

| 所 在 | 千葉県千葉市若葉区貝塚町字草刈場 |
| 立 地 | 台地上(下総台地),標高:26〜29m |
| 時 代 | 縄文時代中期・後期・晩期(加曽利E4,続加曽利E4,称名寺1・2,堀之内1・2,加曽利B1・2・3,安行1・2・3a・3b・3c・3d,姥山U・V,前浦) |
| 形 態 | 環状貝塚第1形態。貝層は3ヶ所で切れているが,切れ目の間隔は狭く,ほぼリング状。 |
| 規 模 | 貝層の直径:約200m |
| 主な貝種 | キサゴ主体。ハマグリ,サルボウ,マガキ,カガミガイ,アサリ,シオフキ,ハイガイ,ウミニナ,アラムシロ,イボニシ,アカニシ,ツメタガイ,バイ |
| 貝類以外の動物遺体 | 埋葬人骨,イノシシ(多い),シカ |
| 遺 物 | 土器,磨製石斧,打製石斧,磨石,敲石,石皿,石鏃,イモガイ製垂飾,貝輪,土偶,石棒 |
| 遺 構 | 住居址,土坑 |
| 現 状 | 現状:畑,宅地。 貝塚の西半分が盛り土され,表面に散布していた貝が隠れたため,東半分のみの貝塚と見間違う。 都市スプロール現象が進行中。土地区画整理事業の事務所が一時できたり,デベロッパーが宅地造成を計画するなど,都市開発への動きが強い。 |
| 史跡指定 | 無指定 |
| 遺跡の特徴 | 1.環状貝塚第1形態の貝塚としては日本一の規模を誇る貝塚。 貝層が一望できた時には,加曽利南貝塚や月ノ木貝塚を遙かに凌ぐ貝層規模に圧倒された。 北西部の貝層では,ほとんどキサゴの貝層が4mの厚さに達する。 2.北西貝層の内側に,イノシシの骨が敷き詰めたように散乱していた。獣骨の多さでは,他に類例を見ない。 反面,石鏃はわずか1点しか採集されていない。 至近の荒屋敷貝塚(縄文中期)では,草刈場貝塚に比べて獣骨は少ないが石鏃はごく普通に散布していた。草刈場貝塚の,獣骨と狩猟用具の量とのアンバランスが注目される。 3.凹地部に土偶が多く散布。表面採集で土偶を多く拾える,珍しい貝塚。 4.昭和前期に酒詰・和島が,日本で初めて貝塚を横断するトレンチ発掘を行い,いわゆる中央凹地には遺構が無いことを明らかにした。 |
| 備 考 | 明治時代には,貝塚町台地に並ぶ台門貝塚,荒屋敷貝塚,荒屋敷(西)貝塚,草刈場貝塚などを合わせて,千葉貝塚と呼ばれていた。 古墳時代,中世・近世の複合遺跡。 |
| 主要参考文献 | 上田英吉(1887),下総国千葉郡介墟記,東京人類学会雑誌,2(19). 山崎直方(1893),下総曽谷・千葉の二貝塚に就いて,東京人類学会雑誌,8(84). 武田宗久(1953),原始社会,千葉市誌. 酒詰仲男(1967),貝塚に学ぶ. 後藤和民(1974),縄文後期の遺跡,千葉市史 原始古代. 千葉市史編纂委員会(1976),縄文時代,千葉市史資料編1. 千葉県教育庁文化課編(1983),千葉県の貝塚. 園生貝塚研究会(1999),活動記録,貝塚研究,4. |