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甲斐庄楠音研究13

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Date: Mon, 11 Oct 1999 10:13:22 +0900
From: mephisto <mephisto@jwg.vip.co.jp>
Subject: [gs-club:0191]「島原の女」と「聖母子」

mephistoです、こんちわ。

甲斐庄の「島原の女」大正9
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8284/kainoshou/x-t0901.JPG

と、

Leonardo da Vinci
1452-1519
The Virgin and Child with St. Anne
http://www.louvre.or.jp/louvre/img/photos/collec/peint/grande/inv0776.jpg

は、どう見ても、そっくりですね。

ほかに、Leonardo da Vinciを甲斐庄が模倣していることが明らかな作品、あ
りますか?

 

Date: Mon, 11 Oct 1999 16:50:21 +0900
From: mephisto <mephisto@jwg.vip.co.jp>
Subject: [gs-club:0192]大槻教授のモナリザ体験

mephistoです、こんちわ。

有名な早稲田大学教授、大槻義彦氏が、モナリザについて書いているの見つけ
ました。

《『学校の怪談に挑戦する』ちくま文庫から》
  「私は若いころから、ルーブル美術館を何度となく訪れた。」
  「ルーブル美術館を訪れて三回日ぐらいの時であったろうか。」
  「それまで、モナリザの絵はいつもふくよかなほほえみをたたえていると
  思っていたのに、どうしたわけか、その時のモナリザは、私の顔を見据え、
  恨みと妬みで燃えるような怖い顔をしていた。」
  「私はたいへんびっくりして、モナリザの絵が取り替えられたのではない
  かと、一瞬、疑った。」
  「しかし、気を取りなおして、もう一度よく見ると、それは間違いなくモ
  ナリザの絵そのものであったが、どう見ても、そのモナリザはやさしくほ
  ほえみかけているというものではなく、怖い顔で私を見おろしていたので
  ある。」
  「それから数年して、再びルーブル美術館のモナリザの絵の前に立ったと
  きのことである。数年前の、モナリザのあの怖い顔のことを思い出しなが
  ら、私はおそるおそる絵の前に出たのであった。しかし、そのときはモナ
  リザの顔は元のやさしいほほえみに戻っていた。私はホッと胸をなでおろ
  した。」
  「あーやっぱりあのときの恐ろしげなモナリザの顔は何かの錯覚であった、
  と私は思うことにした。」
  「そして、ハッと思い当たることかあったのである。それはモナリザの絵
  が怖かったそのころ、実は私は家内に対しあるすまない感情をいだいてい
  た時期であった。はっきりいえば、私はそのころ妻以外の女性に心をうば
  われ、妻に対して誠に申しわけなく思っていた。」
  「ときには妻のきつい眼差しのことを想像し、内心、心の中でわびを言っ
  ていたのだ。」「私は科学者として、モナリザの絵が時間によって、日に
  よって、年によって簡単に変化するなどという、馬鹿げたことは考えない。」
  「その人の精神状態によって、モナリザのほほえみは、実は女性の怒りと
  も見えるし、あるいは人を恨む顔にも見えるのだ。」

 

Date: Mon, 11 Oct 1999 18:41:49 +0900
From: mephisto <mephisto@jwg.vip.co.jp>
Subject: [gs-club:0193]甲斐庄の母親の顔

mephistoです、こんちわ。

甲斐庄楠音の父親について、栗田勇は次のように書いています。

《「女人賛歌」より》
   暮らし振りはまったくのお大名の殿様で、二階建ての屋敷の中の間には、
  立派な仏間があった。また倉がありこの倉をつぶして、のちに楠音が画室
  に用いることになる。執事、家令に家を任せ、夏には庭にむしろを敷いて、
  刀に打ち粉をして磨いていた正秀の姿が目に残っているという。
   暮らしは豪放で、当時行われていた関西相撲の力士を二人抱えて、酒の
  相手をさせていた。幼かった妻子はいつも出入りしていた力士に肩車をし
  てもらって、よく御所へ遊びにいったものだという。これはとても安心だ
  った。
   長く暗い廊下のつきあたりに樽漕が据えてあって、夜中に誰かギイギイ
  と栓を抜いて、酒をとくとくとつぐ音が、幼い委子(つぐこ、楠音の妹)の
  夢うつつにきこえていたのを覚えている。
   家長の正秀は、いわばしたい放題の暴君のように家人の目にはうつった。
  妻妾同居で、家族も召使と同じであった。子供たちの食事は台所で、自分
  は二の膳付で、深夜まで酒を「腹のくさるほど」飲むのだった。
   長男のお守をしていた女を第二夫人として同居させ、のちには向かいに
  家をかりて煙草屋をやらせていた。また腰元のお千代に子をつくるなど、
  江戸時代の豪放な京侍の暮らしだった。
  
