| 所 在 | 千葉県千葉市若葉区野呂町
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| 立 地 | 下総台地上位面 標高:43〜54m
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| 時 代 | 縄文時代後期・晩期(堀之内1・2,加曽利B2・3,安行1・2・3a・3b・3c・3d,姥山U・V,前浦,千網,荒海),古墳時代,奈良・平安,中世,近世
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| 形 態 | 点在貝塚
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| 規 模 | 貝層分布範囲 東西:約120m,南北:約60m
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| 主な貝種 | イボキサゴ・ハマグリ主体,アサリ,シオフキ,カガミガイ,オキシジミ,マガキ,を含む。サルボウ,ウミニナ,ツメタガイ,イボニシ,ヤマトシジミ有り。
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| 貝類以外の動物遺体 |
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| 遺 物 | 打製石斧,スクレイパー,石皿,磨石,敲石,縄文式土器
土師器,須恵器,カワラケ,陶器
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| 遺 構 |
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| 現 状 | 山林,畑,宅地,墓地
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| 史跡指定 | 無指定
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| 遺跡の特徴 |
- 鹿島川最奧の貝塚
古鬼怒湾の支湾であった印旛沼に注ぐ鹿島川の流域に形成された貝塚のうちで,最も上流に形成された貝塚。
- 鹹水産貝類の貝塚:東京湾岸で採貝
岩名天神前貝塚,神楽場貝塚など鹿島川流域の縄文後期・晩期の貝塚は汽水産のヤマトシジミを主体とするのに対し,上流域に形成された荒立貝塚,野呂山田貝塚,八反目台貝塚は,いずれもイボキサゴ,ハマグリなど鹹水産貝類が主体で,ヤマトシジミはわずかにみられるに過ぎなくなる。鹿島川上流域に形成されたこの3貝塚は,東京湾の水系である都川との分水嶺にほど近いことから,東京湾岸で採貝していたと考えられている。
- 貝層の分布が環状を成さない
遺跡範囲と考えられる半分ほどが山林のため未発見の埋没貝層がある可能性が高いが,現在確認されている限りでみると,貝層の分布は環状を成さない。縄文時代後期加曽利B式期の貝層が台地上に2箇所あり,縄文晩期安行式に形成されたとみられる貝層は谷頭の縁に並んでいる。八反目台貝塚で最も大きな貝層は,直径5mほどで,完形の加曽利B式土器が耕作の時に発見されていることから,住居址内貝層と思われる。晩期の貝層は小規模ながら谷頭の縁に並ぶことから,遺構内貝層では無く,荒立貝塚の晩期貝層と同様に斜面貝塚的(斜面貝塚と言うには傾斜が緩い)な貝層である可能性が高い。
- 土器塚を形成
谷頭の縁辺を中心に土器が集中しており,土器塚の様相を呈している。山林中に掘られた穴や道路の露頭にも土器が重なって堆積している姿を認めることができる。その点で,古鬼怒湾岸の影響を認めることができる。一方,チャートのフレイクやコアが多くみられる点は,東京湾岸の後期後葉〜晩期前葉の特徴を示している。
- 千葉市域では珍しい晩期末葉にいたる遺跡
千葉市内で千網,荒海式期の遺跡は,子和清水遺跡,東寺山石神遺跡,台門貝塚,築地台貝塚などがあるものの,千葉市内では稀な遺跡である。
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| 備 考 |
- 畑の荒れ地化が進行
加曽利B式の貝層周辺は畑になっていたが,荒れ地化が進んできている。分家住宅の建築等による破壊が生じないかが気になるところである。
- 中・近世の遺構の可能性が高い段切りがみられる
谷頭部を箱形に段切りし,平坦面をつくり出している。廃寺跡や館址など,中・近世の遺構の可能性が高い。
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| 主要参考文献 |
千葉市史編纂委員会編(1976),縄文時代,千葉市史資料編1.
千葉県教育庁文化課編(1983),千葉県の貝塚.
園生貝塚研究会(1998),活動記録,貝塚研究,3.
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