

![]() 貝層の分布状況 |
![]() l貝層部(西より) |
![]() 駐車場になっているa貝層部 バラスの盛り土下に貝層が現存 |
| 所 在 | 千葉県千葉市若葉区金親町,千城台東4丁目 |
| 立 地 | 下総台地高位面 標高:26〜37m |
| 時 代 | 縄文時代後期(堀之内1・2,加曽利B1・2・3,曽谷,安行1・2・3a・3b,姥山U) 古墳時代,奈良・平安,中世,近世 |
| 形 態 | 点列環状貝塚第1形態(後期)と斜面貝塚(晩期)の複合形態 |
| 規 模 | 貝層分布範囲 東西:約70m,南北:約120m |
| 主な貝種 | イボキサゴ主体。ハマグリが次ぐ。アサリ,オキシジミ,シオフキ,マガキ,アカニシ,ツメタガイ,ウミニナを含む。 |
| 貝類以外の動物遺体 | 人骨 ニホンジカ,イノシシ |
| 遺 物 | 剥片(チャート),打製石斧,磨石,縄文式土器 土師器,須恵器,陶器,カワラケ,泥面子,土製碁石 |
| 遺 構 | |
| 現 状 | 畑,宅地,山林 |
| 史跡指定 | 無指定 |
| 遺跡の特徴 |
印旛沼に注ぐ鹿島川下流域の縄文時代後期・晩期の貝塚が汽水域に棲息するヤマトシジミを代表貝種としているのに対し,最上流の水源に面して形成された荒立貝塚が主鹹貝塚と,古鬼怒湾の海水面までの距離と貝塚の貝の棲息環境とが逆転現象を起こしている。 荒立貝塚の代表貝種であるイボキサゴは,東京湾北東岸地域の貝塚を特徴づける代表貝種で,古鬼怒湾岸の貝塚では稀であること,荒立貝塚の西端から100mほどのところに東京湾に注ぐ都川の支谷が入っていたことから,荒立貝塚の貝は都川を下った東京湾岸で採貝していたと考えられている(金子1961)。 縄文時代後期の貝塚は皿状凹地地形の堤部に形成された点列環状貝塚で,遺構内貝層とみられるのに対し,晩期安行式の貝塚(f・g・h貝層)は台地縁辺の地形変換点下の斜面に横に並んだ点在貝塚で,斜面上方から地表面に投げ捨てた形の貝層と,貝層の立地,分布形状,堆積様式が異なっている。 遺物の散布範囲は広いだけでなく,土器の散布量が著しく,古鬼怒湾岸の遺跡で特徴的にみられる土器塚状を呈している。採貝場は分水嶺を越えた東京湾岸から,土器塚は古鬼怒湾岸からと,ニ方面の関係が認められる。 |
| 備 考 |
台地上に広く土師器・須恵器の分布が認められる。古代の集落が重複しているものと考えられる。また,御成街道でや提灯塚など,近世の遺跡も重複している。 南西部の貝層(d・e・f・g・h貝層)が,1972年秋に宅地造成のため未調査で破壊されたほか,b・c貝層もその後の住宅建設で破壊された。また,道路の舗装に伴う破壊など,都市開発による遺跡破壊が済し崩し的に進行している。現存部をいかに破壊からくい止めるかが,差し迫った課題である。 荒立貝塚中で最も貝層規模が大きいa貝層を,管轄部署の担当官らは「すでに破壊されている」と語っているがこれは誤りで,地下に手をつけずにバラスを盛り駐車場にしたのでので,貝塚,包含層,遺構は現存している。ただし,バラスの盛り方が薄いため,人骨が細かく砕けるなど,自動車の重量によって遺物の破損を進めた可能性は否定し得ない。 |
| 主要参考文献 |
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