甲斐庄楠音研究3

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From: "Eiji Yamane" <eiji_yamane@hotmail.com>
Subject: [gs-club:0116]悪口だなんてぜんぜん
Date: Sat, 2 Oct 1999 03:08:53 +0900

こんばんは。ヤマネです。

----- Original Message -----
送信者 : hakushou <copper@par.allnet.ne.jp>
件名 : [gs-club:0114] Re: [gs-club:0112] 男色顔って?
> 悪口でも何でもおまへん。さすが芸術家とそのとき
> 思ったものだ。

え〜。悪口だなんてぜんぜん思いませんでしたよ。

同性愛者の知り合いが何人かいますので、白翔さんに言われてみると、ああ、なんか、甲斐庄の顔も、彼らと共通しているところがあるような気がするな、と思ったのです。

その感触をみなさんと共有できればと思いまして、彼の顔写真を投稿したのです。

 

From: "Masao Kohmura" <komura@cg.tuad.ac.jp>
Subject: [gs-club:0123]RE: [gs-club:0102] 「畜生塚」
Date: Sat, 2 Oct 1999 18:52:45 +0900

>http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9871382014&USER=GUEST
>女人讃歌―甲斐庄楠音の生涯 新潮社 栗田勇【著】
>は絶版みたいです。おもしろいところをご紹介いただけるとうれしいです。(→マム・山形さん)

ヤマネさんがアップしていただいた「京都の日本画1910‐1930」を私も持っていてその展覧会を見たあとしばらくして栗田勇のこの本が出版され買い求めたものと思います。おそらく10年振りにざーと読み返してみました。

甲斐庄楠音(かいのしょう・ただおと)楠正成の25代目だそうです。

男色について・榊原紫峰の弟の始更と下宿で同居する。「彼らはオスカー・ワイルドの如く、またアンドレ・ジッドや、ジャンコクトーとジャン・マレーのように、お互いの感性と肉体を讃美しあったようである。」昭和53年6月16日、晩年親しく交わっていたガードマンの友人大坪氏のアパートで死亡。享年84歳。生涯独身だった。

デビュー作の「横櫛」は後年加筆修正され今のようになった。顔の横の色紙の所に「切られのお富」が描かれていた。その方がより衝撃的であるしこの絵画の成立にも欠かせない要素でもあるが。写真をたくさん撮っている。モデルのデッサンと同時にヌードを含めたモデルを写真にとっている。

おびただしい量という。これは写真と絵画の関係史の中で面白いテーマになります。また自分が描いた下絵や作品の前で自分もヌードになって写真を撮っている。その点も大いに興味のある所です。

「畜生塚」という未成の大作があり、八双の襖絵で21人の裸身が描かれている。その未完の「畜生塚」の中に大正デカダンスの終焉を読むことが可能のような気がする。「京都の日本画1910‐1930」を見返すとやはり自由な時代の息吹というか様様な可能性を追求する、のびのびした雰囲気。大正ロマンも大正デモクラシーもありで、デカダンスも男色もグロテスクも呑込む自由な精神があるように思います。一方でダダや未来派やシュールやキュビズムがあるわけですから当然といえば当然ですが。

弔辞/新藤兼人/岩波新書/1998年2月発行という本がありここに甲斐庄楠音のことが書かれているらしい。読んだ人がいますか?

山頭火(1882)、辻潤(1884)、放哉(1885)で甲斐庄楠音(1894)は一回り下の世代に属す為なのか京都の粋人という立場か、またすこし斜に構えたところがあって、祇園の芸者さんや太秦の女優たちに囲まれて概ね幸せな生涯だったのだろうか?

とりあえずここまで。

マム・山形

 

From: "hakushou" <copper@par.allnet.ne.jp>
Subject: [gs-club:0124]甲斐の庄ただおと。
Date: Sat, 2 Oct 1999 21:57:29 +0900

白翔です。
待ちかねた甲斐がある。マムさんの返事。続編続編でずっと聞きたいくらいだ。甲斐庄ただおと。

私の記憶によれば(実にいいかげんだが・・。ごめん。)男色は男色でも彼の自意識は女性願望の役割だと思った。おねえ言葉を操っていたふしはありや無しや? それとも女装の写真有りや無しや? 老境に入りなんしなびた裸体をくねらせながら頑強な男に貫かれている甲斐の庄の姿が残っている。一体全体、直腸のどこに失神するような快感の所在があるのか? 「ねえ、入れておくれやしい。」京都弁ではもっとはんなりほんなりするんでがしょう?

