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今夜の番組チェック

「船長」の「操船技術」とは。
              【本木雄介】

「船長」は我々「釣り人」をその日、最高のポイント(ステージ)へと運ぶ「水先案内人」だ。海の底にある「魚の群れる場所」は我々には分からない。
その海で長年培った経験が、その一点をピタリと当てる。「名人級」になれば、そのポイント数は100を超える。風と潮の流れに船を揺さぶられながら、その一点にとどまる術、それが彼らの「操船技術」だ。しかしこの技術、すべての「漁師」が持っているわけではない。そこには各人の「優劣」があるのも事実だ。

N島R丸を例に挙げよう。この名船長は「釣り漁師40年のベテラン」だ。まず、ポイントを見定めるため、周りの景色を始終眺めている。遠くの山並みや岩場のわずかな重なりで
ポイントをしぼっているのだ。(これは肉眼で行う三角測量。古来より日本全国の漁師たちに見られる高度な技術)
そしてポイントに着いてからも
小刻みな操船をくり返し、けっしてその場から流されることはない。まさに小型戦闘機が照準をロックオンし、敵にドッグファイトをしかけているのだ。
このステージに立つと、我々は俄然燃えてくる。これ以上のおぜん立てはないからだ。さあ釣ってやろうじゃあないか、と熱くなる。

さて、これが「素人船長」だとどうなるかだ。
まず、彼らはこの「名人級」の姿を探す。そしてぴたりと着いて行こうとする。しかし、よほどおだやかな日でないかぎり流されてしまう。敵(魚)に照準を合わせられないのだ。結果、ある程度そこそこの釣果で終わってしまう。
「名人」は景色を見てポイントをつかむが、「素人船長」はその「名人の船」が頼りのツナだ。その場から「名人」の姿がなくなったら呆然とするしかない。
最近はGPS・魚群探知機といった機器に頼る漁師も増えたというが、それによって格段に釣果がよくなったという話は聞かない。
広い海原で
たった1船であっても戦える船、それが本物の「釣り師」だ。

結果的に、こうした最高のステージであっても、釣果のままならない時もある。それが自然であり、釣りの奥深さだ。ただ、この感銘を受けるのは
「本物の釣り勝負」をした時のみ通用する。最高のポイントを攻めてくれたがダメだった…とあきらめもつく。よし、次回こそ!とファイトがわく。
「素人船長」の案内で戦う多くの「釣り人」は気づいていないはずだ。そこがずれたポイントであったことを。よし、次回こそ!と奮起しても、また同じ過ちをくり返すだけだ。他人より上のステージで腕を磨きたいならば、他人よりもヒットの回数を増やすことだ。まさにポイントの上に立つことだ。それを「素人船長」に期待しても、とうてい無理なのだ。
こうした「漁師の操船技術」を我々も理解していないと「素人船長」の船で無駄なファイトを延々と燃やしつづけることとなる。

時折、メールなどで「良い釣り船」を紹介してくれ、と問合せをいただくが、関西圏の方ならこのN島をお勧めしている。この島の漁師の巧みな「操船技術」は、私の郷里(九州)の漁師とよく似ている。そして「独特の手釣り手法」は腕を試すにはもってこいの機会だ。中でもR丸船長には我々は絶対の信頼を置いている。またキャリアの長いM湾のS港T丸も同様だ。

「船長」と友好な関係を築きたい、と「釣り人」は誰しもが思うだろう。だが、「素人船長」と友好的になっても、得るものはなにもない。せっかくの休日を「釣りの真似事」でつぶしてしまうだけだ。
「名人級」と懇意になることこそ、我々に「釣りにおける大いなる財産」を与えてくれる
「釣り船選び」の重要性は
「釣りに対する価値観」さえ変えてしまうことだ。その価値を理解できる「釣り人」が増えれば、世に蔓延する「素人船長」もいずれ淘汰されていく、と私は信じている。




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