宝石城ファンタン・ラトゥールの魔女


『宝石城ファンタン・ラトゥールの魔女』



はじまりは秋、強い嵐の午後。
いつもマリークロッカスに嫌がらせをしてくる、トカゲギスに「今日の午後パンを届けてくれ」と注文を受けて配達をしにいったのだが、トカゲギスは森の中のとても複雑でわかりにくい場所に住んでいたので、嵐の中、雨風を受け、しかし体の全部でパンが入ったバスケットをぬれないように守りながら命からがら、何とかたどり着いたのに、「そんなびしょぬれのパンなどいらぬ」と言われ、いっそうひどくなる嵐の中、「トカゲギスは今日の午後に嵐がくることを知っていて、私に配達を頼んだのだ」そう思えて仕方ない帰り道。
猛烈な嵐が、いつのまにか方向感覚をマヒさせて、あれ?さっきの道とは違う、あれ?東西南北が逆だ、あれ?ここには道すらない、あれえ??
マリークロッカスは2時間ほどあちこちさまよったところで、やっと悟った。
「道に迷った…」
とにかく寒いし、このままじゃいけない、どこか避難する場所は…、探しあぐねて、
地面の苔につるんと足をとられ、すべった!
マリークロッカスは、パンのバスケットだけは離すまいと、両手でしっかり抱えて坂を、転がっていった。そうして気がついて、起き上がったら目の前に古く黒ずんだ大きなお城がそびえ立っていた。そこでマリークロッカスはふと思い出した。
この森のどこかに、宝石がいっぱい眠っているお城があって、だけどとても深い森の中にあるため、誰も見たことはないと、神話のように代々語り継がれた、うわさ話があったことを。そしてそのなかには恐ろしい魔女がすんでいて、一度にらまれると、未来永劫呪われるということを…。
それが今、ここにそびえたっている、このお城なのか?
とても怖い気もしたが、目もあけていられないほどの嵐に追い立てられるようにして、門をたたいた。
返事はなく、ためしに門をあけてみると、すんなり開いたので、びっくりしながら中へと進む。中に入ると、天井まで吹き抜け、かび臭いにおいが、むんとする。壁は黒く、暗く、広かった。
人のいる気配はない。マリークロッカスはすっかり冷えた体を温めようと、暖炉を探すため、城の奥へと足を進めた。中には右側に2つのドア、左側にも2つのドア、正面にひとつのドアがあった。
本当に魔女など住んでいるのだろうか?
こんな汚らしい黒ずんだお城に宝石などあるのだろうか?
という疑問が浮かぶ中、一番右側のドアを「コンコン」とノックしてから開けた。するとそこには目にもあざやかな景色が広がっていた。その部屋は天井から床まで、すべて真っ赤!壁や天井や床に、すきまなくびっしりと、ルビーが埋め込まれていたのだ。
その美しさにチカチカ圧倒されて、しばらく眺めて見てまわった。ルビーがこんなに…どれほどの価値だろう??と、ある予感がよぎった。ドアは5つある、そしたらほかにも宝石が…?
予感はあたっていた。右側のもうひとつの部屋は夢覚めるほど美しきサファイアの間!左側の部屋は孤高の神秘、エメラルドの間! そして世にも麗しい真珠の間!
ここまできて、正面の部屋には何があるか、あれしかない、ダイアモンド!!
重いドアを開けると、マリークロッカスは腰砕け、へなへなになってしまった。あまりにも美しすぎて、熱いため息がこぼれた。マリークロッカスは美しいものには目がなかったので、その各部屋の輝きに圧倒されて、「神様…」と手を組み合わせることさえするほどだった。ダイヤの間で、しばらく見とれていると、後ろに何かただならぬけはいがして、振り向くと、頭から足まですべてを黒い布でおおうような格好の人が立っていた。マリークロッカスはただでさえ腰砕けているのに、さらに驚いて悲鳴を上げた。「ぎゃーーーーーーー!!!!!!」
魔女だ、とっさに思う。にらまれたらのろわれる・・!
