的不安定になると異性を求めるのは本当ですね。
 受験生の終わり頃になると毎回同じことを繰り返してるような気がする。

  昨日知った新しい情報。
 京都大学は京大と略す。
 大阪大学は阪大。
 神戸大学はこの地方では神大で、大阪市立大学は市大、府立は府大。
 では、東北はなんと略すのか?
 
 「とんぺい」だそうだ。
 
 昨日聞いて目から鱗が落ちた。
 一瞬包丁とカンテラと思いだした人はFF中毒だね。
 FFといえば来年インターナショナル版がでるらしい。
 いろんな要素が追加されるらしい。
 俺通常版買ってまだ未開封だ。
 インターナショナル版も買えというのか?
 
 ちなみに現在未開封のゲームは、
 ファイナルファンタジー10(PS2)、ONI零(PS)、シェンムー2(DC)、AIR(DC)、ソニックアドベンチャー2(DC)、メタルギアソリッド2(PS2)、ゼノギアス(PS)、ファントムオブザインフェルノ(DVD)、ReNN(PC)。
  未開封DVDは、
 アルジュナ(アニメ)、カウボーイビバップ(アニメ)、アヴァロン(洋画)。
  開封したけどほとんどやってないゲーム。
 グランツーリスモ3(PS2)、エースコンバット4(PS2)。
 これらを全部しようと思ったら100時間でも足りませんな。
 金額を計算しても恐ろしい。 

  あと、バガボンドを読んでて思ったんだが、次の巻がでる頃には大方入試は決まってるんですね。
 でないで欲しい・・・。


 2001年12月2日
  ここ最近登校拒否状態が続いていた。
 先々週あたりの水曜に一度さぼった。
 それが癖になったのか今週の水曜からはさぼっていた。
 やばい、やばすぎる。

  今日はセンタープレ。
 一年前の俺は適当にやってホイだったが今日はまじめにやった。
 自分でも驚くほど集中できていたのだが、理科で切れた。
 化学は消しゴム転がし状態。
 あと、飯食った後の英語も眠くて過去最低をマーク。
 今回は国語がよかったかな。
 俺のよかったは皆からすれば最低なんだけどね。

  ちなみにジローに負けました。
  
  今後の対策としては、日本史をもう一度八割台にまであげる。
 古典で半分を切らない。
 現国の一問目をとけるようにする。
 漢文は中村式を使わない。
 数学理科は徹底的にやり直す。
 英語は長文で眠らない。
 語彙の再チェック。
 文法の復習。
 そんなところですね。

  センターまでもう時間ないですね。
 っていうか2001年が終わるんですね。
 


 2001年11月11日
  高田を引き上げて戻ってきた。
 荷物が予想以上に多く、部屋の中をだいぶ整理した。
 受験が終わったら本格的に行いたいと思う。
 高田は良かった。
 いろいろと。
  昨日はツタヤで六枚ほどCDを借りてきた。
 部屋にコンポをセッティングして聴く。
 いい感じ。

  センターまで70日を切った。
 センター以外にもやらなければならないことがたくさんある。
 切り替えよう。
 みんなでまたバスケや飲み会をしたい。
 今みたいな劣等感を持ったままは嫌だ。

  現在受験する予定の大学は、東北大学、関関同立、近大、府大。
 来週末に東北OPがありその五日後に神大OP。
 来月初めに河合のセンタープレがあり、16日に駿台のセンタープレ。
 その一ヶ月後に本番。
 がんばらな。

  追加。
 腰が痛い。
 最近急に気になりだし、今ははっきりと痛いと判る。
 現役のとき、鼻を折ったり捻挫したり脱臼したりしたけれど、みんななっていた腰痛になることだけはなかった。
 なぜ今?


 2001年11月4日
  わかり切っていたことだが、妙に時間が経つのが早い。
 センターまであと70数日?
 あああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ。
 悶絶ですわな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 センター失敗したら東北大に向けて勉強し始める小論文も無駄になるわけで・・・・・・・・・。
 まぁ、がんばりましょうかな。
 


 2001年10月18日
  もしかしたら、実家の方に戻るかもしれない。

  今日はリフレッシュ休暇。
 河合塾には何日かそういうお休みの日がある。
 しかし・・・、登校。
 英文法の補講と、午後からはセンター対策。
 
  センター対策は何かの過去問だった。
 英語はぼちぼち、数学壊滅。

  帰ろうと思い階段を降りると、偶然にも駿台組のバスケ部に会う。
 ソウシ、平部員、キラー、期待の星、この四人はこのページの主要メンバー。
 あと、大輔氏。
 話を聞いていると、やはり皆頭がいいようだ。
 キラーが京大A判定でたと聞いた時は真剣に驚いた。
 ジローが阪大受ける時いた時も同様。
 東北大が阪大と同じレベルと聞いた時は絶句。
 AOでできるだけ逃げ切る。
 
  トップにパンドラのバナーをはる。
 今日はしんどい。


 2001年9月28日 土曜に学校に用事のため帰省 たまってたメール数106通(重要なメールは十通にも満たない・・・)  トップカウンタ15748  BBSカウンタ18434
  完成シリーズが始まって、はや三分の一が過ぎた。
 ちなみにもう冬期講習の先行申し込みが終わった。
 これからは時間が過ぎるのはむちゃはやいのだろう。
 医学部を目指すもの、阪大を目指すもの、神大を目指すもの、東北大を目指すもの、京大を目指すもの・・・。
 来年みんな笑えたらいいなと思う。
 第三回M谷会、バスケ部OB会、たのしみです。
  昨日物理の先生に聞いたら、東北大は冬期講習物理ハイレベルじゃないといけないそうです。
 阪大よりもレベル高いらしいです、物理に関しては。
 阪大の物理は最近は簡単らしい。
 あくまでも塾の先生の意見であって、俺の意見ではありません。
 目指す学科はどの大学でも物理重要です。
 その割りに物理弱いです。
 今志望している東北大はおもっきり物理出してきます。
 冬期始まるまでに物理上げます。

  この一ヶ月で新しい人が二人来た。
 一人はバスケ部同期の熱血男。
 信用のおけるいい男。
 もう一人は大阪の方で、成人らしい。
 こんな所ですが、これからもよろしくお願いします。
 このように実家にいない時は基本的に携帯からチェックという形になり、レスもあまりつけれませんが、実家に帰省したらしっかりレスつけさせていただきます。
 
  話は変わって、恋愛というものは恐ろしいもので男の生き方を変えてしまう。
 最近俺の身近にそういういい例があった。
 まあ昨日ものの見事に散ったのだが・・・。
 ご冥福をお祈りいたします。
 これを期に彼は京大クラスにレベルアップするかも?
  で、彼がどういう風に変わったかというと、まず趣味。
 以前はあまり人に大きな声でいえない趣味をお持ちで、部屋に入ったWONIとKが驚愕したらしい。
 驚いたのではなく、驚愕。
 すさまじいってことね。
 その趣味を一掃してしまった。
 カリスマ的存在だったのにもったいないことだ。
  二つ目は風貌。
 まず、髪の毛の色が変わった。
 あそこの家は結構厳しいみたいだし、彼も茶髪に関して現役時に厳しい事を言ってたような気がするのでしないだろうと思ってた。
 でも茶色くなってしまった。
 服のセンスも結構良くなり、眉毛も剃っていた。
 
  恐ろしいですね、恋愛の力は。
 彼の恋愛をみて、告白するよりも友達の関係の方がうまくいくこともあるのではないかと思ってしましました。

  あとはまぁ雑感なのだが、予備校で午前中に制服を着た連中をみることがある。
 どうやら現役生。
 先日、朝のエレベーターの中で自習室の管理人さんが、「学校はどうしたんや?」と聞いていた。
 「いや、一限目体育なんですよ。」
 俺は思った。
 「なんの理由にもなってねぇ。」
 現役の特権は高校に通えること。
 なんかこいつらむちゃもったいない事してるなぁとおもった。
 現役はもっと高校にいることをありがたいと感じるべきだと思う。

  もう一つは夜に外で浪人の男とたまってる現役女子高生。
 河合に来てるけど、外観は明らかにお馬鹿さん。
 まぁねぇ、人それぞれだからいいのかもしれないが、河合が閉館してからも玄関前でたまるのはどうかと思います。 

  センターまでもうすぐ100日切ります。
 浪人は必死こいてやりましょう。
 現役は最後の高校生活を満喫しつつ勉強がんばってください。
 では!!


 2001年9月2日 夏終了
  夏が終わった。
 みんなが言ってるようにあっという間だった。
 マークが終わってから、糸がぷつんと切れたように勉強できなくなった。
 かなりやばいと思っている。
 しかも、必須教科の物理がかなり危ない。
 一昨年より少しは学力は伸びているが、このままでは危険。
 完成はずっと自習室こもって勉強するつもり。
 目標は学力さらにアップ!
 そして、Z3のトップになる!
 ちなみにマークは一回目は7位、二回目は9位ぐらいらしい。
 記述は最悪のため、ランク外。
 他の同窓生がかなりいい成績を残しているためにかなり悔しい。
 そして、なさけない。
 化学がおもしろくなってきたと言っても、所詮はまだまだ。
 数学は演習量不足で、マークでは時間が足らない始末。
 古文は相変わらず。
 漢文は中村式になれず。
 現国は波。
 物理は想像。
 英語は勢い。
 社会は唯一まともに解ける。
 といっても、N氏や上総の足元にはとうてい及ばない。
 
  でも、やるしかない。
  多浪は嫌だ。
  もう一度過去の余裕を取り戻したい。

  明日からまた高田に行く。
 もう一度初心に戻ってがんばります。
 では。
  


 2001年8月27日  部活参加 肉体大破・・・
  これを書いてる時点で、二十八日の零時十四分。
 しんどい・・・
 明日は熟語テスト。
 いけるかな?
 
  今日は皆知ってるとおり、奈高に行って部活に参加した。
 死んだ。
 でもおもろい。
 体力があったら現役にもまけん!!って豪語してたら、横のカウに前とかわっとらんと言われた・・・。
 もうなんて答えたらいいやら・・・。
  現役の練習の横で、OBがワンゲームして、そのあと現役と一緒にスリーゲームした。
 もう最初の試合の五分でばてばて。
 みなさん、ご迷惑をおかけしました(ぺこり)。
 よくもまああんなしんどいことをやってたもんだなとつくづく思う。
  で、六時過ぎまでいて、それから自販機のところでみんなでしゃべった。
 その後、新大宮の「さと」で飯を食った。
 板にも書いたけど、チャリ組の俺はみんなの部活以外で過ごす時間があんまなかったから、こういう時間は結構うれしかったりする。
 結構長い間そこにいた。
 その後一人で夜の平城京を、チャリで帰った。
 
  やっぱ、奈高はいい。
 浪人だからか?
 大学に入ったらこの感覚はなくなるのか?
 俺はなくなってほしくないと思う。
 あの部活が終わってくたくたの黄昏時に、自販機の横で座っている時の安息感。
 お世話になった先生にあった時の安息感。
 体育館にいる時の安息感。
 安息感だらけだったりする。

  ただいま、夜中の一時四十七分。
 死亡決定
  


 2001年8月26日 翌日部活参加のため メール23通 ヒット数不明
  そんなに間をあけずに帰ってきた。
 最近やばい。
 勉強に集中できなくなってきた。
 塾に行ってないからか?
 家でもできると思ってたのが甘かったのか?
 
  受験まであと少し。
 量をこなしてがんばろう。


 2001年8月21日 約一ヶ月ぶりの帰省 メールは125 ヒット数は忘れた・・・多分14835ぐらい
  この一ヶ月いろいろなことがあった。
 まず、一つ年をくった。
 小学生や中学生の頃は、早く年をとりたいと思っていたが、18をすぎてからはあまりそうは思わなくなってきた。
 これってあれですか?
 一年の時に習った、モラトリアムとかいうやつ?
 ちがう?
  今下を見たら、このページで三回も誕生日を迎えてる。
 ちなみにこのPCも今月で三歳です。
 当時は結構新しかったのにねぇ・・・、ロースペックな部類に入るんでしょうか?
 
  もう一つは、河合の夏期講習が全部終了した。
 あっちゅーまだった。
 果たして力が付いたのか?
 ついてないと困る。
 朝早くに起きて、地下をとって勉強した。
 大阪校まで行って、帰ってくるのが十時半頃になった時もあった。
 しんどかった。
 だけど周りを見てると俺以上のことをみんながやってる。
 改めて現役の時にしっかりしておけば良かったと思う。
  最近うれしいのは化学の問題の意味がわかるようになったこと。
 現役の時はモルすら知らなかった俺。
 っていうか勉強しなかった俺。
 テストが始まると同時に睡眠開始。
 そんなだが化学がわかるようになった。
 うれしい。
 あとは物理。
 そして、数学の演習量。
 英文法、古文漢文・・・全部じゃん。

  愚痴になるのだが、河合に来ている生徒でお前らほんまに勉強してんのかい?って奴等が多数いる。
 俺を含む・・・。
 ある意味、河合塾にとけ込めてない俺の羨望かもしれない。
 友達もほとんどできてないし・・・。
  堂々と玄関でたばこ吸ってるし、髪の毛は茶色や金髪がいるし、室内だってのに帽子かぶったりサングラスしてたりするし、挙げ句の果てにはタンクトップ!!
 タンクトップに銀のネックレスして黒のサングラス。
 こんな人たちがいるんですよ。
 厚底はいて、金髪で鼻ピアスな女性もいますしね。
 鞄の中にシャネルの香水を入れてる男もいる。
  地下の自習室の外のちょっとしたスペースでは、終日軽めの人たちのたまり場。
 教科書やノートが広がってるのはいいとして、なぜかそこにお菓子やらマンガやらが広げられている。
 しかも、夏っすよ、夏!!
 受験の天王山と言われてる夏、サマー!
 彼らがM先生のいう私文のあほでしょうか。
  文系といえば、昨日親父に成績表見せたら、お前文系の方がいいんちゃうんかと言われました。
 浪人の夏にいわれてもねぇ・・・。
 現在目標は阪大、最低でも同志社!!
 ただ、急激に東北大に傾きつつある。
 実力はないけど、興味がある。

  外はえらいことになっている。
 台風ですわ。


 2001年7月20日 約一ヶ月ぶりに中学の同級生と西大寺のパオルーツにて食事のため実家に帰る メールは131通  ヒット数14218&16480
  一ヶ月ぶりの実家。
 俺にもいろいろある・・・。

