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ようこそ 当研究所におきましては
山口県下関市及び福岡県北九州市を中心とした
関門地区の経済について研究することを目的に設立しちゃいました

現在の主な研究内容

1.地域通貨

2.地域観光資源の活用(工事中)

3.リサイクル(工事中)

工事中が多いですが
ご容赦を!
このHPではハイパーリンクさせていません
個人的にはHPなんぞやリンクフリーだと思ってますが
うるさい人も多いし面倒くさいので・・・
(チラシを人に見せるのに許可必要?って感じ^^;)

1.地域通貨
(1)地域通貨とはなにか?

<地域通貨の定義へのいじわるな横槍>
例)
・「日本円や米ドル、ユーロ(こういうお金を「法定通貨」という)などとは違うお金」
(http://www3.plala.or.jp/mig/whats-jp.html)
・「地域通貨(英語ではlocal money、あるいはcommunity currencyと呼ばれます)とは、日本円や米ドル、ユーロや英ポンドなどと違って、ある特定のコミュニティの中で、お互いにものやサービスのやり取りをするときにのみ使われる交換手段です。」
(http://www3.coara.or.jp/~yoka/localmoney.html)
・「ある地域や特定のグループの合意に基づき、物やサービスの交換に使われる独自の通貨を「地域通貨」といいます。」
(http://www.npohokkaido.jp/challenged/challe/tiikitukatoha.html)

というようにいわれており、なんとなくわかったような気になります。
しかし、つきつめていくと「地域通貨とはなにか?」とは非常に難しい問題であります。
もっとも、こんなことを考えなくても地域通貨はできますが・・・(^^;)

ちょいといじわるに考えると
「商店街のポイントは地域通貨なの? 特定のグループで流通するじゃん」
「航空会社のマイレージは地域通貨なの? 特定のメンバーの合意の上で取引されてるじゃん」
「パン屋で10個分のお金を払うと11個分買えるチケットくれるけど、どうなのよ?」
とか、なって行くわけです。

もっといじわるに考えると
「トロント市のトロントダラーって、結局、カナダドルと同じように使えるなら、それって地域通貨なの?」
「商店街のポイントにエコロジー的なものを付け加えるだけで地域通貨っていえるの?」
とか思ってしまうわけですね。
(と、いうか知らない人に説明するときに必ずでる質問です。)

<「地域通貨」という呼称>
もともと英語のlocal money,local carrencyなどの直訳を輸入してきている経緯があるのでしかたありませんが、意味を突き詰めていくと「地域通貨」という呼称にだんだんと無理が生じてきます。
「特定の地域で使用されるのが地域通貨なら、日本で使われる円も世界的にみれば地域通貨?」
「ユーロだってヨーロッパでしかつかえないから地域通貨じゃん ドルは結構使えるけど」(^^;)
地域って言葉に着目するとこうなってしまいます・・・。
「地域通貨」が一般的な呼称になってしまっているので仕方ありませんが
よく考えると大変無理のある呼び方ともいえます。

<じゃぁ何?>(以下、受け売り(^^;))
ちょっと難しい話をすると、通貨というものは大きく分けて
・流通機能(物々交換では面倒くさいでしょ?)
・尺度機能(価値の基準を計る物差しの役割)
・蓄蔵機能(腐らないので溜め込める)(^^)
というような機能を持っています。(まぁ他にいろいろな説がありますがとりあえず置いといて(^^;))
これらの制限がほとんどないものが国家通貨や法定通貨と言われる、円やドルです。
これらの機能を制限したものが「地域通貨」と呼ばれるものです。
「特定の地域や会員の中でしか流通しない」→「流通機能の制限」
「時間という基準でしか計らない」→「尺度機能の制限」
「利子がつかない」「年に1度リセットされる」→「蓄蔵機能の制限」
ゆえに「機能制限通貨」という方が適切かと思われます。

