貝塚を訪ねて



◆ 貝 塚 を 訪 ね て ◆
Part 39(July,2003)
尻籠貝塚(しりかごかいづか

尻籠貝塚
道の右側にh貝層,左奥にg,f貝層の地点がある

貝層分布図
尻籠貝塚の貝層分布状況

異 称草刈場南貝塚,向ノ内貝塚
所 在千葉県千葉市若葉区貝塚町
立 地台地上〜台地斜面 標高:約30〜11m
時 代 縄文時代前期(浮島3,興津),中期(阿玉台,加曽利E),後期(堀之内,加曽利B1・B2・B3,曽谷,安行1,安行2),晩期(安行3a,3b,3c)
古墳時代,奈良・平安,中世,近世
形 態点列環状貝塚第1形態・点在貝塚
規 模貝層の分布範囲:東西約140m,南北約170m
主な貝種 イボキサゴ,ハマグリ,アサリ主体,マガキ,サルボウ,オキアサリ,シオフキ,ウミニナ,アラムシロを含む。
貝類以外の動物遺体 ニホンジカ
遺 物 磨石,石皿,剥片,縄文式土器
土師器,須恵器,陶器,カワラケ
遺 構  
現 状畑,山林,宅地,道路
史跡指定なし
遺跡の特徴
  1. 千葉市域で珍しい浮島3・興津式の貝塚
    a貝層・b貝層は浮島3式・興津式の貝層。アサリを主体とした混貝土層を形成していた(京葉道路造成で未調査破壊)。貝塚の多い千葉市域で当期の貝塚は,宝導寺台貝塚などわずかしかなく,珍しい。
    西隣の高品台地奧部にある渡戸遺跡に浮島1式〜2式の貝層が形成されていたが,本貝塚と同様アサリを主体とした混貝土層であった(未調査破壊)。一方,荒屋敷(西)貝塚など,諸磯式の貝塚ではハイガイ・ハマグリを主体とした純貝層・混土貝層を形成している。本貝塚と荒屋敷(西)貝塚は隣接しているにもかかわらず,荒屋敷(西)貝塚は諸磯式主体,尻籠貝塚は浮島・興津式の遺跡と明確に主体が分かれるだけでなく,貝塚形成の点でも東関東の浮島・興津文化と西関東の諸磯文化が混在せずに,明確に分かれている。
  2. 千葉市域では珍しい縄文晩期の貝塚
    g貝層は千葉市域では少ない縄文時代晩期の貝層である。安行3b式を中心に,晩期の遺物のみが散布している。
    草刈場貝塚の南西部に安行3式〜前浦式の貝層が形成されており,草刈場南貝塚南部から尻籠貝塚にかけて縄文晩期の居住域があったことがうかがえる。
  3. 草刈場貝塚の南に点在する堀之内式の貝塚群の一つ
    堀之内式期の貝塚が本貝塚h貝層のほか,尻籠東遺跡,向ノ内東遺跡と,草刈場貝塚の南に分布している。
    これら小貝塚群が形成されている地域は,堀之内期に草刈場貝塚を形成した人々の居住ゾーンであったと考えられる。
  4. 草刈場貝塚と台門貝塚を結ぶ貝塚
    d貝層・e貝層・f貝層は加曽利B式および後期安行式を主体としている。
    加曽利B式・後期安行式の貝層は荒屋敷(西)貝塚,殿作貝塚でも形成されており,草刈場南貝塚から台門貝塚まで同時期の遺跡が切れ目無く連続しており,安易に集落を分け得ないことを示している。
備 考
  1. 埋没貝層の可能性が大きい
    以前は山林であったため,小規模な貝層の分布を充分に確認することは困難であった。山林伐採後は立ち入ることが困難になったため,以前にもまして貝層の分布確認調査が行えずにいる。まだ未確認の埋没貝層が多く存在するものと思われる。
  2. 宅地下に貝層は残存
    草刈場貝塚の貝殻散布内にあたる北西部が宅地で遺物包含層まで破壊されたが,それ以外は宅地・道路になっているh貝層も,地表面が削平されたf貝層・g貝層も,貝層・遺物包含層は残存している。破壊された貝塚とされないよう注意が必要である。
主要参考文献
  • 柿沼修平他(1972),草刈場南貝塚付近採集の遺物,ふさ,2.
  • 千葉市史編纂委員会編(1974),千葉市史 原始古代.
  • 宍倉昭一郎(1976),貝塚町貝塚群と原始集落,日本考古学協会,貝塚群と原始集落.
  • 千葉市史編纂委員会(1976),縄文時代,千葉市史資料編1.
  • 千葉県教育庁文化課編(1983),千葉県の貝塚.
  • 園生貝塚研究会(1999),活動記録,貝塚研究,4.
  • 園生貝塚研究会(2000),活動記録,貝塚研究,5.
  • 園生貝塚研究会(2001),活動記録,貝塚研究,6.







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