2.図法の謎


2.図法の謎 最近のピリ・レイス地図「正距方位図法説」は
おそらく「神々の指紋」によって広まったものだろう。
それ以前の本では衛星写真の状態で描かれているとか
超高空から見たデータが使われている
などとされている物ばかりのように思う。

で、この「正距方位図法説」を知って疑問が生じた。
超高空から地球をスケッチしたならば正距方位図法ではありえないし
正距方位図法なら超高空からのスケッチではありえない。
乱暴に例えるなら、正距方位図法は視点、
つまり図の中心、の反対側から地球表面を言わば数学的に
みかんの皮をむいて平たくした様に展開したもので、
超高空からのスケッチはみかんをむかずに
そのままスケッチした様なものだ。
これらを同時に一枚の図上に表すことができるとは思えない。
どちらかが嘘か間違いである。

そして1.超高空の視点で述べた理由で
超高空視点説はありえないと思うようになった。
では、正距方位図法なのか?
正距方位図法、というか全ての図法は地球という球体を展開して
平面に描きなおしている。
そして地図に正確さを求めるならばその展開に数学が必要になるわけで
正距方位図法に使われる数学というのが球面三角法というものらしい。

そしてオカルト本では図法について
「そんな高度な数学知識があったのは
古代に優れた文明があった証拠だろう」
とかなってたりする。

だが、ピリ・レイス自身が「20枚ほどの地図を参考にした」
というようなことを地図中に書いている。
その20枚の地図の中には
古代の物もあればコロンブスなどによる当時の最新の物もある。
本によってはまるで古代の地図だけを
参考にしたかのように書いているものもあるが。

で、肝心なのはピリ・レイスが
「約20枚の地図を参考にしている」ことだ。
それが古地図であろうが当時最新の地図であろうが
20枚ものバラバラな地図を環大西洋地図に仕上げたということは
正距方位図法的歪みは
ピリ・レイスが地図を編纂する段階でついたものだ。
だから「古代の地図に球面三角法が使われていた」のではなく
「ピリ・レイスによってそう見える地図にされた」はずだ。

そしてまた、その正距方位図法的歪みさえも
正距方位図法ではないのだ。

では、それを証明してみよう。
ピリ・レイス地図をよく見ると あちこちに船が描かれているのに気づく。
ヨーロッパ沖から南米に向かい一直線上に並んで船の列がある。
その列の南へ向かう5番目の船はそれまでの船と違い45度程傾き、
さらにその次の船はほぼ水平になっている。
この船が傾き始めている海岸に注目してみると
ぐにゃりと曲がっているのがわかる。
つまりこの地点を中心にそれ以南の海岸が水平になるように
折り曲げられているのだ。

では地図の北西エリアを見てみよう。
ヨットのような船が垂直に描かれている。
実はこの部分はコロンブスの地図をもとにしたとされ
ここを北米大陸だと思って見ている人には
めちゃくちゃ不正確と言われたりもするエリアでもある。

だが、思い出して欲しい。
ピリ・レイス地図は正距方位図法的に描かれていることを。
まさにこの部分がそう見えるエリアなのだ。
カイロ中心の正距方位図法のようにカリブ海一帯が
垂直にせりあがった状態で描かれているのだ。
ためしにピリ・レイス地図の西が下になる様に横にして
現代のカリブ海域の地図と見比べてみて欲しい。
キューバ島、イスパニョーラ島、が稚拙ではあるが
きちんと描かれていることがわかる。

そして島の隣にはさきほど垂直だった船が水平に
浮かんでいるのが見える。
そう言えば南米南方にも折れ曲がった陸地に沿い
船が描かれていた・・・

つまり、船の絵は地図が折れ曲げて描かれていることを
知らせるのと同時に
そのエリア到達時には海岸に向けて地図を見るべきことを
告げているのだ。

例えば街角に立てられた看板状の地図はそれを見る者が
東西南北を知らなくとも
現在地が特定されていることで
目的地を知ることができるようになっている。
そして大航海時代の遠洋航海は
まずとにかく対岸に渡りその後地図を頼りに沿岸を航行するもの
だったという。
参考:「地図を見て航海できるか」
http://homepage1.nifty.com/ptolemy/history/voyage.htm#MERCATOR-NO-HASSO

当時ある程度方位を定めて航行することはできたにしても
ピリ・レイス地図が海岸に沿って航行するためにつくられた物だとしたら
海岸沿いで海岸に水平に描かれた船は
そのエリア到達時の現在地、
というよりそのエリアでの地図の天地を示すものだったのである。