<ではあらためて「地域通貨ってなに?」>
広義には「国家通貨・法定通貨以外の交換形式」をすべて指すものとも考えられます。
つまり「商店街のポイントカード」も「マイレージ」も「パン屋のチケット」も地域通貨の一種と考えられます。
しかしながら、昨今の「地域通貨」を推進する人間達にはイデオロギーというか「思い」があり
「いやぁそんなもんは地域通貨とはいわねぇ」とかなるのですが・・・
そういう人たちのいう地域通貨を狭義の地域通貨というしかないでしょうねぇ
よって結論的には
広義の地域通貨:「国家通貨・法定通貨以外の交換形式」
狭義の地域通貨:広義の地域通貨+「思い」とか「目的がエコロジー」とかなんとかかんとか
と考えております。
(2)地域通貨は地球を救う?

<再び地域通貨へのいじわるな横槍>
「地域通貨は資本主義を駆逐する!」
「地域通貨はグローバリズムに対するアンチテーゼだ!」
「地域通貨はニューメディアだ!」
などなど地域通貨に大変な役割を負わせたい方がたくさんいらっしゃるようです。
気持ちや思い入れはあるのでしょう、意気込みだけは通じますがよくよく整理していくと「?」と思いませんか?

<どうやって資本主義を駆逐しグローバリズムに対抗するのか?>
まずどうやって資本主義を駆逐するのか意味不明。
マルクス主義者がロバート・オーエンの流れにのって貨幣廃止論的に語っているのか?(これについてはまた後日)
個人的には資本主義が必ずしもよいものだとも思えないが、かといって地域通貨が資本主義にとって代われるの?
また、グローバリズムにどうやって対抗するのかも不明。
同じく個人的にはグローバリズムが良い面だけもっているとは思ってはいませんが、
かといって、それに対抗するにはあまりにも微々たる力・・・
たとえば身の回りのもので1から10まで日本製のものってどれだけあります?
それを全部やめろってことでしょ? うーん

<地域通貨は代替通貨?補完通貨?>
代替通貨を国家通貨にとって代わる通貨
補完通貨を国家通貨を補う通貨
と定義すれば、地域通貨に国家通貨にとって代わるだけの力はないと思えるのでやはり補完通貨といえるでしょう
たしかに地域通貨を主として使っている時代や地域は存在しておりますが
ヴェルグル(すごい昔のドイツ):ものすごい不況で国家通貨が極端に不足
ブラジル:ものすごいインフレで国家通貨が紙くず
コモックス地方(1980年代のカナダ):ものすごい失業率でみんな収入がない
といった状況の中ですので・・・

<じゃぁいったい何の役にたつっていうの?>
これについては今後詳しく検証していきますけれども
私見としては
○「地域通貨はコミュニケーション・パスポートだ!」
○「地域再生の道具だ!」
○「市民活動のトランザクションのミスマッチ問題への解答だ!」
といったことについては役にたっていると思われますのでそれについて述べていきたいと思っております。
(3)「エコマネー」と「地域通貨」ってどう違うの?

「エコマネー」っていうのは通産省の加藤という人が思いついたもので英語にも語源はなく彼の造語であると考えられる。
もちろん「エコ」は「エコロジー」とかの「エコ」であり、どうやら「エコノミー」の「エコ」も入っているらしい。
「地域通貨」は、もともと「local currency」という英語の語源からきたものを直訳したものと考えてよいだろう。
別にどっちがどっちでもよいのであるが、横文字が好きな日本人には「エコマネー」という呼称が好まれるのか
「地域通貨? エコマネーですね。」とよくわからない解釈をされる今日この頃である。

