

| 所 在 | 千葉県千葉市若葉区貝塚町字荒屋敷 |
| 立 地 | 台地上(下総台地),標高:27〜29m |
| 時 代 | 縄文時代前期・中期・後期(黒浜,植房,諸磯a・b,浮島T,U,興津,阿玉台U・V,加曽利E1・2・3,堀之内1・2,加曽利B1・2・3,安行1) |
| 形 態 | 点列環状貝塚(環状貝塚第2形態)。 先導谷外周の高所に11ヶ所の貝層が点在している。 いずれの貝層も遺構内貝層。 |
| 規 模 | 貝層が分布する範囲:東西160m,南北150m。 |
| 主な貝種 | b貝層:キサゴ主体。ハマグリがこれに次ぐ。 サルボウ,オキアサリが混ざる。 h貝層:ハイガイ主体。中〜大型ハマグリがそれに次ぐ。 マガキ,サルボウ,カガミガイ,オオノガイ,アカニシ,キサゴ,ツメタガイ。 b貝層・h貝層以外:ハマグリ主体。キサゴがこれに次ぐ。 サルボウ,マガキ,アラムシロ,ツメタガイが混じる。 |
| 貝類以外の動物遺体 | イノシシ,シカ |
| 遺 物 | 土器,打製石斧,磨石,敲石,石鏃 |
| 遺 構 | |
| 現 状 | 畑,宅地,高速自動車道。 e・f・g貝層およびh貝層の西部が盛り土され,工場の敷地になっている。 a貝層は個人宅地,k貝層は京葉道路によって破壊された(未調査)。 |
| 史跡指定 | 無指定 |
| 遺跡の特徴 | 1.貝塚町貝塚群中で最古の貝塚。鶴牧遺跡から始まる縄文早・前期ベルト地帯の一角。 千葉市内で数少ない黒浜式・植房式の貝塚。 前期の集落は荒屋敷貝塚,荒屋敷北貝塚に広がる。 2.本貝塚の南にある車坂遺跡,木戸場貝塚などと合わせ,諸磯式の貝塚の集中地区を形成。 諸磯式はh貝層周辺,浮島式・興津式は本貝塚の北部から草刈場南貝塚南部と分布が異なる。 また,諸磯式は貝層を形成するのに対し,浮島式は明確な貝層を形成しない。 @浮島式と諸磯式は遺跡内・遺跡間で分布が分かれることと,A諸磯式の遺跡は貝塚を形成するが浮島式の遺跡は貝塚を形成しないこと,は本地域の特徴。 (貝塚向遺跡,駒形遺跡は浮島式主体で諸磯式はわずかしかなく貝塚を形成しないのに対し,車坂遺跡,木戸場貝塚は諸磯式主体で浮島式は少なく,貝塚を形成している) 諸磯式,浮島式の集落は,台門貝塚,荒屋敷貝塚,荒屋敷北貝塚に広がっている。 3.b・h貝層以外の貝層は加曽利E式の遺構内貝層であり,谷津堀貝塚や荒屋敷北貝塚とともに,国指定史跡である荒屋敷貝塚と一体の集落と考えられる。 b貝層は堀之内式,加曽利B式の貝層であり,南の台門貝塚,殿屋敷貝塚と,北の草刈場南貝塚,向ノ内東遺跡,草刈場貝塚・草刈場北遺跡との結節点になっている。 |
| 備 考 | 千葉貝塚の一部。 古墳時代,中世(貝塚城跡),近世の複合遺跡。 千葉県教育庁文化課編(1983)『千葉県の貝塚』で「殆ど消滅」とあるが,これは間違い。a・k貝層以外は,工場内にある貝層でも盛り土の下に良好な状態で残っている。 本貝塚を通って国道51号バイパスを造成する計画が出されているが,『千葉県の貝塚』の記述を根拠にしてすでに「消滅」しているものとして処理されないか注意する必要がある。 |
| 主要参考文献 | 山崎直方(1893),下総曽谷・千葉の二貝塚に就いて,東京人類学会雑誌,8(84). 武田宗久(1953),原始社会,千葉市誌. 酒詰 仲男(1959)『日本貝塚地名表』,土曜会. 酒詰仲男(1967),貝塚に学ぶ. 宍倉昭一郎(1974),縄文前期の遺跡,千葉市史 原始古代. 千葉市史編纂委員会(1976),縄文時代,千葉市史資料編1. 千葉県教育庁文化課編(1983),千葉県の貝塚. 園生貝塚研究会(1999),活動記録,貝塚研究,4. |