勝手にジャッジメント!!










  二百一章・其其の道






 二度と足を踏み入れない街を見て回るというのは、私のような情の薄い人間でもある程度感慨を誘う効果があった。

 こうやって手を引かれて慣れ親しんだ石畳を踏みしめ、訓練の為に何度も往路を殆ど引きずられる形で朝から連れ出されても不快ではなかったのは、感慨のせいか人物によるものかは私でも判断がつきにくい。

 気分は良いとは言えない。

 何せあのジャッジメント、こちらの事は全て知り尽くしているとばかりに挑発も懇願も脅迫も笑っていなしてきた。

 条件の譲歩はほとんどできず、残ったのは魔石採掘と交易路の確保という条件だ。場合によっては二派の戦闘には参加せず、どちらかに取り入って採掘権と取引許可を確保するという手段を取る事も頭を掠めたが、これはおそらく私たち向きのやり方ではない。

 商取引に関して素人である私たちが今から商人の真似事をして、突きつけられた条件を満たすのは無理だ。採掘から販路の確保など、人脈も財産もさることながら、なにより経験がまったくない。

 私とツァイスには商人組合に所属してない上、基本的によそ者であるというハンデがある。人脈を作っていればその間に試験の期限が来てしまう。

 それに想像するまでもなく魔石の交易路は地元の組合に押さえられており、誰か一人につくにしても独占は難しいだろう。組合がついた側の勢力が弱まれば不測の事態が起こるとも考えられる。

 さらに宗教も絡んでいるというのが、この方法を選ぶ事を躊躇わせる理由となった。

 魔石を神からの恩恵と吹聴している為に、魔石収益の半分を布施として吸い上げているというのだ。これはモンカンプ王国に直接出向いて調べなければ詳細は分からないが、これを取り除かなければ規定値の取引量にはならない可能性が高い。

 どちらか一方を単に勝たせるだけでなく、場合によっては宗教派閥の力もそぎ落とす必要がある。私が頭を働かせそこまで考えている事を見透かしたように、ロゴスは笑っていた。

 商取引で交易量を安定させる方法もありだが、その方法は君達向きではないとあからさまに告げていた。商取引で条件を満たす方法を取れるのはおそらく戦闘職ではなく、非戦闘の分野で秀でた能力を持っている試験者のだろう。

 では、既存の採掘場ではなく新しく出土する箇所を見つけるという方法はどうか。

 魔石の産出範囲は広く、新たな採掘場を発見するという方法もあるが、当然その手の技能が私やツァイスに備わっているわけがない。

 奇跡的な確率でその手の協力者を得て、見つけたところでその収益を権力者が知っている以上、その新たな採掘場がどれだけ広大でも押さえられて搾取される。

 戦わずにこの条件を満たす事は、おそらく不可能だ。

 ベドウィール様を戦況に投入する事も考えたが、今回の場合は表立って出てもらうわけにはいかない。万が一魔王ということが露見すれば、協力した側の勢力は負ける。

 活躍していただき正体を暴露させる事で、早期に私がついた側を負けさせるということも考えた。ようは私がついた側が必ずしも勝つ必要はなく、どちらか一方を勝たせればいいのだから、考え方としては間違っていない。裏切りは戦場の花、埋伏の毒となるのも悪くないのだが、そうもいかない。

 これは王の覇道にはどうしてもマイナスが大きい。

 理由はどうあれ、私がジャッジメントになるのはベドウィール様の活動がよりやりやすくするためだ。試験に合格する為に取り返しのつかない状況を作り、活動を狭めてしまう愚は冒せない。

 単純に私たちがどちらかの勢力の神輿や、宗教の音頭を取っている司教を暗殺してしまうというのも考えたが、これはこれからの事を考えると危ない。

 権力闘争が起きているならば、どちらの勢力も暗殺に対しては万全な体制を取っている。ならば仮に首尾よく近辺に潜り込んでも、顔が割れてしまう。

 カイの国から刺客が送られる事は今のところないようだが、こんな事をすれば生涯狙われ続けるのは避けられない。この場合もベドウィール様を使うのは躊躇われる。仮に頭を全滅させたとして、ジャッジメントの課した期間内に国が安定するかは博打になる。

 統制が取れなくなった分だけ、国内が余計にあれる可能性が否定できない。

 商人として、採掘者として、暗殺者として事に当たる事はできない。

「ロゴス様はこれが私たちにできると思っておられるのでしょうか?」

 なるべく感情を込めずに、私は目の前のジャッジメントに問うた。

 机上の計算では、明確にこうすれば必ず勝利できるという絵図が描けない。偶発的に起きた機会をつかみ、対応したところで果たして可能か。

「ふふ、一応今の貴方達では難しい注文だという事はわかってます。ですが、半年後の貴方達ならば分からないと見ています」

 随分と過大評価をしてくれたものだ。

 そう評価されることを二次試験では目指した事が、裏目に出た。唸りを上げようとする精神をねじ伏せ、奥歯をかみ締めて交渉を続けては見たものの、結局ろくな譲歩は引き出せなかった。

