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2002年度第4回貝塚巡検 九十九里沿岸の貝塚 (「◆最近の活動◆」 2002年7月2日掲載記事) |
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6月29日に,千葉県横芝町を訪ね,九十九里沿岸北西部に所在する貝塚を踏査しました。 |
![]() 中台貝塚 貝層部より極緩い斜面下方をみる |
中台貝塚 |
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表情豊かな人物埴輪が出土したことで有名な殿塚・姫塚がある木戸川流域と,縄文時代の丸木舟が多数発見されている栗山川水系との,分水嶺に形成されている貝塚です。 木戸川が流れる谷に向かって極めて緩やかに傾斜し始める地形変曲点に,ハマグリの小破片がわずかに散布していました。農作物があり圃場に立ち入れなかったので貝層の有無は確認できなかったのですが,土器が濃密に散布する様子はみることができました。縄文中期の加曽利E3式〜縄文晩期の姥山V式までみられましたが,地点によって時期差が認められました。 |
![]() 中台A貝塚 貝層部は駐車場になっていた |
中台A貝塚 |
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栗山川の支流である高谷川に向かって伸びる樹枝状台地の,付け根部に形成された貝塚です。 貝層が確認されている地点は,盛り土され,駐車場になっていました。駐車場と道を挟んだ対面の耕作放棄地に,ハマグリ,シオフキなどの貝と,加曽利E式土器を含んだ褐色土が乗っていました。この土は,駐車場の貝層を壊して持ち込んだのではないかと思われました。 貝層部より南側の極めて緩い斜面をなす畑地に,加曽利E式〜堀之内式の土器が多量に散乱していました。 |
![]() 畑に貝が散乱している鴻ノ巣貝塚北貝層 貝層の大半は削平されている |
鴻ノ巣貝塚 |
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高谷川に向かって南北に解析された沖積谷の,谷奥台地に形成された遺跡です。貝層は,谷頭の西縁にそって南北2地点を確認いたしました。 北貝層は,畑に貝が多く散乱していますが,貝層はほとんど削平され,埋没谷上方に1m程度残されているに過ぎませんでした。南貝層は,貝散布量は少ないですが,遺構内貝層と思われる直径3m程の良好な貝層を確認することができました。 貝は,ハマグリ,チョウセンハマグリ,ダンベイキサゴが,土器は,阿玉台式〜堀之内式が多く散布していました。 土木工事がおこなわれている台地先端部で,竈の一部と思われる焼土が断面に露出していました。 | |
![]() 畑に貝がパラパラと散布する鴻ノ巣貝塚南貝層 貝散布量は少ないが良好な貝層が遺存 |
![]() 土木工事現場の断面に竈の焼土が露出 周辺部には土師器・須恵器が散乱 |
![]() 畑に少量の貝が散布 貝はダンベイキサゴ主体 |
木戸場第二貝塚 |
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高谷川水系の谷に面した小舌状台地先端部の,台地縁辺部に形成された貝塚です。 貝の散布量は薄く,畑に貝がわずかに散っている程度で,貝層を確認することはできませんでしたが,表面に散布している貝がダンベイキサゴばかりといって良い状況に注目されました。 加曽利E式〜堀之内式の土器が,痩せ尾根の平坦面全体に散乱していました。土器の量は多く,山林中をボーリングしても土器にあたりました。 加曽利E式の土器片錘が採集されました。 |
![]() 牛熊貝塚薬王寺裏地点を望む 台地の縁に貝層が形成されている |
牛熊貝塚 |
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高谷川に向かって突き出した牛熊台地の先端部に形成された貝塚です。2箇所の貝層のうち,八幡神社西方地点は耕作中のためみられませんでしたが,薬王寺裏地点は確認できました。 薬王寺裏地点は,台地縁辺に沿ってライン状に貝が散布していますが,貝層は遺構内貝層と思われる直径5m程度に過ぎませんでした。城の造成で海蝕崖起源の台地急斜面をカットしているので,斜面上部の貝層はそれで削られた可能性もあります。 チョウセンハマグリ,ダンベイキサゴ,ヤマトシジミを主体とする半鹹半淡の貝塚です。後・晩期の安行式土器が大量に散布していました。 | |
![]() 直径5mほどの貝層が遺存している地点 貝散布量は多くないが良好な貝層が遺存 |
![]() 牛熊貝塚から高谷川流域の低地を望む 牛熊貝塚直下の低地4箇所から丸木舟が出土している |
![]() 山武姥山貝塚A貝層 畑が貝で真っ白にみえ,一目で貝塚とわかる |
山武姥山貝塚 |
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縄文時代晩期の姥山式の標式遺跡です。 御手洗谷に面する台地上に形成された貝塚で,直径約120mの範囲に8箇所の貝層クラスタが谷頭に面して形成された,点列環状貝塚と環状貝塚との中間に位置する貝塚です。 貝は,チョウセンハマグリ,ダンベイキサゴ,ヤマトシジミ,ウミニナ,バイ,シオフキを主体とする半鹹半淡の貝塚です。魚骨・獣骨も多く散布しています。貝刃,貝輪,骨製ヤスも発見できました。 中期五領ヶ台式〜晩期安行3c式までの土器がみられましたが,特に後期後半から晩期前半の土器は大量に散乱していました。 | |
![]() 山武姥山貝塚B貝層 魚骨の多さが目を引いた |
![]() 東対岸から山武姥山貝塚を望む 水田内にも貝が散布するところがある |
![]() 坂田池の北西端部 丸木舟出土地点 |
坂田池・栗山川低地遺跡 |
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栗山川水系の河川は,縄文時代の丸木舟が多数発見されていることで知られています。そこで,丸木舟が出土している坂田池と,栗山川の低地を訪ねることにしました。 坂田池は栗山川水系の河口部で,砂丘列の裏にあたるところで,縄文時代後期にはラグーンであったと思われます。丸木舟出土地点は,台地先端から降りたところでした。 栗山川低地遺跡で,丸木舟2が出土している地点は,葭が鬱そうと生い茂った栗山川の河川敷でした。当時の居住ゾーンが展開していたと考えられる台地と,200m以上離れていました。 | |
![]() 栗山川河川敷 丸木舟2が出土した地点 |
![]() 栗山川低地遺跡から河口方面を望む 丸木舟と貝塚との関係が注目される |