  今日は一限目の補講のため河合に行き、そのあと前に掲示板に書いたように映画に行った。
 今日観たのは、ジブリ作品の「千と千尋の神隠し」
 ちなみに今日、七月二十日が初日。
  最初は奈良の友楽に行く予定だったのだが、夕方のニュースで関西初の上映方式で千と千尋の上映をする映画館があるというので、梅田スカラ座まで足を運んでみた。
 ノーフィルム上映。
 くわしくはここ
 映画館と配給元を光ファイバー回線でつなぎ、データの転送を行って上映するということ。
 インターネットでやってるリアルプレイヤーとかのストリーミング再生の、もっともっと高度なものだと考えてもらったらいいと思う。
 この方式の利点は、流通のコスト削減、品質の劣化がない、などらしい。
 そして、もともと千と千尋がフルデジタルの作品なので、そのままの品質で観れるというわけ。
 ま、そんなことをいわれたらミーハーな俺としては行くしかないわけです。
  で、上本町から地下鉄で東梅田まで行って、そこからてくてくとナビオまで歩く。
 梅田は行ったことがほとんどないから迷子になりそうだった。
 三回目の上映の約二時間前ぐらいについた。
 でも、次の上映に対して列ができていた。
 指定席は全て完売。
 で、友人Kといろいろと時間をつぶしていた。
 時間が経つにつれてどんどん人が増えていく。
  二時間待っていよいよ劇場への扉が開いた。
 WONIはよく知ってると思うが、俺は映画は最高の場所で観る。
 とにかく真ん中。
 何が何でも真ん中。
 その為には何時間でも待つ。
 で、開いた瞬間に走り、前が詰まっていると後ろの列に座席を飛び越えて移り、鞄を投げて席を確保。
 そして、その横に後ろの列から椅子を飛び越えてきた俺が座って友人の分を確保。
 誇張しているようだが、事実。
 WONIやK君に聞いても真実だと答えるだろう。

  で、感想。
 二時間待つ価値ありです。
 最高にいい。
 「どうせアニメだろぉ。」
 そう思うやつは行かなくてもいい。
 ただ、確実に損をするよ。
  とにかく良かった。
 画質、CG、音楽、シナリオ、どれをとっても流石と感心する。
 CGは、もうすごくうまい具合に取り入れられている。
 水面の絵や、CMでもでてくる千尋に向かって館の下から空に向かって猛スピードで昇っていくシーンとかね。
 花の中を走るシーンも圧巻。
  シナリオは肩の力を抜いて楽しめる。
 細かい笑いも入っていて、これがまたかなり笑える。
 もちろんぐっとくるシーンもある。
 沼の底とかね、いいよ。
 あと、釜爺の「わからんのか。愛だよ、愛。」
 うまい。
  個人的にあのどこか懐かしいような雰囲気が好きだったりする。
 吉野の田舎で親戚が旅館をしていているんだが、その雰囲気と油屋の従業員の宿舎がなんか似ている。
 それに電車のシーンでもいろいろと感じるものがある。
 あの乗客達はどこに行くのか?
 あの踏切、あの町は何?
 等といろいろと考えさせられてしまうのである。
 
  AIは前評判だけという噂をちらほら聞くが、千と千尋はほんまにいいよ。
 だまされたと思っていってみ。
 観終わった後気持ちいいから。
 ただ、次回のかいには腐るほど人間が並んでいた。
 ま、初日だしね。
  千と千尋に関してはまだまだ感動を俺のつたない文章では伝えきれない。
 本当に見に行くことをおすすめする。
 子供よりも大人の数の方が多かったから、別に恥ずかしくはないよ。
 
  個人的にこの映画関係には約一万もの出費をしてしまった・・・。
 節約生活開始です。
 今はサントラ聴きながらこのページ更新中です。


  世の中にはパンドラの箱というものがある。
 あけてはならない箱・・・。
 ・
 ・
 それが今目の前にあったりする。
  先日、7月19日は、ゲーマーなら絶対に買うであろう、某四角社の最期の幻想の新作の発売日。
 もちろん予約してあるのである。
 最初今日帰ってくる予定はなかった。
 だが、帰ってきてしまった。
 目の前には未開封の宅配便の箱。
 あけたら最期、80時間かけてクリアしてしまいそうな気がする・・・。

  あと今日、市大にいってる中学の時の友人やその他と食事をしたのだが、どうもそいつが所属しているオーケストラ部に奈高の先輩がいるらしい。
 奈高では吹奏楽だったらしい。
 で、肝心なのはここから。
 どうもその人が俺のことを知ってるらしい。
 バスケ部のMといったら俺しかいない。
 いや、ほかにもいるんやけどね。
 で、なんとその人が奈高で部活をやってた時に、遠巻きに俺の練習姿を見ていたというではないか!!!!!
 あぁ、、、、、、何でそういうことを現役の時に知らせてくれないのだろう・・・。
 全く気づかなかったよ、そんな熱い視線には。
 俺も捨てたもんじゃなかったのか・・・。
 


 2001年6月22日 約一ヶ月ぶりに歯医者のため実家に帰る たまってたメールは171通  現在ヒット数13515&15758
  約一ヶ月ぶりに実家に帰ってきた。
 やっぱ、自分の部屋は落ち着く。
 下宿先の祖父母の家が落ち着かないというわけではないのだが、自分の部屋にはある種独特な安堵感を感じる。

  河合の基礎シリーズもいつの間にか10講目。
 あと2講で基礎シリーズ終了。
 いつの間にこんなにも時間がたったのやら・・・。
 ほんまに浪人生活は時間が経つのが早いです。
 H先輩がいってたとおりですね。
  
  今は7月18.19日のサクセスが目標。
 これで完成シリーズのテキストレベルが決まる=志望校が決まる、といっても過言ではないためにかなりやばい。
 浪人したからには、今年あきらめた私立や国公立を受験して受かりたい。
 最近ダレ気味だからもう一度気合いを入れ直そう!

  で、このページをみてる現役生がもし、もしいたとしたら一つアドバイス。
 どれもこれも河合の講師がいったことです。
 まず、予備校は河合にしろ。
 ま、賛否両論ですわな。
 ちなみに、漢文のN先生は最強(最凶?)です。
 河合の漢文講師ランクトップだそうですが、授業を受けるとそれも納得できます。
 夏の講習の時にでも一度受けてみてください。
 漢文に対する価値観が変わります。
  あと、現国の参考書について。
 駿台のは難しすぎるからやる必要なし。
 代々木のは講師別にでてるはず。
 ただ、その本に載っている問題は、その講師の理論で解けるものばかりを集めてあるがゆえ、ほかの問題で役に立つかどうかは疑問。
 だそうです。

  この一ヶ月の間に映画を二本観た。
 「メトロポリス」と「ハムナプトラ2」。
 もちろん相手は二回とも男の子。
 結構良かった。
 次は八月の終わりにジュラシックパーク3を観に行く予定。
 A・Iは時間の都合上無理かな。


 2001年5月13日 三週間ぶりの実家 たまってたメールは127通・・・ 現在ヒット数12570&14942
  三週間ぶりに実家に帰ってきた。
 前に書いたこととかぶるが、予備校はしんどい。
 俺の場合は予習だけでいっぱいいっぱいになる。
 もっと勉強しておけば良かった。
 そんなことを思ってたりする。
 でももう遅い。
  下宿先は何もない。
 予備校から帰ると飯食って勉強する事以外何もない。
 あと、二日おきぐらいの寝る前の筋トレ。
 腕立て100回、腹筋50回、背筋50回、そしてプロテイン。
 もちろん下半身はぶよぶよ。
 ほんまにしんどいです。
 でも、来年のことを思ってがんばってます。

  昨日、5月12日は後輩のインハイ予選の第一試合だった。
 試合会場は耳成高校。
 午後から予備校があるため、二回戦は観戦できないだろうなと思っていたら寝坊してしまい、一回戦すら観戦できなくなるところだった。
 耳成駅でソウシにあった。
 同じ電車だったようだ。
 彼は差し入れを持っていた。
 俺も何か買ってこれば良かったと思った。
  しばらく走ると遠目に怪しげな二人組が見えてきた。
 近づいてみるとソウシが言ったとおり、副キャプと平部員だった。
 見知らぬ人の家の前で下を向いて何をこそこそしてるのかと思ってのぞき込んでみると、彼らはイチゴの箱を縛りなおしていた。
 どうやらほどけたようだった。
 品種はとよのか。
 差し入れを数多く見てきたが、イチゴをいうのは初めてだった。
 ちなみに、お値段のほうもお高かった。
 その時に前々からいっていたライカ全巻を平部員から譲ってもらった。
 どうも有り難う、平部員。
 その日のうちに読破させてもらったよ。
 俺も天の龍を受け入れる儀式を行いたいものだ。
  ほのぼのとした田舎道を歩き、やっと耳成高校に着いた。
 案の定試合は始まっていた。
  ・・・
  絶叫していた。
 勉強ばかりの平凡な日々を過ごすことが多かったためか、何か吹っ切れていた。
 みんながんばっていた。
 コートの中にいる人間も、ベンチにいる人間も、そして観客席にいる人間も。
 これが部活なんだなぁとしみじみと感じた。
  ハーフには下に降りていった。
 現役時にはたいした活躍もしてない俺だけど、後輩に勝ってほしかったから、できる限りの知識を総動員させてアドバイスをした。
 だが、健闘もむなしく負けてしまった。
 それでも最後にあれだけの点差を縮めたのだからすごいと思う。
 これからは二つ下の時代か。
 同じ中学のやつもいるしがんばってほしい。

  で、日にちが変わって今日。
 朝からクレヨンしんちゃんの映画を観てきた。
 おそらく題名を聞いて笑う人もいるだろう。
 っていうか、絶対にいる。
 現に昨日笑われた。
 昨日友人と観る予定だったのが、いろいろと予定が狂ってしまい、今日一人で観ることになった。
 ちなみに俺の周りは子供ばかり。
 小学生らしき男四人と、幼稚園児が7.8人。
 そして、保護者。
 なんともいえない恥ずかしさを胸に席に座ってました。。
  で、内容。
 泣きました。
  本当に泣いてしまった。
 冗談抜きで。
 これから先、テレビで放送することもあるだろうから是非観てほしい。
 三回程泣いてしまう場面がある。
 おれだけかな?
 映画の概要は、ここをみて。
 個人的なお気に入りは、ひろしが正気に戻るシーン。
 あれはこの映画の中で一番感動するシーンだった。
 もうこのシーンだけでも観る価値は十二分にある。
 俺はこの手の父子の場面に弱いようだ。
 ディープインパクトしかり。
 もしこの内容と同じようなことが子供を持った俺に起こったら、俺は過去にいってしまうだろうか?
  ちなみに映画館で小さい子と共に観てて思うことがあった。
 果たしてこれは子供向けの映画だと言い切れるのか?
 ご存じの通りクレヨンしんちゃんというのは子供向けお笑いアニメである。
 ですが!
 この映画の中には少なくとも中学以上の人間じゃないと笑えないシーンが多々あるのです。
 たとえば、最初のシーンで万博のソ連のパビリオンが怪獣に壊されるシーンがあるんです。
 そのシーンでのひろしの台詞。
 「うぉー、ソ連が崩壊したー!」
 わかりますか?
 絶対に子供にはわからんねたですね。
 
  ちなみに現在鑑賞を予定している映画は三本。
 メトロポリス、カウボーイビバップ、ジュラシックパーク3。
 わかるかな?
 パールハーバーは絶対に観に行きません。
 
  ちなみに家に帰ってからはパソコンとグラ3オンリー。
 やっぱいえでは勉強できません・・・。


 2001年4月23日 歯医者の為帰省
  約一週間ぶりに実家に帰ってきた。
 やはり実家は落ち着く。
 そして、気が抜ける。
 向こうでは勉強しかすることがない。
 ほかにすることは全くない。
 自分の部屋にテレビもなければ、ゲームもない、CDもない、そしてもちろんPCもない。
 唯一の楽しみは、家を出る前に見るおじゃる丸だけ。
 あと、月曜の犬夜叉。
  
  下宿先の土地には、未だ慣れない。
 心なしか、皆冷たいような印象を受ける。
 それにうるさい。
 休みの日などは耳栓なしでは勉強できない。
 実家の団地が割合静かなせいか、ちょっとした子供の遊ぶ声にも反応してしまう。
 しかし、それでも向こうにいる価値はある。
 格段に勉強するようになった。
 高校三年間以上に・・・。
 これが習慣になればと思う。

  河合はしんどい。
 まず、チャリ通から電車通学になった。
 向こうに九時前につくように電車に乗るから、当然のごとくラッシュにあう。
 30分間ずっと立っているのはしんどい。
 それに、心なしか、南部の人はマナーが悪い。
 おもっきり偏見。
 ただ、本当に若い人のマナーはあきれるほどに悪い。
 おもっきりウォークマンから音漏れはする。
 女は平気で混雑している車内で化粧をする。
 携帯がかかってきたら、放送で自粛するようながしていても通話する。
  向こうに着いてからもしんどい。
 一講座あたり90分授業。
 集中力がまだ続かない。
 特に一限や昼食後の三限は睡魔との格闘になる。
 たいがいは敗れ去る・・・。

  こんな生活もあと一年も続かないだろう。
 来年の今頃は笑って大学に通っていることを願う。


 2001年4月14日 ハンニバル
  今日は春期特別講習の最後の日。
 受講科目は数Vの積分。
 普通の奈高生なら寝てても解けるような問題を、私の場合は特別なので受けてみた。
 二講連続だった。
 そして、今日はWONIと二人でハンニバルを観に行く約束をしていた。
 彼が大学は3時ぐらいに終わると言っていたので、それまで地下ブースで自習するつもりだった。
 授業を一緒に受けていた陸部のキャプテンと吉牛で昼食を取り、ブースに戻って自習を始めようとした時、携帯に入っていたメールに気づいた。
 WONIからのメールで、何でも大学が早く終わったもよう。
 その時は1時だったので、彼の移動時間も考えて1時30分に難波の改札口で待ち合わせることにした。
 キャプテンに挨拶をし、河合をでた。
 二駅分の切符代を払うのも何だったので、難波まで歩いていった。
 河合から日本橋まで地上を歩き、日本橋からは地下を歩いた。
 そして、待ち合わせ時間ちょうどについた。
 ところが彼はまだ来ていない。
 携帯を見ると、いつの間にか彼からメールが入っていて、なにやら少し遅れるようだった。
  