 だから、今の私は最悪の気分に近いと言える。

 まだ突きつけられた条件を未だに消化しきれない分があるからこそ、癇癪を起こしてないに過ぎない。怒りを発散させたところで、目の前の問題は解決しない。

 ようやく人気の少ない場所で、私の手を引いていた『百殺隊長』は歩みを止める。

「どうした、ここでいいのか?」

 新調した鎧に身を固め、百殺隊長の証となる兜を身につけたゼピュロスは軽く頷き、兜を脱ぎながらこちらを見上げてきた。

「何か、言う事あるんじゃないっすか?」

 ふて腐れているのがこれでもかというほど伝わってくる声色で、視線も何処か険しい。晴れがましい姿とは裏腹にどうも自慢しに来たという風体ではない。

「おめでとう、これでかつての私と同格だな。今ではゼピュロス様といったところか」

 ゴルドマンにしては珍しく動きが早い。私から早めに戦力を切り離す手を打ったのは、マルドゥークの動きを牽制するためか。私に一番付き従う可能性の高い部下で実力があり、利用し甲斐があるのは間違いなくゼピュロスだし、目の付け所はさすがといえた。

 ゼピュロスには指揮のやり方を叩き込んである。人身掌握のやり方は違えど、百殺隊長としての経験をつめば、悪くない指揮官になるだろう。

「出て行くんっすよね、ここから」

 私の言葉になんら反応を示さず、ゼピュロスはこちらに問いかけてくる。

 ツァイスがエミリアさん辺りに何かしら洩らしたか、道場での出来事をアステアから聞いたのか、私が町を出る事を察したのか。まだぐずぐずと考えているのはゼピュロスらしくない。

「ああ、今日でお別れだ」

 もう二度と間一緒に街をまわることもないし、同じ相手に仕える身として会話を交わすこともない。人生の岐路が分かれたのだ。

 まるで、そういわれるのが予想外であったかのように目を丸くしたゼピュロスは数度口を開きかけては止めて、震えながら言葉を紡ごうとする。

「あの、あの、自分も連れて―――」

 私はゼピュロスの頭に手を置くと、それ以上の言葉を言わせないように遮った。

「私は、お前の事が好きだよ。できれば連れて行きたいと思ってる部分もある。ただ、今のお前を連れて行くのなら、今回の件で得た立場を捨てさせてまで連れて行くなら『そういう意味』になる」

 連れ添う関係になってもいいと思える程の感情はある。これから先の事を考えれば、ゼピュロスの能力を活かす機会は腐るほどあるし、嬉しくもあった。

「どうして、駄目なんっすか?」

「抱けば、お前の精霊を駆使する力は失われる。お前は力を失ったら、私の役に立とうと躍起になって死ぬ。私はわざわざ殺すために連れて行くほど、馬鹿じゃない」

 ゼピュロスの力はそういう力だ。

 より強力に精霊を駆使できるのは、精霊使いが穢れていない事が条件で、そういう関係として連れて行けば必然ゼピュロスの力はただの一介の戦士に落ち込む。その意味でもつれてはいけないし、私の弱点と見られればろくなことにはならない。

「……抱くとか、なんとか、あっさり言わないで欲しっすよ。隊長は、もうちょっと女の子の気持ちとか考えて発言して欲しいっす」

 耳元が赤くなっているゼピュロスを見ながら嘆息する。こいつは私をどんな人間だと思っていたのだろう。力を利用する為だけに連れて行き、永遠に騙し続けるほど極悪な性格をしていると思われていたなら、我が身のあり方を見直す必要があるかもしれない。

 私の立場が、ここまで不安定でなければ連れて行った。魔王とジャッジメントと、複雑に絡み合った今の状況ではゼピュロスは生き残れない。

 私はゼピュロスの頭からゆっくりと手をどかし、笑っておく。

「あのな、ゼピュロス。今はお前が『隊長』なんだ。血迷ってないで、これからしっかりやれ」

 いずれゼピュロスは精霊の力無しで、その立場にふさわしい力量を身につける。シェリス曰く『女は男よりも忘れ易く、強い生き物』らしいので、大丈夫だろう。

「後悔するかもしれないっすよ?」

「ああ、是非後悔させてくれ」

 いつもの調子で私達は別れる。先の見えない状況でふさぎこんでいた思考が幾分まぎれた。さっさと家に戻ったら、モンカンプ王国に向かう準備を整える事にしよう。











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