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「中四国だより」500号に寄せて
―― 覚書的に ――
小阪清行
 
 迂闊なことだが、僕のコンピュータの中に「中四国だより」第1号の原稿が残っていない。1号だけでなく、2号、3号も欠けている。それ以外の号はすべて揃っている。どなたかひょっと1、2、3号を保存されている方がおいでましたら、是非お送り願いたいと思っております。
 という訳で、「中四国だより」がいつ創刊されたか正確な記録が手許にない。全文がエスペラントの4号(↓)が配信されたのが1999年だということは分かるが、これも不慣れもあって、la 27-an de 1999とあって、何月なのだか書き忘れている。
 http://grosslehrer.web.fc2.com/chushi004.htm
 ちなみに、原田先生の書かれた「中国・四国エスペラント大会の歩み」(↓)によれば、「中四国だより」は「99年3月に創刊」とある。自分が創刊しておいて、人の文章から引用するのも変な話であるが。(恐らくは、僕に問い合わせがあって、だいたい3月頃と僕が答えたと思う。)
 http://esperanto.yu-nagi.com/historio_de_kong.htm
 5号(↓)はla 11-an de julio 1999とある。5号はすでに現在の会報とよく似た形式になっている。記事の下に「送付先:上記メール宛先(敬称略、順不同)以外に→忍岡、島崎(ファックスあるいは郵送)」とあるのが、僕にとっては非常におもしろい。「上記メール宛先」とあるから、配信者全員のメールアドレスが見える形で送っていたようだ。この頃はまだ、個人情報がどうこうということのまだない、大らかな時代だったと感じさせられる。しかも今はメールをガンガン使っている忍岡さんに、記事をファックスか郵送している。のどかでいいなぁ、と思う。島崎さんの名前も懐かしい。
 http://grosslehrer.web.fc2.com/chushi005.htm
 島崎さんと言えば、1997年8月8日〜10日の日本エスペラント大会(阿波池田大会)の事務局長。1995年にウィンドウズ95が出て、そのとき初めてコンピュータを買った。池田大会の準備には、僕のワープロとメールがフル活躍したのだった。
 池田での日本大会の翌年98年の5月に、第1回蒜山合宿(Hiruzen Renkontigxo)がおこなわれた。これが再興第1回中国・四国エスペラント大会(中国・四国エス大会は正確にはすでに63年に誕生したようであるが、何回か中断)となった。
 このように97年の日本大会を契機として、中国・四国の運動が盛り上がって、連盟まで立ちあがったのに、機関誌が存在しなかった。
 中国・四国の機関誌の代用として「中四国だより」が誕生した陰には(以前どこかに書いた記憶があるが)レザさんが関係している。レザさんが三好さんのところで働くようになった頃のこと。高松屋島の四国村を二人で散歩していたときのことだった。色々な話をした後で、中国・四国のエスペランティストの間にそれほどの協力関係がありながら、共通の機関誌が存在しないのはおかしいのではないか、と言われた。さすがはジャーナリストだと思った。
 中国・四国連盟は各県のエス会のゆるやかな連合体で、ちゃんとした組織ではないから、会計がない。それで僕が、メールだったらタダみたいなものだから、ということで、編集者を買って出た。それからもう10年近く編集者をやっていることになる。
 その僕ももう還暦を迎えたから、そろそろ若い人に引き継いでもらえないかと考えているが、どなたか有志はおいでませんか?若い人のやる気・情報量・技術力をもってすれば、もっと充実したものになりそうな気がしている。
 最近は情報も増え、忙しさもあって、内容をちゃんと吟味することもなく、ただ送ってもらった原稿をコピーして、貼り付けて、配信という安易な編集になりがちである。そこに無責任さも感じている。
 どなたか、もしよろしければバトンを受けていただけませんか。
 
 以下に、「中四国だより」について、いくつかのコメント。
 
1. 購読者数
 現在の購読者数は、「まぐまぐ!」による配信数(97)と編集者からの直接配信(16)を合わせて、113名である。
 原田先生の文章に「2003年6月末現在で235号。受信者は150名を超え」とある。その頃より減っているように見えるが、当時は、編集者が一方的に送りつけていた人数も含まれていたので、現在の数がほぼ実数に近いと思われる。
 
2. 購読者の広がり
 本来は「中四国だより」の名前の通り、中国・四国地方のエスペランティストのための媒体であったが、実質的には中国・四国の枠を越えて読まれている。少数ではあるが海外にも購読者が存在する。
 
3. 記事の投稿
 圧倒的に多いのは岡山の原田先生からの記事で、その次が香川だろうと思う。残念ながら、情報の発信源にかなりの偏りがあるのが実情である。広島の運動が活発であるにもかかわらず、広島からの情報が少ないのは、自らの会報やHPによって独自の広報活動を行っているためだと考えられる。
 
4. 存在意義
 メーリングリストなどの新システムが生まれ、メルマガというスタイルが少々古臭くなった観もあるが、それなりの存在意義(公開性、速報性、バックナンバーの閲覧が可能など)はまだまだあると考えられる。
 
 以上。
 
 
 
 

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