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甲斐庄楠音研究12

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Date: Sun, 10 Oct 1999 12:01:21 +0900
From: mephisto <mephisto@jwg.vip.co.jp>
Subject: [gs-club:0184] Re: 感じてね!

mephistoです、こんちわ。

《引用はhakushouさんの「[gs-club:0183]感じてね!」から》
>>日本経済新聞社『甲斐庄楠音展』の年譜。
>
>>18歳
>>この頃、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロに傾倒し、外国出版
>>の高価な画集などを入手して模写する。 また、ウィリアム・ブレイクに
>>も心酔する。特にレオナルドには30歳頃まで虜になったという。
>  
>「この年譜を読む限りでは、甲斐庄は、ルネサンス絵画の語法に
>精通していたと考えた方がいいのではないんですか。」
>この短絡は駄目です。

「ルネサンス絵画の語法に精通」は、「短絡」・・・言い過ぎですかね?

・・・・では、こうではどうですか?

「外国出版の高価な画集を入手」を解釈しますと・・・元の作品をかなり忠実に再現している大きな判の画集を手に入れた。甲斐庄は、絵を細部まで、見たいという欲求を持っていた。

「模写する」・・・・わざわざ年譜に書いてあるのだから、一、二枚模写した
のではなく、何十枚、何百枚と模写した。

「心酔する」「虜になる」・・・・ただぼんやり眺めていたのではなく、その創作の秘密を知ろうとして、人と議論したり、本を読んだり、考えこんだり、彼なりに、あらゆる努力をして、その芸術の秘密を吸収しようとした。

そういう努力をしていた甲斐庄が、もちろん白翔さんが、
《引用はhakushouさんの「[gs-club:0182]RE: [gs-club:0180] Re: 白百合」から》
>この二人の天才を超える芸術家がその後一体でたというのでしょうか?
とおっしゃるように、ヨーロッパの天才たちを超える芸術家になった、ということは、ないでしょうが、(超えるの超えないの、天才だの凡庸だの、そういう上下をつけるような言い方は、ぼくは好みではありません。ちょっと言わせてもらいますが…mephisto)でも、素人の美術館訪問者がするような、「なかなか、きれいな女だな」とか「笑顔が不気味だ」などとボンヤリ絵を眺めているいう鑑賞のレベルから、甲斐庄が、一歩ぐらいはふみこんで、絵の中の、たとえぱ「白い鳩」「マリアの青い衣」「白い百合」「人々の背後そびえる木」などの小道具についても、「これはいったいどういう意図で、描かれているのだろう?」などという疑問を抱くいう水準にぐらいまでは、達していたのではないでしょうか。

彼がそんな疑問を抱いたあとで、すこし勉強すれば、ヨーロッパの宗教画は、独立の絵として存在しているのではなく、聖書の物語がその骨格であるのだ、そして人物の大きさから、手の組み方、登場する動物の種類まで、かなり細かいことまで神学によって定められていたのだ、などという知識を得るまで、そんなに時間はかからなかったと考えていいでしょう。

そのような、【物語にからんだものとして、作品を作る】というやり方は、「横櫛」をはじめとして、

>「文楽之図」昭和2頃
>http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8284/kainoshou/c-s0202.JPG
>「道行」昭和2頃
>http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8284/kainoshou/c-s0203.JPG
>「櫓のお七」昭和16頃
>http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8284/kainoshou/c-s1601.JPG

などの歌舞伎、文楽がらみの作品にあからさまに採用されています。

また、

>「畜生塚」大正4年頃
>http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8284/kainoshou/f-t0401.JPG
など、伝説に基づく作品もあるようですし、後に、
>昭和16 1941 47歳
>  この年、溝口健二監督の「元禄忠臣蔵(前編)」(昭和16年12月公開)の
>  衣裳考証を担当。以後、ほとんどの溝口映画の衣裳、風俗考証を担当し、
>  映画人として生きる。

というように、甲斐庄が優秀な映画スタッフとして転身をはかれたのも、その修練があったからでしょう。

【小道具に意味をこめる】という手法は、

>「女と風船〈蝶々〉」大正15年
>http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8284/kainoshou/f-t1501.JPG
の「風船」、
>「金針を持つ女」大正14年頃
>http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8284/kainoshou/f-t1401.JPG
「針」や「真っ赤な衣」、
>「花に酔」大正10頃
>http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8284/kainoshou/x-t1002.JPG
>「春宵」大正10頃
>http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8284/kainoshou/x-t1003.JPG
>「桜子」昭和11頃
>http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8284/kainoshou/x-s1101.JPG
この三作に共通して見られる、「酒杯に浮かぶ桜の花びら」
>「虹のかけ橋」大正4年〜昭和51年
>http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8284/kainoshou/s-s5101.JPG

