甲斐庄楠音研究19

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Date: Mon, 27 Aug 1956 22:42:07 +0000
From: hm3m-ktu@asahi-net.or.jp (佳嶋藤乃)
Subject: [gs-club:0245]佳嶋です

こんにちは佳嶋です。なんだか入った時、甲斐庄楠音について白熱してましたがまだ終わってないのかな? 甲斐庄楠音については白翔のテリトリーというのなら話はもう終わりにしてはいいのでは? なんだか衝突が起きるようなので、話が別な方面に向かいそうです

で、ML先輩とか後輩とか下らない事をいうのはおかしいでしょう? 最低限の礼儀さえあれば成り立つのです先輩だから「言葉遣いは良い・引際が良い」とか後輩だから「常識を知らん・自己主張が激しい・極論しか言わない」って言う事はないし、反対もありえる「先輩として・評論家の玄人として意見する」っていうのはちょっと変でしょ?

白翔も研究家かもしれないし単なるサラリーマンなのかもしれませんが、ここに来たら肩書きのない「白翔」さんなのですからそんな、事に捕らわれる事はないと思いますよ私達も知らないしね白翔さんは評論家という枠を超えて話してくれるとおもしろいと思う 経営者は経営者でしかないデザイナーやコピーライターがディレクターに
なれるわけではない、っていうのと同じになっちゃいますね(これは、よく言われる極論ですがね。まあそういう人が多いがこれが正しいわけではない)何処から何処まで研究してるとか、面白いけどねでも研究家や評論家には足りないものが多すぎるから甲斐庄楠音の年表をもとに解釈っていうのは足りないでしょう? 資料も甲斐庄楠音だけとか、手記とか日記とか… それでも情報は足りないのです精神科の人がいればと言ってましたが、単なる精神科の人だけではそれでも足りないのですよその時生きた社会や性格・人間関係・同性愛についての専門家や脳外科神経外科・そして色彩解明・プロファイル・持病とかストレスに宗教ついては? 彼等の美学・哲学・習慣・現象もっと情報を超えた情報や解釈が評論家には足りないと思う「こういう物があるから、こういう事になる」っていうのはそれが極論でしょう? 「こういう事になったのは、こういう物があるからではないか?」っていうい考え方がない人が多いですねそう言う風に書いていても、そこから抜け出していない人とかいますし何年やっても前に進まない人、持論を捨てきれない人とかいますねでも、私は思うんです「いくら研究しようと本人でないのだから、彼等の心までわからないのだ。共感や共鳴っていうのはあるが、同じとは限らない。そして本人でさえ気付かない事を表現してしまっている場合もありえる」勝手に解釈してるのは違う人間だからだ情報は正しいが、結果まであってるとは思わないでも面白い、まるで推理小説だ!

と、言う事で長々と、白翔一人の言葉について感じた事を書いてしまいましが、白翔さん嫌いではありません。面白い人だと思います。mephistoさんも自分にはない考え方をするのでとても貴重です。山根さんは柔らかく・沢山の資料を素早く用意してくれる「まず理解」とおしゃるmephistoさんと、「まず感じて」と言われる白翔さん、と言われると「まず感じて」と言われる白翔さんサイドの人間に私はなります(笑)。
禰子さんにも同調するとこあります! そうそう、白翔さんはどっちかというと気遣いのない書き方しますよね? どちらの意見も覗き見のように読んでましたが、「なるほど!面白いね!」って思いましたよ本当に! それでいいんじゃないですか? で、山根さんが上手くまとめてお終い、もしくは本人達同士でリング外で白熱でいいと思います人間は片寄った考え方しかできないのですから。私もそうです

絵っていうのは描いてる本人以上に表現を書き込まれたり削除・描ききれなかったりしますよね実は意図的に描くのはとても難しいと思う。やはり無意識が操作されて現れてくると私は思う。あろうと、なかろうと無意識さえ解釈しなければならないのか?それとも、いらないのか? そしてそれを受け取る側も多種多様な解釈や議論が産まれる 透明な箱にウサギが一匹入っている一人にはそのウサギと透明な箱が見えるしかし条件によって光りが当てられる事によって、ウサギが見えない人も存在する。また一部分しか見えない。ウサギと思う人と別の生き物と思う人に別れる。またウサギと理解できても、見る角度によって「ウサギの正面で赤い目が印象的」「ウサギの背面で背骨のラインが印象的」と別れる。これは全て正しいのです。見えてても、見えてなくても現実や認識は正しい私は皆が見ている箱の中身や回りを映した心の鏡がみたいなと希望している。それってとても楽しいことじゃないですか? わくわくします。
あ〜大分長くなってしまいましたが、今度はちゃんとした話しの方で参加させていただきますね! 甲斐庄楠音以外でお願いしたいと思うのですが… あと言葉遣いがあまり良くなくてすみません人の事言えない

