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エスペラントを欧州連合の会議用共通語に!
岡本三夫
 
 戦争の絶えなかった独仏間の歴史に終止符を打ち、この2国を中心にした欧州共同体が誕生したのは1960年代だったが、それから半世紀以上たった現在、その名も欧州連合(EU)と改めたこの共同体には27カ国が加盟し、近くその数はさらに増加すると報じられている。まことに、喜ばしい限りである。すでに通貨、運転免許証、切手なども統一され、加盟国間で共通となっており、国境での税関も消滅した。欧州で複数の国を旅行するとき、換金する必要がないのはありがたい。ユーロは導入以来、10年たらずでドルを凌ぐ最強の通貨となり、「ドル絶対性」の神話をやわらげ、ドルによる世界金融支配への有力なオルタナティブとなっている。
 今、EUの頭痛の種は言語問題だ。共通の言葉がないため、EU議会での通訳・翻訳には莫大な労力と費用がかかり、誤解も生じやすいらしい。EU議会は1,300人の翻訳者・通訳者を雇用しており、彼ら彼女らはこれまでは11カ国の言語の間を取り持ち、毎年150万ページの書類に目を通してきたそうだが、今年5月からは250万ページに膨れ上がることになり、通訳・翻訳にかかる費用は、通訳のためのブースその他の設備費を含めると、毎年5億5千万ユーロ(5月以降は8億ユーロ)だという。ゲルマン語系の独語、英語、蘭語やロマンス語系の仏語、伊語、西語だけだった頃はまだましだったが、今やギリシャ語、トルコ語、フィンランド語、エストニア語といった広範な異なった系列の言語がEU議会で使用されるようになり、「加盟27カ国の公用語がEUでは平等に扱われる」という「民主的」原則があるため、公文書は22の言語に翻訳され、労力と費用と混乱のため欧州議会は「火の車」なのだそうだ。
 「英語が世界中でもっとも普及しているのだから、EUでも英語を共通語にすればいい」という発想にはフランスが烈火のごとく反発しているし、また、EU成立史の経緯からいっても、「レイトカマー」である英国の言葉が共通語に昇格する可能性はまずないだろう。英語共通語案にはフランス以外の加盟国からの根強い反発もあるようだ。米国の影響を排除したいという思惑から言っても反英語論は根強くある。だからといって、フランス語やドイツ語を共通語にすることは論外であり、どこかの国の言語が共通語となる可能性は考えられない。
 1960年代には「将来はラテン語をEUの共通語にする」という声も聞かれたが、いつの間にか沙汰やみになった。古くはギリシャ語が、そして中世以来はラテン語が欧州の共通語だったという欧州共通の歴史的記憶から生じた着想だったが、具体的な共通語計画には昇らなかった。中世のヨーロッパでラテン語が共通語だったといっても、学者・聖職者・文化人など一部エリート層の共通語だったにすぎず、庶民は各地の「方言」を話していた。ドイツ語もフランス語も、そういう「方言」の1つだった。
 となれば、当然考えられるのはエスペラントである。EUの人びとは、自分の国固有の母語以外にエスペラントを共通の言語として修得し、EU議会だけでなく、貿易や外交は当然だが、草の根の民間交流にもエスペラントを使用することにすれば難問は解決する。日本の中学1年生に相当する学童を対象にして教えれば、特にゲルマン系やロマンス系のEU国民の場合はそうだが、やスラブ系の場合でさえも、エスペラントの浸透は迅速に進むだろう。また、それ以外の言語系のEU諸国民にとっても、それほど難しいことではないはずだ。実際、イタリア国籍のEU議会ジアンフランコ・デルアルバ議員はエスペラントの導入を提唱しているという。
 しばらく前に、私は日本の中学生は英語を始める前にエスペラントを勉強すべきではないかということをエスペランティスト同人誌で提案した(『La Movado, No. 687, May 2008)。高校でエスペラントを教えている先行的な例はあるが、中学でも教えているという例は寡聞にして知らない。私の主張はこうだ。エスペラントは16の規則しかなく、例外なしの言語だから、中学生は半年も勉強すれば修得でき、エスペラントを解するだけでなく、エスペラントで自己表現が出来るようになり、母国語以外の言語による思考方法を体得し、自信がつく。
こうなると、中学生が興奮すること、うけあいだ。しかも、彼ら彼女らは携帯電話を使って日本国内やEU諸国の中学生はもちろんのこと、世界中の中学生と話ができるようになる。英語の勉強は中学2年からでいい。エスペラントの知識は英語学習にも偉大な力を発揮するだろう。大学生になったら彼ら彼女らは人称変化や例外の多いドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語、ロシア語などをエスペラント既習のお蔭で比較的容易にマスターすることができるだろう。
エスペラントの教師はどうするのか? もちろん、まずは先生たちにエスペラントを修得してもらわねばならぬ。制度導入時には英語教師が中心になるだろう。移行期間の数年間は、全国のエスペラント協会の面々が、「非常勤講師」で出向くことでしのぐことになるだろう。この移行期間には教師用のエスペラント講座、ラジオ、テレビ講座も開設する。もちろん多少の混乱はあるかも知れない。しかし、中1でエスペラントを導入するメリットに比べれば、デメリットは我慢の範囲内だろう。
EU諸国と日本でエスペラントが拡がるならば、創始者のザメンホフが願ったエスペラントの世界共通語化はあと一息である。まず、中国がこれを黙ってみているはずがない。そもそも中国ではすでに日本のエスペラント人口の数十倍のエスペラント人口がおり、エスペラントの北京放送は日本のエスペランティストの間でもよく知られているくらいだから、中国のエスペラント熱が上昇するのは間違いないだろう。
もし、エスペラントがEU、中国、日本において普及し始めるならば、その影響は計り知れない。まずは、国連(UN)への影響が必至と思われる。現在は、英語、ロシア語、中国語、フランス語、スペイン語の5ヶ国語がUNの公用語でアラビア語が準公用語扱いになっているが、これらの言葉でカバーしきれない国は多く、これらの言葉が母語である国が有利になることは避けられない。UNのような国際機関では、できるだけ平等であることが原則だから、そういう意味でもエスペラントをUN共通語とすることの意味は大きいだろう。
現在、世界には7,000を超える言語が存在するが、英仏西独等の大言語に押されて、毎年、その内の相当数が消滅し、世紀末には半減するだろうという(田中克彦「『ことば喰い』の世紀のエスペラント」、岩波書店『図書』2008年2月号)。大言語の替わりに中立語のエスペラントを世界共通語とすれば、母語を尊重するその大原則ゆえ、言語消滅の悲劇は激減する。一つの言語の消滅は一つの世界観の消滅だと田中氏は慨嘆する。弱小民族の「言語権」擁護のためにも、エスペラントの普及は緊急課題ではなかろうか。
 
 
 
 

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