の「手紙」など、例をあげていけば、きりがありません。

また、特に「畜生塚」や「虹のかけ橋」は甲斐庄のライフワークですから、彼がこれらの手法を生涯愛用していた、ということも言えるでしょう。

《引用はhakushouさんの「[gs-club:0183]感じてね!」から》
>なるべくならご自分の感性で感じてください。

と白翔さんは言われるが、このお言葉が、たとえば、甲斐庄の作品を、骨格をなしているストーリーを無視し、小道具を無視して、絵を純粋に眺めなさい、という意味でしたら、それは、ほかの画家の作品を鑑賞する場合はともかく、甲斐庄の作品解釈をする場合においては、あえて言わせてもらいますが、甲斐庄の個性を無視した、間違った方法だ、と言えるかもしれないと、思います。

ぼくは、むしろ、甲斐庄の作品は、映画のワンシーンのようなものだと考えて、理解したほうがいいだろうと思います。映画の脚本や、監督の演出スタイルを無視して、映画の一場面を「感じろ」というのはナンセンスです。もちろん、ストーリーを理解した上で、「感じる」ことは欠かせませんが。

作品に応じて、作者に応じて、解釈方法を変えなけれならないのは、当然のことですよね。・・・・釈迦に説法だとは思いますけど。

 

From: "hakushou" <copper@par.allnet.ne.jp>
Subject: [gs-club:0185]再度、感じてね!
Date: Sun, 10 Oct 1999 16:13:40 +0900


白翔です。又一日が始まってしまった。今日もまた仕事か。休みなんかあった試しがない。皆さん連休でどこかお出かけ?

再度、解釈は後。まづ感性で感じてください。

「こんばんは。禰子です。
私が生まれてから今までで一番恐れている絵は「モナリザ」です。私が3歳くらいのころ、父が毎月一冊ずつ「世界名画全集?」を買って来ました。そのころ、家にはまだ大きな本棚が無くて、その全集はカバー絵が見えるようにして壁に立ててありました。そのカバー絵にモナリザがいたのです。彼女は一ヶ月の間、私をにらみつづけました。モナリザの目は何処にいても、不意をついて振り返っても3歳の私を絶対に見つめています。しかもひび割れているのです!!次の全集がやってきてそのカバー絵をふさいでしまうまで、その部屋に入るのが怖かったものです。」

きらきらした言葉です。えっ?「モナリザ」って気持ちの悪い絵だった? 考えて見るに確かに気持ちの悪い絵だ。「モナリザ」は。神秘のほほえみ。世界一の名画。いろいろ気を取られているとつい分からなくなってしまう。この禰子さんの批評は甲斐の庄の深層の快感原則が「モナリザ」のどこに共振したかのお答えになっているわけです。

「レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ」甲斐の庄にとってはお守り札のような芸術家だ。口を酸っぱくしてこの天才達を語ったことか。

「この二人の天才を超える芸術家がその後一体でたというのでしょうか? えっ?あなた。はは・・・。いる筈もないですなあ。彼らこそ歴史上燦然と輝く天才でしょうなあ。ははは・・・。私にとっては神ですなあ。はははは・・・。」

言葉尻はどうでもいいんだ。甲斐の庄が何かにつけてとうとうと力説したであろう姿を感じてください。すがるように力説したことを感じてください。

自己肯定の深慮遠謀。人間の言葉や態度はこの一点に最大集中する。それは何物にも代えて守り抜かねばならない自我の使命。誰も傷つきたくは無い。しかし、傷つき挫折しなければ次の世界が見えてこない。ボロボロにならなければ次の麗しい世界が見えてこない。

 

From: "hakushou" <copper@par.allnet.ne.jp>
Subject: [gs-club:0186]甲斐の庄、面白かったね!
Date: Sun, 10 Oct 1999 18:32:51 +0900

レオナルド・ダ・ヴィンチと甲斐庄楠音? ああ、問題ならん。笑止千万。きたない。きたない。並べて持ち出すな。馬鹿たれが。カチカチのアカデミズムの評論家は言うかもしれない。

昭和49 1974 80歳
4月から6月にかけて東京国立博物館で開催された 
〈モナ・リザ展〉を観るため東京に出かける。

念願の初恋の人が日本へやってくる。何をおしても会いに行くのは当然だとしても、彼は何かを確かめに行ったと思う。何を??

