釣行記 2001年 
      
【本木雄介】 2001.12


ホームページの更新が滞っていた。実はパソコンの頼みの綱である仲野君が内臓疾患で長期入院を強いられていたのだ。しかしその彼も無事退院し、職場復帰、釣りも戦線復帰とあいなった。
さて私の方だが、この夏は比較的仕事も少なく、秋になってから磯釣り・船釣りに忙しく竿を振りつづけた。このホームページでは船釣りのノウハウを語る主旨だから、この夏に乗った釣り船のエピソードを2つ紹介しよう。


U港にて。(8月)

私たち(4人)で民宿に泊まっていた。翌日に手配している釣り船E丸に乗るためだ。その民宿には他に2つの釣り客がいた。彼らも明日の船を予約していた。夜には狭い宴会場で彼らとも一緒になり、釣り談義に熱が入った。酒の酔いのせいだったろうか、1組の釣り客が我々にからんできた。要は、自分たちがいかに釣りサークルとして有名であるかを誇示したいらしい。過去に釣り上げた魚の大きさでもらった賞状の数を上げ、テレビで放映される事何回、と自慢はつきない。たしかに彼らの装備は完璧だった。釣り雑誌の紙面を飾るにふさわしいなりだ。最新の竿にリール、仕掛けも凝っている。ジャケットには○×会なるロゴがおどっていた。

翌日、我々の手配したE丸船長は高齢ながらその手腕をおおいに発揮してくれた。早朝と昼前に変わる潮を見事に読みきり、4つのポイントを的確に捉えていた。そして一方のサークルの連中だが、彼らの船は潮に流されるままになっていた。退屈そうな竿の上げ下げが見てとれた。港へ戻ると、連中の1人が我々の釣果をのぞきにやってきた。そして、一瞥すると、そそくさと車で逃げるように走り去ってしまった。

彼らの敗因はひとえに船選びにある。彼らの船長は、つい最近まで養殖業を営む者だった。これまで釣りとは縁などまったくない者だった。ましてや複雑な釣りのポイントなど理解できるわけもない。ただ日がな1日、海の上を流していただけなのだ。
釣りの装備と少しばかりの経験も、魚のいない場所ではなんの威力もなかったようだ。

そして民宿にはもう1組の釣り客がいた。家族連れの物静かな人たちだった。彼らの船長は我々の船長の甥っ子さんだった。船長はキャリア10年に満たないが、我々の船に1日中そばに付いてポイントを攻めた。叔父からなにかを学び取ろうとする姿がそこにあった。釣果は我々の半分ほどであったが、高校生の息子さんが釣り上げたという「ハタ」は60cmを越え、その日1番の大物だった。


H港にて。(10月)

朝の潮風もめっきり冷たくなった早朝、我々ともう1組の釣り客がそれぞれの予約した釣り船を港の岸壁で待っていた。私達はもう10年近く乗りつづけている腕の確かな船長の船だった。
彼らはこの港は初めてで、船はホームページで「これだ!」と思う釣り船を選んできたのだという。船名も聞いたことがない船だった。
やがて1艘の船がやってきた。彼らの手配した船のようだ。まだ真新しい船で船長は40代の若さだ。岸壁に船を横付けし、客を乗り入れさせるのかと思いきや、船長が岸壁に上ってきた。そして開口一番、
「どっちがわしの客かな」
「…」
「たしかKさんと聞いたが」
「はあ…」
彼らが手を上げて返事をした。
船長は腕組みをし、彼らの釣り道具をじろりと見つめた。
「ちょっと仕掛けを見せてみな」
「はあ…」
「この竿は合わないな。…これも短すぎる」
船長は彼らの装備ひとつひとつに減点をつけていった。仕掛けを手にして、「これじゃ食いが浅くなる、あたってもすぐ外れるな」
「…」みなの顔がくもった。
かわいそうだが、彼らは初対面から、この若い船長に主導権を必要以上ににぎられてしまったようだ。そして、船長は船から自分の道具をひっぱり出してきた。
「今日はこれで釣ってみようか。そんなオモチャみたいなのよりましだろう。先週はこの仕掛けで5キロの真鯛上げているからな」
自慢話だかウンチクだかよく分からない若い船長の声は大きい。離れて立っている我々にもよく聞けといわんばかりだ。
そして、その講義は我々の船が姿を現すまでつづいた。

その日は我々には幸運だった。船長の勘が的中し、1日中真鯛のヒットが連発した。用意していたボックスに入りきらず、小型のものは船長に返した。
そして、先に港に帰っていた例の彼らが我々の船に集まってきた。彼らの浮かない表情が気になった。1人が近寄ってきて言った。
「××丸にはだまされましたよ。あいつの仕掛け、べラも食いつかなかったんだから」
「ああ、だめでしたか…」
私はやっぱりなあ、と思った。
「皆さんの船、魚上がってるの何回も見ましたよ。それで俺たちもあっちへ行ってみよう、って船長に言ったら急に不機嫌になって…」
「それから離れていきましたよね」
「そうなんです。で、移ったポイントも食いが悪くて…今日は潮が走らないからダメだって。約束より1時間も早く終わらされたんです」

しょんぼりとした彼らは哀れだった。

後日、彼らからメールが届いた。例の××丸のホームページに憤慨している旨が書き連ねてあった。私も確認にのぞいてみた。
その日の釣果にはやはり良い数字は出ていない。(釣果をごまかして書くまではしないらしい)だが、コメントとして、「もっと腕を磨かないとH港ではつれませんよ。がんばってください」と堂々と書かれていた。どういう神経の持ち主かは、あの日早朝、岸壁での様子から察しがつく。しかし、この手の被害に遭うものは今後もよほど気をつけていないと後を絶たないだろう。
この釣り船、初めてホームページを見た者には、ざっくばらんで好印象を与える雰囲気に満ちている。「※料金は釣果によって相談にのります」とも書かれている。しかし、乗船前に一喝を受けている客が下船時に「ダメだったから安くしてくれ」とは言えない空気にしてしまう。巧妙だ。ちなみにその船長もまた、別の漁師業から衣替えした「素人船長」だったことは確認済みだ。
しかしその掲示板には乗船した「彼の客」からの書きこみが並んでいる。「××船長、昨日は大漁をありがとう!来月もよろしく!」「釣りっておもしろいんですね。すっかりはまってしまいました」等々・・・。あんな船長でも懇意に感じる釣り客がいることもまた事実だ。

「鉄の5ヶ条を頭に叩き込んで、これからはしっかり調べぬいてから乗りますよ」彼らのメールの最後にこう書かれていたことが唯一の救いだ。


※鉄の5ヶ条(その5)料金安価の釣り船は外せ、に該当。
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