| 異 称 | 西寺山貝塚,廿五里貝塚
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| 所 在 | 千葉県千葉市若葉区源町
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| 立 地 | 下総台地上〜台地縁辺 標高:15〜29m
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| 時 代 | 縄文時代中期・後期(加曽利E3・4,称名寺2,堀之内1・2,加曽利B2・3,安行1・2),古墳時代,中世,近世
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| 形 態 | 環状貝塚第1形態
点列環状貝塚から環状貝塚へ移行した段階
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| 規 模 | 貝層東西:約90m,南北:約120m
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| 主な貝種 | イボキサゴ主体。ハマグリ,アサリ,シオフキ,カガミガイ,オキアサリ,マガキ,サルボウ,アカニシ,ウミニナ,ツメタガイ,バイを含む。ハイガイ,オオノガイ,ナガニシ,イボニシ有り。
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| 貝類以外の動物遺体 | イノシシ,シカ
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| 遺 物 | 磨製石斧,石鏃,磨石,縄文式土器,イモガイ製垂飾
土師器,須恵器,カワラケ,陶器,火打石,土製碁石,泥面子
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| 遺 構 | 未確認
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| 現 状 | 畑,宅地,山林
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| 史跡指定 | 無指定
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| 遺跡の特徴 |
- 葭川流域最奧の環状貝塚。
葭川の源流である紅嶽弁天の湧水に南面した台地上に加曽利E3〜称名寺1式の点列環状貝塚である北前原遺跡が存在するが,環状貝塚としては廿五里北貝塚が最奧の貝塚。
- 薄い貝層中に,厚い貝層がブロック状にある。
東ノ上貝塚と同様,縄文人の土木工事を推定することができる。
- 南貝層北縁の農道周辺が土器塚状であった。
南貝層の北縁に堀之内式〜加曽利B式の土器が大量に散乱しており,土器塚状をていしていた(農道が舗装されたため,現在はかつてほど散乱していない)。
反面,土器以外の遺物は少ない。南に接する廿五里南貝塚では,打製石斧,石鏃,土器片錘,貝刃,獣骨が多く,両者の違いが際だっている。
また,当地周辺における縄文時代後期主体の環状貝塚では,獣骨が多い傾向が認められるが,廿五里北貝塚ではごくわずかしか見られない点も特筆に値する。
- 廿五里南貝塚と主体になる時期がわずかにずれる。
遺物散布が連続していることから,廿五里南貝塚と廿五里北貝塚は一続きの集落址と考えられるが,廿五里南貝塚がプレ加曽利E1式〜加曽利E3式を中心としているのに対し,廿五里北貝塚は加曽利E3式〜堀之内式が中心と,遺跡形成の中心時期がずれている。これは,時期によって両地域の中で土地利用のゾーニングが移っていったことを示している。
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| 備 考 |
- 遺跡名称が再混乱している。
古くは西寺山貝塚などと呼ばれていたが,これは廿五里南貝塚の異称でもあり,遺跡名が混乱していた。さらに大字西寺山の集落周辺ですすき山遺跡,北前原遺跡,餅ヶ崎貝塚など点列環状貝塚が確認され,西寺山貝塚とはどれを指すのかが判然としなかった。宍倉(1973)は廿五里に所在する貝塚を廿五里北貝塚と廿五里南貝塚に整理し,『千葉市史』でもそれに従って記述されている。しかし,千葉県教育庁文化課編(1983)で,本文中では廿五里南貝塚の異称を「廿五里貝塚」としながら,地図では廿五里北貝塚を「廿五里貝塚」と記し,混乱のもとをつくり出した。以後,廿五里貝塚が廿五里北貝塚,廿五里南貝塚の両方の異称となり,再混乱が生じている。遺跡分布調査と文献を詳細に検討した上で遺跡名を整理し,『千葉市史』で定着した宍倉(1973)の用法に戻し,無用な混乱を解消する必要がある。
- 千葉県教育庁文化課編(1983)の貝層分布図は誤り。
千葉県教育庁文化課編(1983)の本文中では,6箇所の貝層が点在すると記されているが,地図では南北2つの貝層クラスタで表現されており,本文と図で矛盾が生じている。しかも北貝層は,現実には貝層が存在しないところに表現されているなど,大幅に実態と異なる地図になっている。
南側貝層クラスタと西側貝層クラスタの間は,古くからの宅地のため貝層の分布が確認できていない。この間に貝層が存在する可能性がある。
- ミニ開発が進行。
廿五里北貝塚と廿五里南貝塚の一帯は,宅地の中のオアシスのように田園的土地利用空間が残っている。しかし,個人住宅の建設などミニ開発により蚕食されてきている。早急にアメニティ計画の策定とそれに従った保全措置をこうじる必要がある。
- 中世の城郭址でもある。
廿五里南貝塚には,保存状態の良い中世の館址がみられるが,城址の縄張りは廿五里北貝塚のところにまで及んでいる。なお,すぐ北にあった北前原館址まで及ぶ城址であった可能性がある。
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| 主要参考文献 |
武田宗久(1953),原始社会,千葉市誌.
酒詰仲男(1959),日本貝塚地名表,土曜会.
伊藤和夫・金子浩昌(1959),千葉県石器時代遺跡地名表,千葉県教育委員会.
宍倉昭一郎(1974),縄文時代の遺跡分布,千葉市史 原始古代.
千葉市史編纂委員会編(1976),縄文時代,千葉市史資料編1.
千葉県教育庁文化課編(1983),千葉県の貝塚.
園生貝塚研究会(2001),活動記録,貝塚研究,6.
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