ところで、エコマネーの本家本元のホームページを見てみるとこんな記載があった。

エコマネーと地域通貨
〜正確なエコマネーの理解を!〜
 
■■■(1)今の地域通貨論にはある種の混乱■■■
 
 エコマネーは日本で最も導入が進んでいる地域通貨ですが、地域通貨にはさまざまなタイプのものがあります。21世紀において新しい社会を創る方法論が多様に登場して、良い意味で切磋琢磨していくべきものなので、エコマネー以外のアプローチを否定するものではありません。エコマネーはいつもオープンマインドで他の地域通貨とも連携して行きたいと考えています。
 ただ、前に紹介したような“誤解”に接してみると、改めて日本での地域通貨論にはある種の混乱があるように思います。まず、一口に地域通貨といっても、その目的や機能は異なっており、今日本で言われている地域通貨を並べてみても共通要素はそう多くはないということです。むしろ、導入する地域の目的に応じて使い分けたり、組み合わせたりするという発想をとる必要があると考えられます。
 日本で地域通貨が言われるとき、ともすれば、どれかひとつを選択することを前提とした議論が展開されがちですが、地域の課題は複数あるのが通常です。複数ある地域の課題や目的に合わせて、いろいろな手段を組み合わせていく柔軟な発想とアプローチが必要です。なお、日本での地域通貨論にはむしろポイントとして分類すべきものも含まれていますが、学問的に言えば、地域通貨も通貨である以上循環するものを議論の対象にすべきです。私は、国民通貨とエコマネーなどの地域通貨との本質的違いは、一般的に考えられているように、流通が全国なのか一定の地域なのかという流通範囲の違いではなく、以下のように、むしろ対象となる取引の性格の違いにあると考えています。

    国民通貨:交換、一対一の貸し借り
    エコマネーなどの地域通貨:互酬、コミュニティにおける信頼

このように考えると、「エコマネーの取引はサービスのみであり、モノが入るとエコマネーとは異なる地域通貨となる」という主張は“誤解”であることがご理解いただけると思います。エコマネーではモノは排除していません。サービスかモノかが問題なのではなく、対象となる取引の性格が交換なのか互酬なのかかが問題なのです。したがって、市場での交換価値の付いていないモノ(近くの農地で取れた農産物を住民同士が取引するような場合)をエコマネーで取引することはありうることなのです。
(http://www.ecomoney.net/begin/page1.html)

うーん、意味不明。
というわけで、ちょっと調べてみると、どうやら地域通貨をやっている人とエコマネーをやっている人の間では距離があるようである。
エコマネー側としては、形勢不利なのかどうか不明であるが、「弁明に躍起になっている」という感もある。

まぁ知らないままに書くのもどうかとおもうので彼の著作「エコマネー」を読んでみた。
もっと意味不明。学術的か観点からこの本を読むとおおよそ「エコマネー」とは次のとおり。
・基本的にWEBやインターネット等の使用を前提としたシステム
・国家通貨との兌換だけでなく、商品やサービスとの兌換も認められておらず、「感謝の気持ち」「お礼」を交換するものであると位置付け
・1時間あたり1000エコマネーが基準であるが、「感謝の気持ち」「お礼」を示すものとして500や1000エコマネーを上乗せすることが奨励
・グローバリズムや市場経済に対抗するのではなく、それらと調和するための貨幣として提案
・地域通貨が、一般に貨幣という色合いを払拭しようとする傾向があるのに対し、国家通貨や法定通貨との並行貨幣であるという主張している

加えて、住み分けとしては「他の地域との取引、国のレベルでの取引、グローバルなレベルの取引においては、電子商取引を含め、ICカード上の機能である通常のマネーが使用される。」(P402)であり、一方エコマネーは貨幣部門と非貨幣部門にまたがる貨幣とし、その取引される内容が日常生活で使用されるものに加えて、市民ボランティアが提供するさまざまなサービスとされている。これらにより通常のマネーとエコマネーの並行貨幣が実現されるとされている。しかしエコマネーに日常生活のほとんどが代替されるのであれば、通常のマネーを使用する機会が薄くなっていくであろう。これは並行貨幣と称するよりも、むしろ現行通貨の代替通貨を目指していると考えた方が自然ではないだろうか。

