『ワッシャーワルツの家出』


イナフがいつもより遅く食事をすませ
「フウ」と、イナフにしてはめずらしく何度もため息をついたとき、いかにもにくにくしげにワッシャーワルツの声が聞こえてきた。

「このまま いなくなればいいと思っているんでしょう アタシが
 ・・・ジャマだと思っているんでしょう アタシのことを
 つまりは 出ていってほしいと思っているんでしょう、このアタシに……!
 いいわ・・・ 出ていくわよ… アタシにだって考えがあるってのよ
 行く当てだって ほかにもいっぱいあるんですからね!」
と、突然一人でいきり立って、荷物をまとめそそくさと出ていってしまった。

その日―― ワッシャーワルツが 自分のわがままでイナフにマシュマロをしこた
ま買わせて お腹いっぱい食べた後、
イナフがみすぼらしいスープしか飲んでいないのをみて
 悪かったかな、やりすぎたかも、ありがとうと感謝の気持ちを言いそびれて
 しまったし、でもいまさら言うのも何だかシャクだし・・・
などと心をざわつかせているときに ちょうど聞いたイナフのため息だったのだ。
「イナフは根に持っているのよ。きっとそうだわ、絶対に!」
小雪の坂道を ブツクサ文句ばかりこぼしながらのぼっていく。
だが 大荷物を抱えているうえに お腹はマシュマロでまるまると満たされていたので 歩くのにも大変、途中 手持ちおなべがガラガラと坂を下っていってしまった。
ワッシャーワルツがそれを取りに戻ると、イナフとちょうど目前に眼が合った。
ふん、とすまして坂を昇っていく。
しかしまたもや 手持ちおなべがこぼれていってコロコロと追いかけて 今度はイナフの足元まで、おなべが転がっていってしまい、と目が合いギロリと一睨み。
さあ、今度こそ とワッシャーワルツが安心した所で 
非常食の欠片を 道すがらこぼしては拾うというありさま。
イナフは 遠くにかすむ灯りと、そこにまっすぐ向かっていくワッシャーワルツの後姿を眺めながら、食後の紅茶を熱いうちにゆっくりと味わった。

――――――

「――ええと、まずどこから話そうかしら?」
ワッシャーワルツは 暖炉のそばを陣取って 少なくとも3杯目のココアを飲み干しながら言う。
「どこからでも お好きなところからどうぞ」
ミルクフィッシャーさんが、レモンパイを山ほど積み上げたお皿を持って来る。
「じゃあまず、アタシがマシュマロ大食い1000個の新記録をつくったところから話さなくっちゃね。」
ワッシャーワルツはそう言いながら レモンパイを次から次へと大きな口に放りこむ。
「それだけ食べて この調子なのね」
「ええ、このメレンゲは最高だわ」
ミルクフィッシャーさんは ほがらかに笑った。
「・・・ところで ドルトン博士はどこなの?」
「研究室に一週間もこもりっきりなのよ、呼ばないほうがいいわね。
 あなたが来たと知ったら、何かとうるさいもの」

「ところで、イナフとケンカでもしたんでしょう」
ミルクフィッシャーさんの鋭い質問に ワッシャーワルツは急にギクリとなって、食べ進む手を止めた。
「なぜ分かるの?」
「ふふふ わかりますとも それぐらい」
「ケンカってわけじゃないのよね。
 むしろアタシが一人で勝手に出てきたというか・・・。
 時々ね、ほんとにイナフがアタシのことを 邪魔だと思ってるんじゃないかと
 不安になるのよ。
 アタシだって もしもアタシみたいな子がゴチャゴチャとわめいていたら、
 すごくむかつくし、関わりたくないと思うもの。」
「じゃあ、分かってるのに なぜあなたはうるさく言ってしまうのかしら?」
ミルクフィッシャーさんはやさしく訪ねた。
「だって いつもイライラしてるのよ。何でだかとにかく落ちつかないの。
 何に対しても怒りっぽくなってしまってアタシこれでも ずうっと前は 
 可愛らしい性格だったのよ。
 本当よ。アタシどうかしてしまったんじゃないかしら?」
「まあ、そうなのね」
「一度、イナフは氷みたいな目でにらんだことがあったわ。すごく恐ろしかった。
 そうよ・・・やっぱりアタシが嫌いなのよ!」
「でも イナフが理由もなく怒ったところは 今まで見たことがないわ」
「・・・ええ、そうよ あの時はわがままばかり並び立てて みんなに迷惑をかけ
 ながら なおも文句を言っていたからだけど・・・・・・」
「イナフの頭の中を火事にしたこともあったわ。
 毎夜の大音響パーティーを開いたこともあったし、
 アタシったら熱いマシュマロを床にこぼすことは しょっちゅうだったし
 イナフの鼓膜を破ってしまったことも・・・
 ああ、アタシったら まったくひどいことばかりくりかえしてる
 イナフはよく今まで平気だったわね」