では、地図の北西に逆さに描かれた魚と船は?
実はこの魚に見えるのはセントブランダン島という島なのだ。
だが、島だと思って上陸し、
焚火をしたら暴れ出したので魚だとわかった
という伝説の島なのだが。
その巨体と潮を吹いた姿で描かれることもあるあたりから
正体は鯨としか思えないが。
アイルランドとニューファンドランド島間でのことらしいので
緯度的には北緯45度以北と見られ、
架空の島とは言え
その陸地に対し水平に船が
描かれていることは船が現在地&天地を示している
証拠と言えるだろう。

ちなみにこのセントブランダン島、
多分まったくの偶然だと思うが
地図の西側が下になる様に横にしてみると
奇しくもフロリダ半島と形、位置が一致して見える。
ちなみにフロリダ半島が発見されたのは公的な歴史では1513年だが
それ以前から既に知られていたそうだし、
製作年的にはありえることだが
多分似たのは偶然だろう・・・
あるいは魚に似てると見た
ピリ・レイスのちゃめっけなのだろうか・・?

以上、見てきたように
南米大陸はその両端を折り曲げられ、
結果C字に歪み
その歪みが正距方位図法に似、
C字の歪みの中心は嘘か本当かカイロと重なり、
結果、カイロを中心にした正距方位図法に似ている、
とされたと考えられる。

その他の説で「神々の世界」の中で出ているものに
「コロンブスはヒスパニオラ島を日本だと思っていたので
南北に長いと言われる日本に似せようと
ヒスパニオラ島を90度傾けたのではないか」
とかいうのがある。
だが、そんな解釈をしなくとも
前述の「船の絵が地図の天地を示す」という考え方で見れば
カリブ海域のそれぞれの島、
中米の陸地が正確な位置関係で
描かれていることになる。
そして何よりコロンブス自身が描いたとされる
イスパニョーラ島の地図の方位は正確である。
↓コロンブスが描いた地図
http://www.yamada-kj.com/oversea/sw/sw1490/1492_c5.html
このことからも
もとは正確な方位で描かれていたコロンブスの地図を
ピリ・レイスが垂直に
南米につなげて描き込んだと考えられるだろう。

ちなみにピリ・レイス地図の
キューバ島と見られる縦長の島にはなぜかイスパニョーラ島と
記入されているそうで
なぜキューバ島にその隣にあるイスパニョーラの名を
書いてしまったのかは謎だ。
単純に考えると間違えた、となるだろうがしっくりこない。

また、縦長の島がイスパニョーラ島である証拠として
島を縦長に見た時、その右側にコロンブスが1493年に建てた
イサベラ市と見られるブロック状の物が描かれている、
というのがある。
が、この島をその形状からキューバ島と見ると
その下にクワガタのような形の島が描かれており、
むしろこちらがイスパニョーラ島と見られ、
そしてまたこの島にもその右側にブロック状の物が描かれ
これもイサベラ市と解釈できてしまう。
だが、小さい島がイスパニョーラと見ると
キューバ島、イスパニョーラ島は東西に並んでいることになり
ピリ・レイスが写したコロンブスの地図は
何の問題もない正確な物だったと考えられる。
では、細長い島の方のブロックは何を表すのか?
現代地図にあたってみたところ
キューバにコロンという地名があることが判明。
コロンビア、コロン、クリストバルコロン山・・・
これらカリブ海に見られる地名の「コロン」とは
コロンブスにちなんだものと言われる。
ということは少なくともキューバのコロンも
コロンブスが何かしら関わっていると考えられる。

また、カリブ海域の南米大陸と陸続きの部分にも
やはりブロックが幾つか描かれている。
船の絵で天地を合わせて地図を見た場合、
それらブロック状地域は
パナマ地峡のコロンとクリストバルコロン山と見られ、
これまたコロンブスにちなんだ地名である。
このように解釈すると
ピリ・レイスが参考にしたというコロンブスの地図は
まさにコロンブスの足跡が残された
コロンブス自身の手による物(そのコピー?)だった
と考えられるだろう。



その後調べたらピリ・レイス地図内の書き込みに
「図中の島、海岸に記した地名はコロンブスがつけた」
というようなのがあった。
やはりそうだったのだ。


と、以上述べておいてなんだが、その後ピリ・レイスが写した基地図を
描いたと思われる人物が判明。
どうやら既にその基地図に歪みがあり、
ピリ・レイスはその地図を歪みごとコピーしたように思われる。
その基地図作者と思しき人物については「完全正解」で述べる。

参考:「古地図の博物誌」
参考サイトhttp://www.johos.com/joho/report/0047.html

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