  遅れること17分、彼が到着した。
 今日の目的は三つあった。
 まず一つは、今話題のハンニバルを観ること。
 そのために前日羊たちの沈黙をDVDで借りて鑑賞した。
 西大寺においてなかったので、自転車を必死こいてこいで、友人のカードを借り北学園前まで行って借りてきた。
 二つ目は、俺の新しいスニーカーを買うこと。
 今履いてるエアマックスがぼろぼろになってきているからだ。
 最後は、夕食をおいしいお好み焼き屋で食べること。
 昨晩ネットで一時間かけておいしいお好み焼き屋を調べた。
  彼が大阪を知らないと言うので、俺も知らないがとりあえずいったん南下し、高島屋から北上することにした。
 まず、映画館に行きチケットを買った。
 予備校生はどうなるんですかと聞いても無視され、むかついたので一般で入った(?)。
  次はスポタカ。
 スニーカーを探したが今ひとつ。
 で、もう一件昨日調べておいた、バルの並びにあるナイキの直営店に向かった。
 そこでさんざん悩んだあげくに、エアメタルマックス5?とか云うような靴を買った。
 サイズも悩んだあげくに28にした。
 ちょっとぴったりしている。
 トレーニング等で走ることを考えたらちょうどいいかなと思い決定した。
  購入後ぶらぶらしながら映画館に向かった。
 映画館はSY角座
 上映開始時刻は16時30分。
 約一時間前に入場した。
 何人か待ってる人もいた。
 16時をすぎたあたりから列を作り始めた。
 で、入場。
 いい席のためには一時間並ぶこともいとわない俺。
 指定席の二つ後ろのど真ん中をゲットした。
 で、映画が始まった。
 音響は思ってたよりも普通だった。
 で、感想。
  えぐい
 ただそれだけ。
 あと、レクター博士は渋い。
 人を殺すのに銃などを使わず、芸術的に殺す人。
 R15だけあって、本当に気持ち悪かった。
 一人の人間だけではなく、全員の殺し方が気持ち悪かった。
 ラストは本当に気持ち悪かった。
 WONIいわく、えぐいだけ。
 ストーリーはいまいちだそうです。

  映画を観たあとに、夕食を食べに向かった。
 リストアップしてる店は、「千房」と「ぼてじゅう」と「味乃家」。
 一番近い千房をのぞいたら、だいぶ並んでいたので次の「ぼてじゅう」にむかった。
 行く途中の雰囲気は、福岡合宿の時に迷い込んだ中州に似ていた。
 わかる人にはわかるとおもう。
 すいていたのでそこに入った。
 モダン焼きと明石焼きを食べた。
 ちなみに明石焼きは一人前たのんで二人で半分こ。
 結構おいしかった。
 ただ、中が少し、ほんの少し水分が多いかなとも思った。
  次にハードロックカフェかスターバックスのどちらに行こうかと相談した。
 ハードロックカフェの場所を知らないので、行く途中に見つけたスタバーにした。
 しかし、道を間違えて心斎橋の方面に行ってしまった。
 もと来た道を戻り、途中でバーチャ3に乱入して二連勝し、三戦目に惨敗。
 スタバーには初めて入った。
 いい雰囲気だった。
 まず最初に席を取りに行った。
 WONIに席を取っておいてもらい、俺が一階に注文しに行った。
 彼はカプチーノのトール。
 俺はブルーベリーのパンみたいなやつとエスプレッソフラペチーノ。
 シェイクみたいなやつだった。
 甘くておいしかった。
 機会があればまた行きたい。
 もうすぐ学園前やJR奈良駅前にもできるそうだ。
 ヤフーで検索すると何件かヒットするので一度調べてみられることをおすすめする。
 スタバーのコーヒーの種類とか載っていてなかなかおもしろい。
 ただ、しばらくは行くことはないだろうと思われる。
 その後は普通に難波から快速に乗り奈良まで帰ってきた。

  明日でこの部屋ともお別れだ。
 思う存分PCを楽しんでおこう。
 また23日に歯医者行くから帰ってくるが・・・。


 2001年4月6日 サクセステストとオタク達
  昨日今日と河合塾でサクセステストと云うものがあった。
 選択したコースの中でさらにクラス分けをするそうだ。
 今の実力では下の方のクラスになることは間違いないだろう・・・。
 夏のサクセステストで挽回できるようがんばりたい。
 で、テストに緊張するかと思ったが、テストよりも隣の女子に緊張した。
 最近女子の近くにいることなど無かったのでとても緊張した。
 
  今日はテストが終了したあと数人の仲間達と日本橋に行った。
 俺は日本橋のことを親しみを込めて「ばし」とよんでいる。
 主な使い方としては、
 「どう、テストも終わったしこれからばしる?」
 等がある。
 ちなみに元委員長は難波のことをばーなんとよんでいた。
  で、日本橋まで徒歩で行った。
 いつもは衝動買いをしてしまうから、今日は我慢しようと思ってた。
 しかし、財布の中には一万円が入っていたからさぁたいへん。
 ホワイトアウトのDVD初回版の前で20分ぐらい悩んだ。
 今日は特に目当てもなかったので友達とぶらぶらするだけだった。
  ただ、今日はいつも気づかないことに気づいた。
 日本橋にいる人間は濃い!!
 なんかやっと気づいたという感じ。
 とにかく半端でなく、変!!
 態度、行動、話し方、顔、服装。
 一度行ってみたらまじでびびるとおもいます。
  日本橋の一角にある本屋がある。
 まあ、桁外れにいろんな意味ですごい店である。
 で、いつもよんでるゲーム誌を買おうと思いならんでいると、なにやら前の人で止まっている。
 よくみていると、あからさまにオタク系。
 ひょろりとした体で、小学生が塾に行くのに使ってるようなリュックを背負っていた。
 レジの上には成人誌の山。
 雑誌ではなく、ちゃんとした本だった。
 しかも一冊ではなく10冊ほど。
 全部積み重ねていたから、高さはゆうに30Cmを越えていた。
 値段も5000円を超えるのでは無かろうか?
 エロ本だけで・・・。
 なんともいえないむなしさを覚えながらレジで待っていると、奥から店長がでてきた。
 身分証提示を求められていた。
 案の定そんなものは持っていなかった。
 「もうしわけありませんが、身分を確認できるものを提示していただけないとこの商品を当店としてはお売りすることはできません。」
 と、丁寧に断っていた。
 ちなみに、レジの前に雑誌の立ち読みスペースがあるので10数人の人間がその後継を目にしてほほえんでいた。
 俺もああはなりたくないと思った。
 日本橋を歩いていて、初めて怖くなった今日だった。


 2001年3月23日
  昨日友達とUSJに行って来た。
 友人の親がプレビューチケットを当て、それに俺を招待してくれた。
 映画好きの私はその電話を受けた時二つ返事でOKした。

  午前6時20分、目が覚める。
 彼が来るまでもう5分もない。
 誰も起こしてくれなかった。
  彼が10分ほど遅れて来た。
 予定通り西大寺を54分の電車に乗り鶴橋まで行き、外回りで西九条。
 そこで乗り換えてユニバーサルシティ駅まで行く。
 駅は新しく、そして綺麗だった。
 とりあえず、もんの前で写真を撮る。
  開園一時間前にもかかわらずチケットブースには列ができていた。
 チケットブースはほかにもたくさんあった。
 チケットと招待券を交換したら、あのユニバーサルのボールのモニュメントの前で写真を撮る。
 で、今度は入場ゲートに並ぶ。
 開園30分前なのに入場ゲートが開かれた。
 どうしてかなと思いつつ、目的のT23Dに向かって走る。
 早速係りの人に注意された。
 途中まで行くと人がたまっている。
 そこからさきは9時にならないといけないらしい。
 うまく考えたものだと思う。
  係りの人が再三走らないでくださいというのに、9時になると同時に皆走り出す。
 T23Dの前で子供が倒されていた。
 で、期待すべきT23Dが始まった。
 映像はすごかった。
 ただ、ラスボスがでてきたとたんシステムのエラーで上映が中止され、外に出されたのには腹が立った。
  次にバックトゥザフィーチャーに行った。
 何分かは忘れたが結構待った。
 とてもおもしろかった。
 外にデロリアンが展示されていたので写真を撮る。
 陽気な外人の兄ちゃんともとった。
  その後ジュラシックパークザライドの予約をしようと思いその方面に向かった。
 アトラクションは1時間45分待ち、予約券をもらうのには30分待ちだった。
 その後、ウォーターワールドをみた。
 迫力が全然違った。
 スタントもすごければ、爆発におけるエフェクトもすごい。
 音が半端でなくでかく、そして熱波と衝撃波を感じることができた。
  ジュラシックパークのラストシーンでラプトルとTレックスが戦った場所を再現したディスカバリーセンターで昼食を取り、ぶらぶら歩き出す。
 そして、バックドラフトに並んだ。
 1時間ぐらい並んだと思う。
 本物の炎だった。
 爆発によって水が飛び散る。
 ガス臭く、そしてあつかった。
  その後、もう一度T23Dに一時間かけて並び直し、アニマルアクターやジュラシックパークザライドに乗った。
 JPTRは短かったが、落ちる時はしぬほど叫んだ。
 席は一番前の真ん中だった。
 俺はそんなにぬれなかったが、となりの友人はびしょぬれだった。
 落ちている時の写真を買った。
  ウエスタンのアトラクションや、ほかのものをみて、夕食。
 手違いのせいか、メインディッシュがくるまでしぬほどの時間がかかった。
  その後、夜のハリウッドマジックをみる。
 ディズニーランドでいうところのファンテリュージョンみたいなもの。
 これも圧巻だった。
 アメリカ人の感性のすごさを感じた。
  その後おみやげをしぬほど買った。
 電車の中では疲れ果てていた。

  今日はその疲れのせいか14時前まで眠りこけていた。
 ただ単に起きるのがめんどくさかっただけでもある。
 その後ファミリーに行き、スラムダンクの豪華版2冊とCDの取り寄せをして帰った。
 豪華版はちょっと高い・・・。
 もうそろそろPCを片づけて勉強を始める。


 2001年3月12日 二次試験後期日程
  今日は後期試験だった。
 受けた大学は前期と同じ。
 そして、同じ学部。
 後期は数学一教科だけで、二時間半のテストである。
 昨晩早く寝たせいか今日は以外にも早くに目覚める。
 ただ、ちょっと寒くておなかの調子が悪かった。
  普通に起きておじゃる丸を観てからちゃりで西大寺に向かった。
 乗る予定の電車にはぎりぎり間に合った。
 普段ちゃり通なので、なれない満員電車に少し酔ってしまった。
 しかも後ろのおっさんが、鞄が当たるたびにこちらをにらんでくる。
 満員であるが故に、むわぁっとして本当に気持ち悪かった。
 だんだん受験生らしき姿が見え、杉本町駅に着く。
 前回同様、今回も行きに帰りの切符を買っておいた。
 今日はちょっと用事があるので、某所までの切符をかった。
  校内に入り、前回と同じ校舎を目指す。
 前回は入れるまでに少し時間があったが、今回はもう開いていてすぐに中に入れた。
 荷物をおいてトイレに行く途中、同級生の女の子にあった。
 軽く挨拶を交わす。
  試験が始まった。
 二時間半も持つかなと思ったが、解けないながらも一生懸命考えていたらすぐにたった。
 正弦定理しかわからんかった・・・。
  会場を出ようとしたら携帯に非通知で電話がかかってきた。
 最初ゴッティンかとおもったが、外で会ったジローによると彼は阪大に合格してここにいるはずが無いという。
 首を傾げながら出口のところで待っていると、その電話の主が現れた。
 前期を一緒に行った、郡高に通ってる同じ中学の友人だった。
 一人だったら一緒に帰ろうということで一緒に帰る。
  電車はかなり混んでいた。
 ちょっと卑怯な方法でなんとか座れた。
 天王寺駅でバスケ部の女子を二人ほど見かけた。
 環状線に乗り発車を待っていると、朝出会った同級生の女の子が乗ってきた。
 今まで話したことのない子だったが、話してみたら結構楽しく話しができた。
 彼女は引っ越してしまうらしい。
 残念だ。
  鶴橋で、その女の子と郡高の友人と別れ、俺は一人某所に向かう。
 昨日のメールである友人と某所をぶらつこうといっていたからだ。
 ま、鶴橋で乗り換えていく某所なんてこの日記の下の方を観ればすぐにわかるのだが・・・。
  某駅を出ても彼の姿が見えない。
 携帯に入ってきたメールを観てみるとどうやら迷子になっている模様。
 詳しく状況を聞き、高島屋前で待つことにする。
   この某所に来るのは実際この日記の下の方に書いてる最後のやつが最後なので、約8ヶ月ぶりだろうか。
 それほど変わった様子もなかった。
 下にも書いてるガスマスクを売ってる店もまだあった。
 今回この某所を訪れたのは買い物のためだ。
 最近生産中止が決まった某ゲーム機のソフトがやすくなってないかなぁー、と思ってやってきたわけだ。
 最初にソフマップに向かう。
 ある種のソフトは確実にやすくなっているのだが、新作や人気のあるソフトはまだまだ高かった。
 某所は広いのでほかの店もみてみたいと思い店を出る。
  昼飯がまだだったので、たこ焼き屋でたこ焼きを食べる。
 下に書いてるように、たこ焼き食べ歩きをした時に一番うまかった店だ。
 ねぎまよを頼み二人で食べる。
 この店のたこ焼きは本当にうまい。
 生地も硬さも自分好みだし、たこ焼きの上にかけるネギとマヨネーズが絶妙なマッチング!!
 今日初めてその上にケチャップをつけてる人を見た。
 うーん、どうなんだろう?
 たこ焼きにケチャップ・・・。
  その後いろんな店をのぞいていく。
 ソフトはどこも同じぐらいの値段だった。
 ま、あのソフマップの値段が低下なんだし、周りの店もそれにあわせてるのかなという感じだった。
 途中によった店で、SSの名作、パンツァードラグーンツヴァイが新品で600円だったために買う。
 ちなみにこのソフトは購入済みで、今日かったのはコレクション用。
 またを保存用という。
  あと、メディアも買った。
 メディアというのはFDやMO等の事をいう。
 詳しくはほかのHPを参照。
 今回一番驚いたのがこのメディアの価格だった。
 TDKの650M、タフネスコート10枚組で約600円。
 ちなみにこれをいつもの新大宮ジョーシンで購入すると、1100円ほどする。
 さすが某所だと感心した。
  最終的に最初に立ち寄った店でソフトを買う。
 その時、悪魔が俺にささやいた。
 どうせなら二本買っちゃえ・・・。
 最初買おうと思ってた来客用ソフト、パワースマッシュ。¬文字クリック!
 このゲームは結構おもしろいらしい。
 一学期の選択で、軟球テニスも選択してたし、俺の所有しているゲームソフトには初心者が楽しめるソフトがないから購入しようと思ってた。
 で、もう一つは・・・。
 結局悪魔の声に負け二本買う。
 かんなりいたい出費になった。
 一万越えた。
 やばい。
 22日にはもう一本ゲームを予約してある・・・。
 しばらく節約生活だ。
 っていうか、浪人生にはゲームやる時間がない。
 とりあえず、来客用ソフトは確保したのでいつでも遊びに来てください。
 同級生後輩問いません。
 歓迎します。
  そのままジュンク堂という本屋に行く。
 なんばグランド花月の真ん前にある本屋である。
 むちゃくちゃでかい。
 なんか女の子が多かった。
 タレント待ちだったんだろうか?
 ジュンク堂の地下にはラジオスタジオのようなものがあって、女の子達がこぞって中をのぞいていた。
 有名人がいたんだろうか?
 ちなみにその本屋でほしかった本を見つけ、またまたいたい出費・・・。
 ちょっと高めの本だった、アルバムが一枚買えるぐらい・・・。
 その後難波まで歩き、難波から電車に乗った。
  西大寺駅で友人と別れ、塾に赤本の返却と結果報告をしに行った。
 かえってきて重要なミスに気づいた。
 計算用紙を大量にもらってくるのを忘れていた。
 いつもいらないプリントを計算用紙としてもらっている。
 一年間分の計算用紙が必要だからまたもらいに行かないといけない。
  そしてファミリーに行って、五階の本売り場でモーニングを探した。
 が、おいてなかった。
 帰ろうとした時ふとツタヤに行こうと思った。
 最近興味がわいてきた、メタル系のCD、ハロウィンのCDを二枚ほど借りた。
 今それを聞きながら書いてるのだが、メタルといえばもうやばい音楽だと思ってたのだが、そうでもないようだ。
 何とも聞き心地のいい音楽だ。
 特にリズムがいい。
 勝手に体が動き出す。
 これを生で聞いたらすごいんだろうなと思ったりする。
 このCDを聞いたらもう普通の音楽なんか甘ったるくて聴けないよ。
 ってぐらいにリズムがいい。
 消防署の隣のデイリーで待望のモーニングを発見し立ち読み。
 毎度の事ながらジパング目当て。
 この漫画は本当におもしろい。
 モーニングにはバガボンドも連載してるが、そっちは読まない。
 コミックを買って読む。
 何でも来週から3週間ほど休むそうだ、バガボンドは。
  
