◆ 貝 塚 を 訪 ね て ◆

Part 20(December,2001)

野呂山田貝塚(のろやまだかいづか

野呂山田貝塚b・c貝層
野呂山田貝塚(北東部の小貝層)
b貝層(先のゴボウ畑の脇)・c貝層(手前の貝殻散布)
褐色の塊は土器片


貝層分布図
貝層の分布状況


異 称野呂奧新田貝塚
所 在千葉県千葉市若葉区野呂町
立 地下総台地中位面 標高:26〜37m
時 代縄文時代中期・後期・晩期(阿玉台,勝坂,加曽利E3・4,称名寺,堀之内1・2,加曽利B2・3,曽谷,安行1・2,安行3a・3b・3c・3d・前浦,姥山T・U)
弥生時代,古墳時代,奈良・平安時代,中世,近世
形 態点列環状貝塚第2形態
規 模貝層分布範囲 東西:約100m,南北:約80m
主な貝種イボキサゴ・ハマグリ主体。シオフキ,アサリ,オキシジミ,オキアサリ,マガキ,サルボウ,アカニシ,イボニシ,ウミニナ,アラムシロ,ツメタガイ,バイを含む。オオノガイ,マテガイ,カワニナ有り。
貝類以外の動物遺体シカ,イノシシ,タヌキ,ウサギ,ニホンザル,ニッコウムササビ,クロダイ
遺 物フレイク,砥石,敲石,石鏃,弭,イノシシ牙製スクレイパー,打製石斧,磨製石斧,石皿,磨石,縄文式土器,土製円盤,骨針,貝輪,臼形耳飾,骨製腰飾り,ヒスイ製玉,独鈷石,石棒,土偶,土版
土師器,かわらけ,陶器,土錘
遺 構 
現 状畑,宅地,山林
史跡指定無指定
遺跡の特徴
  1. 鹿島川上流域に形成された主鹹貝塚
    印旛沼・利根川水系の河川である鹿島川の上流域に形成された貝塚だが,下流域の縄文後・晩期の貝塚がヤマトシジミの貝塚であるのに対して本貝塚はほとんど鹹水産の貝類で形成されている。東京湾岸に注ぐ都川にも近く,都川流域の貝塚が鹹水産の貝類で形成されていることから,本貝塚の貝は東京湾岸で採貝されたものと考えられている(川戸1961)。
  2. 土器塚を形成
    最近めっきり遺物量が減ったが,土器などの遺物量が多いことで知られた遺跡で,近年まで畑一面に土器が稠密に散布していた。また,農道に砂利代わりに厚く遺物が敷かれていた。土器塚は古鬼怒湾岸に特徴的にみられる現象であり,その点では印旛沼水系の遺跡の特徴を有している。
  3. 扁平片刃石斧が多く出土
    近隣の住民が,農道に敷いた遺物の中から,扁平片刃石斧が20点以上採集している。明確な弥生式土器は検出されていないが,形態からみて弥生時代の遺物である可能性が高い。扁平片刃石斧がこれだけまとまって発見された遺跡は千葉市内にはなく,注目される。
備 考
  1. 保存状態の良い点列環状貝塚
    都市化が著しい千葉市では珍しい田園地帯で,遺跡は良好な状態で残されている。田園的な環境を含めた遺跡の保全整備が望まれる。
  2. 弥生水田址の可能性の検討を
    弥生時代の水田址が,鹿島川(平川)によって刻まれた谷戸に残されている可能性がある。調査・検討が必要である。
  3. 未確認の埋没貝層が存在する可能性が高い
    西山(2000)では4カ所の貝層からなる遺跡としているが,園生貝塚研究会(1998)で図示したように,これまでに11の貝層群が確認されている。東側に分布する4カ所の貝層と同様な小規模な埋没貝層が存在する可能性が高い。
主要参考文献 伊藤和夫・金子浩昌(1959),千葉県石器時代遺跡地名表,千葉県教育委員会.
川戸彰(1961),野呂山田貝塚,早稲田大学考古学研究室編,印旛・手賀,早稲田大学出版部.
米田耕之助(1968),千葉市野呂奧新田出土の土偶・土版,立正考古,26.
千葉市史編纂委員会編(1974),千葉市史 原始古代.
千葉市史編纂委員会編(1976),縄文時代,千葉市史資料編1.
千葉県教育庁文化課編(1983),千葉県の貝塚.
田中英世(1985),千葉市野呂山田貝塚出土の舟形土器,貝塚博物館紀要,12.
園生貝塚研究会(1998),活動の記録,貝塚研究,.
西山太郎(2000),野呂山田貝塚,(財)千葉県史料研究財団編,千葉県の歴史 資料編考古1(旧石器・縄文時代),千葉県.





[PR]当たる!無料占いで運命鑑定:プロの占い師による本格運命鑑定が無料で