偶然の大物、以来2年経ち…。
                 
【本木雄介】

泉南市のNさんからメールをいただいた。
「釣り船選びの達人」を読み、ご自身が通っている「釣り船」
に疑念をもった。さっそく調べてみたら「地元養殖業」を本業とする「釣り船副業漁師」であることがわかった。
つまり、「釣り漁師」
としての経験はゼロ。我々が言うところの「素人船長」だったわけだ。
そして組合への問合せを含め、情報を吟味した結果、「本物の釣り漁師」の「釣り船」を探し当てた、という。それは同じ港の船であり、2年前にHPに並んで載っていたもう一方の「釣り船」だった。しかし皮肉なことに、Mさんは
料金の安い方の「素人」を選んでしまっていたのだ。

だがこのMさん、初めて乗船した時、あろうことかその
「素人船長」の船で50cmを超える真鯛を釣ってしまったそうだ。「こいつはいい船を見つけた」と友人にも自慢してまわり、月に一度は通う常連となった。ところがそれ以降、運に見放されたように20数回に及ぶ釣行では満足な釣果にあたらず、肩を落としていたという。そこへもってきて「素人船長」だと知り、乗り換えるべきか悩んでいるのだ、という。

「乗り換えなよ」と一言で片付けてはあまりにも他人事すぎるだろうか。
気持ちはよくわかる。2年間通い続ければ、船長とも気心の知れた仲になっている。今さら隣の船へ浮気をしては…との思いだろう。
だが、私だったら乗り換える。例えば近所に10年通い続けた「料理屋」があっても、腕のいい店が隣にオープンしたら迷いなくそっちへ行く。こんなことを書くと、なんて「薄情なやつ」だろうかと思われそうだが、私は情を重んじる「お人好し」ではない。
例えが悪かったかも知れない。ただ、これがこと「釣り船」ということであれば迷いは禁物だ。月に一度は「船釣り」を楽しむくらいの釣り好きならば、この先
10年・20年という「釣り人生」の尺度で考えるべきだ。

偶然ひっかかってきた「大物」という産物に、以降2年間「船長の腕うんぬん」に何の疑いももたなかったのは仕方ないだろう。だが実情がわかれば、より良き選択はどちらか。たぶんM氏も気持ちはすでに決まっていると思う。少しばかりの「気まずさ」が足を引っ張っているにすぎない。

「本物船長」はコンスタントに釣らせてくれる。けっして「釣り」というものを飽きさせない技力をもっているものだ。それこそが「長年の経験からつかむポイント取り」である。
「ポイント」を的確に攻めてくれる、という一見当たり前のように思えるこの「技」を使いこなせる「釣り船船長」は少ない。だが「本物」でそれを体験すれば、今までの「釣りモドキ」が色あせて見えるだろう。
潮まわりの悪い日にあたっても「今日はダメだったなあ…」という落胆の思いではなく、「今日はダメだったが、次回こそ!」という励みに変わる。信頼する「本物の船長」の船では釣果にかかわらず、精一杯の戦いを終えた充足感につつまれる。何故なら
「その日その時、最高のポイントを攻めたのだ」という確固たる事実がそこにあるからだ。

多くの「釣り人」はこうした
「自然に負ける」以前に「素人船長の腕」によって負けてしまっている。これは憂慮すべき事実だ。


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