貝塚を訪ねて_5

◆ 貝 塚 を 訪 ね て ◆

Part 5(September,2000)

誉田高田貝塚(ほんだたかだかいづか)


誉田高田貝塚e貝層


貝層・貝殻の分布
1.誉田高田貝塚,2.冬寒台遺跡,3.南北遺跡,4.椎名
谷低地遺跡,5.椎名谷第6遺跡,6.椎名谷第7遺跡  
注:貝層は(財)千葉県文化財センター(1991)に一部加
  筆し,貝殻散布範囲は1970年の踏査記録によった。

異 称冬寒台貝塚(とうかんだいかいづか)
所 在千葉県千葉市緑区高田町字貝塚
立 地台地上(下総台地)  標高:40〜51m
時 代先土器時代
縄文時代中期・後期・晩期(阿玉台,加曽利E,称名寺,堀之内1・2,加曽利B1・2・3,曽谷,安行1・2,安行3a・3b・3c・3d)
古墳時代,奈良・平安,中世,近世
形 態環状貝塚第2形態(L字状)
規 模貝層の分布範囲:東西95m,南北135m
主な貝種イボキサゴ主体でハマグリが次ぐ
シオフキ,マガキ,アサリ,オキシジミ,サルボウ,ウミニナ,アラムシロ,アカニシ,ツメタガイ
貝類以外の動物遺体シカ(多い),イノシシ,キジ
マダイ,スズキ,コチ,ボラ
人骨(31体以上)
遺 物フレイク,コア
土器,土製円盤,敲石,磨石,製塩土器,スクレイパー,石鏃,骨鏃,牙鏃,骨針,打製石斧,磨製石斧,土製耳栓
土師器,須恵器,古瓦,板碑,カワラケ,陶器
遺 構住居址(7軒以上),墓址(2),土坑(211)
現 状畑,山林,宅地
史跡指定無指定
遺跡の特徴
  1. 都川上流域に形成された鹹水産貝類の環状貝塚。
     1960年代まで,縄文時代には貝塚直下の谷が海で,そこで採貝したと考えられていた。谷の標高が下流の貝塚より高いことが注目され,その説明に関東造盆地運動などの仮説が出された。1960年代に入り,解析谷でのボーリングデータによって,いわゆる黒浜海進期でも海水は都川中流域までしか入っていないことが分かり,それまでの解釈の前提が崩壊した。その結果,なぜ当時の海岸線から10q以上も離れた地に環状貝塚が形成されたのかが,再び謎となった。
  2. 堀之内式期の人骨集積遺構が検出されており,葬制を考える上から注目を集めている。
  3. 縄文後期後葉〜晩期前葉の遺物が多いところで,村田川流域以南の礫層に産する特有なチャートのフレイク・チップが多く散乱しており,石器製作址の可能性が考えられる。
    反面,中妻系列の加曽利B式土器や土器塚の存在,製塩土器の量などに古鬼怒湾岸の遺跡と共通する要素が多い。
    これらは,都川上流域・鹿島川上流域の貝塚の特徴であり,都川下流域の貝塚とは性格を異にしている。
備 考貝塚周辺は牧歌的景観が良く残っているが,圃場形質の変更により,貝層の消滅や,包含層の削平が散見される。農業的土地利用と遺跡保全との調整を検討する必要がある。
主要参考文献 武田宗久(1953),原始社会,千葉市誌.
学習院高等科史学部(1954),誉田高田貝塚.
池田次郎(1957),千葉県誉田高田貝塚出土の人骨について,人類学輯報,18.
酒詰仲男(1959)『日本貝塚地名表』,土曜会.
後藤和民(1974),縄文後期の遺跡,千葉市史 原始古代.
千葉市史編纂委員会(1976),縄文時代,千葉市史資料編1.
千葉県教育庁文化課編(1983),千葉県の貝塚.
(財)千葉県文化財センター編(1991),千葉市誉田高田貝塚確認調査報告書−千葉県主要貝塚確認調査第3集−,千葉県文化財保護協会.
渡邉智信編(1999)千葉県文化財センター 研究紀要,19,(財)千葉県文化財センター.
岡田茂弘・宇田川浩一(2000),誉田高田貝塚,(財)千葉県史料研究財団編,千葉県の歴史 考古1,千葉県.

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