 

From: "Masao Kohmura" <komura@cg.tuad.ac.jp>
Subject: [gs-club:0258]RE: [gs-club:0234] 甲斐庄「幻覚」の背景
Date: Wed, 20 Oct 1999 13:40:19 +0900

>送信者 : Masao Kohmura <komura@cg.tuad.ac.jp>
>件名 : [gs-club:0216] RE: [gs-club:0164] 兄嫁の亡霊・3人の横櫛
>> >> >第一の「横櫛」
>> >> >http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8284/kainoshou/x-t0501.JPG
>> 確かに死相があります。横櫛2.0に比べると顔も少し太めです。襟には天女が飛ん
>> でいます。
>「横櫛versoion 1」の襟元の天女には気づきませんでした。
>天女が舞っているということは、ますます霊界の雰囲気ですね。
>> 「幻覚」大正9頃
>> http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8284/kainoshou/x-t0903.JPG
>> とも共通
>ご指摘のとおり、「横櫛versoion 1」と「幻覚」は、近しい世界だと思います。
>モデルの顔も「横櫛version 2」
>http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8284/kainoshou/x-s3701.JPG
>ではなくて、「横櫛versoion 1」と同じだと言えそうですし、なによりも「幻覚」の背
>後に描かれている手の影が、魂を捕まえようとする地獄の亡者の手のようで、
>恐ろしいです。
>楠音は、死霊にとりつかれていたという仮説は、ますます迫真してきましたね。

彼の表現したきわめて動的な世界これはおそらく後の溝口の映画の中ではたした彼の役割に通じるものがあります。「死」にしろ「狂」にしろ「舞」にしろ「妊」にしろ非常に深いところで楠音の「女」への凝視があり、「愛」がある。古代ギリシャやルネサンス期や楠音の同性愛とその表現は切り離せない問題だと思います。

>白翔です。ダ・ヴィンチもミケランジェロも甲斐の庄も。
>取りあえず男色と絵の出来とは切り離すがよかろう。

まだまだいいたいことがありますが。マム・山形

エンカルタ2項目。

モディリアニ Amedeo Modigliani 1884〜1920 エコール・ド・パリを代表するイタリア生まれの画家・彫刻家。その人物像は、単純化された優雅なフォルムと、対象に対する深い共感にみちた描写で知られる。
トスカナ地方のリボルノに生まれてユダヤ人街でそだち、少年期に重病にかかる。フィレンツェで美術をまなび、1906年パリにでて、ピカソ、ジャン・コクトーなどの前衛芸術家たちと知りあう。ふしだらな生活がたたり、しだいに健康をそこねたが、その天分は仲間の芸術家たちのだれもがみとめた。フォービスムに影響されたのち、友人のルーマニアの彫刻家ブランクーシから影響をうけた。最初はアフリカの木彫に触発された彫刻作品を制作したが、やがて絵画に専念することになる。
しなやかな線、単純で平らな形、そして細長いプロポーションを特徴とする作品は、大部分が肖像画と人物画の習作で、その特徴的卵形の顔は、モディリアニの代名詞になっている。肖像画の線は単純そのものだが、心理学的に深い洞察力をしめし、不思議な哀感もただよう。その最良の作品では、アフリカ彫刻のダイナミズムと15世紀の画家ボッティチェリの優美なスタイルが融和している。代表作に「横たわる裸婦」(1919?)、「ジャンヌ・エビュテルヌ」(1919)などがある。"モディリアニ,A." Microsoft(R) Encarta(R) 98 Encyclopedia. (c) 1993-1997 Microsoft Corporation.

ユトリロ Maurice Utrillo 1883〜1955 フランスの画家。パリに生まれ、絵はもっぱら母親の画家シュザンヌ・バラドンからまなんだ。印象主義の影響のいちじるしい1908年までの初期の作品は、パリ北郊の家並みをえがいた風景画で、微妙な色遣いの効果をしめしている。09〜14年の作品は、ほぼ白の微妙な色合いだけでえがかれ、「白の時代」として知られる。ユトリロ独自の作風が展開され、もっとも実験的な時期でもあった。たとえば建物の漆喰(しっくい)壁の質感を表現するために、絵具はパレットナイフでぬられていることが多い。キュビスムの影響が明らかな作品もある。パリの人影のない街路、村の光景、大聖堂などをえがいた彼の多くの作品は、いずれもそこはかとない哀愁をおびている。これらの作品によってユトリロは世界的名声をえた。代表作は「コタン小路」(1911)など。"ユトリロ,M." Microsoft(R) Encarta(R) 98 Encyclopedia. (c) 1993-1997
Microsoft Corporation.

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