


| 所 在 | 千葉県千葉市中央区都町 |
| 立 地 | 下総台地 標高:8〜17m |
| 時 代 | 縄文時代早期(田戸上層,子母口,野島,鵜ヶ島台,茅山下層)・前期(黒浜,諸磯) 古墳時代,中世,近世 |
| 形 態 | 点在貝塚 |
| 規 模 | 貝層 東西:約100m,南北:約50m |
| 主な貝種 | ハイガイ主体。マガキが次ぐ。イタボガキ,サルボウ,アカガイ,ハマグリ,カガミガイ,アサリ,オキシジミ,シオフキ,マテガイ,オオノガイ,ウネナシトマヤガイ,イボキサゴ,ウミニナ,イボウミニナ,ヘナタリ,カニモリガイ,ツメタガイ,アカニシ。 |
| 貝類以外の動物遺体 | 人骨4体 ニホンジカ |
| 遺 物 | 礫,フレイク,スクレイパー,礫器,石斧,石鏃,浮子(磨石製品),縄文式土器 土師器,須恵器,かわらけ,陶器 |
| 遺 構 | 住居址1軒,炉穴,墓 |
| 現 状 | 学校(千葉市立都小学校) |
| 史跡指定 | 無指定 |
| 遺跡の特徴 |
清水作貝塚−城山貝塚−坊辺田(東)貝塚−植野貝塚−鶴牧貝塚−鬼山貝塚−鳥込西貝塚−鳥込貝塚−鳥込東貝塚−東ノ上西貝塚−向原遺跡−八町貝塚−園生貝塚−相野遺跡−浅間西貝塚−東田貝塚−向ノ台貝塚と,北西から南東に向けて弧状に連なる縄文早期貝塚ベルトの南東端の貝塚。 向ノ台貝塚は,当時の海岸線に突き出た半島状地形の先端部に立地している。本地域の早期後葉から前期前半の貝塚は,海に直面する台地上に形成される傾向が強いが,向ノ台貝塚はその典型例の一つ。 台地の北半部に,直径10m未満の小さな貝層が点在している。一見,台地の縁に沿って並んでいるように見えるが,幅50mの中に点在している状況で,尾根線に沿って並んでいる中・後期の点列環状貝塚のような規則性は認められない。台地縁辺でなく,広い平坦な台地上の一角に貝塚が形成される点で,清水作貝塚,鳥込貝塚,向原貝塚,東田貝塚と共通しており,城山貝塚,浅間西貝塚などのように台地斜面に形成された当期の貝塚とはタイプが異なる。 葭川に面した台地の先端部に早期後葉の貝塚や遺跡が並んでいるが,その中でも向ノ台貝塚は規模が大きく,拠点集落の様相を呈している。早期の遺構や貝層が300mも連なっている鳥込遺跡群よりは小さいもの,向原遺跡よりはやや大きな拠点集落。 武田宗久らによる1946年の発掘調査で,茅山式期の住居址が発見されている。当期の住居址としては始めての発見であった。また,4体の人骨が出土しただけでなく,墓には焼土,灰,礫が用いられていることや,当期に特徴的な伏臥屈葬で埋葬されていること,ニホンジカをあわせて埋葬していることが明らかにされている。当時の葬儀の様子を総合的に捉えている点で,本遺跡の調査成果は今日尚傑出している。 |
| 備 考 |
校庭内に遺跡があるため,向ノ台貝塚はすでに破壊されたものとして扱われているが,貝層の遺存状態からみて,遺構が多く残されているものと考えられる。済し崩し的に遺跡破壊を進めずに,きちんと調査を行うことが必要である。 千葉市では田戸式の遺跡は少ないが,その中で,1)鳥込・谷津台・向原地域と,2)渡戸・紅嶽台地域,3)貝塚向・和田地域は,田戸式の遺跡が多い地域である。向ノ台貝塚は,3)の,高品台地南半部から都川右岸下流域の和田地域にまたがって広がる田戸上層式集中地域の一角を成している。また,荒屋敷(西)貝塚から和田遺跡群までは黒浜式の遺跡が集まった特徴的な地域でもある。そうした地域性を踏まえ,向ノ台貝塚の評価を行う必要がある。 |
| 主要参考文献 |
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