甲斐庄楠音研究8
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Date: Thu, 07 Oct 1999 19:04:48 +0900 mephistoです、こんちわ。 《Eiji Yamaneさん wrote in [gs-club:0155] 甲斐庄の「肥えた女」》 「肥えた女」ということですが、これはたんに、「太っていて醜くて、人から相手にされず自分に閉じこもりがちで、すねていてひねくれている女」ということもあるんでしょうが、 >「白百合と女」大正9年 は、若い女であるにもかかわらず、異常に腹がつきだしているから、これは「孕んだ女」ですよね。そして、 >「金針を持つ女」大正14年頃 この絵の金の針は堕胎の道具のようにも思えます。 ですから、甲斐庄のふとり女のシリーズは「孕み女」と名付けてもよいように思えます。 そうだとしますと、 《Eiji Yamaneさん wrote in [gs-club:0140]甲斐庄の本人の写真》 の話が生かされてくるのではないでしょうか。 恋人が実業家に「孕み女」にされてしまって、泣く泣く自分のもとを去っていった。その【失恋】を描いたのが、この「孕み女」のシリーズであると。 |
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From: "Eiji Yamane" <eiji_yamane@hotmail.com> こんにちは。ヤマネです。 ----- Original Message ----- この第一の「横櫛」は、 http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8284/kainoshou/x-t0501.JPG のようです。新しくアップしました。 そして、第二の作品は、 >大正7 1918 24歳 における、 ----- Original Message ----- のようです。 そして第三番目のが、 >昭和38 1963 69歳 に出品されたもので、これが最初にお目のかけた、 ----- Original Message ----- らしいです。 |
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Date: Thu, 07 Oct 1999 21:13:43 +0900 mephistoです、こんちわ。 「横櫛」のモデルが、楠音の恋人トクかどうかということなんですが、 《Eiji Yamaneさん wrote in [gs-club:0150]甲斐庄楠音の年譜》 この年譜によれば、トクと楠音と出会いは、【大正6年】です。 そして、《Eiji Yamaneさん wrote in [gs-club:0158]三つの「横櫛」》によって「横櫛」の制作年代を調べてみると、第一の「横櫛」は、 >>大正5 1916 22歳 とのことですから、【大正5年】に描かれているので、トクと出会う前のこと しかし、第二の「横櫛」は、 >>大正7 1918 24歳 ですから、【大正7年】で、トクと知り合って以後のことです。 第一の作品と、第二の作品の顔を比べと見ると、鼻の長さ、目の大きさがずいぶん違っていて、【別人】のようです。この顔つきの変化は、古い絵にむりやり新しい恋人の面影を盛り込んだ苦心の現れではないでしようか。 |
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Date: Thu, 07 Oct 1999 21:31:29 +0900 mephistoです、こんちわ。 《引用はhakushouさんの「[gs-club:0142]折にふれて、甲斐の庄。」から》 ここ・・・ちょっとひっかかってるんですが、トクと楠音が共に写っている写真・・・・本当に幸せそうですよね。楠音の顔も自然な幸福が、にじんでいるような気がします。 でも男性の恋人との写真は、芝居がかっていて、本当に楠音が幸せだったかどうか疑わしい感じもします。 楠音は、もしかしたら、同性愛の仮面をかぶった異性愛者だったのかもしれませんね? |
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From: "Masao Kohmura" <komura@cg.tuad.ac.jp> >《Eiji Yamaneさん wrote in [gs-club:0155] 甲斐庄の「肥えた女」》 それは確か。そしてこの神々しさに注目したい。 >>「金針を持つ女」大正14年頃 これは少し読み過ぎと思います。 >ですから、甲斐庄のふとり女のシリーズは「孕み女」と名付けてもよいように 粟田勇が芸術新潮の1984・08に書いた「穢い絵ではいかんのか―甲斐庄楠音の栄光―」の時点ではまだこの写真を見ずに、女人讃歌執筆までの間に実妹宅の柳行李から発見されたこの徳子の写真 島田康寛(京都近代美術館学芸課長)はモデルは「トク」(明治34〜昭和63)と断定している。「女の顔」大正8年頃 通奏低音として横櫛や肥えた女シリーズに共通する、モデルはジョコンダ(モナリザ)でしょう。 もっともっと書きたい事がありますが、とりあえず。 |