
二百章・流れのままに
「それで、エルム。具体的にどういう形で落ち着いたん?」
大きな欠伸を噛み潰し、眼の端にたまった涙を袖で拭きながらエルムに昨夜の続きを催促する。体力の限界に達していた俺は、外出していたエルムが帰宅次第聞き役を譲渡の上、寝室に引きこもらせてもらった。
その際、兄貴に物凄い目つきで睨まれたものの、珍しく手はだされなかった。
あれだけ現実味のない試験内容を突きつけられたのだから、表面上は冷静を装っていたとしても内心動揺で俺の行動にけちをつける余裕がなかったと思う。いつもだったら俺だって少しは騒いだし、試験内容の敷居を低くしてもらえるように掛け合っただろう。
実際は交渉をする体力すら残ってなかったわけで、気絶するかのように倒れこんでしまった。夢の世界でトンとサムが手を振っていたような気がしたので、実は結構生命力が底をつきかけていたのかもしれない。
昨日突如として現れたジャッジメントのロゴスさんは、いなくなっていた。兄貴の事だから詳細を詰めるため朝方にもつれ込む事もありえたのに、それがないとなると余り芳しい結果ではなかったのではないかと内心暗澹たる気持ちになる。
居間のテーブルには薩摩さんがエルムにより作られた朝食に舌鼓を打っている事から、昨日の出来事が夢ではないとこれでもかと主張していた。
『いい加減諦めたまえ。いくら現実逃避しても、変わらないものは変わらない』
朝からマー君は冷徹極まりない現実を突きつけてくれる。
何故かマー君の知り合いが数百年を得ても生きており、尚且つ昔のままの姿で現れただけでも驚愕なのに、第三次試験の内容があれではいくら素敵魔術師の俺であっても疑うなという方が酷だ。魔王とか魔神に接触する機会があったって、想像以上のことがあったら普通少しぐらい思考停止するよぅ。
だって、試験内容が『一国を安定させろ』だぞ。
勿論、安定がどの程度の状態をさすのかまでは分からないがジャッジメントが試験といって俺たちに吹っかけてきた以上、生易しい条件でらくらく突破とは行かないことぐらい俺にも分かる。兄貴が俺を殴らなかったのは、詳細を詰める際に俺の存在がかえって邪魔になると判断したという可能性も考慮すると、事態はより一層深刻だ。
目の前には胃に優しいミルク粥がエルムの手によって置かれる。竜哭亭の朝メニューの一品であり、この鼻腔をくすぐる独特の香料といい完璧に再現されていた。手を合わせて今日の食事に感謝をささげて、一口一口味あわせていただいた。
少し薄めの味付けなど実に俺好みで、鶏肉なんか口の中でほろほろと溶けていく理想的なやわらかさ……ではなく。
「いやいやエルム、美味しいんだけどね。昨日の話し合いの結果はどうなったの?」
微妙に視線をそらされた事から、もう大体内容は察する事ができた。エルムは最近微妙な気遣いを覚えてきたのだが、逆にそれが口でものを言うより手っ取り早く伝わってくるので学んで欲しいところがある。聞かなくても想像はつくけども、かといって俺自身が詳細を知らないでいるのはいかにも拙い。
「ツァイス様、生きていればいいこともあるといいます」
諭されちゃったよ、マー君。
『絶望的だな』
いや、マー君そんな淡々と諦められても困っちゃうんですけども。
「だ、大丈夫だから、詳細を聞かせてくれよぅ」
兄貴に聞けば高確率で殴られる。あの兄貴だって流石にここまで酷い試験があるなんて予測してなかったはずだ。兄貴が取り乱したりせずにジャッジメント相手に交渉できたのは生来の性格も多少影響しているけども、ここ最近信じがたい出来事にさらされて感覚が麻痺しているからであって、頭を抱えているのは間違いない。
兄貴は魔王・ベドウィールとの剣の約定があるからジャッジメントを目指さないといけない。俺にとってジャッジメントになるのは通過点だけども、兄貴にとっては当面の目標だ。余程の事がない限り、挑戦はすることになる。
エルムは腰の引けている俺に対し、真っ直ぐな視線を返し軽く頷くと口を開く。
モンカンプ王国は王政から議会制への変革を目指す一派が存在しており、それによって内乱へと発達しかけている状況で、半年以内に争いになるのは間違いないとエルムは言う。
