竜魔術師・ツァイス










  『竜魔術師・ツァイス(4)』




 依頼書を握り締めてやってきたのは薄闇が支配するとある森の一角だった。

 うっそうと茂った森の中でも苦もなく移動できたのは、ゼノンのお友達であるウッドパンサーと呼ばれる魔物のおかげだった。緑色の体毛にぽつぽつと茶色の斑点のある4足歩行型の獣で、体型はスリム化されており、見た目からして敏捷性があった。彼は別名、死の狩人とも呼ばれる非情に物騒な生き物なのだ。

 俺も自分の眼で見るのは初めてで、あまりのかっこよっさに騒いだものだが、どうもパンサー君は成熟した大人の風格を漂わせてこちらと視線を合わせてくれなかった。ゼノンとパンサーは言葉を発しなくても通じ合っているのか、頷くだけで意思疎通ができているので魔物使いというのは凄いものだと感心しきりだったりする。

 辺境の村までは中々警備の目が届かない事をいいことに暴れまわっている盗賊団『ルージュ』が、この辺りを根城にしているということでそのため込んだ財宝を奪いに……ではなく、無辜(むこ)の民の恨みを晴らすべく正義の鉄槌を加えにきたというのが今回の趣旨となるわけだ。

「さてと敵地に侵入する前に点呼から始めるぞぅ、ゼノンから順にはじめぃ!」

「1、だぞ」

「……ガウ」

「ワキャァ」

「4だ」

『半分が人間じゃないのが、あれだな』

 マー君がこれ見よがしにため息を頭の中でついていると、妙な視線を感じたのでその正体を探るとルピーがこっちを眺めていた。俺が何かと首をかしげると、服の端を引っ張って何か促してくる。

 パンサーとゼノンにできて、俺とルピーにできない事などないということはなく、何をいいたいのかぐらいすぐに分かった。

 マー君、点呼。

『ん? 間抜けな点呼ならもう終わったじゃないか』

 いやいや、まだマー君番号言ってないよぅ。俺にはわかる、マー君だけが言ってないからルピーは不思議そうにこちらを見上げているに違いない。マー君が違うというのならば、番号を言ってみれば自ずと答えは分かろうというものだ。

 ゼノンとパンサーまでこちらを見始め、周りの重圧を嫌がおうにも高めたところマー君は押しdまることに限界を感じたのかおずおずと喋る。

『5……でいいのか』

 マー君が番号を発したところ、ルピーは羽を小さく動かした後にアキャーと鳴き声を上げて俺の体にハナを擦り付けてくる。俺は仲間はずれをしないよう配慮できる子供を持てたようで、思わずルピーを抱き上げてほお擦りした。

「偉いぞルピー。マー君も言わなきゃ駄目だよな」

「アキャー」

 ルピーも同意するように肯定の声を上げてくれる。

 マー君は時々変に冷めているからこういうときに皆との一体感を実感するといいのだ。なにやらぶつくさと脳内で文句をたれているようだけども、あまりに呟きが小さすぎて内容は聞こえなかった。

「ルピーが可愛いのは分ったから、作戦は部屋で決めた奴でいいのか?」

 ゼノンが親子のコミュニケーションタイムに咳払いしつつ、水をさしてくる。一応大まかな作戦ぐらいは部屋を出るときに決めておいたので軽く頷いた。

 相手にばれないように接近できれば、こちらに選択の余地が生じるためいくつか計画を練っておいたのだ。俺の場合、精々三個ぐらいしか考え付かないから、こういうときは兄貴がいないと不便を感じてしまうなぁ。

 酒場や情報屋から集めた話を総合すると『ルージュ』には三つの特徴があった。

 まずは現場からの逃走が異常に早い事。これは縄張りというものをもたず、不特定の襲撃場所から追跡不可能な国境越えをする機動力の高さで有名になったらしい。

 第二に奪ったお宝を宝石の類に変えて持ち歩いているという事。これは噂の話なので本当かどうかは謎だが、第一の特徴から考えるとかさばる荷物を持たなくてもおかしくないから信憑性はそれなりにある。

 最後に『ルージュ』の構成要員は『ノワール』と同じく、魔術師の数が多い珍妙な編成になっているという事か。『ノワール』はカイザー先輩が率いているだけあって、あれから数年で魔闘士という体術と魔術を駆使する編成に変わっていた。

 『ノワール』は俺と兄貴が最初に出会った頃とは違い格段に実力をつけたというから、今後はなるべく接触を避けたい盗賊団になっている。何故そんな実力がついたのかというと、カイの戦争で元素魔術爆裂強襲弾を通じて大量の資金が盗賊団に流れ込んだからなんだけどもこれは世間にもれていない。

 で話を『ルージュ』に戻すと、こちらもノワールと発足時期は殆ど同じらしく新興の盗賊団で魔術師がいるという盗賊団として名をはせていた。

 魔術師で編成されているこの盗賊団は運用によってはかなりの凶悪な強さを発揮する。まず奇襲によって商隊を襲い荷物を奪う。荷物を奪われた商人が命からがら逃げ延びたとして、国境警備騎士団に駆け込んで追跡がかかった場合、今度は地形を利用して待ち伏せを仕掛けるのである。