「お〜い すまんが紅茶を!」
母屋の隣りの研究室から、ドルトン博士のしわがれ声。
「はいはい 今もっていくわ〜」
ミルクフィッシャーさんが甲高い声がひびき、ドルトン博士に入れたてのお茶を持って研究室へと出ていってしまった。
じわじわと焚かれる暖炉の前で ココアの粉がこずんで行くのを感じながら、ワッシャーワルツは 自分の被害妄想だけで イナフのもとを飛び出してしまったことを ひどく後悔していた。
朝になったら帰ろうと思っていたが、このままイナフが雪に埋もれたら 掘り出してやれるのは誰だろうか? きっと見つからないまま埋もれて 埋もれて… いくらイナフだってこんな吹雪じゃ死んでしまうにちがいない。
そして急に恐ろしくなったのだ。感謝の言葉も、謝ることさえろくにしてこなかったことに。イナフが本当に自分をジャマに思い、追い出されたら一体どうなってしまうのだろう。思い立ったが最後、ワッシャーワルツはすさまじい吹雪のなか 後先考えず、一気に飛び出した。
そこへ、ミルクフィッシャーさんが戻って来て、ワッシャーワルツのいないことに気付く。
「あら? どこに行ったのかしら… ワッシャーワルツ?
 でもこの吹雪じゃ大変だわ…。」

吹雪はいっそう激しく、真っ白い風を吹き荒し、ワッシャーワルツは 身の危険を感じ始めていた。だんだん心細くなってくる。視界は真っ白。ここかどこなのか方向すらも分からない。
「イナフ?イナフはどこなの!?」
元の場所らしきところに戻っても、イナフの影も形もなくなっていた。
「どこかに隠れているんでしょう?
 いるならでてきてよーーーー!!」
「うわ〜〜〜〜〜〜ん!!!! ごめんなさい! アタシが悪かったわ!!
 ごめんなさい!!だから早く出てきて!!」
あんまりお腹いっぱい食べたせいか、本当にまるまると太ってしまって もう自分の力では歩けなくなってしまった。
「ううっぷ、いくらなんでも食べ過ぎたわね。
 アタシは イナフのように 雪に埋もれて死ぬのね。
 すごく寒いわ。凍えそう…」
ワッシャーワルツがいくすじも流した涙はすべてこおって、その視界を狭め、
埋もれた雪に足を取られ、あっと、つまづいてしまった。
ちょうどゆるやかな坂道で お腹に1000個のマシュマロと、山盛りのレモンパイ2皿分を詰め込んだワッシャーワルツの身体は丸々としていて みるみるうちに坂をコロコロ転げていく。
それはどんどん加速度を増し、 自分の身体が どっちがてっぺんなのか どっちが天と地なのかさえ分からなくなるほど高速回転で、
ぐるぐるぐるぐる 勢いは止まらない。
『ああ、私はこんなふうに死ぬのね。
 あははは、なんてこっけいな最後なの…。』

イナフはすっかり食事を終えていた。この吹雪の中、ワッシャーワルツを探しに
ドルトン博士の家へ行く途中、自分の背丈よりどでかい物体が、すさまじい勢いで ドドドドドド… と今にもこちらへやってくるのを見た。
それは巨大な雪のかたまりだった。避ける間もなく、イナフとそのかたまりは
どすん!!と派手にぶつかった。
すると雪がくだけて、中から見覚えのある、しかしとても以前の姿とは 比べようもないほど でっぷりと丸々としたワッシャーワルツが転がり出てきた。

その後、3日3晩 ワッシャーワルツはすっかり寝込んだ。
ひどい熱と 食べ過ぎたための ひどい腹痛にうなされて。

イナフは付きっきりで看病してくれ、夜じゅう昼じゅう世話に大忙し。
ワッシャーワルツはそのあいだじゅう悪態をついていた。
「ふん! アタシなんかまためいわくかけてさ。
 本当はいなくなればいいと思ってるんじゃないの…?」

すると、イナフは 大きなため息をついた。
寒空の中、放たれたそれは
とても大きくて、白くて、まん丸なため息だった。



                      ――――――End












    


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