甲斐庄楠音研究7
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From: "hakushou" <copper@par.allnet.ne.jp> 白翔です。 http://user2.allnet.ne.jp/hakushou/yokogushi.html(←入手不可 編者) ほう?名家の坊ちゃんかあ。彦子の写真ありや。モデルは明らかに比呂史の妹トク。見比べたい。 大正9 1920 26歳 ほう?この年恋人の榊原始更と丸岡トクを同時に失うか? 親友の丸岡比呂史も又。精神錯乱したな甲斐の庄。どうだか? |
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From: "Eiji Yamane" <eiji_yamane@hotmail.com> こんばんは。ヤマネです。 mailto:eiji_yamane@hotmail.com 『甲斐庄楠音展』図録を紹介します。まず、「やせた女」の筋です。 「太夫と禿」大正元年頃 「娘」大正4年頃 「秋心」大正5年 「歌妓」大正15年 「花の乙女」昭和4年頃 「籐椅子に凭れる女」昭和6年頃 「うちわ」昭和9年頃 「如月太夫」昭和10年頃 「虹のかけ橋」大正4年〜昭和51年 |
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From: "Masao Kohmura" <komura@cg.tuad.ac.jp> >白翔です。 見させてもらいました。さすが手早いですね。私の命名法によると「横櫛2.3‐HA1」になります。テキストを読み返しているうちに横櫛2については3度甲斐庄の手が入った可能性があるからです。その「横櫛2.3」にhakushouのVersion1という意味です。これはこれで面白いですので是非保存しておいてください。 >ほう?名家の坊ちゃんかあ。 横櫛ポーズのモデルの写真は掲載されてますがそれが彦子かどうかは断定できません。 >モデルは明らかに比呂史の妹トク。見比べたい。 甲斐庄自身の手記によって横櫛=彦子説はある。トク(徳子?)はこれからUPされる「太めの女」シリーズの「女の顔」「青衣の女」に何故かデフォルメされる。ここはユングのグレートマザー説で説明できる様に思います。この甲斐庄の造形アルゴリズムの解明は大変興味あり甲斐庄論の一つの核心を形成するでしょう。 >ほう?この年恋人の榊原始更と丸岡トクを同時に失うか? 榊原始更との同棲はトクとの失恋後なのか失恋の理由なのかはまだわからない。トクとの悲恋後彼の同性愛傾向は拍車がかかることは確か。女の美=魔女性=凄み=きたなさ=女の毒を、女になった男の目で描く。現代でいうと美輪明宏の視点で女を語ることなのか? とりあえず、 マム・山形 |
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From: "hakushou" <copper@par.allnet.ne.jp> 白翔です。 マムさんはこの絵の変遷に関してまた別の解釈をお持ちのようで? この絵のモデルはトクではないと?私には写真の中のトクとしか見えないのですが。それに以後、トクの面影が画面に出てくるとは思えないんですが?やはり未練なのか出てきましょうか? ウ〜ン? お聞かせあれ。 それにマムさんの横櫛2.1とか横櫛2.3とかの説明がもう一歩分かりにくい。混乱がある。 これが最終ですね。これはそもそもどんな絵? 私共はまだ見てないですよね? 横櫛1はあるので? それはどんな絵でしょうか? 岡本神草の「口紅」と賞を争った最初の絵というのは横櫛何で? 私には3つしか見えてない。 この3つしか見えてないのですが??? 大正7 1918 24歳 マムさんはこれを「横櫛2.0」?切られのお富は描かれてあった? 大正5 1916 22歳 ん?前年彦子は死亡。それに一週間ではなんぼなんでも無理でしょう。仮に全てのデッサンが完成していて後は塗るだけとしても無理。この説明だとモデルのデッサンからはじめて下絵を描いてやっと本画ですから。この当時、直接モデルを見ながら本画を描くような日本画のアバンギャルドはいない。 大正4 1915 21歳 この頃、東京の長兄楠香を訪ね、兄嫁らと本郷座で四代目沢村源之助が切 8月26日、長兄楠香の妻彦子東京において歿する。 |