  そんな風にして私の後期試験の一日は幕を閉じる。
 この日記が親の目に触れないことを切に望む。
 ただではすまないだろう・・・。


 2001年3月1日 卒業式
  今日は卒業式だった。
 そして今の気持ちを書きたい。
 その気持ちを実名入りで書きたい。
 そうでないと、自分の気持ちが伝わらないような気がする。
 だから、別のページを作ります。
 面倒だとは思うけれど、ご容赦のほどを・・・  
 アドレスは
http://member.nifty.ne.jp/jacky/******ge.htm
 です。
 上の空欄に、校章にもなってる花の名前をアルファベットで埋めてください。
 お願いします。


 2001年2月25日
  今日は、国公立の二次試験だった。
 プライバシーと俺自身の恥になるので、どこを受験したかはあえて言わない。
 ちなみに、バスケ部からはじろーとぽんちゃんと某センターで国語1と国語2を受け間違えた男が来ていた。
 じろーいわく、俺とジローと某男の三人は間違いなくバスケ部でセンターワースト3だそうだ。
 否定はしない・・・。
 ちなみに俺は中学の時の友人と一緒に行った。

  試験内容だが、自分の実力のなさを思い知るのに十分な内容だった。
 個人的には難しいと思ったんだが、あれを簡単だという人もいるのだろう。
 何ともやるせないので、これで試験についての話を終わる。
 
  ちなみに同志社は学校から家まで一時間以内で着いたのだが、今日受けた公立は余裕で一時間半かかった。
 うちの担任が下宿したという話も納得できる。


 2001年2月5日
  新年明けましておめでとう日記がぱーと2に続かず、ついに一ヶ月がたった・・・。
 もう入試真っ最中。
 昨日も同志社の入試だった。
 なんか同志社ってむちゃくちゃでかい。
 今まで入ったことのある大学が、近大の農学部だけなせいか、昨日の同志社のでかさには本当にびびった。
 まぁ、山奥にあるということも関係しているのだろうがね。
 今調べたら昨日試験を受けた会場のさらに奥に、ラグビーやアメフトの練習場。
 挙句の果てには自動車の練習場まであるのだという。
 すごいなぁ、私立は・・・。
 
  先述したとおり、昨日は同志社大学工学部A日程だった。
 きんちょうしましたわ、やっぱり。
 朝は結構余裕だったんだが、西大寺当たりから学生風の人間が増えてきて、興戸駅につく頃には社内のほとんどは学生。
 駅を降りてから大学まで15分ほど歩くのだが、近大行きのバス乗り場にいたチラシ配りの約50倍の人間が存在した。
 いや、ほんとに怖かった・・・。
 唯一安心できたのは、偶然にも隣の席がよしあきだったこと。
 いやぁ、本当に偶然でした。
 ただ、頭のいいやつに横にいられると、余計に緊張するんだが・・・。
 案の定、テストが終わっても私の方からはテストについて何も語りませんでした。
 
  その晩、疲れてたから早く寝る予定だったのに、クモが自室に出現し、ベットを解体などしていたら、一時になってしまいました。
 
  最後に、トップにも書いてるけど、卒業したら屋久島に千年杉を見に行きたい。
 現在参加予定者は、俺とWONIの二人です。
 人数が多ければ多いほど楽しいので、ぜひ参加希望者は連絡してください。
 お願いします。
 現在の大雑把な構想は、鹿児島まで夜行バスでいくか、遠征の時のように、門司までフェリーで行って、そこから鹿児島まで何らかの形で行く。
 鹿児島からフェリーで屋久島まで行って、千年杉まではガイドさんを頼もうと思ってます。
 ま、予定は予定です。
 あくまでも企画してるだけですのでお忘れなく。

  それでは皆さんも入試がんばってね。 


 2001年1月1日午前三時二十分 パート1
  新年明けましておめでとう!!
 とうとう激動の2001年になりましたね。
 今年は受験や卒業といろいろと忙しくなりそうです。
 あるものは大学生活をエンジョイし、あるものは予備校生活をエンジョイ?する。
 お互い後者にはならないようがんばりましょう!!
  新世紀をいうことで初日の出を見たいです。
 だけど、去年も同じこと考えて起きたらそらはとてもあかるかったです。
 調べたらならでの日の出は七時ころ。
 小学生並の頭で考えた結果、寝なければいいという結論を得たので徹夜させてもらいます。
 とりあえず、HPを更新して、オリジナルでもやってます。
 
  今日は零時二十分ごろにムロ君が来て、一緒に菅原神社に初詣に行った。
 約束では三十分だったので、ムロ君が来てからトイレに行ったりと大忙しだった。
 で、くそ寒い中、自転車で神社まで行った。
 この前来た時はかずまにあったが、あいつはあやめ池に引っ越したからこんなとこにはおらんだろうと思ってたら、なぜかいつものメンバーできていた。
 おまけに、奈高に裏口ではいったとか、余計なことを大声で叫んでくれたのでとても恥ずかしかった。
 あと、なぜか奈高の山本陽君が彼女連れで来ていた。
 原付のプレートには大和郡山市とかいてあるのになぜこんなところに来ているのか不思議だった。
 結構並んで、200円のお賽銭をいれ、合格祈願の絵馬を買った。
 巫女さんが綺麗だった。
 ムロ君はお守りを買っていた。
 「絶対に大学に合格しますように」と書いて、引っ掛けてきた。
 ムロ君が絶対にを付けろというので、絶対にを付けた。
 その後、ムロ君と俺のおうちでお茶を飲みながら大捜査線のDVDを見たりして過ごした。
 そんなこんなで、二千一年元旦の日記、パート1を締めくくります。
 それでは!!


 2000年12月31日
  といっても、書いてるのはもう年明けです。
 今日は20世紀最後の年だった。
 有意義に過ごそうと思ったんだけど、結局いつものとおりだった。
 午後一時に起床してそのままだらだらと・・・。
 こんなんじゃだめだね。
 来年は気を引き締めます!!
 以上、今年最後の日記でした!!


 2000年12月27日
  今年ももうすぐで終わりです。
 そして、センターまで一ヶ月を切っています。
 なんかやばいです・・・。
 なのに、PC触ってます。
 一月になったらPC封印しようかしら?


 2000年12月12日
  今日はニュースによると、平成12年12月12日で、12が三つ並ぶ日だそうな。
 鉄道や郵便局では記念切符や切手を買う人でにぎわったらしい。
 それはさておき私はというと、今日は奈高生活最後の期末テスト第四日目。
 古典と日本史です。
 そこでBBSにも書いたけどちょっと一言。
 今回の日本史、やばいよ、ほんまに。
 ユーちゃんが問題作るといつも難しいね。
 理系にとっては。
 極東国際軍事裁判で戦犯六人に対して無罪を主張したインドの判事をこたえろですと?
 私の調べた結果では資料集にもノートにも教科書にも載っておりませんぞ。
 授業中も教えられた覚えはござらん。
 分からんかったから前日読んでたゲーム雑誌から、グランディア2に出てくるパルマーって言うキャラの名前を書いておいた。
 でも、わからんかったのはそこだけで、全体的には優しかったと思う。
 明日は数CとRがあるが、ファティーにいわれたとおり俺の期末は今日で終了しました。
 後は入試本番ですな。
 皆さんがんばっていきましょう。

 最後に、私は高校三年間を通してテスト前一週間、及びテスト期間中は昼寝習間だということを学びました。


 2000年11月28日
  はーにゅー!!
 やばい。
 俺はいまはーにゅーシンドロームにかかってしまった。
 はーにゅー。
 嗚呼。
 なんて甘美な響きなんだろう・・・。
 しばらくぬけだせそうにない。
 物理選択者しか分からんネタですいません。
 それでは!!
 はーにゅー!!


 2000年11月24日
  今日は奈高生活最後の球技大会だった。
 今回の球技大会は三年だけで、一年二年は平常授業。
 なんか、ずっと前から楽しみにしてたのでやっとこの日がきたという感じだった・
 うちのクラスは男子サッカー2チームとバスケ一チーム。
 女子は全員バスケットだった。
 予想していたとおり、ギャラリーはこの寒さのため外のサッカーよりも体育館の方が多かった。
 バスケ部としては最後の晴れ舞台だ。
 バスケ部らしいプレイをすればそれだけで歓声が聞こえた。
 うちのチームはバスケ部が俺しかいない。
 他のクラスは大体二人以上いる。
 でも、元バスがいたのでそれほど苦しくはなかった。
 ファティと元バスの力が大きかった。
 あと今回一番うれしかったのが、みんながまじめにプレイしてくれたこと。
 冷めた奴が一人もいなかった。
 みながみんな点を取りに、そして勝ちに向かっていた。
 なんか感動した。
 だから俺も一生懸命プレイした。
 シュートも打った。
 一生懸命だったから知らない間にガッツポーズが出ていた。
 それをまわりのチームメイトは冷やかすこともなく、俺に向かって手をだしてくれた。
 そして、その手を思い切り叩いた。
 
  一試合目は八組B。
 じろーが率いるチームだった。
 楽勝だと思ってたのだが、みんなの調子がむちゃくちゃ悪く、延長戦に突入。
 今回は延長戦は先に点を入れた方が勝ちというものだった。
 それを俺が決めた。
 両手を挙げてガッツポーズをしていた。
 
  二試合目は五組Bだった。
 バスケ部は一人もいないのだが、元バスがいた。
 予想以上の接戦の末延長戦で外れたシュートをタップされて負けてしまった。

  三試合目は4組とだった。
 星と中学のときのチームメイトがいた。
 強かった。
 最後の最後にスリーをはずして負けた。

  四試合目は6組だった。
 バスケ部が三人もいている。
 ムロにダイスケにゴット。
 強敵だと思っていたが、善戦できた。
 ゴットのシュートをカットしてやった。
 最後はタテヤンのシュートで勝った。
 
  予選最後は七組A。
 おそらく最強。
 もちろん我がブロックにおいてである。
 なかなかよかったが、バスケ部が三人もいてるのはきつかった。
 くやしかった。

  決勝は7組Aと八組Aだった。
 思いっきりギャラリーがいた。
 うらやましかった。
 さすがにすごいプレイだった。
 まぁ、そりゃそうだわな。
 
  そして、球技大会は終わった。
 気持ちよく終われた。
 ほんとにしんどい。
 唯一の心残りはダイスケにおこられたことだ。
 明日はセンタープレ。
 がんばりたい。
 それではっ!!


