「大名釣士」
          【本木雄介】


船長の仕掛けを拝借して釣る、ということに異を唱えられる方もおられる。
「釣り人ならば自分で道具・仕掛けは作るもの。あなたの釣りの考えは横着極まりない。それを大名釣士というのだ」と手厳しい言葉をいただく。
「大名釣士…」自分でもそのとおりだと思う。
私は釣り漁師の家系で育った人間なので、道具仕掛けは一通り自分で作れる。実を言えば、若いころは他人の仕掛けなんぞで釣りなんかできなかった。自作の研究の成果を試し、それで結果を出すことに熱くなったものだ。しかし現在はというと、庭に専用倉庫をどんと置いている。部屋の押入れに入りきらない釣りの道具がぎっしりとつまっているのだ。

いつからこうなったかというと、「釣り船」を吟味するようになってからのような気がする。「釣り船選び」とは「船長選び」であり、「釣りの先生選び」であると観念してからである。つまり、我々素人がどう頑張ってみても太刀打ちできない「名人」がいる。そういう「名人船長」との出会いの中で「悪あがきはやめとこう」と小さくおさまった結果かもしれない。
私が乗る「釣り船」は私が吟味を重ねた「名人船長」ばかりだ。釣れなければ、その日の敗因が自然条件にあったのだ、と納得できる方たちだ。こういう「名人」であればこそ、クーラーひとつの釣りがはじめて可能となる。
しかし私自身、毎度毎度手ぶらで乗船しているかというとそうではない。「名人」の仕掛けを凌ぐものを、と苦心して挑戦もする。たまにそれで大物を上げた時の喜びは例えようもないものだが、トータルすれば安定感で「名人」には及ばない。「名人」は高打率の「イチロー」のようなものである。

世の「釣り船」の多くは集客を狙った「素人船長」が非常に多い。釣りの質問を投げかけてもまともに返ってこない船長、釣れないことを潮加減が悪かったからと言い訳する「素人船長」は論外だ。そこそこの釣果で終わった理由を「漁場が荒れるからこのへんでおさめた」などと真顔で客に言う船長もいるという。
「釣り船」とは「客に釣らせてなんぼ」の商売である。どの船長も必死でなければ嘘だ。未熟な腕の言い訳を「きれい事」にすり替えているわけだ。これを我々がまともに受け取って「自然を愛するなんて素晴らしい船長なんだ」と感動しては笑い話になる。漁場の荒れを心配する船長とは「客に釣らせる操船のできない船長」であり、「彼自身も釣る腕をもたない船長」である。

「釣り船」を利用する多くの「釣り人」に「大名釣士」になりなよ、とは言わない。だが「大名釣士」になってもいいや、と思えるほどの「名人船長」を見つけてほしい。そして今まで知らなかった「釣りの醍醐味」に感動していただきたいと思う。


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