 大量の魔術をいきなり浴びせられる事を警戒すれば追跡速度が鈍り、速度を重視すればまともに魔術を受け金ないという事でこの戦術の有用性は証明されていた。

 国境警備騎士団がやられて逃げ帰り、精強からなる国軍が動く頃にはもう追跡が不可能になるという寸法である。しかも一回事件を引き起こしたらしばらくは寄り付かなくなるというから、厄介極まりない性質を持っていた。

 ただ、魔術は万能ではない。

 準備万端で放たれる魔術が脅威なんだけど、奇襲されて精神が乱れてしまい、隊列を組む事すらままならないと酷く脆いのだ。

 というわけで、ゼノンとパンサーによる奇襲及び陽動と俺とルピーのお宝強奪侵入が大まかな作戦となる。この作戦の肝は、何処にお宝があるかを探る事が必要となっているわけだが、こういうときに役立つはずのエルムはいないわけでどうしたもんかと思ってしまうね。

 まぁ、今回は一人捕まえてはかせるしかないよなぁ。

 いくら魔術師が多いとはいえ、全ての人員編成が魔術師では荷物の運搬が上手くはいかない。商人から奪った荷物を宝石に代えていても量があれば十分にかさばるから、運搬要員に魔術師以外の要因がいるはずだ。というわけで、魔術師ではない奴を一人捕まえよう。

「ではパンサー君に一人ばかりさらってくるようにお願いしてもらえるか?」

 ゼノンにこそこそと耳打ちすると、ゼノンは俺には分からない言葉でパンサー君に何かしら話しかけていた。パンサー君はゼノンの言葉を聞き終えると一旦目を細めて、すっと身を屈める。

 気配が段々と消えていくのが目の前で見ているのに分った。ウッドパンサーはその森の環境に合わせて体毛を変化させる事ができるそうで、それにこの気配消しが加われば凄腕の戦士でも危ういものがある。

 それでも中々パンサー君は俺達が隠れている叢から出て行くことはなかった。

 まぁ、盗賊とて馬鹿ではない。警備騎士団や冒険者や傭兵の襲撃に備えて歩哨を立てているのが普通である。見張りとして訓練されているのならば、互いの死角をカバーする形で補完されている事が多いので、捕まえてからはかせるまでの時間が問われる。

 兄貴なら斬新な拷問で吐かせるのかもしれないが、パンサー君にひと唸りしてもらえば大体の輩はすぐに命惜しさに喋ってしまうだろう。

 それに何時の時代にだって迂闊な人間というのはいるもので、明らかに歩哨としてやってはいけない行動に走る輩はいる。俺たちの視認範囲で用を足そうとする見張りが出てきたとき、パンサー君は素早く動いていた。

 小便をするときというのは人間無防備に近くなるのは仕方がない。襲われて慌てふためき転んだ盗賊を笑おうという気にはなれなかった。実際俺もこれをやられたら、服が大変な事になってしまう自信がある。

『威張って言う事かね、まったく』

 いや、だってあれはきつい。用を足しているときにいきなり敏捷な獣に襲われたら、もう詰みだ。そりゃ丸出しで応戦する事ができる人もいるし、俺だっていざという時はそうするけど、できればあの状態で襲われたくないアルヨー。

 パンサー君は腰を抜かして悲鳴を上げそうになった男に頭突きをかました後、服の襟を加えてこちらへとあっさり戻ってきた。ゼノンもこんな優秀な相棒がいるなら、俺を最初に襲ったときに協力してもらえばよかったのにね。

「うーむ、見事に伸びてらっしゃる。とりあえず起こして吐かせる前に猿轡を嵌めて、と」

 まずはこちらの趣旨を教えた後に猿轡を外さないと、目が覚めていきなり悲鳴を上げられてしまう公算が高い。とりあえず手足の自由も縄で縛っておいて、盗賊の背中に活を入れる。

 活の入れ方は薩摩先生に習った通りにやったら案外上手くいった。俺はこれをあの辛い修行の日々で難度やられたかわかったものではないため体で覚えこまされている。こんな軽い気絶ぐらい、即座に復帰させてやった。

「目が覚めたか?」

 俺が背中を支える形で、真正面にはゼノンとパンサー君が対話する位置で男に問いかける。真正面から見えているわけではないので、表情については分からないが体が小刻みに震えている事を考えるとなんだか酷く悪い事をしている気になった。

『実際悪い事に属する行為だと思うがな』

 マー君の痛いツッコミには耳を貸さないようにして沈黙を保つ事にした。

「財宝のありかを素直に吐けば、命だけは助けやる。もし、素直に喋らなかったり、悲鳴を上げたりすればパンサーに咽喉笛を食いちぎらせるぞ。嘘をついた場合は、お前だけは必ず殺して逃げる事にするぞ」

 ゼノンが親指でパンサー君を指差すと、パンサー君も心得ているとばかりに低く唸った。吹きかけられる生臭い息、むき出しの獰猛な牙、脅しとしては十分すぎるものがあった。その隣でパンサー君のように唸って見せるルピーはちょっと可愛いので雰囲気が少し崩れるが、盗賊の眼には最早パンサー君しか映っていない。

 ゼノンが猿轡を外すと盗賊の男は、管理しているテントの場所をあっさりと話した。これが嘘である可能性もあるけど、そうなったらもうそれは仕方がない。この男の胆力を褒め称えるべきで、そうなったら大人しく退散する事にしよう。

 陽動と侵入を開始する前にもう一度男を気絶させ、俺たちは準備に取り掛かった。













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