 2000年11月16日
  今日は文化講演会だった。
 授業は4限までの45分短縮授業。
 
  一年のときは音楽鑑賞、二年のときは狂言、で、奈高最後の年は観劇だった。
 最初はちょっと小ばかにしてたけど、最後にはまじめに観劇している自分がそこにあった。
 久しぶりにいい物を見たと思う。
 ちなみに、局長が出てくるたびに周りがこっちを向いてきた。
 局長はある意味、俺の目指す姿だったりする。


 2000年11月5日
  昨日今日と、学校でテストがあった。
 ちなみに今日は休日返上で登校。
 丸一日テストを受けてました。
 結果としては、やったところは分かりました。
 やってないところは分かりませんでした。
 ちなみに受験までもう時間がありません。
 こんな事いってられないんです。
 
  昨日ふとした気まぐれで、洋楽を二枚買った。
 The corrs "in blue" Sarah brightman "la luna"
 WONIに言わせれば、ミーハーらしいが、ミーハーだろうがなんだろうが、いいと思えるものに出会えるのならそれでいいと思う。
 ジャケットだけで2500円も出せないしね。
 そして、PCで聴いていたのだけど、音に納得がいかなかった。
 曲ではなくて、音。
 そして、部屋が狭くなるから屋根裏部屋に数ヶ月前に閉まった、うちの親が結婚したときに買ったという、年代もののAVを出した。
 とりあえず、アンプとスピーカーを出した。
 そして、聴いてみたけど音に迫力が出たような気がする。
 前まではパソコン用の電源内臓のスピーカーで聞いていたのだけど、もう一度聴くとそっちの方は音が軽くなってるような気がする。
 PC用の二倍ほどあるスピーカーはやっぱり音が違った。
 個人的な思い込みかもしれないけれどね。
 パソコンからアンプにつないでいたけど、それだといちいちPCを立ち上げないといけないしファンの音もうるさいから、今日帰ってきて、封印したプレステをだした。
 ちなみに私は純粋なCDプレーヤーを持ってない。 
 それゆえ、昔から音楽はサターンやプレステで聴いていた。
 で、今はプレステで音楽を流している。
 某政経の先生はAVシステムに500万もかけているそうな・・・。
 


  2000年11月1日
   今日は早起きする予定だったのに、一時過ぎまで寝てしまった。
 大丈夫か?受験生・・・。

  下に書いたとおり今日整形外科に行ってきた。
 一年のときの同級生の親類がやってるところで、結構評判がいい。
 ちなみに今日は一時間半まった。
 なかなか綺麗なところで、先生もいい人だった。
 ソウシのことも知っていた。
  まずレントゲンを撮ったのだが、三枚目が痛かった。
 撮る瞬間にグネッた方向にぐきっとやられた。
 マジで痛くて、ごきっと音がした。
  で、診察の結果、断裂に近い損傷。
 なんでもレントゲンの骨の折れ曲がってる角度が10度までなら酷い損傷で、10度以上なら確実に切れてるらしい。
 私の場合、そのぎりぎりの10度。
 とりあえず、取り外し可能なギブスだけ作ってもらった。
 今度は一週間後に行くようだ。
 球技大会にはでたいので、早く直したい。


 2000年10月31日
  今日は学校で、77周年記念講演会があった。
 一年のときはお寺の住職さん、二年のときは人間国宝の螺鈿細工造ってる人。
 今年は、京大卒の元キリンビバレッジ社長、現常勤相談役の方がいらしてくれた。
 おもな内容は、商品がどのようにして生まれてくるのかを缶コーヒーのファイアを使って説明してくださった。
 ちなみに、今日うちのクラスメートは15人ほど欠席した。
 社長からのプレゼントで生徒に一本ずつファイアが配られた。
 15本残ってないといけないのに、なぜか残ってたのは11本。
 ファティとヨシアキと私のポケットが少し膨らんでいたことには誰も気づいていない・・・。
 
  昨日、体育の時間に久しぶりに捻挫をした。
 かなり痛かった。
 バスケでセンターを経験したことがあるなら誰でもしたであろう、着地ミスでねじってしまった。
 うーん、あのねじれる瞬間のボキボキッっていう筋が伸びる音は何回聞いてもやなもんだ。
 いつもは一日たったら痛みもひくのに、今回はまだ痛いです。
 冗談抜きでまともに歩けません。
 明日ぐらい、例の整形外科に行こうと思います。
 あの娘のおじさんがやってるという整形外科に。
 そして、もうすぐソウシの父上のなさっているお医者様にインフルエンザのお注射もしてもらいに行かなければ。


 2000年10月25日
  中間が終わった。
 別の意味でも終わった。
 今回は、日本史の最低点を更新してしまった・・・。
 それでも平均はあるのだが、期末は70代に戻れるよう努力したい。
 ちょうど興味がある太平洋戦争のところだしがんばれると思う。
 あくまで思うだけだが。
 現在帰ってきているのはライテと現国と日本史で、まだぎりぎりセーフで欠点はない。
 あしたから赤色のオンパレードになるのだろう・・・。
 ちなみに今日は記述も帰ってきた。
 あえて触れないことにする・・・。
 ふぅ・・・。
  下にバイクがほしいなんか書いてるけど、実際には無理なんだろうなぁと思う。
 だって、学生に100万もためる余裕ないでしょ。
 部活やったらバイトする時間もないし。
 でも、ほしいんだよなぁ。
 中古は嫌だし、やっぱ100万ためるしかないのだろうか。


 2000年10月18日
  あさってから中間考査が始まる。
 奈高での生活をもうほとんど終えたことになるが、未だにテストに慣れる事はない。
 いや、むしろ勉強になれることがないといったほうがいいのか・・・。
 なんだかんだいって、全部俺が悪いんだけどなぁ。
 同じ奈高生ながら、他の奈高生を心底すごいと思います。
 外部から言われるように、やるときはやるからね。みんなは。
 俺はそれができない。
 すぐ逃げ出してしまう。
 もうすぐ、逃げ出すことのできない大学受験が控えてるというのに。

  いろんなとこで書いたが、大学に入ったらバイクがほしい。
 ちなみに親は絶対にバイクは許可しないといってる。
 自分で責任をとれるようになってからにしろといってる。
 それは全面的に正しいと俺はおもってる。
 自分が事故るのは仕方がないとして、他人に迷惑をかけたときに責任をとるのはやっぱり親だから。
 でも、大人になってしまう前にやりたいことだっていろいろある。
 この前ムロと話したんだけど、大人になって就職して家族を持ってから乗るバイクの面白さと、青春真っ只中で乗るバイクの面白さはまた違うと思う。
  前まではドラッグスターやシャドウスラッシャーのようなアメリカンバイクがいいと思ってたが、この一週間ほどで価値観が変わってしまった。
 今は、川崎のZZ−R600がほしい。
 ちなみに逆輸入車。
 ネットで調べたら、価格は100万ぐらい。
 それでも、このバイクはかっこいい。
 一度奈高のチャリ置き場で定時の人が乗ってきたのを見たことが在るが、そのときの感動はすごかった。
 真っ赤なカウルに、その凶暴性を隠すかのように、チラッと見えているあの鉄の塊。
 とにかくかっこいい。
 ほしい。
 でもその前に大学入学が先だね。
 もっというと、あさっての中間・・・


 2000年10月5日
  体育大会が終わった。
 なんか、思ったよりも活躍できなかったのだ残念だった。
 一応ムロと練習したからがんばれたけど。
 やっぱりリレーに出るやつはみんな速いね。
 二三週目になるともう差は縮まらんかった。
 校長も全力を出せば悔しくないとか言ってるけど、悔しいに決まってるじゃないか。
 
  とりあえず、これから焼肉食いに行きます。


 2000年10月4日
  今年も残すところ、あと二ヶ月となった。
 そして、受験までもあと二ヶ月・・・。
 もう泣き叫びたい気分です。

  明日は体育大会です。
 私は100M走と1000Mリレーに出ます。
 決まった当初は体力に自身がなかったけどムロとトレーニングをしたので、少しはましだと思う。
 それでも現役のときでも、リレーでの200Mフルは無理だったから今年はペース配分を考えていきたいと思う。
 そんな余裕はないかもしれないけどね。
 とりあえず、勝ち負けのある勝負事には全力を尽くす性格だから、今回も全力をつくす。
 だから体調にも気をつけて、今日はもう寝る。
 現在22時43分。
 明日はパフォーマンスの練習もあるので8時にはピロティーにいなければならない。
 今回のパフォーマンスで私はヤラレ役だ。
 あと、PCで効果音も作ってみた。
 見えるかどうかわからんが楽しみにしておいておくれ。
 ところで、結局リレーのアンカーは陸上部だね。
 あたりまえか・・・


 2000年9月29日
  昨日、ウィンドウズMEを買った。
 買うつもりはなかったのだが、WONIとのチャットの中で購入することにした。
 ちょうどPCが重くなってきていたのでいい機会だと思ったからだ。
 で、HDDもきれいさっぱりフォーマットして、パーティションをOS用とアプリ用に分けてみた。
 私はDOSはさっぱりなので、結構苦労した。
 基本領域とか、拡張領域とか論理領域とかを理解するのにね。
 でもちゃんとできました。
 HDDをバックアップしてるときに思ったのだが、10GのHDDをほとんど使っていたのに、いざバックアップを取るとなったら1Gにも満たなかった。
 つまり、9Gどうでもいいファイル、もしくはネットやメディアを使ってインストールできるものだったのだ。
 ちなみに1Gのうち、自分が制作したファイルは100Mにもみたなかった。
 ちょっと不思議というか、情報化社会における何かを感じた。
  で、MEの調子は結構いい感じ。
 今のところ悪いところはない。
 っていうか、前のやつはいろんなアプリを詰め込みすぎていたから調子が悪かったのだろう。
 これからは気をつけようと思う。
 あと、勉強に集中しなければならないので余計なものはダウンロードしないようにする。

  今日、帰ろうとしたら相方のムロのチャリの前輪がパンクしていた。
 とりあえず、新大宮までチャリを押していったのだが、自転車屋は閉まっていた。
 ということで、結局家までチャリを引っ張っていくことになった。
 俺もそれについていった。
 学校でてから家に着くまで約一時間と十五分かかった。
 でもいやな気はしなかった。

  もうすぐ体育大会だ。
 俺はムロと二人で特訓してるぞ。
 っていうか、体力を少しでも戻そうとしてるだけなのだが・・・。
 明日からは坂ダッシュに切り替えて心肺機能と大腿筋の復活に力を入れていきます。
 それではっ!!


 2000年9月11日
  今日は、いつもと違う場所で目覚めた。
 しかも、布団の上ではなく床の上で寝ていたので体が少し痛かった。
 おまけに昨日のことが原因で、腰が少し痛かった。
 
  昨日・・・現役奈高生として最後の青丹祭だった。
 今考えるとなんともいえない気分になる。
 昨日の青丹祭はいろんなことがあった。
 ムロの弟であるヒカルを肩車して校舎を一周したり、医者の息子のデジビデで彼の新旧彼女を盗み撮りしたり、マッサージに行ったり、鉄板洗ったり、後夜祭にでたり。
 あと、WONI君の例の件についても世話をした。
 感謝された。
 最後の点呼の時にはグロッキーだった。
 しかも、後夜祭はフォークダンス二曲しかなかった。
 俺以外にもむかついている男どもはいるのだろう。
 ふと思ったのだが、男がフォークダンスに求めることなんて決まっている。
 女の子も同じようなことを考えてるのだろうか?
 男と踊ることを前提にしているフォークダンスに参加しているんだから。
 一つ言いたいのは、踊っているときにため息をつくのはやめていただきたい。
 そのあとの座談会は意味不明だったが、まっつんの物まねが最高に面白かった。

  で、担任の先生にも言われたとおり、これからが私の活動時間だった。
 打ち上げマニアとしては、やはりこういった大イベントのあとには打ち上げをするしかない。
 ということで、いつものお店で打ち上げは決行された。
 今回の打ち上げ、実際ほとんど最初の打ち上げのようなものだが、成功だった。
 出席率はかなり高かった。
 男子はほとんど出席、女子は半分ぐらい出席していたと思う。
 で、その内容はすさまじかった。
 ファティーは、今日は家に母親が一人しかおらんからちょっと飲んですぐ帰るとか言ってたのに、結局最後までおり、おまけに食器類を破壊した。
 カリスマヘアスタイリストの委員長は青色のタオルを頭に巻いて、お前何処の工事現場のおっさんやねん状態だった。
 特にひどかったのは、あの娘だった。
 チュウハイをジョッキで11杯いったらしい。
 彼女のおかげで俺の酔いはすっかり覚めてしまった。
 おまけに新大宮までの距離を往復させられた。
 その途中に背負ったせいで、今日は腰が痛い。
 WONIにヘルプを頼んだ。

  で、そのあとはWONIの家にお世話になった。
 ちょうど家族全員が旅行に行っているために、今はWONIの一人暮らし状態だった。
 酒という物はさめてしまえば、なかなか眠れなくなるみたいで、Xfiles4を観るにいたった。
 その間、二人でいろんなことについて話をした。
 そのほとんどは彼のおのろけを聞かされた。
 なめんなよ、コンチクチョウ!! 


 2000年9月9日
  今日は青丹祭の一日目、一般公開日だった。
 奈高生として参加できる最後の青丹祭がついに始まったのだ。
  なんか、最近卒業後のことを考えると悲しくなることが多い。
 これだけの大きな集団で一つの物事に打ち込むことなんてないんだろう。
 卒業したらもう一生会わない人だって今親しく話をしているクラスの中にはいるんだろう。
 自分の知らないうちに、そのクラスメイトだった人物は愛すべき伴侶を得、そして父や母と呼ばれる存在になる、僕の知らない所で・・・そして僕の知らない所で死んでいく・・・
 この僕の人生の中ですくなからず影響を与えた人物達と、奈高での同級生という関係を持つ400人の人間との関わりを断つのはあまりにもつらい。
 その中には自分が真剣に恋焦がれていた人もいるのだから・・・

  まぁ湿っぽくなってしまったけれど、今日の青丹祭どうでしたか?
 なんか食品系では、うちのお好み焼きが一番売上が低いような・・・
 その変どうなんでしょう?
 アイスの天婦羅なんて、俺達の売上の約4倍ですよ、4倍。
 打ち上げとか豪勢なんでしょうねぇ。
 打ち上げといえば、私のクラスも明日あるのだが、一体どんなものになるんだろう。
 とりあえず、夏休みにやったクラス打ち上げみたいになるのだけはいやだ!!絶対に。
 あのひもじさと言ったらもう・・・
 多分恒例の某中華料理店でやるんだろうなぁ。
 二年のときの打ち上げのように最高に楽しい打ち上げにしたい。
 とりあえず考えに考え抜いた作戦を実行するとしよう。
 
  って、ここは私の日記のコーナーだった。
 とりあえず、今日の私の行動をパターンを・・・

  寝坊する、前ティーににらまれる、着火のため開会式に出られず、開会式終了後着替える、何度か着火し直しで呼び出される、呼び込みを開始、インフォメーションの仕事に参加、途中オリンピック2000に参加、綱引き・風船割・ジェスチャーゲーム・最終的にじゃんけんとなり準優勝。
 モーニング娘のジェスチャーをするという屈辱的な行為を強いられた。
 商品はチュッパチャプスだった。
 ミス・ミスター奈高生の代案だったらしく、あまり内容にコリが見られなかった。
 その後、接客にはいる。
 マヨネーズが必要か否かを聞き、金券150円分三枚をもらい商品を渡す。
 うちのおばあちゃんがタクシーできて、五人分持ち帰りで買ってくれた。
 が、後で聞いた話によると、持ち帰りは厳禁だったようだ。
 なんでも、衛生上の問題だそうだ。
 ちなみにまだ、二枚家に残っている。
 多分明日の私の朝食になります。
 