一瞬ぎゅっと目をつぶり、しかし一向に何も起こらないのと怖いもの見たさが優先して魔女の顔を見ると、魔女は目のところを黒いぼろ布で隠していた。魔女は悲鳴を聞いて、こっちのほうこそびっくりした、という風に戸惑って、あとずさった。魔女のその様子をよく見ていると、「恐ろしい魔女」という感じはしなかった。むしろ予期せぬ侵入者に、明らかにおびえているようだった。そして、壁を伝いながら、そそくさと逃げ出してしまった。
「あ、待って!」
マリークロッカスは、呼びかけた。
「すみません、私、道に迷っただけなんです」
魔女は一瞬立ち止まった。
「今、外はすごい嵐で、雨宿りをしていただけなんです」
マリークロッカスがそう言うと、魔女はおそるおそるこちらを振り返る。
「それで私びしょぬれで、暖炉を探しているのですが…」
魔女は立ち尽くし、少し考えた末、「きなさい」と低い声でそう言い、
ダイヤの間のすみにある床の一部分を切り取った、人がとおれるぐらいの大きさの穴の中に消えた。マリークロッカスは、少し躊躇しながらも、魔女が消えたその穴の中を、のぞきこむと階段があったので魔女とともにおりていく。
巨大な地下空間の中、階段は複雑で何十と絡まるようにいくつもあって、さらに途中で二手にも三手にも、いくつにも分かれていて、
「私のあとをついてこないと、一生かかっても抜け出せないほど、迷います」と魔女はひとりごとのように言い、どこまでも降りていく。
マリークロッカスも必死でついていく。いったいどれだけ降りるんだろう?と思っていると、やっと地下のドアが見えてきた。上にあれだけ宝石があったのだから、魔女の部屋はさぞ美しく高級なのだろうな・・と期待が増す中、「少し、風が強いかも…気をつけて」魔女はそういい、硬く身をこわばらせ、ドアを開け放った。
「ここは最果ての部屋。誰にも知られぬ秘密の間…」
"ぎいいーー"と、悲鳴のようなドアの音。
すると、枯の葉が一気に、ぶわぁっと私の体中を吹き散らし、地下のはずなのに、中庭らしきものがあった。りんごの木が中庭の中央に根をおろしていて、枯れ葉ばかりがどこからやってくるのか寒寒しげに風に吹かれていて、りんごは見るからに不健康な色をしていた。
その状況に驚いたマリークロッカスの様子に気づいて、魔女が指し示す。
「それは毒りんごの木。
実るのです。実るのですが、毒なのです。
食べたら死んでしまうのです
でも私はのろわれているので、私は食べても大丈夫なのです
美味しくはありませんが、不美味でもないのです
でも、ああ…」
口に手を当てて、魔女がうつむいたので
「どうかしましたか?」と聞くと、
「いえ、あの…さっきからあなたが抱えているバスケット…」
「え? あ、これですか?」
マリークロッカスがバスケットを差し出すと、魔女はごくりとつばを飲んで、
「なんといいますか、あまりにもいいにおいがするので…、当たり前だけれど、お金はお支払いいたしますので、ふたつばかり、いただけませんか?」
「そりゃもちろん!これは売れ残ったんですよ。迷い込んだ私を親切に入れてくださったんだ、よかったら全部差し上げますよ。
…でも・・ずっとここに暮らしているんですか? ふだん食べるものとかどうしてるんです?」
「ええ日用品や食料の調達は、今までアリストテレスたちに頼んでいたのですけれど…」
「アリストテレスたち??」
魔女は古びた毛布の方に目をやり、答えた。
「ええ、そこに寄り添って寝ている小人たち、枯葉をコインにする魔法を習得しているの。
でも最近彼らはおかしい。寝てばかりいるのです。まるで昏睡状態で弱りきっている。かなきり虫の最期のように」
魔女は言いながら、手早く暖炉に火をともし、まきをくべ、部屋の奥に引っ込むとしばらくして、とても美しい香りが部屋に充満した。
