◆ 貝 塚 を 訪 ね て ◆

Part 10(February,2001)

押元貝塚(おしもとかいづか


押元貝塚の貝層北西端部


貝層の形状


異 称 押元(西)貝塚,上坂尾(かみさんご)貝塚
所 在 千葉県千葉市若葉区大宮町
立 地 下総台地低位面の台地斜面〜台地上
時 代 縄文時代中期・後期・晩期(加曽利E,堀之内1・2,加曽利B1 ・2・3,安行1・2・3a),弥生時代中期(須和田・宮ノ台),古墳時代,中世,近世
形 態 環状貝塚第5b形態
点列環状貝塚から環状貝塚に移行した段階。
堀之内式期の貝層は竪穴住居址などの遺構内貝層と思われる。
貝層はU字状に分布。
規 模 貝層:北東−南西約110m,北西−南東約80m,層厚約1m
主な貝種堀之内式期の貝層:小形ハマグリ主体。イボキサゴ,アサリ,シオフキ,アカニシを含む。カガミガイ,オキシジミ有り。
加曽利B式〜安行式期の貝層:イボキサゴ主体。シオフキ(ブロック状),アラムシロ,ウミニナを含む。カキ,アサリ,オキシジミ,アカニシ,ツメタガイ,バイ有り。
貝類以外の動物遺体イノシシ,シカ
遺 物 剥片,磨石,縄文式土器
弥生式土器,土師器,須恵器,カワラケ,陶器,土製碁石
遺 構 竪穴住居址(耕作による段切りに断面が露出)
現 状 畑,宅地,山林
史跡指定なし
遺跡の特徴 
  1. 特異な形態の環状貝塚
    多くの都川流域の環状貝塚と異なり,凹地状地形でなく,解析により痩せ尾根に近くなった台地の台地斜面から台地上に貝層が形成されている。@丘陵と呼ぶにはまだ平坦面が広く,舌上台地の範疇に留まっていることと,A貝層が埋没谷でなく,主に台地斜面に形成されていることから,環状貝塚第5b形態の貝塚とした。しかし,河岸段丘の形成によって,貝塚がつくられた地形面が残丘状を呈しているため,千葉市東南部丘陵に多い環状貝塚第4形態のように見える。
  2. 貝層周辺部のみ黒ボク土になっている
    「関東ローム層」が極めて薄いため地表面の大半は第3紀層起源の砂で,貝層周辺部のみ黒ボク土となっている。これは,押元貝塚人が有機物を廃棄したり,ススキや篠竹が繁茂するような草原の維持をはかったためと考えられる。
  3. 貝層の形成期によって主体貝種が異なる
    遺構内貝層と見られる堀之内式期の貝層は小形ハマグリが主体であるのに対して,台地縁辺〜斜面に形成されている加曽利B式〜安行式期の貝層は圧倒的にイボキサゴと,主体貝種が明瞭に分かれる。縄文後期の前半と後半でこれほど明瞭に主体貝種が分かれる貝塚は,周辺地域では例をみない。
  4. 土器塚状を呈する
    台地縁辺の貝層周辺では,加曽利B式〜安行1式土器片が地表面に大量に散乱している。土器塚状の遺物包含層があるものと推察される。
  5. 千葉市では数少ない弥生時代の遺跡
    貝塚の西側に広がる沖積段丘面(千葉段丘面)と下総台地低位面との段丘崖上で,弥生時代中期の須和田式土器が散布している。
備 考 
  1. 1970年代半ばまでは貝層内に農家が1軒建っているだけで,貝塚の全体の姿が一望できたが,その後の小規模宅地造成により,貝塚の南半部が宅地・道路下になってしまった。特異な形態の環状貝塚であるだけに,少なくとも地形と貝層分布の概略が分かる内に測量調査を行うことが望まれる。
  2. 地元住民の話では,これまでに何回も発掘調査がなされたということだが,そのことを示す記録が公表されていないため,誰が何時発掘調査をしたのかが分からない。一度,中学生が盗掘している姿を見たが,「20〜30年前(1960年代〜1970年代)に,大学の先生と学生がしばしば発掘に来た」というのも,盗掘であった可能性が強い。
  3. 千葉県教育庁文化課編(1983)では直径200mと記している大規模な貝塚でありながら,これまでまったく注目されず,いつの間にか半壊してしまった。基礎資料を整備し,本遺跡の重要性を広く知らしめる必要がある。
主要参考文献 武田宗久(1953),原始社会,千葉市誌.
酒詰仲男(1959),日本貝塚地名表,土曜会.
伊藤和夫・金子浩昌(1959),千葉県石器時代遺跡地名表,千葉県教育委員会.
千葉市史編纂委員会編(1976),縄文時代,千葉市史資料編1.
千葉県教育庁文化課編(1983),千葉県の貝塚.
園生貝塚研究会(1998),活動記録,貝塚研究,3.





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