甲斐庄楠音研究19
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Date: Mon, 27 Aug 1956 22:42:07 +0000 こんにちは佳嶋です。なんだか入った時、甲斐庄楠音について白熱してましたがまだ終わってないのかな? 甲斐庄楠音については白翔のテリトリーというのなら話はもう終わりにしてはいいのでは? なんだか衝突が起きるようなので、話が別な方面に向かいそうです で、ML先輩とか後輩とか下らない事をいうのはおかしいでしょう? 最低限の礼儀さえあれば成り立つのです先輩だから「言葉遣いは良い・引際が良い」とか後輩だから「常識を知らん・自己主張が激しい・極論しか言わない」って言う事はないし、反対もありえる「先輩として・評論家の玄人として意見する」っていうのはちょっと変でしょ? 白翔も研究家かもしれないし単なるサラリーマンなのかもしれませんが、ここに来たら肩書きのない「白翔」さんなのですからそんな、事に捕らわれる事はないと思いますよ私達も知らないしね白翔さんは評論家という枠を超えて話してくれるとおもしろいと思う
経営者は経営者でしかないデザイナーやコピーライターがディレクターに と、言う事で長々と、白翔一人の言葉について感じた事を書いてしまいましが、白翔さん嫌いではありません。面白い人だと思います。mephistoさんも自分にはない考え方をするのでとても貴重です。山根さんは柔らかく・沢山の資料を素早く用意してくれる「まず理解」とおしゃるmephistoさんと、「まず感じて」と言われる白翔さん、と言われると「まず感じて」と言われる白翔さんサイドの人間に私はなります(笑)。 絵っていうのは描いてる本人以上に表現を書き込まれたり削除・描ききれなかったりしますよね実は意図的に描くのはとても難しいと思う。やはり無意識が操作されて現れてくると私は思う。あろうと、なかろうと無意識さえ解釈しなければならないのか?それとも、いらないのか? そしてそれを受け取る側も多種多様な解釈や議論が産まれる
透明な箱にウサギが一匹入っている一人にはそのウサギと透明な箱が見えるしかし条件によって光りが当てられる事によって、ウサギが見えない人も存在する。また一部分しか見えない。ウサギと思う人と別の生き物と思う人に別れる。またウサギと理解できても、見る角度によって「ウサギの正面で赤い目が印象的」「ウサギの背面で背骨のラインが印象的」と別れる。これは全て正しいのです。見えてても、見えてなくても現実や認識は正しい私は皆が見ている箱の中身や回りを映した心の鏡がみたいなと希望している。それってとても楽しいことじゃないですか? わくわくします。 |
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From: "Masao Kohmura" <komura@cg.tuad.ac.jp> >送信者 : Masao Kohmura <komura@cg.tuad.ac.jp> 彼の表現したきわめて動的な世界これはおそらく後の溝口の映画の中ではたした彼の役割に通じるものがあります。「死」にしろ「狂」にしろ「舞」にしろ「妊」にしろ非常に深いところで楠音の「女」への凝視があり、「愛」がある。古代ギリシャやルネサンス期や楠音の同性愛とその表現は切り離せない問題だと思います。 >白翔です。ダ・ヴィンチもミケランジェロも甲斐の庄も。 まだまだいいたいことがありますが。マム・山形 エンカルタ2項目。 モディリアニ Amedeo Modigliani 1884〜1920 エコール・ド・パリを代表するイタリア生まれの画家・彫刻家。その人物像は、単純化された優雅なフォルムと、対象に対する深い共感にみちた描写で知られる。 ユトリロ Maurice Utrillo 1883〜1955 フランスの画家。パリに生まれ、絵はもっぱら母親の画家シュザンヌ・バラドンからまなんだ。印象主義の影響のいちじるしい1908年までの初期の作品は、パリ北郊の家並みをえがいた風景画で、微妙な色遣いの効果をしめしている。09〜14年の作品は、ほぼ白の微妙な色合いだけでえがかれ、「白の時代」として知られる。ユトリロ独自の作風が展開され、もっとも実験的な時期でもあった。たとえば建物の漆喰(しっくい)壁の質感を表現するために、絵具はパレットナイフでぬられていることが多い。キュビスムの影響が明らかな作品もある。パリの人影のない街路、村の光景、大聖堂などをえがいた彼の多くの作品は、いずれもそこはかとない哀愁をおびている。これらの作品によってユトリロは世界的名声をえた。代表作は「コタン小路」(1911)など。"ユトリロ,M."
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