何の香りかと思っていると、魔女が紫色の液体が入ったグラスを持ってきた。
においの正体はそれだった。
「温まるまでにはまだ時間がかかりますので、こちらでもどうぞ・・」
「これは何ですか?」
「香水の源液ですよ」
そういうと魔女は少しずつ味わった
「香水を飲むんですか??」
マリークロッカスは面食らってしまった。
「ええ、お酒と同じ。香水はアルコールと香料でできているのですから酔います」
魔女は香水の源液を飲み干した。
マリークロッカスはさすがに遠慮した。しかし魔女は、至極美味しそうに香水を飲むのだ。
そして魔女はほろ酔いで饒舌になり、言葉の断片を呪文のように口にする。
「私は若かった。若すぎた。
間違った考えで、自分を崩壊させ、破滅に追い込んだ。
私は あのときの自分を憎んでいます。おぞましいほど私の血は怒り狂っている。暴れ出しそうになる」
魔女は話していくうちに取り返しのつかないほどの憎悪を顔中にめぐらせ、食いしばった口からは少し血が出ていて、伸びたつめが手のひらに食い込んでいた。その形相は目を隠した布の間からも見て取れるほど恐ろしく、その表情は、残酷に四方から切り込まれている傷跡のようなしわをさらに深まらせていた。
しかしマリークロッカスのパンを食べると、魔女は花畑がいっせいに花を咲かせたような明るくあざやかな顔色になり、「こんなに…こんなに美味しいパン、食べたことないわ!!ああ、おいしいもぐもぐおいしいすばらしい…」
魔女は言いながらすさまじい速さで、8個ほどあったパンはあっというまになくなった。
マリークロッカスは、暖炉にあたり、体のしんまですっかり温まったので、
「天気を見て、帰ります。お世話になりました。本当にありがとうございます」
「お代金はを払わないわけにはいかないわ。コインがいいかしら、アリストテレスたちが虫の息で最後に枯葉を変えたコインが2、3枚、残ってるんだけど・・、あ!そうだわ、上の階にある宝石を採ってくださってもいいのよ!」
魔女に連れられて地下から抜け出すと、魔女は宝石の部屋のドアをすべて開け放ち、
「ダイヤでも何でもご自由に!」と、声高らかに言った。
「え!?いいんですか!?ほんとに??」
マリークロッカスはもったいなすぎて、こんな高価な物をもらうなんて、と、理性では遠慮していたのだが、きれいなもの美しいものに目がないマリークロッカスは欲をおさえ切れず、小さなルビーを一粒だけ、いただくことにした。
「これからもパンを配達しに着てくださるかしら?
すっかりあなたのパンのファンになってしまって…」
「喜んでいただいて何よりです。ただ・・配達したいのは山々なんですが、この森で、迷いながらこの城を訪れたので、次回もちゃんと、ここにこれるかどうか…」
「大丈夫!これを…」
魔女がマリークロッカスに渡したのは、魔女もつけている、菩提樹の刻み込まれたカメオのブローチだった。
「これは一対で、互いをひきつけ合う魔力をこめた、強力な磁石みたいなものですから、これをつけて歩けば、この城まで導いてくれるわ。地下の回廊も最果ての部屋までこれが導いてくれるでしょう」

ルビーがひとつ コロンコロンとバスケットの中を動き回る。深い森を出るともう曇り空はなくなっていて、夕日に小さなにじがちょこんとかかっていて、まぶしいのに消えるまで見てしまった。マリークロッカスは「お客さんが増えた、あんなに美味しいといってくれた、はりきっちゃうぞ!」とスキップ気分。この出会いが、これから始まる、幸運でもあり、不運でもあることを知らずに…。











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