だから、違和感があった。つまり栗田勇の「女人讃歌―甲斐庄楠音の生涯」に。「ん?まあ、遠まわしで言やあ女人讃歌ではある。ウン。あるある。」彼の絵はそもそも順当な女人讃歌の絵ではあるまい。まるで女になった私を描いているようだ。自画像だと言っても良いくらいだ。「きたない絵」そう評された甲斐の庄の驚愕たるや想像にあまりある。手首を切ったという記録はありやなしや? 「手首なんか切れへん。切れへん。男はんにいっぺん抱かれてしもたらもう死ねられへん。」彼の生涯が概ね幸せな人生だったということは恐らくは無い。こうありたいと思う心とそうである自分との乖離が大き過ぎる。今はやりの性同一性障害。ん?あってるかなあ?性適応意識障害。こっちの方がいいか?わたしゃうる覚えが多いんだ。ごめん。この自意識地獄にはまりこんだら刃は醜き己に向けられる。そして解決することが無い。

お母さんと一身同体であった時期、これを一次的ナルシシズムの状態と呼ぶ。もし彼の自意識がそこから分離できなくて、自分の事をお母さんに同化して女であると思ったとすると、男から愛される事を望む様になったとしても不思議ではない。

彼の絵は複雑怪奇。

いったんマムさんへお返しする。続編が待ち遠しい。子供の頃の紙芝居のようだ。

 

Date: Sat, 02 Oct 1999 23:06:03 +0900
From: mephisto <mephisto@jwg.vip.co.jp>
Subject: [gs-club:0125]なぜ女の絵を描けた?

mephistoです、こんばんわ。

《Masao Kohmuraさん wrote in [gs-club:0123]RE: [gs-club:0102] 「畜生塚」》
>甲斐庄楠音(かいのしょう・ただおと)
>男色について・榊原紫峰の弟の始更と下宿で同居する。「彼らはオスカー・ワイルド
>の如く、またアンドレ・ジッドや、ジャンコクトーとジャン・マレーのように、お互
>いの感性と肉体を讃美しあったようである。」昭和53年6月16日、晩年親しく交わっ
>ていたガードマンの友人大坪氏のアパートで死亡。享年84歳。生涯独身だった。

白翔さんが見抜かれていたように甲斐庄は同性愛者だったのですね。(さすが白翔さん。) ということは、彼は男性にリビドーが向かっていたはずなのですが、それではなぜ、あのような、魅力的な女性の絵を描くことができたのてしょう? その心理的メカニズムはどのようになっていたのでしょうか。

>デビュー作の「横櫛」は後年加筆修正され今のようになった。顔の横の色紙の所に
>「切られのお富」が描かれていた。その方がより衝撃的であるしこの絵画の成立にも
>欠かせない要素でもあるが。

「お富」で広辞苑に載っていました。

おとみ【お富】
  (1)歌舞伎脚本「与話情浮名横櫛(ヨワナサケウキナノヨコグシ)」中の人
  物。切られ与三の愛人。
  (2)(1)の作品を女に書き替えた「処女翫浮名横櫛(ムスメゴノミウキナノ
  ヨコグシ)」中の人物。切られお富。

よわなさけうきなのよこぐし【与話情浮名横櫛】
  歌舞伎脚本の一。九幕。三世瀬川如皐作の世話物。通称「切られ与三(ヨ
  サ)」。一八五三年(嘉永六)初演。複雑なお家騒動の筋であるが、伊豆屋
  与三郎と木更津の博徒の妾お富との見初め、露見、再会が中心で、特に再
  会の「源氏店(玄冶店ゲンヤダナ)」が強請場(ユスリバ)として有名。

 

Date: Sat, 02 Oct 1999 23:21:35 +0900
From: mephisto <mephisto@jwg.vip.co.jp>
Subject: [gs-club:0126]化粧鏡の苦しみ

mephistoです、こんばんわ。

また、白翔さんの投稿を読む前に、自分の投稿《[gs-club:0125]なぜ女の絵を描けた?》をしてしまいました。すいません。

《hakushouさん wrote in [gs-club:0124]甲斐の庄ただおと。》
>私の記憶によれば(実にいいかげんだが・・。ごめん。)男色は男色でも
>彼の自意識は女性願望の役割だと思った。
>彼の絵はそもそも順当な女人讃歌の絵ではあるまい。まるで女になった私を描いて
>いるようだ。自画像だと言っても良いくらいだ。

自分がなりたい理想像としての女性の絵なのですね。

>こうありたいと思う心とそうである自分との乖離が大き過ぎる。
>この自意識地獄にはまりこんだら刃は醜き己に向けられる。
>そして解決することが無い。

これは、苦しそうです。化粧鏡の前に座る、オカマの苦痛。
顔写真を見る限りでは、甲斐庄は、武家の血筋だけあって(?)、ごつい骨格の
ようですし、化粧をしても、あまりきれいにはなれなかったでしょうし。

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