議会制とはいえ、王権弱体化の名目での貴族諸侯による議会制であり、これが必ずしも民の為になるかは未知数である事。次代の王権正当後継者は、優れた王子であり床に伏せった王の代理で善政を敷いている事。
俺達がこれから向かう国にはさらに問題があると続いた。宗教でも対立があるそうで、王権維持のルカキ派と議会制を目指す貴族諸侯につくラルド派で真っ二つだそうだ。
「モンカンプ王国が素敵な内乱国家だって言うのはわかったけど、もしかしてこれどっちかの派閥について相手方を全滅させろとかそういう、そういうお話だったりするの?」
説明していたエルムの動きが止まる。
エルムは説明の途中に恐る恐る口を挟んだ俺から視線を外すと窓の外の空へと向けた。
「しばらく、快晴の中旅ができそうです」
俺の人生は土砂降りの嵐に突入したようだけどね。
「仮にもしどちらか一方を勝利に導いたとして、反対派を根絶やしにするまでが三次試験の内容だったりしたりして」
これだと、凄まじい虐殺劇に発展する可能性がある。もしも、倒した相手方が徹底抗戦に出たり町に紛れ込んだりして騒ぎを起こし続ければ、とても国として安定しているとはいえない。
単純な力押しの戦いだけでいいのならば、まだ俺達にもやりようはあった。いざとなれば、俺達が担ぐ王様に出てきていただきひと暴れしてもらえばすむ。兄貴と俺はカイでやったように舞台を整える事に全力を注げばいいだけの話だ。
何とか敵対勢力を一箇所に集めてしまえば、或いは可能かもしれない。
ただ、あの曲者臭いジャッジメントのロゴスさんがそれを許すとは思えないところがあるよなぁ。
「グロウ様の言及で、それにつきましては協議の結果、条件がつきました」
「じょ、条件?」
「これから先、少なくともモンカンプ王国には魔石の供給産地として中央大陸国を支えるようになってもらわないとジャッジメントとして拙いそうです。度が過ぎれば正規のジャッジメントが介入し、それを持って試験を打ち切るそうです」
つまり内乱で疲弊させすぎず、他国との交易が問題なく結べるほどに国としての基盤を磐石にする事が最低条件ってことか。戦争で壊滅的な打撃を与え国を疲弊させすぎれば、期間に間に合わない。
これは魔王を使うなという意味が含まれているとも考えられる。いや使い方によってはそちらの方が被害が少なくなるから、解釈の問題かなぁ。兄貴の意見をききたいところじゃあるけど、はっきりした事がある。
「ぐっ、つまり最低でも魔石交易が可能になるほど政情が安定することが条件ってことか?」
「そういうことになります。こちらがその最低の取引量ということです」
エルムが差し出してきた紙に、大まかな情報と試験クリアのための魔石取引量について記載があった。魔石の産地とはいえ、個人商が大量に扱えるほどに取れるものではない。国の支援があってこそのものであり、商取引の素人である俺が見てもこれはと思えるほどの量だった。
これが試験と呼べるのかと思う。俺達が盛大に失敗したら、正規のジャッジメントが介入するにしたって無茶苦茶だ。
しかし、どうもこれだけでは兄貴らしくない。あの人は転んでもただで起き上がるようなたまじゃない。もしも足を引っ掛けられたなら、引っ掛けた奴の足を引っ張って相手も転がすぐらいはする人だ。
「ロゴスさんの条件を飲んだ以上、俺たちに有利な条件を兄貴は何か引き出した?」
「……はい、『一度だけジャッジメントの権利を行使できる』そうです」
それはまた、使い道の難しい切り札だなぁ。使い勝手がいいだけに、兄貴の判断でここぞというときに使ってもらうほかなさそうだ。
とにかく今俺たちにできる事は、一刻も早くモンカンプ王国に向かい少しでも情報を集めて有利な側につき動き回る事かな。
「兄貴は?」
左右を見回したところで、兄貴の姿が見えない。エルムは首をかしげていたので、今まで淡々と飯を食っていた薩摩さんを見ると顎に手を当てにやついていた。
「うむ、なにやら先程女子が来て連れて行ったぞ?」
んー、誰だろ。エミリアさんじゃないだろうし、こんな状況で付き合いの浅い人間についていく程兄貴は色ボケしてないはずだけどなぁ。