「通奏低音として横櫛や肥えた女シリーズに共通する、
モデルはジョコンダ(モナリザ)でしょう。」
マムさんの言葉です。

「私が生まれてから今までで一番恐れている絵は「モナリザ」です。私が3歳くらいのころ、父が毎月一冊ずつ「世界名画全集?」を買って来ました。そのころ、家にはまだ大きな本棚が無くて、その全集はカバー絵が見えるようにして壁に立ててありました。そのカバー絵にモナリザがいたのです。彼女は一ヶ月の間、私をにらみつづけました。モナリザの目は何処にいても、不意をついて振り返っても3歳の私を絶対に見つめています。しかもひび割れているのです!!次の全集がやってきてそのカバー絵をふさいでしまうまで、その部屋に入るのが怖かったものです。」禰子の言葉です。

これでマムさんの説が実感として繋がったね。

続けて、模倣者の悲劇という話をしようと思ったが、私ばかりになるので止めましょう。甲斐の庄楠音面白かったね。一万円の本を買って読んだ感じ。これもヤマネさんのおかげやね。インターネットの月6000円。安い!安い!

 

From: "Eiji Yamane" <eiji_yamane@hotmail.com>
Subject: [gs-club:0187]ちょっとお節介を。クールダウン
Date: Sun, 10 Oct 1999 18:32:37 +0900

こんにちは。ヤマネ(ml運営者)です。 mailto:eiji_yamane@hotmail.com

----- Original Message -----
送信者 : mephisto <mephisto@jwg.vip.co.jp>
件名 : [gs-club:0184] Re: 感じてね!
> ストーリーを理解した上で

----- Original Message -----
送信者 : hakushou <copper@par.allnet.ne.jp>
件名 : [gs-club:0185] 再度、感じてね!
> 再度、解釈は後。まづ感性で感じてください。

「まず理解」とおしゃるmephistoさんと、
「まず感じて」と言われる白翔さん。

卵か鶏か、みたいな議論ですが、この「芸術と思想」というメーリングリストにふさわしい議論であると思います。 しかしまぁ結局は、「どちらも、大切」というあたりに、おちつくには決まっているのですから、感性派も、理性派も、どちらのがわも等しく、修正をうけいれられる柔軟性が不可欠だと思います。

>人間の感性的側面と、理性的側面の接触、合一をめざします。
>詩的人間と論理的人間の深淵の上空に、
>生産的な弁証法が架橋されることを期待します。

と、mlのホームページに書かせてもらってますが、両者の間によこたわる深淵は、とてつもなく深いように思えますが、しかし、そこに架橋することは、ぜひとも必要なことです。(ここは、みなさん、議論の余地なしですよね)あきらめずに、皆でとりくんでいきましょう。

仲良くやりましょう。くれぐれも喧嘩別れおわるようような、【ヒートアップ】はなさらぬよう、人格攻撃などに陥ったりせぬよう、お願いします。

失礼な、お節介をしました。おゆるしください。こういう差しでがましい口をはさむのも、ml運営者の仕事のひとつのように思いましたので、気がすすみませんでしたが、あえて、やらせていただきました。お察しくださいませ。 では。

・・・・そうそう、mlの世界での【ヒートアップ】の反対語は、【クールダウン】です。
「クールダウン、クールダウン、クールダウン、クールダウンをよろしくお願いします」(選挙の宣伝カーみたいですね。気恥ずかしいデス)

 

From: "hakushou" <copper@par.allnet.ne.jp>
Subject: [gs-club:0188]あっ、ごめん。
Date: Sun, 10 Oct 1999 21:54:41 +0900

白翔です。
「その部屋に入るのが怖かったものです。」禰子の言葉です。さん抜けでごめんごめん。禰子さんの字はコピー・貼り付けでやるからうっかりする。他意はなし。

それにヤマネさんへごめん。まあ、ここを仕切るのはヤマネさん。だから異論はないけど、まだケンカには程遠い。私にしても数十年絵のことを考え続けた仲間と議論するようにしているから、はしょってお話している。ケンカというのもまだまだずうっと先だねえ。
でもこの場が狭くなるというのはいえるからねえ。皆さん恐くなって発言が出てこなくなるしねえ。傷つきたくないものねえ。ただ、あれやねえ、皆さんの言葉の片鱗でふっと広がったり厳密になったりと、例えば、作家論を書く場合など大変有効な方法ではあるね。
たった数日で深まった深まった。甲斐の庄。言い合わないと駄目です。独り善がりになるから。このシステムは本音を言い合うには絶好の手段だと思うけど。本音を言い合うと必ず深手を負います。だが、どこかで必ず聞きたいんだ本音というやつは。しかし、あれですよ。マイナーな作家、甲斐庄楠音の展覧会を見たというマムさんのいたことは私にとっては驚きだねえ。それにすばやいねえ、ヤマネさん。とんとんとんとん答えが返ってくる。まあ、本音が聞けないのは残念だけどいいか。いいやね。

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