出会いから応募まで

青年海外協力隊の存在を知ってから、受験に至るまでの経緯。
動機とは、理想だけではない気がします。

19才  出会い

1人暮らしを始めた大学時代。
コンビニで「東京ウォーカー」で
見慣れぬ広告を目にする。

「青年海外協力隊」

若い情熱を
発展途上国のために捧げる。
自分が知り得なかった見聞を広げる。
見知らぬ誰かが
私の力を必要としている。


わがまま放題の自分を反省し、
教師を志した大学生活。
協力隊の理想は
どこか自分の目指す生き方に通じる部分があり、
憧れを感じずにはいられませんでした。
そして


いつか参加してみたいなあ・・・


同時に・・・・


ただで語学を勉強できる。
1ヶ月10万もらえる。

何より、
2年間海外暮らしができる!
すっげ〜!!!


貧乏学生の思考回路には、
そのことも忘れずにインプットされました。

21才  卒業後の進路

進路を考え始めた大学4年の初夏。
友人らは就職に向けて
活動を開始する。
私は



教員採用試験一筋!



・・・と思いきや
実は青年海外協力隊の願書を出した。

初めて協力隊の説明会も参加した。


「青春の大地」


なるPRビデオを見た。
こ、これが協力隊か・・・・
気持ちは一気に傾いた。



私は大学時代のボランティア経験を生かし
「青少年活動」
なる職種で出願。

保健所で健康診断を受け、
その結果を友達に取りに行ってもらったりした。


受験票が届いた。
でも・・・ 受験はしませんでした。



協力隊という仕事に自信が持てなかったこと、
やはり「教師」になりたかったこと。
何より日本を離れたくなかったこと。


協力隊の思いは封印され、
私は小学校教師の道を進むことになった。

25才春  現職参加への道

仕事も4年目に入っていた。


行き詰まる仕事。
自己との葛藤。
申し訳なさと無気力感。



現状を変えたい。
充実感を、生きている喜びを感じられる日々を過ごしたい。

そんな思いはピークに達していました。

だが、
仕事はやりがいを感じるから辞めたくない。

そこで考えたのが
「現職参加による青年海外協力隊参加」
であった。



よしこれだ!


関係筋と相談、
2年間の休職を認めてもらおうと思った。



・・・認められなかった。


私の所属する自治体は
「現職参加には、勤続6年以上が条件」であり、

「いや、文部科学省は3年以上で・・・」
という私の問いに


「それ以前に、あなたは○○○(自治体)の教員なんですよ」


と反論される。
あきらめきれない私は、
様々な手段を使い、 現職参加の道を探った。

教委へ直談判に近いこともした。


ダメだった。



私は今のフィールドで
生き甲斐を模索していくことにした。

25才秋  決意

限界に来た。
私はダメになる。
救いようがなくなる。


自分の中で向上心が残っているうちに、
新たな生き甲斐を見つけたい。



異動とか現職参加とは
もはや大きな問題ではなかった。


今を思いっきり生きられる、
夢を持って
力の限り自分を試せる・・・


そんな環境が、私は欲しかった。

今、自分の全てを
この夢に賭けてみたい。

迷いはなかった。
10月15日、
協力隊秋募集に出願。

全てが今、始まろうとしていた。

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