船長はタイガー・ウッズか?
【葛城 伊佐夫】
今年(2001年)も暮れようとしている。自分なりに「釣り日記」なるものを綴りはじめて20余年になろうか。年末の整理のたび、積み上げた荷物の中から日記帳を読み返している。はじめの頃は「いつもの事ながらヘボ釣りが今年も続いた」等の記述が並ぶ。ところが、ある年を境にして、「近所にお裾分けした…」等の自慢に値するであろう立派な釣果表が書きこまれている。すべてはFLEC本木氏との出会いからだ。
私は釣りが好きであったが、釣果にはあまりこだわってはいなかった。仕事のストレスを解消する良い趣味だと考えていた。それは自分の釣り人生を振り返っても間違いではなかったと思っている。しかしながら、「本物の釣り漁師の釣り船に乗ること」に気づかせてくれた本木氏には今もって感謝をしている。それまで得ることのなかった釣果もあるが、釣りのみで生計を立ててきた「本物の釣り漁師の釣り船」でどれだけ多くの事を学んだろうか。彼ら「本物」は1本の釣り糸に人生をかけている。「多くの遊漁船・素人船長」にはない凄みと技がある。私がそれをどれだけ会得できたかはわからない。だが、気づかないままに素人船長の釣り船に乗り続けていたら、今の私はなかったであろう。
「釣り船」を私はゴルフに例えるのが的確だと思っている。良い師匠につけば、ゴルフの上達は明確だ。ヘボなままで良ければ会社の上司に教えてもらう程度で十分だ。だが、師匠がプロ・ゴルファーだったらその教えは飛躍的に上達へと導いてくれる。
釣りもまた同じであろう。だが、「釣り船」は「素人船長」も「本物船長」も払う料金はたいてい同じだ。だったら、「プロ」を選びたい。そして、欲をかけば「タイガー・ウッズ」級と巡り会いたいではないか。
現在の私が乗り続けている「釣り船」はすべて「本物の釣り漁師」だ。釣りに行けば、たいてい近所へ配って回らなければならないほどの釣果を上げている。同じ港から出船しても、他の「釣り船」とは大きく水をあける成果を上げる。すべては船長のポイント取りが鍵をにぎっている。
「本物」の当たりクジを引くのは運ではない。的確な「船選び」さえしておけば良いだけなのだ。ただそれだけの事に長年気づかなかったわけだが、痛い目に会ってこそ今の釣り人生がある。
最近のインターネットの宣伝では、あまりにも多くの「素人船長」が蔓延している。釣れなかったのは自然相手だから。それもある。自分の技術が未熟だから。それもあるだろう。
だが、「船長は果たしてタイガー・ウッズだったのか?」そんな疑問はけっして邪道ではない。それこそが最要因だという事に、釣りを愛する貴兄達もそろそろ気づいても良いではないか。
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