《引用はEiji Yamaneさんの「[gs-club:0155] 甲斐庄の「肥えた女」」から》
>「母」昭和2年
>http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8284/kainoshou/f-s0202.JPG

に甲斐庄の母親の肖像がありますが、上の文章によれば、この顔は、「夫の横暴に長年、堪え忍んできた【不幸な女】の顔」、ということになりますか。

 

Date: Mon, 11 Oct 1999 19:06:53 +0900
From: mephisto <mephisto@jwg.vip.co.jp>
Subject: [gs-club:0194]楠音の祖父について

mephistoです、こんちわ。

栗田勇『女人賛歌』には、楠音の母の家柄について次のような記述があります。

   楠音の母の父、つまり外祖父は、いわゆる御所士〈ごしょざむらい〉で、
  後に公家臣又は宮系士族と呼ばれた身分だった。
   京だけに残る″配膳さん″といわれる役目で、紋付に袴の宮仕えである。
   表御殿は女人禁制なので御所士が、諸卿、諸士の出入りや接待にさいし
  ては、下足から茶菓子のもてなし、宴会の配膳から、香、ときには座興の
  茶番で接待座持ちをしたものである。
   外祖父の田中則久は、奥村治郎八という狂言名さえもっていた。名人の
  きこえ高かった先代茂山忠三郎師の兄分だった。御所の局〈つぼね〉では、
  治郎やんは面白いお方と人気者だったという。

これはかなりおもしろいですね。楠音の祖父は、御所の女人禁制の場所で、配膳や、接待の仕事をしていた、というのです。歌舞伎に女形というのがありますが、あれは、舞台の上でのオカマですが、こちらの「配膳さん」は公務としてのオカマだと言っていいでしょう。歌舞伎の女形も伝統的なもので、かなり立派なもんですが、それよりはるかに格上のオカマ官僚という立場だとも言えますか。

そして、名人で有名な狂言師の兄貴分だと名乗れるぐらい、楠音の祖父は、その「面白いお方」の芸が身に付いた人だった。

そんな名人の孫として楠音は育ったのですね。彼は、オカマとして日本で最高の家柄にうまれたサラブレッド、なのです。

 

From: "Eiji Yamane" <eiji_yamane@hotmail.com>
Subject: [gs-club:0195]甲斐庄、異性愛者説
Date: Mon, 11 Oct 1999 22:17:20 +0900

こんにちは。ヤマネです。 mailto:eiji_yamane@hotmail.com

----- Original Message -----
送信者 : mephisto <mephisto@jwg.vip.co.jp>
件名 : [gs-club:0194] 楠音の祖父について
> 彼は、オカマとして日本で最高の家柄にうまれたサラブレッド、なのです。

この結論は、以前のmephistoさんの、

----- Original Message -----
送信者 : mephisto <mephisto@jwg.vip.co.jp>
件名 : [gs-club:0160] トクとの恋は偽物?
> トクと楠音が共に写っている写真・・・・本当に幸せそうですよね。
> 楠音の顔も自然な幸福が、にじんでいるような気がします。
> http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8284/kainoshou/pic0107.JPG
>
> でも男性の恋人との写真は、芝居がかっていて、本当に楠音が幸せだったかど
> うか疑わしい感じもします。
> http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8284/kainoshou/pic0104.JPG
>
> 楠音は、もしかしたら、同性愛の仮面をかぶった異性愛者だったのかもしれま
> せんね?

この、「甲斐庄、異性愛者説」につながるのですね。 甲斐庄の同性愛は、幼少時からの特別な教育の結果であり、彼の素質は、通常の異性愛者であったであろうという。

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