  あと、個人的な意見だが、閉会式に野球部が参加できないというのは納得がいかない。
 とりあえず、元総務が運営しているHPにかいておくことにする。


 2000年9月4日
  夏休みが終わってしまった・・・。
 なんか悲しい。
 勉強はというと、最初の二週間で張り詰めていたものが切れてしまい、その後は全然だった。
 河合の自習室の前に立つと、吐き気をもよおすぐらいにまいっていた。
 でもまじめにやらないといけないと思うから勉強するよ。
 ドラクエ終わったら(爆)。

  このHPにはONIというゲームを紹介しているコーナーがある。
 このONIというゲームは私にとってかけがえのない物であり、HPをつくるときには絶対にコンテンツに加えようと考えていたものだ。
 その思いがついに報われるときが来た!!
 おとつい、BBSにパンドラの社員と名乗る方がきて、ONIの新作がPSで出るということを教えてくれた。
 もう最高にいい気分だ。
 今朝登校途中に、中学の時の放送委員会の1個下の後輩の女の子がタバコ吸いながらチャリで通学してんのを見て、がっくりきたけど、やっぱりいい気分だ。
 ある意味、パンドラの人が俺のHPを発見してくれたこと自体がうれしい。
 今まで存在しないと思っていた、パンドラのHPも発見した。
 去年出来たようだった。
 とりあえず、掲示板に書き込んでおいた。
 そして、管理人の方にパンドラのHPのリンクの中に私のHPを加えてくれないかとメールを送った所、今日OKを伝えるメールが来た。
 もう最高にいい気分だ。
 なんていうんだろう、こんな稚拙なHPを載せてもらうのは恥ずかしいが、やはりうれしい。
 とりあえず、ONIのページを整理した一日だった。


 2000年8月27日
  今日朝早く目がさめた。
 普段ならもっと遅くまで寝ているのだが、今日に限って暑くて暑くてたまらなかった。
 体中が痛かった、前々日に参加した部活のせいでなっていた、筋肉痛の上に更に昨日の出来事が拍車をかけたのだろうか?
 しかし、この痛みは少し違っていた。それに気づくまでにはだいぶ時間がかかったが・・・。
  とりあえずすることがないので下に降りて、テレビを見た。
 タイムレンジャーと仮面ライダークウガ。
 それも終わると、ニュースを見た。
 ほとんどのニュースが、ロシアのうちの部員が沈めたというクルスクの話題を取り上げていた。
 軍の説明会で講義した母親に対し、謎の女性が注射器でその女性に何かを注射したという話題だった。
 夜に見たテレビによると、日本の防衛費は年間5兆円で、アジアでは最強の軍隊?になるらしい。
 ある人物によると、中国や北朝鮮の軍装備品はもう時代遅れなんだそうな。
 ちなみに、アメリカのどっかの政府機関が発表したアジアの未来予想によると、北朝鮮は崩壊し、中国はまわりの国を吸収して巨大化。
 それに対抗すべく、台湾と日本は核武装をするというような内容だった。
 平和はいつ来るのだろう?
 歴史は繰り返すとはよく言ったものだ。
  で、朝食を採りパソコンの前に座ってもどうも集中できない。
 だんだん頭が痛くなり、妹に体温計を持ってこさせ、はかってみたら39度もあった。
 昨日の出来事が思い出された・・・・・
 とりあえず、今日はベットの上で一日を過ごした。
 やることもなく暇だった。
 でも、まだ夜の10時。
  
  今日友人がホワイトアウトを観に行くといっていた。
 あの映画は面白いから一度観に行くことをお勧めする。
 明日は学校にいけるのだろうか?


 2000年8月8日
  今日は私の18回目の誕生日だ。
 いやはや、とうとう私も18歳です。
 とろうとおもえば、もう車の免許も取れる年齢です。
 あと、少年法は適応されなくなるのか・・・。
 これからはまじめに生きていきます。

  で、18にもなってケーキを食べた。
 18にもなって、ケーキにはろうそくが立っていた。
 18にもなって、ケーキの上には、「ゆきちゃん」とかかれた、チョコレートがのってあった。
 18にもなって、家族のハッピーバースデーの歌とともに、ろうそくを吹き消した。
 恥ずかしかったけど、うれしかった・・・


 2000年8月5日
  いやはや、もうすぐ18歳です。
 なんかしみじみとしてしまいますなぁ。
 もう少年法は適応されないんですね。
 これからは過激な行動を慎みます。

  さて、夏休みに入り河合に行き始めた。
 で、バスケ部も結構きている。きていないのは5人ぐらいだろう。
 河合の自習室の雰囲気には最初圧倒された。
 はっきり言って怖かったが、もう平気で居眠りできるようになった。
 ちょっと緊張感が最近薄れているので、明日からしっかりやりたいと思う。
 


 2000年7月17日
  とうとうやってきてしまった、高3の夏。
 もうここまできたら、さすがに新しい恋の予感はしない・・・
 中学の時の夢だった彼女とプールでいちゃいちゃは、本当の夢となってしまった。

  ここ数日、朝(昼?)起きて翌日の4時までずっとベットの上でFF\に集中してたので、体がだるい。
 結局、テストが終わった日から合計40時間やって、現在ラストダンジョンの手前。
 あと、数時間で終わるとおもいます。
 
  今日は上本町まで河合の入塾手続きをしに行って来た。
 去年の夏も部活やリながら行ったけど、やっぱ電車に乗ってる時間は長いね。
 車内で単語覚えるとかしないと、ホンとに時間がもったいないような気がする。
 とりあえず、数学4講座と物理2講座、理論化学1講座とりました。
 
  そのあとアキラと分かれて、俺はぶらつくために歩いて日本橋まで行った。
 アキラが15分で着くといってたけど、ホンとに15分でついた。
 今日はいつもと違う方向から行ったので、ためしに黒門市場をとおっていった。
 いろんなものがあった。
 タージンがレポートしていた、靴屋のせがれのカレー屋も見つけた。
 
  で、日本橋でいろんなものを物色し、たこ焼を食べて、さぁ帰ろうとした時、今までなかったすごい店を発見した。
 その名も、「コレクターズショップ」!!
 ・・・だったと思う。
 まずびびったのは、店頭にエクスカリバーを陳列していたこと。
 知らない人のために説明すると、エクスカリバーとはゲームなどで出てくる、最強の剣として有名なものです。
 しかも実物大!!
 その隣にもゲームに出てきそうなバトルアックス(おの)など、張り紙を見ると、「旧帝国海軍剣もあります」とかいてあった。
 これだけでもすごいと思ったのに、中はもっとすごかった。
 まず、目についたのは俺の興味をそそるエアガンの数々。
 普通のハンドガンから始まって、米軍標準ライフルのM16があり、挙句の果てにはガトリングガン、ジュラシックパークに出てきたショットガンまであった。
 すげぇなあと思いながら先に進むと、今度は盗撮用(?)小型カメラ、盗聴機などが並べてあった。
 で、この先には何があるんだろうと思いながら先に進むと今度は普通の双眼鏡が並べてある。
 ・・・・・はずがない。
 もちろんこれは赤外線暗視ゴーグル
 部室にあった、湘南純愛組にもでてきた、あの赤外線暗視ゴーグルだ。
 価格も5万以下で、結構手ごろだと思う。
 で、もうさすがにこれ以上の驚きはないだろうと思って先に進むと、ありました!!サバイバルナイフ!!!
 中学生などが持っているバタフライナイフと並んで、刃渡り30cmはあるとおもわれる、部室にあったスプリガンにでてくるような、一体軍人以外だれがこんなの使うんだっていうようなサバイバルナイフです。
 もうここまで来たらもう何も怖くありません。
 ・・・・ですがありました。
 その名も、イスラエル製ガスマスク!!
 張り紙に、「フィルターは新品です」とかいてあった。
 しかも、1万円以下!!
 つい買いそうになってしまいました。

  日本橋はこんな店があって面白いところです。
 皆さんも一度はいってみては?


 2000年7月3日
  現在期末勉強中。ふと書きたくなったのでこんなことを書く。
 
  今回のテストが悪かったら、インターネットと携帯は没収になってしまう。
 たぶん、没収されるだろう・・・。
 がんばらなければ!ちなみに今、ライティングの英作覚えずに、その前の小問題暗記してます。
 Traffic accidents kill many people every year.
 そういえば、昨日テレビで見たけど、入浴中の溺死は交通事故死の件数よりも多いそうな。
 酔った後の入浴は気をつけましょう。
  
  先日かったCDRだが、予想以上に働いてくれている。
 すでにブランクメディアが50枚なくなってしまった。
 なかった時はあんま使わないと思ってたけど、あったらあったで無茶苦茶重宝してます。
 ただ、取り扱いには細心の注意を払っていますが・・・。
 
  最近こんなことを思った。
 俺がバスケをやり始めた時は、純粋にバスケをプレイすることが楽しいと思ってた。
 小学校、中学校の頃だろうか。
 だけど、高校のバスケを純粋に楽しめたんだろうか。
 俺がバスケに勝利だけを求めるようになった時、バスケを純粋に楽しめなくなっていたような気がする。
 そして、心がすさんで回りに迷惑ばかりかけていた。
 ろくな練習もせず、自分の下手さを棚に上げて。
 やめようと思っても、友達を失うのが怖かったからやめれなかった。
 それに、このメンバーでもっと一緒にいたいと思ってた。

  そして、バスケ部を引退した今、今まで行った所にもう一度行きたいと思うことがある。
 鳥取、名古屋、福岡、岐阜、大阪の高校など、もう一度行ってみたい。
 自分の青春の証であり、奈高にきて唯一誇れるバスケ部であった場所に。
 やめた今だからこそ、集団生活におけるバスケ部の良さが蘇ってきた。
 いろんな遠征地でのあのばか騒ぎを思い出すと、ふとかなしくなる。
 大学に入ってバイクか車の免許を取ったら夏休みに、鳥取で後輩が練習しているところに、差し入れを持って二人でふっとたずねてみたいと思う。
 そして、先生と酒を飲みかわし、後輩たちと純粋にバスケを楽しみたい。
 どうだろう、この気持ちわかるかい?引退した今・・・


 2000年6月26日
  部活を引退してもうすぐ1ヶ月になる。
 幸い下級生はまだ挨拶をしてくれている。
 引退してから勉強に身が入らずPS2でDVDばっかりみてるせいか、神経性の拒食症になりかけている・・・。
 勉強したら直るんだろうけどね。
  あと、ついに私もCD-Rをかった。
 1週間もたってないのに、買ってきたメディア30枚が消えてしまった。
 また買いに行かないと行けない。
 で、それをONIとかいに行ったのだが、とても楽しかった。
 まず、難波まで行ってアメ村をぶらぶらし、そこからパチンコ屋をのぞきながら、日本橋まで歩き、本を見て、通天閣の下の新世界の串かつやで朝食を取った。
 気分が向いたので、そこから梅田に向かい、更に気分が向いたので、映画を見に行くことにする。
 前日に女のこがグラディエーターみたいといってたので、それを見に行くことにした。
 だいたい1時間前から並んではいった。
 まず、映画館のでかさにびびった。
 奈良の友楽の4倍ほどのでかさだ。
 音響もよかった。
 なにより、映画が面白い。
 久々のヒットだ。男なら一度観ることを進める。
  で、こないだの土曜日に、またONIと映画を見に行った。
 MI2の先先行上映だ。
 なぜかライティングの先生に会う。
 アクションがすごい映画だと思う。ストーリーはいまいち。

  もうすぐ期末です。
 今回物理を挽回しようと思います。


 2000年6月1日
  新学期が始まって、もう2ヶ月がたとうとしている。
 なのに未だクラスメートの名前を覚えていない。
 なんかここまでくると、卒業する時になっても覚えてないような気がする。
 でも、遠足は楽しかった。
  順調に予選を勝ち抜いて、ついにあさって、橿原体育館で決勝リーグが始まる。
 この高校生活の主なものであった部活の終わりがこようとしていると思うと、なんとも言えない気分になる。
 この間の高田商業戦の時、前半戦に感じていた恐怖は並のものじゃなかった。
 ここでおわったら、俺達の二年間はなんだったんだとも思っていた。
 まぁ、無事に逆転できたからよかったけどね。
 最近うちの部員に怪我が多いからきをつけないと。
 じゃあ、決勝リーグ、がんばりましょう!!


 2000年5月10日
  新学期が始まってもう1ヶ月がたった。
 なのに未だクラスの友達の名前を覚えていない。
 おそらくこの学年のクラスの友達の名前は覚えないだろう。
 特に書くことが思いつかないので今日はこれで。


 2000年4月10日
  ついに始まった新学期!!
 入学したての時は憧れだったSバッジをとうとう手に入れた。
 なんか不思議な気分。
 ついこないだまで1年だったのに今はもう最高学年だ。
 っていうか、うちのクラスの半分が元10組だ。
 どうやら日本しか地理かで分けたようだ。
 ということでうちは全員日本史選択者。
 1年から一緒のやつが4人もいる。
  明日は部活がないので日本橋に買い物に行ってくる。
 ではでは


 2000年4月4日
  下の日記を書いていたときはまだ三月中旬だった。
 なのに今はもう四月。
 おまけに宿題が山ほど残っている・・・・。
 もう一度タイムスリップしてあの頃に戻りたい。
  最近また筋トレをはじめた。
 せめて医者の息子に筋力だけでも勝ちたい。
 とくに上半身。
 腕立てふせをした後の、上腕二頭筋のふくらみを確認するのがやみつきになるんだよね。
  あと、今日松たか子のアルバム「いつか、桜の雨に・・・」を買った。
 もう最高!
 松たか子の曲はいいよ、ほんとに。
 なんか心がやすらぐ。

