実習先:アジア女性資料センター
掲載紙:ニュースレター18号
掲載日:2000年1月
筆者:藤田 幸江(日本社会事業大学大学院博士前期課程終了)
タイトル:タイの田舎生活レポート(前編)
 
内容の全文
 
 シスターフッドを仕上げつつ、タイ行きの準備をしつつ、風邪をひきつつ、慌ただしくタイへとやってきたのは今年(1999年)の4月。1年間のタイでの生活も残すところ3ヵ月となった。
 まず、タイと言ったら、バンコク、プーケット、チェンマイなどしか思い浮かばない方のために、私の住むノーンカーイ県セーカ郡セーカ町とはどこ?どんな所?から説明したいと思う。
 
★どこ?
 タイは大きく4つに分けられる。首都バンコクがあり、タイの経済、社会発展の恩恵の大部分を吸収している中央部。山岳民族がチェンマイを訪れる観光客相手に商売をしていたり、気候が比較的涼しく色白美人が多いといわれる北部。プーケットなどのリゾート地、ゴム栽培などで有名な南部。そして私の住むノーンカーイがある東北部。
 東北部は「イサーン」と呼ばれ、タイで最も貧しい地方であり、東北部の中でもノーンカーイ県は最も貧しい地域と言われている。地理的にはメコン川沿いに東西に横長に広がり、隣接国ラオスとはメコン川にかかる橋でつながっている。そのため、ラオスと食文化、言語など文化的に共有する部分が多いのが特徴。そして、私の住むセーカは東西にのびたノーンカーイ県の東の端にあり、地理的、行政的、経済的に県の中心であるノーンカーイ市から200キロ離れたところに位置する。
 
★どんな所?
 “タイには国が二つある”と言われることがある。確かに日本人にも馴染みのあるバンコクは今の私の生活から見れば、別世界、別の国のようだ。
 バンコクでは高層ビルや娯楽施設が建ち並び、最先端の技術が享受でき、車は走らないけれど、高速道路があり(バンコクの渋滞は世界最悪と言われる)、タイ語以外の言葉も通じ、日本人の住民や観光客をよく見かける。
 それに対して、セーカは郡役所を起点に半径1キロメートル以内に商店街、市場、学校、警察署、消防署、郵便局があり、自転車で5分もあれば町全体がまわれてしまう。そして、町で一番高い建物は、5階建て新築の高校の校舎。また、高速道路ではないけれど時速100キロ出せる道が周辺の町へ続き、信号はないけれど水牛が横断している時には時速100キロの車も止まる。
 娯楽と言えば、郡役所の前の広場に、2ヵ月に1度、1日限りの野外映画場が設置され深夜1時まで上映され、私の睡眠の邪魔をする。その広場では映画だけでなく、特設遊園地が建てられたり、「モーラム」というイサーン伝統の音楽のショーが開かれたりする。老若男女を問わず、町の人たちはこの時ぞとばかりに繰り出し、楽しんでいる様子。いずれも深夜まで催され、私の睡眠の邪魔をする。また、タイでもカラオケ大流行なので、スナックのような店から毎晩遅くまで誰かの歌声が聞こえて、私の睡眠の邪魔をする。言葉はタイ語よりもラオスでも通じるイサーン語(方言)が主流であり、日本語を解さないタイ人ばかりが住む町である。日本人と見間違えそうなタイ人は多いが、誰一人として私のことをタイ人とは間違えない。私の名前を知らない人は、私のことを「ミス・ジャパン」と呼ぶ。
 そんな所で私が何をしているのか。そもそも、なんでそんな所に行ったのか。読者の皆さんの中に疑問が浮かんできたのではないだろうか。
 
★なんで?
 思い起こせば大学院の修士1年目の夏。入学許可証は何かの手違いであったのではないかと疑うくらい授業や周りの院生の研究意欲について行けず、悶々とした日々を過ごしていた。そんな中、社会福祉国際比較研究という授業で子どもの買春、労働問題を取り上げ、アジアへの興味が募り、授業の延長線上に決行された10日間のタイへのスタディーツアーに参加。ノーンカーイ県の中学校(日本の中学校と違い、高校も含めて中学校と呼ぶ。但し、ここでは便宜上タイの中学4年生を高校1年、5年生を高校2年、6年生を高校3年としておく)を訪れ、生徒の家に2泊3日のホームステイ。のんびりとした人々の暮らしや満天の星空、「便所バチ(都会では見かけないが、姿は黒く細長く、トイレというより「便所」と呼んだ方が相応しいと思われる所に生息)」など、田舎の実家を思い出させる光景にしばしば出くわした。
 こういったノスタルジックな思い、日本では経験できない生活に対する興味、現状からの脱皮を期待する気持ちから、この地で1年間生活してみることを決意。
 
★ 何しているの?
スタディーツアーに参加した時、ノーンカーイ県ではなぜか日本語教育が中学校で盛んに行われており、日本人のボランティアが日本語を教えていることを知った。現地の人と関わるきっかけになると思い、私もセーカ校で高校2年生(5クラス)の日本語の授業(週2コマ×5)を担当。それ以外の時間は睡眠、水浴び、掃除、洗濯、食事、勉強、排泄にあてている。
 日本や先進国でしか生活したことのない人、特に若い人には想像がつきづらい生活をしていると思う。睡眠、水浴び、掃除、洗濯、食事、勉強、排泄の全てにおいて、日本と同じようにはいかない。その辺の私の生活ぶりに関する紹介は次回にまわしたいと思う。
 
★ところで
タイに飛び立つ前に、しばしば「親御さんがよく許したねえ」とか、「親御さんは心配でしょう」と言われることがあった。確かに、留学するわけでも、どこかの組織の一員として派遣されるわけでもないので、親が簡単に納得したわけではなかった。特に、衝動的に行動する傾向を注意されてきた。
確かに私は衝動的に行動しがちであり、反省すべき点だと認識している。しかし、挑戦してみたいと思うことがあるのに、しり込みしていてなかなか実行に結びつかないよりも、「やりたい」「挑戦したい」という思いを行動に移して、自分で足跡をつけて行った方が、自分の歩みを省みることができるし、だからこそ進歩するのではないだろうか。ここでの生活をとおして感じたことの一つである。