もっというと、書籍によって、財とサービスを取り扱うかバラバラ。 (^^;)
なんか、なんでもかんでもエコマネーっていうことにしてエコマネーは広まっていると一生懸命主張している風にもとれる・・・

だめんじゃんこれじゃぁ。
きちんと本を読んだ人ほどわかんなくなるのがエコマネーかもしれない。
ホームページの弁明はもう爆笑するしかないでしょう。

さらに!(以下、とある論文から勝手に抜粋。一部、わかりやすくするために、再度修正 m(__)m)
「お礼」という気持ちをエコマネーで支払うということも推奨しており、これは他の地域通貨にみられない。「お礼」という気持ちをエコマネーで支払うということは、「お礼」という気持ちをエコマネーによって貨幣換算していることである。貨幣は尺度機能により、いかなるものも計ろうとする傾向があり、互酬や贈与といった交換形態を復活させる効果がある。一方互酬や贈与の一層の貨幣化をもたらすことにもなる可能性がある。国家通貨以外のものをエコマネーで評価するとしているが、エコマネーで、国家通貨が評価していないものをすべて評価することは、国家通貨が生み出していることと同様の問題を引き起こすことも考えられる。また、すべてのものを、他の何かで評価できるという考え自体に疑問を感じる。
エコマネーはすべての地域通貨を総称し、それを超えるものだという位置付けもされることもあるが、実際には、地域通貨には種々の形態があって然るべきであり、そのすべてをエコマネーと総称する行為自体に無理がある。また、エコマネーは観念的な貨幣であり、コミュニティ・環境・文化などにその効果があるとされているが、実験的な取り組みが多く、理論的な裏付けもまだなされていない。現在エコマネーと称されている地域通貨は、それぞれ加藤敏春が提唱しているエコマネーとは違う制度を参考としている。従って少なくとも現時点においては加藤敏春が提唱しているエコマネーは日本に存在しておらず、今後の取り組みが待たれるところである。

はぁ、また、ネガティブな意見を連ねてしまった・・・。
しかしながら、個人的には「エコマネー」というわかりやすい名称を発明した一点において加藤氏は大いに賞賛されるべきであろう。(^^)
(4)「エンデの遺言」症候群

ネガティブついでにもう一つ! ^^;

NHKのBS特集である「エンデの遺言」の中で地域通貨が紹介され、
それが日本の近年の地域通貨ブームの火付け役となっていることは間違いない。
(もっとも、四日市のポートをやっている人たちはその前から取り組んでたと聴いていますが^^)

続編まで作成され、地域通貨を日本に紹介し、今のこれだけのブームを生み出したことはすばらしいと思われるが、
個人的には、あるいみこの中で紹介されたことが不幸を招いているとも考えられる。(勝手に考えている。)

というのも、この中では「シルビオ・ゲゼル」とともに地域通貨が紹介されているのであるが、
これを見た人は、「地域通貨は減価する!」「地域通貨は資本主義を駆逐する!」とか思ってしまう傾向があるのです。
これを個人的に「エンデの遺言」症候群と呼んでおります。

別に地域通貨は減価しなくてよいのですよ?
かなり詳しいつもりですが、減価する地域通貨なぞ日本以外で聞いたことがない。
「まぁまぁ落ち着きましょう」と言ってしまいたくなる。
その時代から続いている唯一の地域通貨制度はWIRであろうと思われるのだけれども、
そこも「減価」することはやめてしまっています。
特異な状況下であってのこと。
※発想そのものは面白いと思っています。ここでは、「減価しないといけない」という思い込みに対しての意見です。^^;

「地域通貨は資本主義を駆逐する!」については前述のとおり。

よって、これらのことをいう人で、「だってエンデの遺言で言ってたジャン」としか回答できない病気を
今後「エンデの遺言」症候群と呼ぶことを提唱します!(^^)
次回更新予告
(5)ネットで読む地域通貨の論文とその感想(アーカイブのためのpdf勝手に転載しちゃうぞ編) どんどん先延ばし^^;

質問・ご意見などありましたらこちらまで


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