  もう散々遊んだし、そろそろ勉強する。
 ではでは


 2000年3月14日
  今日9組の四天王の一人と大阪に行って来た。。
 行く理由は、飲み会の時壊したカメラの代えのカメラを買いに行くため。
 この前医者の息子達といったときは大阪は全然面白くなかったけど、今日は違った。
  まず、昼前に難波に着いてぼちぼち歩き始める。
 途中のセガのゲーセンでタイピングのゲームがあったからそこでしばらく遊ぶ。
 そしてカメラのナニワにいって長い時間考えた挙句に、キャノンのIXY320っていうAPSのカメラを買う。
 合宿に持って行くから楽しみにしておきたまえ。
 そこでまず、35000円が消える。
  昼飯どうするってことになって、俺の提案?で、たこ焼のはしごに挑戦することになる。
 まず身近なところからということで、アメ村の甲賀流の所に行く。
 途中、迷子になりかけた・・・・・。
 感想。
 おいしくない。
 以上。
  日本橋に向かおうとしたらビッグステップの前でゲーム大会に出ませんかと誘われる。
 タイトルがリッジXだったから、速攻でOKする。
 場所はあの大きな階段の上にあるところで、オーロラビジョンでゲームが出来た。
 友達と対戦して勝って、Tシャツをもらった。
  そして、親に携帯で教えてもらったカニ道楽の近くのたこ焼屋に行く。
 まずい。
 以上。
 しばらく歩くと、たこ焼会席で話題になってるたこ昌のところをとおる。
 しばらくたこ焼は無理ということで今回はパス。
 もう少し歩くと映画館があった。
 上映してるのはシュリ。
 あの韓国で大ヒットしたという映画。
 俺のわがままで、見ることになった。
 高校生で買ったが、身分を証明するものを見せろといわれたが何もなかったので、プラス300円払って入場。
 始まるまでの時間、かばんの中を調べてたら、教科書販売の案内のプリントが入ってた。
 それを見せるとOKしてくれて、300円が戻ってきた。
 内容は、えぐい、濃い、悲しい、の三拍子のそろった映画だった。
 しかし、パンフがない。
 ということで、帰りに布施で途中下車して布施の映画館に買いに行くことにする。
 映画館を出て、NGKの隣のたこ焼やでたこ焼きを買う。
 いまいち。
  てくてく歩いて、とうとう日本橋に到着。
 何を買ったのかは極秘。
 そこでまたたこ焼を買う。
 最高においしい。
 ここのが一番おいしいという結論に至った。

  今日一日で5万円が飛んでいってしまいました。
 でも最高に面白い一日でした。
 以上


 2000年3月4日
  今日ついに奴がやってきた。
 思えば半年前、絶対にPS2は買わないと断言している俺がいた。
 しかし、そんな決心もインターネット予約があることを知った瞬間にもろくも崩れ去った。
 そして、インターネット予約が開始される時刻、俺はパソコンの前にいた。
 次の日は冬季講習があるにもかかわらず、そして回線がパンクしていることも知らずおれは夜中の3時までパソコンと格闘していた。
 ちなみにこのインターネットの混雑ぶりはTVでもとり沙汰されていた。  
  翌日、冬季講習を休んでもう一度パソコンの前に座るが、まだ込んでいる。
 トップページにさえも行けない。その夜も同じだった。
  次の日、惜しくも泉北に負けた日、速攻で家に帰った俺はついにPS2の予約に成功した。
 PS2本体、S端子ケーブル、横置きスタンド、リッジレーサーX、以上を合わせて5万ちょっとだった。
 翌日もう一度HPにアクセスしてみると、今から予約する人は発売日から1週間後のお届けになるとかいてあった。
 ちなみに現在は2週間後になっている。
 
  今日、朝NHKで秋葉原での大行列を中継してた。
 それを見て、届くのは夕方だろうと腹をくくっていたがそれは違っていた。
  ちなみにインターネットで予約を完了して、今日届くことを確信している僕は優越感に浸りきっていた。
 「ふんっ、こいつらならんでるよ。なんでこんなに行列作ってんねん。」
 とか思っていたのだが、JIROが一言いった。
 「お前もインターネットでならんだんちゃうん。」
 確かにそのとおりだと思った。
 
  テストが終わって、駅まで迎えに来てもらおうと家に電話した時、母は俺にもう届いていることを伝える。
 走って帰ったのは言うまでもない。
  家に着いてまず、手を洗って、服装をきちんとして、トイレに行ってから、ダンボールを開け始める。<br>
 はじめて、PS2の青いパッケージを見たときは感動した。
 そしてその青いパッケージをあけて本体を取り出す。
 そしてセッティングしていく。
 すべてが整った状態にして、約30分間なにもせず、完璧にセッティングされたPS2を感慨にひたりながら見ていた。
 飯を食って、もう一度トイレに行って、ついにPS2の電源をいれる。
 
  ちなみにPS2にはメインスイッチとリセットボタンがある。
 メインスイッチを入れてリセットボタンを押すと起動する仕組みだ。
 終わる時はリセットボタンを2秒間押せばいい。
 長時間使用しない時はメインスイッチを切っておく。
 まずなんにも入れないで電源を入れたら、PSを同様に設定画面になる。
 これがまた幻想的に始まる。
 多分言葉で説明してもわからないだろうと思うので、実際に見てみることをお勧めする。
 そして、リッジのディスクを入れて、リセットボタンを押す。
 するとリッジが始まる。

 ゲーム内容はもうカッコイイ!!の一言だ。
 マシンのテカリ具合、ドリフトをしたときの煙、バックファイア、飛び散る火花、テクノ風のBGM.etc.......
 明らかに現行機最高だ。ドリームキャストもこれにはかなわんだろう。
 やはりナムコという大企業のせいもあるんだろうが、かなりいい感じになっている。
 とくに音楽はテクノ系でむちゃくちゃカッコイイ。
 操作性は雑誌とか読んでると実車とはかけ離れてるというが、爽快感を追及してるゲームだけに別に関係ない。
 個人的に早くドリフトを決めれるようになりたい。
  あと、一つ見つけた面白いこと。
 PS2のコントローラーである、デュアルショック2はすべてのボタンがアナログに対応している。
 だから、ボタンを押す圧力や時間でそれを256段階として感知するらしい。
 それを思い出してリッジで使ってみたら、面白いことにアクセルを思いっきり踏んでると思っていたのにさらにメーターが上がっていく。
 これでもかって言うほど強く押すと更にスピードが上がる。
 これははまるね。
 とくにストレートでボタンをおもっきり押してスピードがどんどん上がっていくときの快感ときたらもう説明のしようがない。

  まだ一回しかやってないけど、たぶんテストが終わるまでは封印になると思う。
 テストが終わったらDVDを見たい。
 
  以上、PS2を買った感想でした。


 2000年2月8日
  あと30分で日が変わる。
 そして今外はすごい雪が降っている。
 なんとも言葉に出しがたい風景だ。
  惜しくも2位に終わってしまった新人戦も終わり、久しぶりに練習をしてみれば、スタメンはほとんど休み。
 やっぱりキャプテンがいないとみんなだれてしまっている。
 なんとも言いがたい気分だ。
 一体何の為に練習してるんだか。
 2年はスタメンはとれないとか言ってるやつもいるけども、1年はこれからなんだからがんばって欲しい。
 試合が終わった翌日親に頼んで奈良新聞買ってきてもらったのだが、やっぱり勝者の扱いはいいね。
 うちの高校のことについては医者の息子が実名で載ってたしね。
 キャプテンも写真載ってた。ただし一条の11番にシュート決められてるのを悔しそうに眺めてる写真だったけど。
  
  で、ビッグボスのパソコンでミスったって話だけれどもね。
 九州に遠征に行った時に、先生にインターネットしたいからつないでくれって言われたわけ。
 そして俺はいわれるままに先生のパソコンにホテルから一番近いプロバイダーの電話番号を入力したわけ。
 ところが先生は奈良に帰ってきてから今日まで、設定を直さずにつかっていた。
 つまり、先生はこの1ヶ月間のインターネットを九州までつないで使ってたわけ。
 ということは電話代はどうなる?
 で、今日怒られた。


 2000年1月27日
  今日の朝、雪が降った。
 なんともいえない感動を覚えながら平城京の中を自転車で抜け学校に到着。
 そこで、バスケ部期待の星くんからついに彼女が俺のHPにきたことを告げられる。
 早速、Iモードで調べた。
 が、うまくいかなくて最後まで読めなかった。
  
  そして、今日開かれた緊急会議の結果、医者の息子の新ハンドルが決定した。
 それは男が好きな医者の息子
 その理由は二つある。
  一つは、男が好きでない限りあんなにかわいい子をふるわけがない。
 一説によると携帯の検索で、もとバスケ部の同じ名前の奴と弓道部とを間違って調べたらしい。
  もう一つは、彼の僕を見る目が最近危ないということに気づいたということだ。
 なぜ今まで気がつかなかったのか不思議だ。
 平部員見習に言われるまで気がつかなかった。
 試合中の彼の荒荒しい息、そして接触プレイ!!
 これからみんなも彼には気をつけるように!
  以上が決定に至ったおもな理由です。
 ちなみに会議にはムロ君も参加してくれました。
 


 2000年1月20日
  ついに2000年が始まった。
 といってももう20日も過ぎてしまった。
 時のたつのははやいものだ・・・・・・。
  ところで不覚にも私はインフルエンザにかかってしまった。
 やはりあの吉野戦にハッスルしすぎたのだろうか?
 とにかく土曜の夜中に布団の中でずっとふるえて、以後四日間布団の中。
 インフルエンザになると腰が痛くなるということも発見した。
 ルミコとケンヤの離婚のことについても詳しくなった。
 おじゃる丸の歌も覚えた。
 でも学校休むのは色々と困る。
 数学なんかどうなってるのかわけわからん。
 みなさんも自分の健康には十分気をつけましょう。


 1999年12月29日
  ついに今年も終わるのか。
 そしてこの日記も最後の日記だろう。
 予定していたリニューアルもまだ完了してないし、多分学校が始まっても怪しいものだと思う。
 しかも最近名に忙しい。
 部屋の片付けは進まないし、合宿までに数学を終わらせようと思ってるのにまだ半分しか終わってないし。
 やっぱシェンムーやってるのがいけないのか?
 あのCMでやってる70億円のゲームのことね。
 結構中毒性のあるゲームだったりするからね。
 まぁ、来年も一つよろしくお願いします。
 多分来年もすぐ切れるし、朝は機嫌悪いだろうけどね。
 あと、忘年会の写真はもう出来てるので見せて欲しかったら言ってください。
 年賀状の意見も聞かせてください。
 では、よいお年を。


 1999年11月24日
  ウインターカップ奈良県予選準決勝で一条に負けてしまった。
 前々から分かってることだけど、やはりチームの底上げがどこまで出来るかがインターハイ出場の鍵になってくるね。
 自分はまず下半身を鍛える。別に卑猥な意味ではない。
 そのための秘密の特訓を人の知らないところでコツコツとおこなっている。
 俺もリングをつかみたいといういっしんで。
 とにかく俺は下半身を集中的に鍛える。もちろん上半身も。
  今日でテスト2週間前、1900年代最後のテストはどうなるんだろう?
 いい点をとりたいが、昨日クロノクロスを買った。
 これがまた面白い。
 どうなるんだろう。
 ではでは


 1999年11月10日
  早いもので今年ももう残り少ない。
 っていうか1ヶ月以上あるが、大学入試まで1年ちょっとと考えると怖くなってしまう。
 大学はいれんのだろうか?がんばらないと三郎と一緒に浪人してまうかも・・・・・・。
  このまえ平部員見習XXのお家のお泊り会に行ったとき、表皮&K島さん、その他もろもろにふられた&バイクで事故った君のバイクに乗せてもらった。
 初めてバイク(原付)にのったが、最高に面白かった。速度は55Kmほどでた。
 最初は怖かったが、だんだん快感に変わっていった。
 バイクに乗りたいと思うけれども、うちの親はバイク反対派。
 大人になって自分の責任が自分でとれるようになってから乗れといわれた。
 ごもっともだが一体いつの事やら。
 ちなみに私はハーレーのようなアメリカンタイプのバイクに乗りたい。


 1999年11月4日
  みんな元気?僕は元気です。
 最近下に書いた北大和の友人と携帯でメールのやり取りをしている。
 メールって面白いよね。でも、携帯で文字入力するのはしんどすぎ。
 あと、好きな娘ができたってかいたけど、実は話したことがない。
 でもちょっと気になる、なんて接していいかわからん。
  まぁそんな話は置いといて、今度の土曜は平部員見習XX君のおうちにお泊まり会です。
 バスケ部2年全員で!
 まぁ、夕食とかは外に食べにいくらしいですが、今から楽しみです。
 今のうちにカメラのフイルムかっとかなくちゃ。
 ではまたそのうちに。


 1999年11月1日
  また、独身寮居住者が増えたみたいだ。寮長の立場としてはうれしい。
 さてさて、昨日はウインターカップの第1、第2試合だった。
 我が奈良高校バスケ部は西の京高校で、上牧と田原本農業との試合だった。
 その時に、中学の時にいっしょにバスケをやってた友人たちと会った。
 もう中学の時の友人でバスケをやってるのはむろくんだけだとおもってたけども、二人も続けていたなんて驚きだ。
 一人から携帯の番号も聞いた。
 彼らのうちの一人は負けて、もう一人は勝ったらしかった。
 彼らが言うには僕のプレースタイルは中学のときからぜんぜん変わってないらしい。
 ただ突っ込んでいくだけのようだ。ほんとに耳が痛かった。
 でも事実だと思うのでこれからがんばっていきたい。
 まずみんなから認められるぐらいの事をしたい。
  今日の朝、起きたら急に「シックスセンス」を見に行きたくなった。
 三郎や医者の息子やムロやテニス部の鬼に電話するが、答えはNO。
 最後にバド部の森野聖者に電話したらOKしてくれた。
 5時からのやつを見に行こうと思って待ち合わせを4時20分にしたが甘かった。
 4時10分あたりにはもう友楽のシネマ5からモスバーガーのところにまで列がきていた。
 あきらめて7時10分からの上映を見ることにする。
 時間を潰して、5時10分にチケットを買ってモスバーガーで食事をし、5時30分から最前列に並び始める。
 その間、源氏物語やジャンプや友人からもらった日本史の参考書を読んでいた。
 肝心の内容だけど、言わないほうが言いと思うのでここで話すのはやめる。
 どうしてもと言う人は直接聞きにきておくれ。
 ではでは


 1999年10月27日
  ども、おひさしぶり。
 みなさん中間どうでしたか?僕は相変わらずです。
 まぁ今回はいつもよりも少しよかったです。
 少しむかついたのが、某教科の教師が点数の付け間違いをしたこと。
 一の位の数字と十の位の数字を逆につけて、見事にぬか喜びしました。
 申告すべきがどうか迷ったんですが、先生の相談したら決心できました。
 明日あたり申告しに行きます。
  部活の試合の日程が決定しました。10月31日の日曜日に西の京高校で第一、第2試合があります。
 恐らくみんな出られるのではないでしょうか?
 あくまで私の考えですが、今回の敵は一条ただひとつと考えてもいいでしょう。
 現在奈良県における4強は、奈良、一条、育英、桜井だと考えております。
 違うと思う方などは掲示板などに書き込んで下さい。
 ではでは


