
私のエスペラント勉強法
三好鋭郎(えつお)
元ニュージーランドエスペラント協会の会長で、グウェンダ・サットン女史を招いて毎夜3時間のレッスンが始まったのは、私が55歳になった1995年4月1日です。アー・ボー・ツォーという発音に驚きつつ、毎晩10個ほどの単語を使って会話を繰り返しましたが、翌朝には9個は忘れてしまいした。応えた瞬間に次の質問を浴びせられ、歯を食いしばって頑張り続けました。55分して5分の休憩には横になり息切れするほどでした。
2人目はベルギーのローデ・バンデベルデ先生で、たった6ヶ月間エスペラントを習い、自国語のごとく喋るのには驚愕しました。3人目はイランのレーザー・ハイルハ先生、4人目は英国人のリチャード・ニューサム先生、そして5人目がオーストラリアのダイアン・ルークス先生、そしてオランダのヒルコ・ミデマ先生です。
歳とともに記憶力が下がり、30-40回辞書を引いても覚えられない言葉が山ほどあります。何頁の右の上の方にあった単語だと位置まで覚えているのに、その意味を忘れています。また、覚えやすい単語もありました。Menstruoはメンスだと1回で覚えられ、そのすぐ上にMensogo(うそ、いつわり)が載っています。
余白に日本語の意味を書き込みつつ、UEAの月刊誌「ESPERANTO」を読んでいますが、毎日2時間ほどかけても1ヵ月は必要でした。その後、同誌を先生の前で読み上げ、分からない部分をエスペラントで解説してもらい、かなり読めるようになりました。今では知らない単語が1頁に5〜6個に減り、3日弱で読めるようになりました。また、青年向けの雑誌「KONTAKTO」などを、何回も繰り返して読んでいますが、今でも長い文章の解読に苦しんでいます。私のエスペラント習得術を披露して、500回記念とさせて頂きます。