 1999年10月9日
  これまた久しぶりの日記の更新だ。
 前回書いた時には定期テストの恐怖がなかったのに、今はひしひしと感じる。
 テスト1週間延びないだろうか?むりだろうなぁ。
 志望校も決めたことだしそろそろ身を入れて勉強しよう。って何回誓ったことだろう。
 ふられた回数より多いかも?
 ふられたといえばついにバスケ部連敗ストッパーがあらわれた。
 医者の息子と言えばわかるだろう。一体あいつはなんていってこくったんだか。
 まったく想像できない。僕のように電話の前で硬くなって、
 「俺と付き合ってほしいんだけど。」とか、あのずうたいでいってんだろうか?
 それとも、「俺将来医者やでぇ。」とかいったんだろうか?
 あんまり変なことかくと本人とBIGBOSSにおこられるからやめとこう。
 あぁ、俺に誰かこないかなぁ。まぁむりだろうなぁ。
 もしかしたら高校生活彼女なしで過ごすかも。そうなったら夢の彼女と初詣もできない。
 何とか7連敗でストップさせたい。
 では今日はこの辺で。


 1999年9月23日
  今日は総体の奈高のブロックの決勝だった。
 ちなみに平城高校だ。第2試合だったがオフィシャルの関係で第一試合が始まる前にいく。
 第一試合は我が奈良高校女子バスケ部のでる決勝だったが、負けた。
 そんでもってわれわれのばん。
 平城なんて余裕ジャンなんて思ってたけど、うちのスタメンが開始不調のためなかなか点差が広がらない。
 しかし前半終盤から巻き返し始める。そんで、僕が出たのだがまわりにめいわくをかける。
 後半戦は前半とは比べ物にもならないくらいうちのペースでゲームが進んだ。
 残り十分ぐらいでたが一回だけ自分で満足できるディフェンスができた。
 そんで終了間際に交代して、優勝を見届ける。
 よかったよかった。


 1999年9月19日
  一条(某センター抜き)、奈良大付属を叩き潰し、とうとうあとは平城との決勝を残すのみとなった。
 僕は応援しかできないかもしれないけど、一生懸命がんばろう。
 ちなみに今日は香芝で練習試合。
 昨日試合と言うこともあってか我が奈良高校は昼からの参加。
 余裕勝ちすると思ってたけど案外苦戦してた。
 まぁ、あれがスタメンの本当の力だなんて思ってないけどね。
 でも、自分を含めてのベンチの力不足は深く心に刻まれた。
 わかってることなんだけど、自分ももっとパワーアップしてチームに貢献したい。
 まず足腰を鍛えてバランスを整えないとね。
  トップにも書いたけど僕もとうとう携帯を買う。
 親に反対されると思ってたから黙ってたのに、むこうからiモード買っていいと言ってきた。
 だからiモードにする。
 電話番号知りたかったら、っていうか教えるので聞きに来てください。
 ではでは。


 1999年8月24日
  鼻の骨を折ってから約二週間たちました。
 最初は「鼻骨骨折なんてたいした事ない」とか思ってたんですが・・・・・・、皆さん、鼻の骨だけは折らないほうがいいですよ。
 鼻骨骨折は折るときよりも直すときのほうが確実に痛いです、これほんとです。
 実際に私はほんと死にそうになりました。
 では、詳しい治療報告を。

  まず当日、先生に運ばれた最初の病院では、「耳鼻咽喉専門のところへ行ってください。」といわれ、紹介状を持って移動する。
 そして行ったら、次の日から盆休みらしく下に書いたとおり、奈商の近くの大きな病院に紹介状を書いていただきました。
 しかし、その病院の外来は9時から11時30分までで、当然その日はもう診察不可。
  翌日あさいちでその病院に行き、初診なので新しくカードを作り、耳鼻咽喉科のところで紹介状を渡す。
 大勢待っていたが、早速通される。
 まず、レントゲンを撮影し、もう一度耳鼻咽喉科に行く。
 そして、整合することに決定。
 まず鼻の中に二種類の噴射液をかけ麻酔する。
 そのまま約15分間、ずっとまっている。
 その間になぜかエプロンをつけさせられる。
 なぜか聞いたところ、「鼻血がでてくるから。」と言われ、納得。
 そして治療開始。
 それまではあまり緊張していなかったが、診察台の上にある太い注射器と鉄の棒を見て気分が悪くなり始める。
 しかし注射はしなかった。
 脈拍をとってもらい、整合開始。
 椅子が水平になり、自分の鼻の中に鉄の棒が入る。1.2.3の合図で棒が押し上げられ、鼻の骨がぼきぼきぼきっと音を立てて元に戻る。
 しかしまだ直らない。今日のところはまだだいぶはれてるので、次の機会にもう一度整合することになる。
 ここからがまたつらく、押し上げた骨がまた落ちてこないように、右の鼻の中にガーゼを詰められる。
 しかものどのほうに届くぐらい入れられるので、入れられるときはまじで気持ち悪くなった。
  そんなこんなで、次の診察。
 生まれて初めてCTスキャンというものをとる。結構緊張した。医者の息子の所にはあんなのもあるんだろうか?
 そして、簡単な麻酔をし、椅子に座る。
 前回は注射をしなかったが、今回はした。しかも両鼻合わせて3回。
 そして、気分が悪くなったときの為に点滴をする。
 最初の整合は前回と同じだったが、次のビチュウコツと言うところの整合は言い表せないほど痛かった。
 いやほんとに、これはまじで痛い。ちなみにこの治療はペンチみたいなもので鼻の真中の奥の骨をつかみ、無理やり曲げると言うもの。
 書くのは簡単だが、実際やってみるとしゃれんならんほど痛い。
 結局この骨は曲がらなかった・・・・・・。
 そして今回は両方の鼻にガーゼを詰めた。
 そのために私の鼻は一時機能しなくなり、呼吸は口だけ、匂いがわからないために味もわからない。
 
  鼻の骨を折るとこんなことになります。皆さん気をつけましょうね。


 1999年8月10日
  8月8日は私の17歳の誕生日でした。
 部活の時にプレゼントくれた先輩方、本当にありがとうございました。
 さて、今日8月10日に私は鼻の骨を折りました
 いやはやなんとも情けない話でございますが、部活の5*5のときにやってまいました。
 ボールを持って振り向きざまにディフェンスが頭突きをかましてくれて、見事鼻骨骨折。
 鼻時がだらだら出てしばらくとまりませんでした。
 まぁ、自分の不注意だったので仕方ありません。
 そのあと先生に病院につれて言ってもらったのですが、最初の病院では耳鼻科専門に行けと言われ紹介状をいただき、
 その次の耳鼻科の病院では次の日から休みらしく、奈商の近くの病院に紹介状を書いていただきました。
 明日あさいちでその病院行って来ます。
 では皆様、よい休日を。

 PS.下に書いてある三郎の血液検査の結果ですが、
    三郎には血液中のヘモグロビンが普通の人の半分しかないらしく、一ヶ月部活禁止になりました。
    ちなみにヘモグロビンとは酸素の運搬をするものです。


 1999年7月27日
  無事に合宿も終わりました。
 いろいろとしんどかったけども楽しかったです。
 ただ最近の部活の練習のしんどさはしゃれになってません。
 どっと疲れが出たって感じで、アミノバイタルなしではやってけません。
 まぁ、医者の息子に負けないようにゴール下を鍛えていきます。
 あと、三郎が今日採血検査に行ってきたみたいだけど大丈夫なのだろうか。
 と言っても進めたのはぼくなのだが・・・・・。
 何もなければいいが、何もなければないで三郎の体力の無さは何なんだろう?


 1999年7月20日
  今日は奈良高校野球部の県予選第一試合目でした。
 結果は快勝だったようです。ちなみに私は部活だったため応援いけませんでした。
 ちなみに生駒と試合してました。
  明日から部活の合宿です。トップにも書いたとおり鳥取までいってきます。
 ちなみにこの合宿、奈良高校だけではなく、他府県からも多くの高校が参加しての試合のような感じです。
 それこそ現在奈良県トップの一条も来るし、大阪の淀高、縄北など強ーーーい高校がきます。
 一年のときは夜は遊んでたけど、今年はそんな事する暇もなく寝てしまうでしょう。
 では無事に帰ってきたら又書きます。


 1999年7月13日
  ども、ジャッキーでございます。
 何だかんだいって一学期が終わってまいましたねぇ。
 今日帰ってきた期末も中間のときとは比べ物にならないほど悪かったですよん。
 一番よかった日本史も中野さんやおおちゃん、挙句の果てに井下君に一点差でまけてるしね。
 でも合計は門脇さんにも増田君にも勝ってるからいいやと思っております。
  後こないだ修理に出してたHDDが帰ってきました。
 期末終わった日にセットアップしたんですがなんと容量が増えて帰ってきたんです。
 最初はメインに使ってたIBMの6.4Gに不良セクタが出てきたから修理に出したんですが、
 なんと帰ってきたときにはひとつ上のシリーズでしかも容量が10.1Gもありました。
 これってわからん人にはわからないけどわかる人にはすごいことなんですよ。
 10.1Gっていうのはすんごい容量です。
 音楽CDが約20枚入る計算になります。
 まぁ、2.3週間で帰ってくるものが約3ヶ月かかったんだから当たり前といえば当たり前かなぁ。
  


 1999年6月7日
  ついにバスケ部は新チームになりました。
 今まで当たり前のようにいた先輩たちが急にいなくなったのでなんか寂しいような気もします。
 そして、今は自分たちが一番上にいるのだから自分に厳しくして、一年のことも考えないといけません。
 今はインターハイ行くために、それだけのためにしんどい練習をしてます。
 練習中にキレてみんなに迷惑かけるけど、精神の鍛錬をしてなくしていきたいと思います。
 なんかぼやきで終わったような気もするけどこれで終わります。


1999年5月29日
  修学旅行はもう終わったんですが、帰ってきたら速攻で中間一週間前だったので更新できませんでした。
 どもすいません。
 修学旅行は最高に面白かったです。
 最初は何で船やねんとか思ってたけど、飛行機よりも船のほうが絶対いい。
 だって飛行機は座ってるだけだけど、船は友達といろんなとこいける。
 朝日や夕日を海の上で見れるし、夜の星は最高。
 明石海峡大橋や、瀬戸大橋の下をくぐれるし、もう船旅万歳です。
 韓国も思ってたより悪いとこじゃなかったです。
 ちなみに写真300枚ぐらいとりました。
 現像料半端じゃなかったです。
 ちなみに27日に中間終わったんですが、なぜかビートマニアが欲しくなりそのまま買いに行きました。
 アペンドディスクもその日発売だったゴッタミクスを買いました。
 そして今日、ダンスダンスレボリューションを購入。
 私もリズムゲーの波の中に入ってしまいしました。


1999年5月9日
  ども、約一ヶ月ぶりのアップです。
 現在私は修学旅行直前ということもあり、非常にハイな状態であります。
 もうむちゃくちゃ楽しみです。
 あと十時間後にはそれが現実のものとなります。
 ということで今日は早く寝ます。


1999年4月15日
  ども、お久しぶりです。
 約一ヶ月ぶりの更新です。
 最近いろいろなことがあってなかなか更新できませんでした。
 まず、メインに使ってるHDDを修理に出したのでシステムをフルインストールしなおしました。
 今使ってるのは予備のHDDです。
 そのため容量も3.2Gと少なく、家族と共用なのでいろいろと不自由です。
 
  あと、新学年になりました。
 ちなみにクラスはJ-10。
 前のクラスの男子が結構多いし、よさそうな人ばっかりなので安心してます。
 かわいい子も結構いてるし。
 今年こそは彼女が欲しいものです。
 そして、新学年になったと同士にバスケ部に後輩も入ってきました。
 なんか、後輩が入ってくると気が引き締まりますね。
 そのため、今日の練習は張りきりすぎて、吐きそうになりました。
 
  それでは、これからどんどんと更新していくのでよろしくお願いします。


1999年3月14日
  今日はホワイトデーだ。
 しかし相変わらず部活。今日は朝7時に迎えがくるので早起きした。
 朝からの練習はしんどい。ちなみに私は朝はむちゃくちゃ機嫌が悪い。
 しかし部活が始まるとそんな事は言ってられない。
 がんばって声を出す。
 明日は学校がある。
 そして部活は休み。入試のためだ。
 あぁ、新しい生徒が入ってくる。
 自分より頭の言い生徒達が・・・。


1999年3月13日
  12日の分は日付が変わったから書けませんでした。
 今日は部活だけ。10時ぐらいに起きて友人を待つ。
 1時30分ごろに友達が来て学校へ。
 部活は2時30分からで、今日も死にそうだった。
 明日は他校との試合です。


1999年3月11日
  今日もテスト返却日。一番心配だった化学が平均あったのでむちゃうれしかった。
 今回一番よかったのは一夜漬けの政経。
 部活は今日もしんどかった。
 ちなみにF−3の部屋作ったのでクラスメートは来てね。


1999年3月10日
  今日はテスト返却日。テストだけ返すのかと思ってたらなんとありがたい事に解説までしてくれた。
 しかも各教科30分ずつ時間を割いてくれた。
 点数はすばらしいものばかりだった。これで記録更新だ!!
 それから昼飯も食わずに部活を開始。死にそうだった。
 学校の帰りにFFコレクションを買い、ホワイトデーの買い物に行った。
 散々迷ったあげく*****にした。
 気に入ってくれるといいのだが・・・・・。


1999年3月9日
  今日は朝から部活だった。今日の練習は約四時間でしかもまだテスト明けで体力が戻ってない中での練習だったのでむちゃくちゃしんどかった。
 とにかく、練習中に急に友達とガメラVを見に行こうという事になった。
 個人的には特撮には興味がないのだが今回のガメラはCGがすごそうだったので興味があった。
 一度家に帰り昼飯を食って、友楽に行った。12人ぐらいしかいなくてがらがらだった。
 感想はというと、むちゃくちゃおもろい。舞台が奈良京都だったのでなおさら面白かった。
 とくにイリスの成体が月をバックに飛翔するシーンはすばらしいの一言だ。
 あと、前田愛はかわいすぎる!!
 ということで、ガメラVの部屋を作成!!


1999年3月8日
  今日、FF[サントラアルバム初回限定版を買った。
 やっぱFF[の音楽は良い。特にラスボスからエンディングにかけての曲はすばらしいの一言に尽きる。
 それにしても気になるのは、ハイパープレイステーションリミックス9月号についていたFF[のムービーの中で使われていた音楽が使われてないことだ。
 むちゃくちゃかっこいいと思うのだが。


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